第13章

第242話  新たな旅の仲間






「──────いい加減にしろ。スリーシャ」


「いいえ。いいえ……っ!いい加減にするのはあなたですよリュウデリアっ!」


「まったく。聞き分けのない奴だ」


「そ、それはあなたでしょう!?もぅ!」




 対峙するのは、珍しい組み合わせのリュウデリアとスリーシャだった。育ての親に対して、リュウデリアは胸の前で腕を組みながら機嫌が悪そうに尻尾で地面をべしんと叩いている。ただ、スリーシャも負けじと彼を見上げて頬をぷくっと膨らませていた。


 初めての親子喧嘩か?と、少し離れたところでオリヴィアとクレアとバルガスがことの成り行きを見守っている。そもそも、何故彼等がこのように喧嘩のようなことをしているのか。それはリュウデリアがスリーシャに対して提案したことにある。




「いつまでこの森に居るつもりだ?そろそろ外に出てもいいだろう?俺達と来い、スリーシャ。……ついでに小さな精霊もな」


「わたしついでにされた!?」


「私はこの森に長く居ます。もはや、ここが私の家のようなものなのです。そう簡単に出ていくつもりにはなりません。それに、森の修復が終わっていません!」


「はッ。その言い訳が俺に通じるとでも?9割は直っているだろう。自然の力は柔ではない。完璧に直さんでも、年月と共に元の状態には戻る。既にお前達が手を入れる必要は無い」


「うっ……」




 リュウデリアが提案したこと。その内容は、オリヴィアとの旅について来ないかというものだった。何百年と森を見守ってきたスリーシャにとって、この森は家であり家族であるのだ。切っても切れない関係と言えるだろう。だからいきなり言われてついて行くことなんてできない。


 なのにリュウデリアは言うことを無視して、行こうと言う。彼としてもスリーシャと小さな精霊を連れて行きたかった。何百年、もしかしたら千年以上もこの森に住んでいる彼女達に、外の世界を見せてやりたいと思ったのだ。


 まあぶっちゃけ、いつまでも同じ森に引き篭もってないでいい加減出て来いと言いたいだけなのだが。




「リュウデリアはオリヴィア様と旅をしているのでしょう?私達が居たのでは邪魔をしてしまいます」


「それには及ばん。知らん人間や獣人ならばまだしも、お前達だ。遠慮することはない。それに、オリヴィアだってお前達と行きたいと言っている」


「リュウデリアが言っているのは本当のことだぞ。それに、ちょくちょくバルガスとクレアとも旅をしているからな。今回もどうせならという事で少しの間一緒に旅をするんだろう?」


「おう。ま、楽しくやろうぜ」


「世話に……なる」


「ほらな。拒む理由は無いが?」


「…………………。」




 考え込むスリーシャ。確かに彼女は森から数百年出て来ていない。出たとすれば、人間達に攫われた時くらいのものだ。あれを出たとしてカウントしていいのかは微妙なところだが、少なくとも数百年は森から自分の意思で出ていないのは事実。


 それに、実のところオリヴィアを避難させたりするために一時的に帰ってくるリュウデリアから、外ではこんな事があった。何をしたという思い出を聞いている時、楽しそうだなと、羨望の感情が無かったと言えば嘘になる。一緒に彼と旅ができるオリヴィアを、陰ながら羨ましく思っていた。


 それを知ってか知らずか、リュウデリアが人間大のままスリーシャに1歩近づき、肩に手を置いた。顔を近づけて至近距離から見つめてくる。その瞳には何を宿しているのか判らない。高い知能を持つ龍の思考の一端を、スリーシャには解き明かせない。




「色々言ったが、いいことを教えてやる」


「……何ですか?」


「スリーシャ、お前は──────何だかんだ俺に甘い」


「なんでそんなに胸を張って言えるんですか?」




 まあ今に限っては大したことは考えていなさそうなものなのだが。なんでスリーシャがリュウデリアに甘いことを、彼の口から聞いているのだろうか。しかも自信ありげに胸を張っている。相当自信があることの現れだろう。


 何だか、彼とオリヴィアの仲を邪魔してしまうんじゃないか。外に出てやっていけるか。色々と考えていたのが小さなことに思えてきた。そもそも、彼の性格からして、何とも思っていない者に一緒に行こうとは絶対に言わない。


 チラリと少し離れたところで見ていたオリヴィアの方を見ると、彼女は頷いていた。一緒に行こうと言ってくれているようだった。バルガスとクレアも時々一緒に旅について行っているということであるし、楽しそうだなと思っていたのも事実。なので、それらを全て合わせてのスリーシャの答えは、しっかりしたものだった。




