第240話  “特異点”とは






「彼等、彼女等は私に消される前に、自身のことをこう言っていました──────“転生者”と」




 イレギュラーを除き、存在ではない、所謂いわゆる迷い人。その中でも世界規模に調停を歪めかねない者達。それが“特異点”と呼ばれる者達の正体。そして察せられる通り、リュウデリアを含むバルガスとクレアは、そのイレギュラーに該当する。


 戦いの最中でも、リュウデリアがイマイチ理解出来ず、確かな推測もできなかったアンノウンの言う“特異点”の本質。それをアンノウン自ら明かした。元の大きさのまま聞いていたリュウデリアはフンと鼻を鳴らしているが、オリヴィアやスリーシャ、小さな精霊はよく解らないと言わんばかりに首を傾げている。


 いきなり何の話だと思われても仕方ないだろう。捕捉として、リュウデリアは自身が戦った目の前に居るアンノウンが、誰彼構わず狙って襲っているのではなく、何らかの基準に則り襲撃しているということを説明した。それが“特異点”であるかどうか。


 アンノウンがリュウデリアを襲ったのは、この“特異点”であるという認識から。しかし話を聞くに、別の世界からこちらの世界にやって来た迷い人つ、世界規模に調停を歪みかねない存在が当てはまる。確かに世界規模の強さを持つリュウデリアだが、生憎と別世界からやって来た訳ではない。それは、親龍に捨てられ、地上に墜ちる時から見守ってきたオリヴィアは自信を持って言える。




「前にだが、肉体と魂が定着していない……所謂別世界から来た転生者に会ったことはある」


「そうなのか?そいつはどうしたんだ?」


「よく解らん難癖つけてきたからな、殺した。仲間らしき者共含めて全員な」


「それは何時いつの……あぁ……あれか」




 スリーシャを攫い、痛めつけたが故に滅んだ国があった。リュウデリアは怒りのままに王都を襲撃し、欠片も残さず国民諸共王都を消し飛ばした。その後、転生者の男は理由も無く襲ったのだと勘違いし、リュウデリアを見つけ出して狩猟しようとした。それの返り討ちにあって死んだのだ。


 転生者という言葉は知らなかったが、別世界から転生し、違う肉体に別の魂が入ったことによる完全な定着がされていない人間。思い返してみれば確かに、他の塵芥の人間と比べて強かった。『英雄』にすら至れるほどの実力を解放し、それだけのポテンシャルを秘めていた。


 オリヴィアもリュウデリアがそれらしき人間と戦ったことを思い出した。あの人間がそうなのかと納得した。転生者は、何故か異様に強くなりやすい。戦い方というべきか、成長の仕方を幼き頃から知っていた。だから他の子供が遊んでいる間に、魔法の練習を行ったりする。体格にも恵まれ、肉体が持つ才能にも恵まれる。そして何より、運に恵まれるのだ。


 王国1の実力を持つ騎士の弟子になったり、賢者の弟子になったり、昔に実力だけで有名になった冒険者夫婦の間に生まれてきたりと、兎に角人生そのものが運に恵まれている。まるで強くなることが決定づけられているようだ。そしてその運を遺憾なく発揮し、世界の調停を歪みかねない実力をつける、またはそれだけの才能を持った者達を、アンノウンが消している。全ては調停のためだ。




「だが解らんな。俺は転生者ではない。歴としたこの世界の龍だ」


「強すぎる……というのもまた調停を歪みかねない要因です。普通はそんなことで“特異点”とは定められないのですが……」


「リュウデリアの純黒魔力も関係しているんじゃないか?他とは明らかに毛色が違うしな」


「確かにそれもあるだろうが、納得いかん。俺はこれでも成長途中だ。長命の龍種で言えば、まだまだ小僧ガキだぞ。その時点で星に危険視されるのはな」


「強すぎる力。異質な魔力。その他にも、あなたという存在が私にはよく解りません」


「どういう意味だ」


「私は“調停者”としての性質上、“特異点”についてある程度直感のような形でその者のことが解るんです。実力の高さや才能。これから先野放しにした場合の影響力。ですが、あなたのことは全く解らない。不明なのです」


「ふーん」




 相手を知る事ができる、アンノウンの能力のようなもの。一目見れば大凡の強さや持ちうる力、才能の大きさ。それ故の将来的な周りへの影響力などが解る。それで本当に危険なのかどうかを判断するのだが、リュウデリアについては一切判らない。なので自身を易々と殺せる本来の力があることを見抜けず、その瞬間その瞬間に成長し強くなる伸びしろについても判らなかった。


 リュウデリアはその殆どが不明の、特異な“特異点”。知ろうとしても知りうることはできず、分かるのは異常なほど強いということだけだった。彼自身が記憶に無いだけで異世界からこの世界にやって来た可能性もあるが、それなら自身の魂が肉体と完全に調和しているのはおかしいという観点から、彼は元からこの世界で生まれ育った龍であることになる。


