第239話  伴侶の元へ




 自身を排斥しようとする星の意志により生み出された“調停者”……通称アンノウン。不死ではないものの、“核”の星がある限り永遠に不滅の存在。星に害有りと判断された、調停を歪ませる原因を取り除くため故に、戦いそのものが有利となる概念を内包する。


 しかしそれでもリュウデリアは嬉々として戦い、不死であることを良いことに100日間休み無く戦い続け、そして殺し続けた。殺しては復活し、戦いを続行する。そのサイクルが感情の表現が薄いアンノウンの心に恐怖を少しずつ刻み込み、最後はリュウデリアが死ぬ前に心が折れた。


 全身の鱗に罅が入り、肉体が割れかけたものを新しくするために下から真新しい鱗が生えてきて、上のものは動く度に割れて落ちていく。左眼は斬られて潰れ、立て続けの過剰強化によってほぼ全身の筋肉が断裂している。気力と興奮によるアドレナリンの過剰分泌によって痛みを感じず、これまで戦闘を続行していた。


 戦いが、アンノウンの投降により終わりを告げた。過去で最強とも言えるだろう存在との命を賭けた戦いに身を投じていただけに、勝てないから諦める。死にたくないから戦いたくないと言うアンノウンに失望し、握っていた黑神世斬黎を異空間へ移動させ、莫大な魔力を静めた。瞬間、リュウデリアはこれまでに蓄積したダメージ、断裂した筋肉の激しい痛み。100日間に及ぶ全力戦闘の疲労が一気に押し寄せた。




「ごぼッ……オリヴィアを……早く……迎えに……行かねば……『瞬間転移』」




 1度見た場所になら何処へでも跳んで行く事ができる瞬間移動。全力で戦うことを前提として余波が届かないように、別の大陸でありながら、信頼している者が傍に居る場所。リュウデリアを拾い、育ててくれた養母のスリーシャと小さな精霊が居る森へと転移した。

























「はぁ……」


「オリヴィア様……」


「……私が此処に来て、どれだけ経った?」


「今日で100日目です……ね」


「……っ。私には100年にも感じる。リュウデリアは無事なのか?苦しくないのか?そもそも……生きているのか。それがずっと頭に残って何も手がつかない。なあスリーシャ。私はどうすればいい?静かに愛する者を信じて待つことすらできない私は、どうすればいいんだ……」


「……待つしかありません。あの子の元へは此処からではどれだけ掛かるか。辿り着いたとしても、全力で戦うあの子の傍には寄れません。何者であろうと死にます。……不甲斐なく感じてしまうでしょうが、私達は信じて待ちましょう。それしかできませんし、それがあの子の為です」




 木の幹に背を預けて両膝を抱え座り込み、俯くオリヴィアにスリーシャは傍に控えながら励ましの声を掛ける。未だ嘗てこれ程離れていたことはない。初めての経験だ。それがここまで堪えるとは思いもしなかった。何処に行くにも一緒だっただけに、居なくなるだけで胸が張り裂けそうだ。


 ぽたり。ぽたり……と、地面に落ちる水滴に、スリーシャは目を伏せる。大切な愛する龍の帰りを待つ女神。何もできないという不甲斐なさと、彼が今どうしているのか一切分からない状況に押し潰されそうになり、涙が溢れてくる。


 最初の数日は良かった。バルガスとクレアと初めて会い戦った時も数日を費やしていたのだから。だが、10日を過ぎても帰ってこないのに不安を感じるようになった。20日……30日と過ぎても帰らないとなると、不安を常時抱くようになってしまった。日に日に不安げな表情になるオリヴィアに、スリーシャと小さな精霊が励まそうとしても、上手くはいかなかった。


 純白の治癒の女神オリヴィアが、1匹の純黒の龍に抱く愛の大きさは想像を絶する。何がどうなればそこまで深く大きく愛せるのかと疑問を抱くほど、心底愛している。その反動から、彼を失うかも知れないという状況に耐えられそうにない。寂しさ、不安、恐怖でおかしくなりそうだ。