「では、一緒に行ってもいいですか?」


「当然だ」


「わーい!りゅうでりあとたびだー!」


「留守番任せたぞ」


「えっ。うそでしょ……?」


「え?」


「え?……………ぐすっ」


「冗談だ」


「……………………もー!おこったんだからねー!ほ、ほんとにおるすばんかとおもっちゃったじゃん!」


「殴るな殴るな」




 小さな精霊は涙目になりながらリュウデリアを鼻面を小さな手でポカポカ叩いているが、ダメージが入る訳も無く。手を痛める前にやめておけと彼に笑われてムスッとした。最初から置いていくつもりなんて無いのに、リュウデリアから言われたから本気で可哀想なほど信じる小さな精霊の頭を人差し指で撫でると、怒っていたのが嘘だったようにふわふわと笑う。


 そこでふと、リュウデリアは思った。小さな精霊は、会った時から小さな精霊だ。進化し、スリーシャのように上位精霊になると個体として名を持つが、小さな精霊は他にも多く居る内の1匹扱いになる。つまり名前が無い。それだとその内不便になるだろう。そこで、リュウデリアは小さな精霊に上位精霊になるまでの仮の名前をやることにした。


 それを提案すると、小さな精霊はキラキラした目をしてスリーシャを見、頷かれると喜んだ。どんな名前をつけてくれるのだろうかとワクワクしながら待っている小さな精霊に、リュウデリアは顎の下を指で擦りながら少し考える。




「ふーむ……『ミリ』というのはどうだ?」


「みり?それがわたしの名前になるの?」


「仮のな。スリーシャのような上位精霊になったら、自身で好きな名前にするといい」


「えへへ。やったー!あ、なんでみりってなまえにしたの?」


「小さいからな」


「そんなりゆう!?えぇ……それでみりなのぉ……?」


「クスクス。よろしくお願いね、ミリ」


「仮だがこれからよろしく頼むぞ、ミリ」


「よろしくなーミリ」


「よろしく……ミリ」


「もうていちゃくしてる!?」




 ──────でも……えへへ。りゅうでりあになまえもらっちゃった。みり……ミリ……うん!けっこうすきかも!おかあさんみたいにおっきくなったら、じぶんでかんがえたなまえにしていいっていってたけど……だいじにしたいなぁ……。




 否定する余地無く、リュウデリアから言われたミリという名前が定着していたことに呆然としたが、内心では嬉しがっている小さな精霊改め、ミリ。折角貰った名前なのだから大事にしようと思っているが、そういった嬉しそうな感情は気配に現れ、リュウデリアにバレている。


 嬉しそうにしていることに、リュウデリアもまた内心でホッとしている。どうでもいい存在の名前なら本当に適当につけるが、ミリにはなんとなく……ミリという名前が合っている気がした。だから提案したのだが、気に入ってくれるかはまた別なので少し心配していたのだ。




「ふふん。じゃあ、りゅうでりあはいまから、わたしのことミリおねえちゃんってよぶんだよ!」


「あ?お前が姉な訳ないだろう。お前なんぞ妹だ」


「なんでー!?ねーおかあさん!わたしがおねえちゃんだよね!?」


「リュウデリアがお兄ちゃんだと(戦闘面で)頼もしいですね」


「おかあさんこうにん!?うそっ……わたしがいもうとなの?りゅうでりあよりも、ずーっととしうえなのに!」


「精神的なことを言っている。お前はアホだからな」


「あー!わるぐちいった!」


「美味い果実があるんだが、食べるか?」


「いいの!?わーい!」


「そういうところがアホなんだ」


「……もー!」




 頬を膨らませて怒りながら、異空間から出された果実を手に取って喜ぶミリにリュウデリアはケタケタと笑いながらおちょくる。それに怒りながらも、手に持った果実は手放さないあたりはもらえて嬉しいというのは本当なのだろう。


 ミリを揶揄からかって遊んでいると生き生きしているようにしか見えないリュウデリアに呆れながら、彼等の仲の良さにホッコリとして微笑むスリーシャ。そんな彼女の元へオリヴィアがやって来る。


 同行を許していただきありがとうございますと言って頭を下げるスリーシャにオリヴィアは手を振りながら頭を上げてくれと頼み、お礼を言われることじゃないと苦笑いしながら答えた。