 改めて考えても不思議な個体だとアンノウンは言う。これまでに何度も“特異点”を消してきたが、ここまで何も分からず強い存在は居なかったと。結局奥の手も通じず、延々と殺される羽目になった。だから諦めた。無理だと悟ったから。




「取り敢えず、お前言う“特異点”の正体は解った。キオウとやらも転生者だったということだろう。俺とバルガス、クレアを襲ったのは、個体として強すぎたから……と思っておくとしよう。謎は解けた。消えて良いぞ。もう用は無い」


「……お願いがあるのですが」


「何だ」


「西の大陸にあなたが魔力を放ったことで崩壊の危機にあります。今すぐではないにしろ、いずれは純黒に呑み込まれ、大陸が砕け散ることになるでしょう。それを元に戻していただけませんか。西の大陸が無くなると、多くの者達が死ぬことになります。それは明らかな調停の歪みになります」


「あー、分かった分かった。魔力は解除しておいてやる」


「感謝します。……では、私はこれで消えますが、くれぐれも調停を歪ませないようお願いします」


「約束はできんな」




 彼からの返答を聞いて、微妙な苦笑いを浮かべると粒子状になって消えたアンノウン。姿が見えなくなってから、警戒していたスリーシャとオリヴィアが溜め息を溢した。小さな精霊はまだリュウデリアに抱きついており、目線で離れろと訴えられたが、ブンブン首を横に振って拒否した。まだ怖いらしい。


 今回西の大陸が壊れかけるほどの魔力を大地に撃ち込んだのは、それだけアンノウンが強かったのと、本気でやらないと本当に地球を破壊するぞと警告するためだ。まだ見ぬ自然の美しさや未知の本。他の種族などがあるのに大陸1つ壊すのはもったいない。そこでリュウデリアは、西の大陸を蝕む自身の魔力に意識を集中し、遠隔で解除した。


 魔力を撃ち込んで抉れてしまった地表に関してはそのままだが、放って置いて西の大陸が勝手に砕けてしまう……という可能性ら排除された。これからは今まで通りに西の大陸上で生物達が過ごすことができるだろう。これでこの件は終わりだな。そう呟くリュウデリアは、目線をオリヴィアに向ける。


 彼女はアンノウンが消えてから警戒を解いて安堵していた。が、それから彼女の足元にぽたりと水滴が落ちる。スリーシャが驚きながらオリヴィアのことを見ている。どうしたと言いたげに怪訝な表情をする彼女は、頬に伝う感触で困惑した。


 頬に触れると、手は濡れている。涙を流していた。何故だ。もしかしてアンノウンが去ってホッとしているのか。そんなことで涙を流すのか?いいや違う。リュウデリアが傍に居るのだから、そんなことはありえない。ならば、この涙は一体?次々と溢れ出てくる涙を純黒のローブの袖で拭っていると、頭の中である記憶が思い出される。




『──────なーオリヴィア!次あっち行ってみよォぜ!』


『私は……反対側へ……行きたい』


『ッンでだよ!美味そうな匂いすンじゃねーかッ!』


『それは……反対側でも……同じだ』


『なら勝負だな。正々堂々ここで相手をぶちのめした方の道へ行く。良いな?』


『乗った……後から……文句は……聞かない』


『やめんか2匹とも。お前達が暴れたら王都が無くなるだろう』




『お前今肉何個食った?オレより多いよなァ?』


『知らない……態々……数えて……いない』


『食ってんだよ!オレは数えてたからな!オレより1個多いンだよ!それ寄越せバルガスッ!』


『断る……これは……私が……取った……肉だ』


『ほーん?オレの獲物を奪うと?なら奪われる覚悟はあるってことだよなァ?』


『面白い……やってみると……いい』


『私の肉をやるから喧嘩はするな。ほら』


『ホントかッ!?やっりー!ありがとなオリヴィア!』


『ふふ。はいはい』




『風の魔法はな、難しく考えなくていいンだよ。あるがままの風を、あるがままに受け入れる。そよ風で気持ちいいって思うのと同じだ。魔法だからとか関係ねェ。風は等しく全てに平等だ。求める奴には力を貸してくれる。オリヴィアは戦う素質があンだし、良い奴だからな。オレ程ではないにしろ風を掴む才能あるぜ。教えてやっから一緒にやろうぜ!もしかしたら、いつかリュウデリアの役に立てっかもな!』


『雷は……風の次に……制御が……難しいと……されている。しかし……行き先を……導いてやれば……素直に……動く。扱おうと……躍起になるから……扱えない。雷は……術者と……共に在り。魔力が無くても……才能がある……オリヴィアならば……きっと……使えるように……なる……だから……私が……教えよう。少しでも……オリヴィアの……役に立つなら……雷も……本望だろう』


