第244話 美味しいもの
リュウデリア達一行が立ち寄った村から出発して2日が経つ。道中で何かに襲われるという話はなく、彼等にとっては退屈と評す平和な時間だった。歩いての移動をしているのでゆっくりと距離を伸ばす。向かっている先に何があるのかは知らないが、大きな街があることは確かだ。まあ、その前に国境を越えてからなのだが。
2日も経てばスリーシャとミリはリュウデリア達の雰囲気にも慣れて、完全にパーティーの一員となった。天真爛漫で元気なミリは遠慮なくバルガスとクレアに絡み、スリーシャに窘められるくらいだ。特にリュウデリアに絡みに行き、呆れながらも相手をしてもらっていた。
そうして明るい雰囲気の中、一行は国境に差し掛かった。石積みの分厚い壁が設置されていて、通るための門が設けられている。ハーベンリストと、国境より先にある首都は敵対しておらず、良好な関係を築いているらしい。この頑丈な国境は、両国の魔物がそれぞれの領地に入らないようにするための配慮だそうだ。
「荷物を拝見させてもらう」
「見たとおりだ。特に持っていない」
「国境を越える目的は?」
「旅だ」
「……怪しいもの無し!通って良い。ただ、あちらの門番には通行料を支払うことになっているからな」
「分かっている。さ、進むぞスリーシャ」
「は、はい!」
使い魔のフリをしているリュウデリアはオリヴィアが抱え、スリーシャの両肩にはクレアとバルガスが乗っているスタイル。ミリはやはり人間がまだ怖いのでスリーシャのフードの中に隠れている。荷物は異空間にストックしているので見た目は手ぶらだ。
ハーベンリスト側の門番は怪しいものを持っていないかの確認を行い、オリヴィアは身分の証明として冒険者のタグを見せた。スリーシャはまだ持っていないので連れであると説明しておく。通って良いと判断されると門を通って先に行く。すると今度は、また違う門番が待っていた。
出て行く分にはいいが、入るには料金を支払う必要がある。そのためもう一度軽い持ち物検査を行い、次は金の支払いを求められる。いつもならばオリヴィアだけの代金になる。使い魔の分は基本取られないからだ。だが今回はスリーシャも居るのでその分の金も請求される。
スリーシャは人間が使う金というものを持っていないので申し訳なさそうにしていたが、これまで受けた冒険者の依頼報酬などで財布の中身はかなりの額になっているので、スリーシャ分の入国料金など有るようで無いのと変わらない。
支払う代金は国ごとに違うので、今回は1人につき4000Gとのことだった。さっさと金を払い、門番に見守られながら領地内に入ったオリヴィアとスリーシャは、使い魔のフリを継続中のリュウデリア達を連れて歩いた。
「ねぇねぇ!このさきにおっきなまちとか、おうととかある!?」
「街ならあると思うぞ。そういう話だったからな」
「どのくらい!?」
「歩きだと数日は掛かると言っていたからな。気長に歩こう」
「はやくいってみたい!」
「ミリ、あまり聞き分けがないと歩かせますよ?」
「ごめんなさい!あるいたら、わたしだけおいてかれちゃう!」
「クスクス。やはりスリーシャは強いな。……私もスリーシャとミリに美味いものを食わせてみたい。今回はリュウデリア……頼めるか?」
「良いだろう。少しズルをしようか」
歩いてゆっくりと向かうのも旅の醍醐味。周りの景色を楽しみ、時には襲い掛かってくる魔物と戦闘する。しかし今回はスリーシャもミリも初めての旅だ。歩いて向かうという行為自体も2日間体験している。ミリもウズウズして待ちきれないようだし、今回は仕方ないという事にして少しズルをしてあげようという話になった。
内容を語らずに頼まれたリュウデリアは、オリヴィアの考えを察して腕の中で頷いた。魔力の精密な操作によって全員を包み込み、宙へ浮かび上がらせる。あたかも浮遊して見える状態になると、最初はゆっくりと動き出し、次第に速度を上げて平野を飛翔していく。