 今ある唯一のリュウデリアを感じられるフード付きの純黒なローブ。滅多なことがない限り脱がないそれを羽織らず、膝を抱えながら座り、できた体と脚の隙間に挟んで顔を深く押しつける。こうしていれば、流れる涙が一時的に止まる。彼を感じられるような気がする。鱗と血を使い造られたローブなだけに、あながち彼を感じるというのは間違っていないのかも知れない。


 最愛の伴侶を置いて、3ヶ月以上も帰って来ないのはやり過ぎた。帰ってきたら、必ず叱らないとと、スリーシャが決意した時に枝を踏み折る音が聞こえた。基本的に飛んで移動する小さな精霊は枝を踏む機会が無く、今は森の再生に尽力していて居ない。動物の気配でもない。ならば誰かと思いスリーシャが振り返り、瞠目する。




「──────迎えに……帰ったぞ……オリヴィア」




「リュウデリア……?リュウ……デリア……リュウデリアッ!!ぁあ……ほ、本物だ……私のリュウデリアッ!!」


「……もう。帰ってくるのが遅いですよ。悪い子です。それにそんなボロボロで……あとでお説教ですからね」


「それは……勘弁願いたい……もの……だ……な………──────」


「……ッ!い、今治癒してやるからなっ!」




 スリーシャが気づいて呆然としているのにオリヴィアが反応して顔を上げると、視線の先には足を引きずってどうにか歩きつつ、砕けた鱗を散らしつつ、ほぼ全身から血を流しているリュウデリアが居た。帰ってきたのだと思うと同時に立ち上がり、一直線に走り寄って抱きついた。


 純黒のローブはスリーシャが回収して、ホッと安心しながらリュウデリア達の元へ歩み寄る。オリヴィアは服が彼の血で染まっていくのも気にせず、強く抱きついて彼の胸に顔を押しつけた。生きていた。もしかしたらも考えてしまっていただけに、これ以上無いほど安堵する。


 しかしリュウデリアはオリヴィアを抱き締め返す事も無く意識を手放した。ぐらりと揺れてから前に倒れる。どかりと音を立てて倒れ込んだ彼にサッと顔を青くしたオリヴィアが、安堵している暇じゃなかったと我に返り、急いで治癒を施す。


 部位の欠損であろうと、瞬く間に治してしまう世界で唯一と言って良いだろう傷を癒す女神の力。純黒である彼と対極の色である純白の光を放ち、重傷である彼を治す。苦しげな呼吸が戻り、潰れた瞳も治る。


 傷一つ無い状態になると息していることをしっかり確認してから、オリヴィアは彼の頭を持ち上げて膝の上に置いた。白魚のような美しい手で頬を撫でる。その表情はまさしく女神であり、深い愛を注ぐ純白と、それを受け入れる純黒の光景は素晴らしいものだった。




「──────おかえり。私の愛しいリュウデリア」




 体を屈めて、リュウデリアの額にそっと唇を落とす。疲れで深い眠りに落ちている彼は起きない。だが、彼の尻尾がぱたりと嬉しそうに揺れたのを見て、スリーシャはクスリと笑った。


















「──────はぁッ……むぐっ……んんっ……ッ!!」


「リュウデリア、そんなに急がなくても食べ物は逃げませんよ」


「ふふっ……ほら、口の周りが汁だらけだぞ。拭いてやるからな。……ふふふっ」


「いっぱいたべていいよ!まだまだたくさんあるからね!」


「ごきゅっ……ごきゅっ……ぶはぁッ!……むぐッ」




 リュウデリアは死体のように静かに眠り続けた、10日間に渡って。その間オリヴィアは彼の傍から離れようとはせず、ずっと見守り続けた。時折彼の胸に耳を当てて心臓が動いていることを確認するのはご愛嬌だろう。彼女も心配だったのだ。


 流石にすぐに起きると思っていただけに、10日も眠っているのは大丈夫なのかと疑問を感じたが、長命な龍であるのだし、人間達のような時の中を生きていないのだから大丈夫だろうとなった。そして疲れて眠る彼が起きたときのために、スリーシャとオリヴィア、そして小さな精霊は大量の食料を用意した。


 まだ人間大の大きさをしているリュウデリアが見上げるほどの果実を用意した。元の大きさを考えれば大した量にはならないかも知れないが、3ヶ月以上何も食べていない彼は嬉しそうにしていた。