「行くと決まればすぐに発つぞ。森へ別れの挨拶でもしておけ。まあ、いつでも帰ってこれるがな」


「リュウデリアの魔法でですね?ですが、離れるのは寂しいものです。……これまでありがとう。元気でね」


「ばいばい!またかえってくるからね!」


「準備ができ次第、俺に触れろ」


「……えぇ」




 数百年は一緒に居た森に別れの挨拶をするスリーシャ。その背中はもの悲しげに映る。だが永遠にこの場に居ることはなかっただろう。いつかは違う場所に移っていたはずだ。それが早いかどうかの違い。ましてやリュウデリアやオリヴィア、今回はバルガスにクレアに、ミリまで一緒に居るのだ、心細いことはない。


 人間に火を放たれて焼けてしまった森を少しずつ再生させて、元の美しさを取り戻した。もう手を貸す必要は無い。自然の力は偉大で強い。放って置いてもきっと、悠久の時の中で自らの傷を癒していただろう。


 これまでの時の中で共に過ごした森を暫く見つめ、思いを馳せる。リュウデリアと会ったのもまた、この森であった。時の流れは精霊にとって早いものであるが、今までのことが一瞬のように感じてしまう。傍にある1本の木に手を馳せて、額を合わせる。また会う日まで元気で。そう言葉を贈り、スリーシャとミリはリュウデリアに触れた。瞬間、皆は森とは別の場所へ跳んだ。




「どこだここ?何処に瞬間移動したんだ?」


「少し……離れて……いるが……王都らしき……ものがある」


「その王都はハーベンリストだ。此処は俺とオリヴィアが最後に来た場所だ。呪界へ言ったりアンノウンとの戦いで進めていなかったからな」


「この方角は……北か?」


「この先には何があるんです?リュウデリア」


「さぁな。村かも知れんし街かも知れん。宛てのない旅だからな。行き当たりばったりだ。それもまた面白いだろう?」


「ふふ。私達はそんな経験殆どしてきませんでしたからね。楽しみですよ。ミリはどう?」


「たのしみだよ!みんなといっしょだから!けどね、わたしもろーぶがほしい!」


「あぁ……忘れていた。スリーシャにも必要だな」


「そう……なんですか?」




 リュウデリアが皆を跳ばしたのは、呪界へ行くまでに王都ハーベンリストから少し進んだ場所であった。旅を再開するということで、元の場所へ戻ってきたのだ。なんとなく北へ進んでいたが、その方角に何があるかは知らない。適当に向かっているだけだから。


 ミリがオリヴィアの羽織っている純黒のローブを羨ましがり、欲しいと言う。それは別に与えても構わないが、ローブはスリーシャにも必要だなと思った。彼女は何故必要なのか分かっていないようだが、彼女の容姿は美しい。


 薄緑色の長い髪に、幼さを残しながらも美しい女性の整った顔立ち。白いワンピースを着ているが、プロポーションは良く、出ている腕や脚の肌が太陽の光を浴びて眩しい。人間の女と同じ姿形のため、精霊と知らなければ男に寄られるだろうことが簡単に分かる。いや、精霊と知っても言い寄ってくるかも知れない。


 オリヴィアは美の女神と間違われる程の美しさを持っている。スリーシャですら、その美しさに目を奪われた程だ。しかし彼女もまた人の目を集めるだけの美しさを持っている。容姿に引かれて面倒なちょっかいを避けるためという理由でも、ローブについているフードを被っているので、スリーシャにも必要だと断じたのだ。


 リュウデリアがスリーシャとミリのためのローブを造ろうとしている傍ら、オリヴィアは複雑そうな表情をしている。どうやら、純黒のローブは彼女のお気に入りであるのと同時に、リュウデリアからプレゼントされた世界に1つだけの代物という認識だったらしい。それを気配で察した彼は、クツクツと笑うと魔法陣を描いてローブを造った。




「オリヴィアのものとほぼ同じものだ。ただし、スリーシャとミリのローブは魔法が使えるようになる機能は無い。元からお前達は使えるからな。防御性能に関しても、お前達の服に予め掛かっているからつけていない。俺の魔法で造った、破れにくく、温度調整がされるだけのローブだ。それでもいいな?」


「私は大丈夫ですよ」


「わたしもー!えへへ、みてみてー!りゅうでりあがつくってくれたのー!」


「良かったなァ。しっかし、温度調整だけってのも味気ねェだろ?オレがいいもんつけてやるよ。風が味方してくれる術式を組み込んだ魔法陣を刻んどいてやるぜ。攻撃受けたら自動で風が反撃してくれるのもオマケしといてやるよ。魔力は……今は使う予定ねーし、オレの全魔力の9割注いどいてやるぜ。『轟嵐龍の加護』みてーな?」