向かい風に煽られないよう、包み込む魔力でガードしながら突き進む。普段ならば出さない移動速度にスリーシャとミリは驚きながら、前から後ろへ流れていく景色に楽しそうだ。高速移動ならば背中に乗せてもいいが、そこまでの距離があるわけでもないようなので、このような移動方法になった。
「はやいはやーい!」
「魔力の操作が凄まじいくらいに上手くなりましたね、リュウデリア」
「この程度ならば息を吸うよりも容易だ。褒めるならば俺の魔法を見てから言え。色々と創ったからな」
「分かりました。楽しみにしていますね?」
「うむ。任せろ。……見えてきたぞ。名はまだ判らんが、街だ」
「わぁぁ……っ!」
「あれが街ですか……っ!」
歩けば数日掛かるとされている道のりを、ものの十数秒で到着する。見えてくるのは、どの街や王都と同じように魔物対策として造られている頑丈な外壁。取りつけられた門扉。高く浮き上がる事で見える壁の中。平和を享受している住民達や、綺麗に保たれている街景色。
スリーシャとミリは国に囚われていたことがあった。しかしその時は気絶させられて運ばれ、地下に幽閉されて魔力を奪われていた。次の国では痛めつけられるだけの拷問を受けた。街並みなんてものは殆ど目にしていない。狭く暗いところに閉じ込められ、我が子のように過ごしてきた小さな精霊が1匹、また1匹と死んでいくのを見ていくことしかできなかった。
過去に何があったのかを知っているリュウデリア達は、スリーシャ達が訪れる街は、今回が初めてという設定にしている。魔力を無理矢理奪われ、拷問されただけの事を思い出さなくていいようにするため。
全員を飛ばしながら、待ちへ近くなるにつれて速度を落としていく。街の門警備についている憲兵は、宙を移動しながらやって来るオリヴィア達に目を丸くしている。他の者達と同じ手順で中に入らないと後が面倒なので地面に降り立ち、入るための手続きを踏むために門番の方へ歩いて向かった。
「旅をしているオリヴィアとスリーシャだ。私は冒険者をしている。彼女はまだだ。身分を証明するものは無いが、私が保障する」
「に、荷物は持っていま……せんっ!」
「あ、あぁ……そのようだな」
「Aランク冒険者であるオリヴィア殿。及びその連れであるスリーシャ殿。通行料金は2000Gだ。滞在する間は通行証を見せるだけで自由に出入りができる」
「2000Gだな。ほら」
「……確認した。これが通行証だ。無くすと再発行でまた2000G掛かるので気をつけるように。通って良し!」
「ようこそ。我等が街──────サテムへ!」
オリヴィアの後ろに隠れながら、彼女に全部任せる訳にはいかないと心の中で自身を鼓舞し、スリーシャは声を震わせながら荷物を持っていないと宣言した。門番は首を傾げながらも了解したと頷き、通じたことにホッとした。
初めて入るときには通行料が発生するものの、滞在する間の出入りは料金と交換で渡される通行証を提示することで通行料を払わなくて済む。1人につき1つなので、門番から通行証を2つ受け取ったオリヴィアは、スリーシャに手渡した。これで後は自由に出入りできるのかと不思議そうに眺めた彼女は懐にしまい、歩き出したオリヴィアの後をついて行く。
門を通れば、より近くで見ることができるようになった街サテムの景観がある。建物は石造りであり、清潔感がある。街には住民が多く、昼頃ということもあって賑わいを見せている。飲食店は客の呼び込みをしながら提供するための料理を作って匂いを立ち上らせている。
腹の虫を刺激する良い匂いに釣られて、ミリが匂いを嗅いで思わずスリーシャのフードの中から出て来た。そしてどこからこの匂いがするのか辿ろうとして単独行動をしそうになったので、何処かへ行ってしまう前にリュウデリアの尻尾にキャッチされた。
「勝手に行こうとするな。はぐれるぞ」