 鬼気迫る勢いで果実を齧り、貪り食っていくリュウデリアの傍には木でできた数リットルは入るだろう水が入ったコップを持つスリーシャと、布巾を持って汚れた口の周りを拭く幸せそうなオリヴィア。そして懸命に次々と果物を持ってきたり、木々の枝をを操って果物を運ばせている小さな精霊。


 そんな皆の背後には、巨獣が倒れている。リュウデリアが過去の神界に行った時に、こっそりと持ってきていた神界の巨獣である。元の大きさになった彼よりも大きい図体は、きっと食べ応えがあるだろう。果物で胃を慣らして稼動させると、今度はその巨獣に手を伸ばす。


 元の大きさに戻り、口を大きく開けて焼きもせず噛み付いた。ぶちぶちと肉を噛み千切り、呑み込んでいく。焼くこともせず、生の状態で食らった。自然界の弱肉強食な光景が広がり、僅か数十分後には骨を残して全て食べてしまった。巨大な骨は森には邪魔ということでその後リュウデリアの魔力で消し飛ばされた。


 自分よりも大きな獲物を食べて満足した彼は、体の大きさはそのままに前のめりに体を倒してうつ伏せで横になる。ずしりと地面を揺らしながら寝そべり、ふぅ……と溜め息を吐いた。満足そうにしているリュウデリアの頬に擦り寄ったオリヴィアは、愛おしそうに鱗を撫でる。それを目を細めて受け入れた。




「お腹はいっぱいか?」


「あぁ……満足した」


「それにしても、リュウデリアは何故魔法で連絡の1つもしなかったんですか。オリヴィア様がずっと心配していたんですよ」


「相手にしていたアンノウンが強くてなァ……気分が昂ぶっていたこともあってできなかった。その件に関してはすまんと思っている」


「いいんだ。私には待っていることしかできなかったんだ。リュウデリアを信じて帰ってくるまで待っていれば良かったのを、過剰になっていただけ。お前の所為ではない。それに、私はこうして帰ってきてくれただけで満足なんだ」


「でもすごいね。りゅうでりあがぜんりょくで、ずっとたたかえるやつがいるなんて。すっごくつよかったんでしょ?」


「まァ……な。確かに強かった。俺が戦ってきた者達の中でも最強の存在だった。それ故に全力も出した。が、決着の仕方はつまらんものだった」


「……斃したのではないのですか?」


「俺に殺されすぎて勝ちを諦めた。これ以上死にたくないから戦いたくないのだと。はぁ……まったく。勝ち続けてきたという奴との戦いも考えものだな。負けた時の衝撃に頭が追いついていない」


「殺しても死なないのか?奴は」


「復活する。どれだけ殺そうともな。詳しい話は──────お前が直接説明しろアンノウン」


「「──────────ッ!!!!」」


「えっ……どこにいるの?みあたらないよ?」


「小さな精霊よ、お前の後ろだ」


「えっ」




 完全に脱力しながら、リュウデリアはオリヴィアに撫でられつつ小さな精霊の方に瞳を向けながら話した。彼が戦ったアンノウンは不滅の存在。在り方の特異性から、彼の純黒で侵蝕しても完全な死を与える事ができない。だからこれまで長期間戦っていた。その説明をしようと思ったが、件のアンノウンにさせた方が、より詳細が知れるだろう。


 オリヴィアはローブのフードを被って警戒を示し、スリーシャは驚きながらリュウデリアの傍に寄る。小さな精霊はアンノウンが何処に居るのか分からず周りを見渡していたが、背後に居ると彼から助言されて振り向き、いつの間にか本当に背後に居たアンノウンに驚愕し、大慌てでリュウデリアの傍までやって来てひしっと抱きついた。


 あのリュウデリアが全力で戦わなければならない相手。それだけで警戒するに値する。しかも滅ぼせないので今も生きているし、こうして対峙している。だが彼は警戒する必要は無いと言う。もう、こちらをどうこうするつもりはないのだから。


 現れたアンノウンは暗い光を瞳に宿しており、最初に会った時と雰囲気が違っていた。深い絶望を味わった後の人間のような有様に目を丸くしていると、俯き気味だった顔を上げてぎこちない苦笑いをした。




