第241話  幸せな雑魚寝




 主を失った金鎚の赫神羅巌鎚。扇子の蒼神嵐慢扇。友の誓いを立てた、親しき龍達の専用武器。リュウデリアと対等の、数少ない龍。実力も彼に追随するものを持つ。世界でも屈指の力を持っていた彼等は、“強すぎる”という理由から“特異点”と定められ、アンノウンに襲われた。


 アンノウンは完全に彼等を消したと言った。恐らくその言葉に嘘は無い。気配を探そうにも見つからないから。血に塗れた金鎚と扇子。主を失ったからか、得体の知れない気配はなりを潜めていた。


 元の大きさになり寝転んでいるリュウデリアの頬に擦り寄り、バルガスとクレアを想い大粒の涙を流して泣いているオリヴィアに視線を落としてから、地面に転がる専用武器達へ目を向け直した。縦に切れた黄金の瞳が2つの武器を見つめる。何を考えているのかは、スリーシャには判らない。だが、その瞳に悲しみがないことを見抜いていた。




「オリヴィア」


「っ……ずずっ……なんだ?」


「バルガスとクレア、俺が持つ専用武器はどういうものだ?」


「……?お前達にしか使えない武器……か?」


「まあ、確かに合ってはいる。俺でも彼奴らの武器は使えん。しかしそれだけではない。俺達の専用武器は繋がっている。謂わば、武器は俺達で、俺達は武器なんだ」


「そうなのか。……だが、それがどうしたんだ?すまない、リュウデリアが何を言いたいのか、私にはわからないんだ……」


「要するに──────俺達が死ぬと専用武器も死に、砕けて消滅するということだ」


「……え?」




 縋り付いていた純黒の鱗から離れ、涙を溜めた朱い目を瞠目させてリュウデリアに向ける。彼は長い尻尾を伸ばして、器用に尻尾の先でオリヴィアの目元を優しく拭った。語りかける声色で、もう一度同じ事を告げる。専用武器を持つ自分達が死ぬと、武器は砕けて消滅するのだと。


 オリヴィアはバッと振り返り赫神羅巌鎚と蒼神嵐慢扇を見やった。触れないようにしながら全方位より観察する。武器は血に塗れてはいるものの、傷はついていない。罅も入っていない。どこも壊れていない。それはつまり、つまり……オリヴィアは期待するような、縋るような目をリュウデリアに向ける。


 希望に光が差した。もしかしたら、もしかしてしまうのか。死んだと思っていた彼等が、まだ生きているのか。その答えが知りたくて、オリヴィアはリュウデリアに教えてくれと頼み込む。彼等は生きているのか。生きているなら、今どこに居るのか。無事なのかと。




「アンノウンが消したと言うくらいだ、死ぬほどの深傷ふかでは負っている筈だ。場所については割と近くに居る。だが普通に探しても見つかることはない」


「それは……どういうことだ?」


「そこに居るからだ。オリヴィアの後ろに」


「え?」




 背後に居ると言うものだから、つい振り返ってしまった。しかし視線の先に居るのはスリーシャのみ。彼女もリュウデリアが言っていることがよく解らない様子で困惑している。同じく困惑したオリヴィアが彼の方に向き直ると、目を弧にして面白そうに笑い、鋭い牙を覗かせた。


 まさか冗談だったのかと、ムッとしながら見つめると、尻尾の先がオリヴィアの頬を撫でた。何も意地悪で言った訳じゃないのだ。言っていることは本当だ。オリヴィアの後ろに彼等は居る。ただ、今現在も物理的に存在している訳ではないのだ。リュウデリアは少し怒っている彼女のことを宥めながら、厳密には背後の下に居ると教えた。


 背後の下。そこには彼等の専用武器が置いてある。確かに魂から繋がっている武器ならば、彼等と同じと言ってもいいが、決して彼等そのものとは言えない。どういう意味でそんなことを言っているのかと聞いたら、リュウデリアは目を細めながら教えてくれた。普通はできないしやらない。だからこそ彼奴ららしいものだ……と。




「バルガスもクレアも咄嗟だったのだろうな。アンノウンの奥の手……標的を“特異点”に限定した無かったことにする一撃。それは俺にこそ効かなかったが、彼奴らにとってはそうもいかんだろう。だから、防ぐために己の全てを封じた。自身の専用武器達へ」


