第243話  まだ残る恐怖心




 ほのかな明かりのみが照らし、薄暗い部屋である女が跪き、像の前で両手を合わせながら跪き祈りを捧げている。身につけるのはシスターなどが着る女性用の修道服。


 信仰に身を捧げている女は、長らく祈りの姿勢を変えていない。信仰に熱心とも言える彼女の背後に、別の修道服を着た女性がそろりとやって来る。祈りの最中に声を掛けるのは御法度ではあるが、祈りを捧げ続ける彼女を待っていたら延々とそうしていることを知っている。なので、遠慮がちながらも声を掛けた。




「司教様、お昼ができました。一時中断されてはどうでしょうか?」


「……そうですね。まだまだ祈り足りませんが、私が行かなければ皆さんは食べ始めませんよね。それなら早く行きましょうか」


「途中で切り上げさせてしまい申し訳ありません」


「いえいえ。いいのですよ。私の信仰心が強いだけですから」


「司教様ほど──────龍を強く信仰される方はいませんね」


「ふふ。私ほどになると、信仰は崇拝となるんですよ」




 祈るために合わせられた手を解き、静かに立ち上がった女は、振り返りながらニッコリとした笑みを浮かべた。薄暗い部屋の中のため、顔は見えない。体の線も修道服を着ているので判りづらい。彼女は信仰する龍の像にほぅ……と熱い息を吐くと、夢心地のように言葉を溢した。




「龍……世界で最も強く、気高く、美しく、崇高で、絶対の存在。神とは比べるべくもない力の象徴。生ける厄災……また、この眼でお見えしたいものですね」




 呼びに来た別の女性は近くまで来た女の事を見て、つい息を呑む。快晴の空が霞んで見えるほど美しく特異な色をした女の瞳と眼が合ったからだ。




 女の眼は、暗闇をものともしないような、美しすぎる虹色の瞳をしていた。




 人は彼女のことを──────まことの信仰者と呼ぶ。






















 北へ進むリュウデリア一行。1匹と1柱の旅をするリュウデリアとオリヴィアに混ざってバルガスとクレアが居り。そして今回は初めて旅に同行する小さな精霊のミリとスリーシャが居る。ここまで旅のメンバーが多くなったことはない。だが皆が皆知らないわけでもないため、気まずさなんてものはなかった。


 バルガスとクレアはスリーシャやミリとそこまで深く接してはこなかったものの、リュウデリアという共通の話題を得ることで話が進み、気安く話せる間柄になった。


 純黒という色と膨大すぎる魔力を異質とし、他とは違う突然変異としての姿を蔑み、生まれて間もなくに捨てたリュウデリアの親である親龍とは大きく違い、愛情を持って育てたスリーシャにバルガスとクレアも興味を持っていた。


 探せば見つかるわけでもない精霊。それも小さな精霊から進化を果たした上位精霊。まだ謎の部分がある精霊であるスリーシャに、色々と質問を繰り返している。その傍ら、ミリはリュウデリアの周りを飛んで相手をして欲しそうにしていた。




「ちょろちょろと周りを飛ぶな。ハエと間違えて叩きそうだ」


「わたしはむしじゃないもん!」


「ならば周りを飛ぶな」


「えー。あるくとおいてかれちゃう……。ねっ、わたしのことのせて?」


「遊ぶなよ?」


「しないよー。えへへ……──────わーい!」


「言った傍から……。おい、俺の体を滑るな」




 頭の上に降りたかと思えば、滑り台のように背中を伝って滑り降りていくミリ。遊ぶなよと言った途端にこれかと呆れて溜め息を吐きながらも、リュウデリアはミリの為に尻尾でくるりと円を描いて遊び心をくすぐっていた。ジェットコースターのように下り、円を描いてから宙に飛ばされると、飛んで浮遊する。


 今のが楽しかったのか目をキラキラとさせてリュウデリアの頭の上にもう一度降り立って滑り落ちていった。体を滑り台にして遊ばれているというのに、怒る様子は無く、溜め息を吐きつつ付き合ってあげる姿は兄のようだった。


 オリヴィアは隣を歩きながらクスクスと笑う。何故笑っているのか分からず、リュウデリアは首を傾げた。自然に兄妹のような仲の良さを見せる彼等に対して微笑ましくしているとは思うまい。何でもないと言えば、そうかとだけ返して引き続きミリの相手をした。


 それから一行は歩き続けた。北へ向かって取り敢えず進んでいること以外は特になく、各々話していたりじゃれあっている。特にスリーシャとバルガスとクレアの仲は最初と比べても良好になっているだろう。リュウデリアはじゃれつくミリの相手をしていたが、無尽蔵なのかと疑う体力でずっとくっついてくるので、手の中に閉じ込めた。