「“特異点”の言う通り、そう警戒する必要はありません。私はもう……彼を消そうとは考えていませんから」


「……信じられるとでも?“今は”かも知れないだろう」


「いいえ。私では彼に勝てません。殺せません。消せません。消せたとしても、その間に一体私は何度……死を重ねなければならないのでしょう……それはもう……嫌なんです」


「……リュウデリア。あなたはあのアンノウン?という方を何度殺したのですか?」


「分身も合わせれば数万回か数十万回は殺したはずだ。正確な数は数えていない」


「うわぁ……りゅうでりあ、やりすぎだよ。だれでもいやになっちゃうよ」


「俺はならない」




 フンッと、つまらなそうに鼻で息を吐き出して、興味が無いのかアンノウンから視線を外して目を閉じる。それでもアンノウンは襲い掛かろうとする意志は見せず、警戒するオリヴィアとスリーシャを安心させるために、手を上に上げて戦闘の意思が無いことを示していた。


 彼が警戒をせず、アンノウンも戦闘の意思が無いことを手を上げる事で示しているので、取り敢えず話を聞く姿勢を取るオリヴィアとスリーシャ。小さな精霊は背後に立たれていた事で怯えてしまっているのか、リュウデリアに抱きついたまま離れなかった。


 アンノウンの口から自身の正体について説明がされた。世界の調停を歪ませる異分子を排斥するため、星の意志により生み出された“調停者”であること。“核”が星であるため、リュウデリアですら完全には殺せず復活する不滅の存在であること。そして、これから先に於いて、リュウデリアを狙うことはないということ。




「最後に、彼が疑問視していた“特異点”について、より詳しく教えようと思います」




 イレギュラーを除き、存在ではない、所謂いわゆる迷い人。その中でも世界規模に調停を歪めかねない者達。それが“特異点”と呼ばれる者達の正体。そして察せられる通り、リュウデリアを含むバルガスとクレアは、そのイレギュラーに該当するのだそうだ。






「彼等、彼女等は私に消される前に、自身のことをこう言っていました──────“転生者”と」







 ──────────────────



 オリヴィア


 流石に100日も会えないと不安だった。リュウデリアが自身の元へ帰ってきてくれただけで嬉しく、怒ることなどしなかった。ただ、傍に居て、労うように撫で続けた。


 離れていた反動からか、リュウデリアの傍を片時も離れようとしない。元の大きい姿の彼に抱きついて、全身で彼を感じるのも好き。頭の中は好きと愛してるで埋め尽くされている。


 今回も命を賭けた戦いで昂ぶりが続いて、発散するんじゃないかなー……と赤くなりながらモジモジしている。アンノウンには100日間彼を独り占めされていたので、敵対心を持っている。





 スリーシャ


 リュウデリアの育ての親。正面から彼を叱れる数少ない存在。だが、意図してオリヴィアを悲しませていた訳ではないので、仕方ないですね……と許してしまう。何だかんだ彼に甘い。


 不安で押し潰されそうなオリヴィアの精神的ケアをしていた。





 小さな精霊


 まだ未熟な存在のため個体名はまだない。名付ければ名前になるが、小さな精霊が納得しないので、皆は小さな精霊と呼んでいる。スリーシャの下位互換。


 オリヴィアを慰めるのに忙しいスリーシャの代わりに、森の再生に尽力している。森は8割方元に戻りつつあるので、そこまで忙しいわけではない。自然を少しだけ操る魔法を使える。





 リュウデリア


 100日間の殺し合いで、アンノウンが何処に居るのか直感で判るようになった。戦いの後はすぐにオリヴィアの元へ帰らないといけないと考えて『瞬間転移』を使ったが、一気に訪れた疲労で会った途端に力尽きて寝た。


 起きたら空腹が凄まじく、鬼気迫る勢いで用意された果物を食い、足りないからと過去の神界で殺した神界の巨獣を生のまま食べた。焼かなかったのは、森を傷つけるかも知れないと思ったから。





 アンノウン


 もう殺され続けるのが嫌になった。が、“調停者”としての使命は忘れない。あくまでリュウデリアのことを諦めただけで、これから生まれる“特異点”はこれまでと同じように消す。




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