「……と、いうことは……まさか……」


「そうだ。バルガスとクレアは、それぞれその武器の中に居る。恐らく意識は無い。咄嗟に何もかも封印しただろうからな。それに、自身で後ほど解くことも一切考えない、本気の封印だ。何を考えているのかと言いたいくらい難解な封印術式だ」


「どうやって出てくるつもりだったんだ……?」


「封印術式が解ける奴に見つけてもらうしかないだろうな」


「そんな奴は……あ、リュウデリア……か?」


「はぁ……だろうな。まったく、彼奴らは……」


「よ、良かった……生きているんだな……バルガスも……クレアも……っ!」


「生きては……な」




 自身の封印術式を読み解き、解除できるものに全て託す。つまり、あとのことはリュウデリアに任せたのだ。アンノウンの奥の手で敗北が確定してしまった。だが防ぐ手がある。だから使った。気づかれなければ何年、何百年、何万年もそのままになってしまっていただろうに。だが彼等は信じた筈だ。リュウデリアならば気づいてくれると。


 友として、全幅の信頼を寄せている。それを行動に移して証明したようなもの。リュウデリアは溜め息を吐きながら、仕方ない奴等だと溢した。その言葉の節々から嬉しさが籠もっていることをスリーシャは見逃さない。良かったですねと、心の中で語りかけて微笑んだ。


 寝転んだ状態のまま、大きな腕を持ち上げて巨大な掌を武器達の上に翳した。庇となってスリーシャとオリヴィアに影ができる。掌が翳されると、2匹の専用武器が赫や蒼に輝き、魔法陣を浮かび上がらせた。カチカチと音を奏でて常に魔法陣の術式が変化している。まるで緻密な構造をした時計の中身のようだ。


 見ても全く解らないオリヴィアは首を傾げているが、魔法が解るスリーシャはその複雑難解過ぎる構築された封印の術式に顔色を青くしていた。常に変化し続けていながら、封印という一点は変わらない。何をどうすれば、こんな無理難解な術式を考えて構築できるのかと戦慄した。


 リュウデリアは黄金の瞳で赫と蒼の魔法陣をそれぞれ眺め、頭の中で構築術式を読み解いていった。1度には解けず、少しずつ解いていくのが正攻法。その過程で術式内容が変化していく。魔法の専門家が数多く集まっていても変化前の魔法陣を読み解くことはできないだろう。それが1秒毎に変化している。少し魔法に理解がある程度では到底解き明かせない。


 バルガスとクレアの、全力の封印術式は高度すぎた。リュウデリアでも一瞬では解けないレベルのものだった。少しの間解析に時間を掛けると、浮かび上がったそれぞれの魔法陣がガシャンと音を立て、静かに分解されていった。専用武器が光を発する。目も眩む閃光に、オリヴィアやスリーシャ、小さい精霊は思わず目を瞑った。そして目を開けた時、専用武器の傍らにはバルガスとクレアが人間大の大きさで倒れ込んでいた。


 だが一目で見て重傷だった。腕は斬り落とされ、脚は折れ曲がりながら捻られて使い古された雑巾のようになり、胴体には大きな穴が開いていて、クレアに至っては肩から脇腹まで袈裟に斬られて上半身しか残っていない。目は抉れ牙は半分近く砕かれている。黄金の瞳は瞼が閉じていて見えず、息は浅い。大量の血が流れ始め、気配が小さくなっていく。あと数分もすれば死ぬだろう。




「オリヴィア、治してやってくれ」


「あぁ……っ!もちろんだっ!」




 2匹の傍に駆け寄り、それぞれに手を翳して純白の光で照らす。オリヴィアのみが持つ治癒の力。凄まじい効能のそれは、クレアの失ってしまった下半身も骨や筋肉の再生から始めて元通りにしていく。明らかな重傷の肉体は、傷を癒して鱗を生やし復元していく。浅かった息は通常のものになり、気配も大きくなった。


 呼吸をする度に胸が上下する。体の傷は完治した。流石は神の中でも位が高い正真正銘の女神。数ある司る力の中でも特異などんな傷をも治してしまう治癒の力。オリヴィアの力は魔法を凌駕し、もはや奇跡の類と言えるだろう。神と云うだけあるということだ。