「うわーん!おかあさーん!りゅうでりあがいじわるするー!」


「お前がいつまでも大人しくしないからだろうが」


「ミリ。怒られてしまう前にやめておきなさい。怒ったリュウデリアは怖いですよ?」


「うぅ~……ごめんね、りゅうでりあ。いやだった?」


「はしゃぎすぎるなというだけだ。また後で相手をしてやる」


「りゅうでりあ……っ!」


「気が向いたらな」


「それあそんでくれないやつっ!?」




 ガーンとショックを受けて、手の中でしゃがみ込んでのの字を書いて不貞腐れているミリに、元気な奴だと呆れているリュウデリア。スリーシャにまで注意されたら従うしかないので大人しくなったので、彼は意識を歩いている進行方向に向けた。


 王都ハーベンリストから少し離れた場所へ転移して戻ってきて、再スタートを切ってから歩いて2時間近くが経過した。元より長命の種族である龍と、悠久の時を存在する神、それに加えて数百年生きている精霊というパーティーには1時間や2時間などあっという間だ。少し経てばそのくらいが経過している。


 歩く速度も速いので、彼等はすぐに立ち寄れそうな場所に近づいた。そこまで大きくはない村がある。ハーベンリストの領内にある村だ。これといった特徴はなく、本当に単なる村だろう。王都などに訪れたことのあるリュウデリア達にとっては狭い場所だが、スリーシャとミリにとっては初めて自分から訪れる人間の居る場所だ。緊張が気配から伝わってくるのをオリヴィアも感じ取った。


 村が近づいてきたので、リュウデリアを始めバルガスとクレアは人間大の大きさから使い魔のサイズへと変わっていった。リュウデリアはオリヴィアの腕の中へ。バルガスとクレアはスリーシャの肩にそれぞれ乗った。ミリはスリーシャの近くを飛んでいる。




「……っ」


「……そう緊張しなくてもいいんだぞ。私達が居る。スリーシャに危害は加えさせん」


「オリヴィア様……ありがとうございます。まだ、人間が怖くて……」


「忘れろとは言えないが、何かあれば私達を頼るんだぞ」


「はい……っ!」




 興味ない者にはとことん淡泊な反応しかしないオリヴィアがスリーシャに対して気に掛けるように声を掛ける。それだけ彼女の存在は大きいのだろう。抱き抱えられているリュウデリアも、腕の中で頷いているのを見て、スリーシャは彼の頭をそっと撫でる。嫌がる素振りもなく甘んじて受け入れるのは、彼女が育ての母だから。


 人間の国に連れ攫われて拷問を受けたスリーシャを想い、国を相手にして殲滅までしてのけたリュウデリアならば、彼女が危機に瀕した際にはその他全てを放って助けに来ることだろう。いや、これだけ近くに居ればそんな自体には発展すらしない。そもそも両肩に『轟嵐龍』と『破壊龍』が居る時点でお察しのレベルだ。




「おや、旅の方かな?」


「そうだ。食料などを買いに寄っただけだ」


「それなら真っ直ぐ進めば肉屋などがあるよ。言ってみな」


「そうか、分かった」




「普通に入れましたね……」


「まあな。王都などになると身分の確認とかをするが、所詮は村だ。大した警戒もしていないのだろう。賊に襲われたら一瞬だろうな」




 門番というよりも、誰か来るのかを見ているだけのような初老の男性に声を掛けられ、慣れた様子で受け答えをするオリヴィアの背後に、スリーシャはそっと隠れた。無害であると分かっていても、やはり自身を痛めつけ、小さな精霊達を殺した人間が怖いのだろう。そう簡単に恐怖は拭えないので仕方ない。


 安心させるために、オリヴィアは背後にスリーシャを隠しながら村の中へ入っていった。ミリもスリーシャ同様怖いのか、彼女の被っているフードの中に入り込んで姿を隠しながらコソコソと外を覗き込んでいた。


 口頭で案内してもらった通りに真っ直ぐ進んでいくと、木製の屋台に商品を並べて食べ物や装飾品を売っている者達が見えた。村で見ない姿のオリヴィア達を見ると、全身真っ黒な容姿に訝しげにしつつ、客引き用の笑みを浮かべながら呼び掛けを始めた。




「新鮮な野菜だよー!」


「こっちは新鮮な果物だーい!」


「今朝獲れたばかりの肉もあるよー!」


「この首飾り、今なら安くしとくよ!」




「スリーシャ。何か欲しいものはあるか?」


「欲しいものですか……?えぇと……」


「何でもいいぞ?金ならあるからな」


「それでしたら……あの果物を2つお願いします。ミリも食べるでしょう?」


「いいの!?」


「構わないとも」


「わーい!おりゔぃあさまだいすきー!」


「ふふ」




 控えめな性格だからか、何でも買ってやると言っても求めたのは陳列された果物2つだけだった。赤い果実を2つ買うと店主に言って金を渡すと手渡しで交換した。買った果物をスリーシャとミリに渡した。南の大陸には生っていない果物だったからか珍しそうに眺めると、彼女達は恐る恐る果実を齧った。