「私も……クレアと……似たような……魔法陣を……刻んで……おこう。雷が……常に……味方を……してくれる。願えば……力を……貸してくれる。有効的に……使ってくれると……ありがたい。魔力は……私も……9割を……注いで……おく。さながら……『破壊龍の加護』……だろうか」


「あ、ありがとうございます……過剰戦力ですね」


「こ、これならりゅうでりあにかてるかも……あぅっ!?」


「調子に乗るな」


「いたーい!やったなー!?」




 スリーシャとミリのローブの襟部分に、目立たないよう2つの魔法陣が刻まれた。バルガスが組み込んだ術式が刻まれた魔法陣と、クレアの術式が刻まれた魔法陣。2匹が持つ莫大な魔力の9割が注がれているため、魔力切れはそうそう起こさない。そもそもとして、彼女達のワンピースにはリュウデリアの防衛魔法が刻まれている。


 誰にも、スリーシャとミリを傷つけることはできない。少なくとも、そこらの人間や獣人では不可能だろう。それを知っているので、スリーシャは冷や汗を流しながらぎこちない笑みでお礼を言い、ミリは全く理解していないのでリュウデリアを挑発し、デコピンで吹っ飛ばされた。


 必死な表情でリュウデリアの顔をポカポカ叩いているが、全く相手にされておらず、結局体力切れで彼の頭の上に乗って休憩した。元気なのは結構だなと言いながら好きにさせつつ、彼はオリヴィアを見た。特別製なのは、お前の持つローブだけだと言いたげな目線に、ローブについたフードを深く被り直し、赤くなった頬と耳を隠した。




「……ズルいじゃないか」


「ククッ……」




 旅を再開するにあたって、メンバーが揃った。リュウデリアとオリヴィア。バルガスとクレア。そして初めての旅の仲間となった、スリーシャとミリだ。種族に統一性がないメンバーだが、仲は良好。これからどんな旅になるのか、楽しみなものである。









 ──────────────────



 小さな精霊


 改め、ミリ。


 上位精霊になるまではその他の小さな精霊と同じということで名前を持たない存在故に、ずっと小さな精霊と呼ばれていたが、一緒に旅をする以上不便な時もあるかも知れないからということでリュウデリアから仮の名前を与えられた。


 身長が10センチ程度の小さな精霊であり、内包する魔力もそこまで多くはない。リュウデリアが小さい頃から知っている小さな精霊の生き残り。





 スリーシャ


 小さな精霊から進化し、身体的に大きくなった上位的存在の上位精霊。小さな精霊の時と比べても多くの魔力を有し、魔法を巧みに扱う事ができる。特に自然を操る緑系の魔法を得意としており、スリーシャは否定するし大したことは教えていないと言うが、リュウデリアに魔法の基礎を教えた存在。


 数百年森を見守ってきたが、もう出て来てもいいだろうとリュウデリアに説得されたため、今回彼等と旅を共にすることになった。


 思い出話を聞いているときに、楽しそうに語るリュウデリアを心の中では羨ましそうにしていた。人間と接触するのは恐いけれど、彼等と一緒ならば大丈夫だと思い、旅について行く決心をした。





 バルガス&クレア


 久しぶりに一緒に旅をすることにした。スリーシャはリュウデリアの育ての親であることは聞いているので知っている。ミリは小さな精霊達の生き残りであり、そうなってしまった経緯も聞いている。


 そこまで多く接したことがないので、親交を深めるためにリュウデリアの小さな頃と、自分達が出会ってからのリュウデリアの情報を交換するという形で話題を上げることにした。





 オリヴィア


 リュウデリアに造ってもらったローブは世界に1つだけの代物なので、同じものを造ることに複雑な気持ちだったが、その気持ちを彼が汲んでくれて旧バージョンの方にしてくれた。鱗や血を使い、想像するだけで魔法が使えるローブはオリヴィアのものだけ。





 リュウデリア


 やはりオリヴィアは特別。スリーシャ達のローブは性能高く造っていないが、その代わりに着ているワンピースの方に過剰な程の防衛魔法を付与している。


 表立って動いてもらうオリヴィアとスリーシャが純黒のローブで全身を隠していると、完全に怪しい奴の見た目だな……と思ったのは内緒。



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