「はぎゅっ……ご、ごめんね。いいにおいしたからつい……」
「まったく……。オリヴィア、適当に飯屋に寄ってくれ」
「ふむ……いきなり肉というのもな……魚系からいくか?スリーシャは何がいい?」
「私はまだ何も分かりませんので、おまかせいたします」
「よし、ならば軽く魚を食べるとしよう。刺身はあるかな?」
「
「ふふ。まあな」
魚を生で食べるという発想がなかったので、鎧魚を初めて食べるときはおっかなびっくりだったが、1度食べてしまえばクセになり、また食べたいと思ってしまうくらいには気に入っていたオリヴィアは、刺身を出している屋台や見せがないか確認し始めた。スリーシャとミリはそこら辺の知識は皆無なので、オリヴィア達に任せる形になる。
大通りを歩きながら道の脇に並ぶ店を見ていき、オリヴィアはある出店に気がついた。その店は食べ物などを置いておらず、何かを裁くためのまな板と、その横に備えられた砂が大量に入った箱があった。見た限りそれだけしか置いておらず、オリヴィアは少し気になったのでその店に寄って店主に話しかけた。
「店主、ここは何を出している?」
「おっ、綺麗な声の嬢ちゃんだねぇ。オレの店かい?オレは
「刺身!……砂魚?」
「砂の中を泳ぐ魚だよ。此処より西方に砂漠があるんだが、そこに生息してる。砂の中を泳ぐってんで身が引き締まってうめぇぞ?どうだい?初めて見るみたいだしサービスするよ!」
「食べてみよう。取り敢えず1匹分頼む」
「おうさ!ならサービスでお連れの人の分も出すよ!料金は1匹分だい!ちなみに400Gだ!」
「ほら」
「まいど!ちっと待っててな!」
「あぁ」
「あの、オリヴィア様。さしみ?とはなんですか?」
「魚は知っているか?」
「一応、知識としては。本物を見たことはありませんが……」
「基本は焼いたり煮たりして食べるのだが、刺身は魚を捌いて生で食べるんだ。美味いぞ。私は気に入っている」
「そうなのですね」
店主に聞いてみると、なんと運が良いことに刺身を提供してくれる店だったようだ。しかしそれらしき魚が見られなかったのだが、砂魚と呼ばれる魚がいるようだ。その砂魚は、砂の中を移動するらしく、普通の魚と違って水の中には生息していない。
街サテムから西へ行ったところには砂漠があり、そこに多く生息しているとのこと。食べたことがある鎧魚は、鱗が鎧のように硬いという特徴があった。今回の魚は砂の中を移動できるという。世界は広いだけあって、色々な特徴を持った生物がいるんだなとオリヴィアは頷く。
注文が入ったので店主は横に置いてある砂の入った箱の中に手を入れた。手首ほど砂に沈めると何かを掴んだらしく、何かが暴れて砂が少し舞う。店主が掴んだものを持ち上げると、確かに魚がその手の中に居た。特徴は大体普通の魚と同じで、色は砂とほぼ同じ色をしている。だが、背中と腹の部分に細長い突起が付いていて、持ち上げられているとしきりに動かしている。嫌な人は顔を顰めそうだ。
「この突起を使って砂の中を移動するんだぜ。見た目はそんなに良くないが……味は良いから期待しといてな!」
「なるほど。面白い進化の仕方だな」
「すごく動いてます……」
「あ、砂は洗い流すから安心してくれ!」
砂の中で生きているので、呑み込んだ砂を吐き出させるために水の入った箱の中に突っ込んで付着している砂などを洗い流していく。綺麗にされた砂魚2匹をまな板の上に置いて、店主は慣れた手つきで包丁を使い捌いていった。
魚が捌かれる光景を見てられないという人も居るのだろうが、スリーシャとミリは平気だった。そもそも人ではない人外なので、感覚が人とは違うのだ。同じだとしても、リュウデリアと生活していた時に魔物や動物が生で食い殺されるところを見ていたので耐性がついているだろう。
魚の捌きはあっという間に終わり、大きめの葉の上に盛りつけられた砂魚の刺身とご対面した。身は透明感のある白で、新鮮なので陽の光を浴びて輝いている。フォークを差し出されたので受け取り、それぞれ刺身はオリヴィアとスリーシャが持っている。