 しゃくり……と、小気味良い音が鳴る。噛めば果汁が口内に染み出てきて飲み物のようだ。ミリは小さな口を精一杯開けて目を輝かせながらモリモリと食べ進め、スリーシャもゆっくりだが美味しそうに食べていった。やがて果実を全て食べ終えると、同じタイミングでふぅ……と一息ついた。




「とても甘い果実でした。美味しかったです」


「おいしかったー!」


「そうか。それは良かった。他にも何かあれば言うんだぞ」


「ほんとー!?」


「ちなみにだが、街や王都に行くともっと美味くて種類の豊富な食べ物があるぞ」


「もっとおいしいの!?いきたいいきたい!」


「それならこの村は早く出発して街か王都を目指そうか」


「やったー!おかあさん、たのしみだね!」


「えぇ、そうね。でも、あまり我が儘を言ってはダメよ?」


「うっ……はーい。きをつけまーす……」


「クスクス。気にするな。ミリの我が儘は可愛いものだからな。私達は構わないとも」


「甘えさせすぎて、それが普通に感じられても困るんです。なのである程度は我慢させないと」


「ほう……流石はお母さんだな」


「か、からかわないでくださいっ」




 リュウデリアとミリの母親をしているだけあってしっかりしているな……と、オリヴィアが頷けばスリーシャは恥ずかしそうにしていた。ローブのフードを被っているので顔色は見えないが、声色から恥ずかしがっているのが分かる。


 ミリは食べたことがない果実の味に期待度が上がっているらしく、早く街か王都に行ってみたいと小声で器用に騒いでいる。きっとそれらの場所には美味いものがあると聞いて、リュウデリアが静かに頷いていたことから、更に楽しみにしているのだろう。


 食料の買い足しに来たとは言っても、リュウデリアの異空間にはまだまだ食料が入っている。なんだったら過去の神界へ渡った際に殺した、神界の生物達も入っているのだ。腹ぺこの龍が3匹居ても問題ないくらいの量。


 故に、この村に長く滞在する理由は無い。特に何か特別なものがあるわけでもない村だ。見て回ってもリュウデリア達はつまらないだろう。なのでオリヴィア達は早々に今居る村を発つことにした。




「さてと、村を発つわけだが……そこのお前。この村を北に進むと何がある?」


「え?あ、えっと……国境に差し掛かり、更に進むと街がありますが……」


「歩いてどのくらいだ?」


「歩いてですか……うーん。数日は絶対にかかりますよ。馬車とかで移動した方が良いかと」


「そうか。ご苦労」


「は、はぁ……」




 30代前半くらいの若い男性に声を掛け、北には何があるのか聞くと国境があると言われた。そこを越えて更に進めば街に着くという。街と聞いてからミリが早く行こうと急かす。それをスリーシャが窘めながら村を出る方向へ話が進む。


 来たばかりなのに、もう出ていくのかという目線を少しだけ貰いながら、一行は村を出た。いつもならばもう少しは滞在するのだが、折角スリーシャ達が居て生きたいところができたのだからそっちを優先させても良いだろう。


 村をさっさと出たオリヴィア達は、スリーシャとミリをもっと楽しませるために国境を越えるため、更に北へ向かっていくのだった。








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 ミリ&スリーシャ


 南の大陸にはない果実を食べて美味いとなったが、それよりも美味いものがあると教えられると行きたくなった。特にミリは行く気満々。スリーシャはミリにあまり我が儘は言わないようにと言ってはいるが、普通に興味がある。少しソワソワしているのが証拠。





 バルガス&クレア


 リュウデリア達と一緒に旅をするときは、オリヴィアの肩に乗っていたが今回はスリーシャの肩に乗って使い魔のフリをした。乗り心地が良く、気を遣ってか震動がないように配慮して歩いてくれるので良い奴だなぁと思っている。


 スリーシャに何かありそうになれば迎撃する要員。最初にやってもいいレベルを決めないと殺すか徹底的に痛めつけるかの2択になる。





 オリヴィア&リュウデリア


 スリーシャが旅に同行しているのが新鮮。だが、やはり人間に痛めつけられたことが少しトラウマになっているのが心配。もちろん彼女達に危害を加えさせはしないし、悪意ある者達は許さない。人間は兎も角として、純粋に旅を楽しんで欲しいと思っている。




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