『魔力を宿している訳ではないんだ。努力はするが、他の者達と比べて上達に時間が掛かるだろう。それでも教えてくれるのか?』


『ッたりめーよ!オレ達の仲だろーが!いくらでも教えてやんよ!』


『オリヴィアだから……教えたいと……思った。是非とも……ものに……して欲しい』




『ぐおォ……痛ってェ……ッ!?リュウデリアとの模擬戦また負けたンだがッ!?勝てねーようざッ!』


『やはり……あの魔力が……ズルいな……痛い』


『治してやるから動くなよ。まったく。模擬戦だというから見学していれば、辺り一帯吹き飛ばすつもりか?もっと力を抑えるんだ。お前達は強いんだからな』


『わりィ。はぁ……あ゙ー助かるわー』


『ありがとう……オリヴィア……助かった』


『ほどほどにな。私はバルガスもクレアも、傷つくのを見ると悲しくなってしまう』


『……おう。善処はする』


『何だ?照れているのか?クレア』


『ばっ……っ!照れてねーよッ!』


『ふふふ』




『だーはははははははははははははッ!!!!あの魔物っ!突っ込んで来たの避けたら自分で脚絡ませてスッ転んでやがるっ!ひーっ!ひーーっ!ぶっはははははははははっ!!オリヴィアっ、オリヴィア見たか今のッ!?』


『……っ。クレア……笑いすぎだ……確かに……面白いが……ククッ』


『面白いが……なんだよ。お前だって笑ってンじゃねーか!』


『ふふっ。だがなクレア。自然と脚が絡まったのではなく、風で少し仕向けているのは知っているぞ?イタズラっ子め』


『ゲッ。バレてた……あ、バルガスっ!お前教えたな!』


『ふふふっ』




「ぅ……ぁ……バルガスも……クレアも……もう居ないんだな。私を神界から助けてくれた彼等も、リュウデリアのことを助けてくれた彼等も……誰も……2匹ともっ……もう……っ!」


「……………………。」


「た、楽しかった……っ。あの2匹は私にとって、大切な数少ない友だったんだ……っ!また会えることを楽しみにしていたというのに……こんな……っ!」


「……………………。」




 考えている余裕がなく、頭から抜け落ちていたが、バルガスとクレアはアンノウンの手により消されていた。彼等と戦い、現れたアンノウンが消されてしまったという証拠であり、彼等の専用武器が血塗れになって返されたことが更に滑車を掛ける。親しかった大切な友達。一緒に行動すると喧嘩をしたり争ったりするが、結局は仲が良い3匹を見るのが好きだった。


 しかしそれはもう叶わない。何故ならこの世から消えてしまったから。虚空に穴が開き、中から金鎚と扇子が落ちてくる。それはバルガスの専用武器とクレアの専用武器だった。前に落ちてきた、血塗れのそれを見下ろし、オリヴィアはもっと大粒の涙を流して崩れ落ちるように座り込む。


 他者のことなど心底どうでもいい。リュウデリアさえ居ればそれで良いと言えるオリヴィアでも、神界に居る友神達やバルガスとクレアが居なくなれば、悲しくなる。涙も流す。また会いたいと願ってしまう。もう声すら聞けなくなってしまったと悔やみ、悲しみ、彼女は立ち上がってジッと見つめているリュウデリアに縋り付いた。


 オリヴィアは再認識した。例えリュウデリアに並ぶ程の強さを持つ龍であっても、死ぬときには死ぬのだと。絶対に死なない保障はどこにも無いのだと。頬に泣いて縋るオリヴィアを見下ろした後、リュウデリアは2つの武器に目線を移した。主を失った金鎚の赫神羅巌鎚。扇子の蒼神嵐慢扇。友の誓いを立てた、親しき龍達の武器へと。







 ──────────────────



 リュウデリア


 転生者ではない。しっかりとこの世界で生を受けた、突然変異の歴とした龍。


 現状まだ疲れている。傷ついた体を治してもらったとは言え、長時間の戦闘の後なので無理はない。オリヴィアが泣くほどバルガスとクレアのことを親しく思ってくれていたことに驚きつつも、嬉しく感じている。彼もまた、彼等が負けるとは思いもしなかった。





 オリヴィア


 何度も行動を共にして親しくなった数少ない友達の龍。彼等が死んだことを思い返すと涙が溢れる。3匹が時々喧嘩をしたり仲良くしたりしているのを眺めているのが好きだった。それだけに、大きな悲しみが襲い掛かっている。





 スリーシャ


 リュウデリアが神界から落ちて来て死にかけた時に、バルガスとクレアとは会っている。あの子に友達が……っ!?と衝撃が走ったのは言うまでもない。何としても助けようとする姿に感動した。そんな龍が死んでしまっていると判明して、悲しい気持ちになった。





 小さな精霊


 まだリュウデリアにくっ付いている。アンノウンの得体の知れない雰囲気に圧倒されて腰が抜けた。ぷるぷるしながらひしっとリュウデリアにくっ付いているので鬱陶しいと思われている。でも離れたくない。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る