オリヴィアは刺身を食べたことがあるので早速身を取り、口に含んだ。プリプリの身に、噛むと旨みが滲み出てくる。そして店主が言うように引き締まっていて歯ごたえがある。総合的に見て……美味い。オリヴィアはもう一口食べると、次は肩の方に移動したリュウデリアに食べさせた。
先に食べたオリヴィアに倣うように、スリーシャもフォークを使って刺身を食べた。プリプリの身に魚本来の旨み。初めての食感。スリーシャはフードの中で口角を上げていき、美味しそうに笑みを浮かべた。その様子を近くで見たミリは、わたしもわたしも!と早く食べたいことを示した。
フォークを使って刺身を取り、ミリに差し出すと小さな口を開けてパクリと食べた。体が小さいので一口で全部は食べられなかった。が、腹が減っていたのか無理矢理詰め込み、頬をパンパンにしながら咀嚼し、目を爛々と輝かせた。
「~~~~~~~~~っ!!!!おいふぃいっ!」
「呑み込んでから喋りなさい」
「……っ。んん゙っ……おいしい!これ、すごくおいしい!おかあさん、もっとたべたい!」
「はいはい。あ、クレアとバルガスもどうぞ」
「おう。……お?おぉ?うめーじゃん!」
「確かに……これは……美味い」
「ねっ!とってもおいしい!りゅうでりあ、おいしいよね!?」
「あぁ。美味い。だが他にも美味いものはあるからな。ここで満腹にするなよ?」
「ほんとっ!?やったー!」
バンザイをして喜びを露わにするミリ。美味しいものがあると言われて、実際砂魚が美味かったので期待も大きくなった。他にはどんなものが食べられるの?と、オリヴィアの肩に乗っているリュウデリアに何度も問いかけ、鬱陶しがられて尻尾で掴まれるとぺいっと空中に投げられた。
投げられたことにプリプリ怒りながらも、美味しいものへの期待が収まらないミリ。口には出さないが、他にはどんなものがあるのか気になるスリーシャに、他に美味そうなものを探そうかと提案するオリヴィアだった。
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サテム
リュウデリア達が寄った街。辺境伯が治める街であり、獣人と人間が共存している。冒険者ギルドも設置されている。街は清掃が行き届いていて、これに貢献しているのは製造業の者達。魔法を使い、効率良く街の汚れを落としていく。
普通の魚と違い、砂の中で生活をしている魚。エラ呼吸ではなく肺呼吸をするため、息を吸うときだけ顔を出す。
体には突起があり、それを使って砂の中を泳ぐように移動する。体色は砂と同じなので、砂に紛れていて見つけるのは中々難しいが、網を使うと簡単に捕まえられる。
スリーシャ&ミリ
魚の刺身を初めて経験した。初めての経験で美味い経験を得られたので、これからも刺身を食べるときに忌避感は無く食べられる。
ミリは体が小さいので食べられる量も少なく、他にも美味しいものがあるということで砂魚の刺身は2枚でやめておいた。それでも食べたい欲はあるようで、チラチラ見ていた。が、我慢した。
ちなみに、味変のために置いてある醤油などを使って食べるとまた旨みが違ってくるので気に入った。
クレア&バルガス
実は生で魚を食べるのはこの2匹も初めてだった。リュウデリアが美味そうに食べていたので美味いのだろうなと思いながら食べたが、本当に美味しかったので刺身というものを覚えた。
リュウデリア&オリヴィア
2度目となる刺身は、やはり美味いという評価。オリヴィア的には刺身の丼ものがあっても良かったが、食べ歩きをするつもりなので今は刺身だけでいい。リュウデリアは大食いチャレンジがないことに残念そうにしていた。
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