 すやすやと眠っているバルガスとクレアに、オリヴィアは安堵した。2匹とも死なずに済んだ。先程まではアンノウンに殺されてしまったものかとばかり思っていただけに悲しみに暮れていたが、目の前に居て、触れることができるとなると安心する。彼女が控えめに2匹の鱗に触れていると、ぴくりと反応した。




「ゔ……が……んぁあああ………ぁふ……あ?」


「む……此処は……?」




「クレア……バルガス……ッ!!」




「オリヴィア?リュウデリアも居んごぇッ!?」


「んぶふ……ッ!オリヴィア……どうした……?」


「どうしたもこうしたもあるかッ!お前達が死んでしまったのかと思っていたんだッ!……だが、生きていて良かった……本当にッ!」


「あ、あー……そうか。アイツにやられかけて封印したんだっけか」


「私も……同じだ。リュウデリアが……解いて……オリヴィアが……治して……くれたのか……ありがとう」


「ありがとなオリヴィア。本気で助かったぜ」




 目を覚ましたバルガスとクレアの2匹は、目をぼんやりとさせてあくびをした。起き抜けで何が起きているのかイマイチ掴めていないのだろう。恐らく自身で施した封印の影響もあるのだろうが、何故自分が寝ていたのか把握できていない。そんな2匹に、オリヴィアは全力で突っ込み抱き締めた。


 2匹の頭を手繰り寄せて抱き締め、はらはらと涙を流しながら良かったと口にする。柔らかい感触と、彼女のふんわりとした良い匂い。体が覚えた気配。何度も聞いた美しい声色。トレンドマークになった純黒のローブ。涙を流しながら震えて抱き締めてくる彼女に、最後の記憶を思い出した。


 死にかけながら戦い続けていると、アンノウンが奥の手を使ってきた。魂の術式展開も間に合わず、やられると悟った瞬間に武器へ自身の全てを封じた。敗北を認めるようなものだが仕方ないと割り切り、いつかわからないリュウデリアに封印を解いてもらえることを頼みの綱として眠りについた。


 よくよく考えれば、体が痛くない。斬り落とされた腕が生え、潰された脚が戻り、斬り離された下半身が戻っている。抉れた眼球も再生していて完治している。オリヴィアにしかできない芸当だ。顔を動かせば、元の大きさになっているリュウデリアが、何も言わずに見下ろしている。言外にオリヴィアの好きにさせてやれと言っているようだった。


 バルガスとクレアは本来ならば死ぬところをまたしてもオリヴィアに助けられた。龍の突然変異で同族から嫌われている自分に縋り付き、涙を流して生きていることに安堵してくれる。2匹は胸に温かいものを感じながら、オリヴィアのことを抱き締め返した。心配掛けて悪かった。助かった。ありがとうと言って背中を撫でると、また強く首に抱きついてくるので、満足するまで2匹で彼女の抱擁を受け入れた。




「──────ンで、斬り刻まれながらぶん殴ったりぶっ殺したりしてたワケ。そしたらよォ、あの野郎奥の手みてーなの使おうとしてよ」


「死ぬと……悟った。魂の……術式展開も……間に合わないと思い……咄嗟に……私自身を……武器に封印した」


「上手く誤魔化せたみたいだけどよ、まかり間違ったら数百年は封印されたままだったと考えると嫌になるわ。そこンところは助かったぜリュウデリア」


「まったく……アンノウンにお前達の武器を見せられた時にこそ気づいたが、奴が持ってこないでその場に放置していたらそのままだったぞ」


「なりふり……構っていられる……状況に……なかった。本当に……助かった」


「俺はお前達の封印を解いただけだ。それだけならばすぐに死んでいる。感謝はオリヴィアに言うべきだ。もっとも、もう言う必要は無いくらい伝わったと思うがな」


「すぅ……すぅ……」


「……おう。目ェ覚ましたら、また言うわ」


「私も……また……言わせて……もらいたい」




 人間大になったリュウデリアの腕の中で、オリヴィアが眠っている。長い髪を梳くっても、頬を撫でても起きる様子は見られない。1ヶ月近くアンノウンと戦い続けていたリュウデリアが心配で碌に眠れなかった彼女は、無事だったバルガスとクレアに安堵したのか今更眠気がやってきて眠ってしまった。


 2匹からは、アンノウンと戦ったときのことを聞いた。どうやらリュウデリアと大体同じだったらしい。強いことに興奮して戦っていたが、不滅の存在というのが厄介で殺しても殺しても蘇り、少しずつ傷が増えていく。やがて痺れを切らしたアンノウンが奥の手を使い消しにきた。


 並外れた危機察知能力で、受けたらどうしようもない攻撃だと察知し、リュウデリアの予想通り咄嗟に自身を武器に封印した。後はてっきり殺したものだと思い込んだアンノウンが武器を回収してリュウデリアに突き出したというわけだ。バルガスとクレアに向けて奥の手を使われたからこそ、武器に封じられることで回避できたものの、運が悪かったら武器ごと消えていたかも知れない。そこは賭けだったと言う。


 何はともあれ2匹は無事で、リュウデリアがアンノウンに勝ったことで3匹を狙うことはもう無いだろう。2匹を消そうものならリュウデリアがやって来て、また地獄のような苦しみを味わうことになるだろうから。


 異空間からタオルケットを取り出したリュウデリアがオリヴィアに被せる。胸元に擦り寄って幸せそうに溜め息を吐くと眠りを一層深くした。3匹の龍は少しの間彼女のことを眺め、やがて皆でオリヴィアに鼻先を擦り寄せた。親愛の証である。




「めがみさま、さんびきのりゅうにあいされてるね。すごいね!」


「えぇ。オリヴィア様だからこそなのでしょう。あのお方以外に、こんなに強い龍にこれ程好かれた方は居ませんよ。それに……ふふ。とても幸せそうです」




 眠る美しい治癒の女神。その周りに集まり顔を寄せて見守る3匹の強力な龍。その絵図はスリーシャや小さな精霊にとって、とても美しいものに見えた。彼等の本当の姿を知る者は少なく、交流する者もまた少なく、友と呼べる者達も片手で数えられる。だがそれでも、彼等は今に満足していた。


 大勢居なくてもいい。敵だらけでも構わない。信頼し合える者がこれだけ居れば十分過ぎるというものだ。彼等の旅や生涯は、まだまだ終わる様子が無い。これから先、何が待ち受けているのか。何を呼び込むのか。


 結局、オリヴィアを囲んでいた3匹の龍はつられて眠りに落ち、便乗した小さな精霊がリュウデリアの頭の上で眠り始め、スリーシャはダメだと自身に言い聞かせながら、最後はリュウデリアに寄り掛かりながら寝てしまった。彼等を知る者が見れば、なんと幸せそうな雑魚寝だと呟いたに違いない。









 ──────────────────



 バルガス&クレア


 アンノウンの奥の手を受ける寸前で、専用武器に自分を封印して眠っていた。自力では解けないくらい雁字搦めに封印したので、見つけてくれたリュウデリアが頼りだった。アンノウンが見せつけるために持ってこなければ危なかったかも知れない。





 オリヴィア


 バルガスとクレアはアンノウンに消されて殺されてしまったのだと思った矢先、封印していたのだと知って喜んだ。2匹が死んでいなかったことに心の底から安堵した。大切な友達が死ぬのは、神であろうと悲しい。


 リュウデリアが心配で眠れなかったので、眠気が来て眠ってしまった。最強クラスの3匹の龍に愛される稀有な存在。世界に彼女だけかも知れない。


 起きたときに皆寝ているし、囲まれていることに驚いて固まるが、まあいっかと思って二度寝かます。





 リュウデリア


 アンノウンにバルガスとクレアの専用武器を見せつけられた時に、なんかとんでもなく複雑な封印術式が施されているなと不審に思っていた。奥の手を使われた時に封印されているものを察した。中に居るんだなと。本当に死んでいたら、それはそれで悲しんだ。





 スリーシャ&小さな精霊


 皆が気持ち良さそうに眠ってしまったので、つられて眠くなり寝てしまった。小さな精霊は遠慮なくリュウデリアの頭の上で眠り、スリーシャは遠慮しようと思ったのだが、誘惑に負けてリュウデリアに寄り添って寝た。彼を枕代わりにするのは、流石は育ての母親としか。


 小さな精霊は起きたと同時に邪魔と言われてぺしっと地面に放り投げられて怒り、スリーシャは目を覚ましたらリュウデリアがジッと見ていたので目が合うと、恥ずかしさで頬がほんのり赤くなってアワアワと言い訳をし始める。



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