第18話  黒龍は『殲滅龍』を知る



 冒険者ギルドの受付嬢からオススメで教えてもらった宿に一泊したオリヴィアとリュウデリア。朝、先に起きたのはオリヴィアで、となりに眠るリュウデリアを寝惚けた半目で見ながらゆるりと微笑み、起こさないように頭をそっと撫でてからベッドから起き上がり、洗面所に行って顔を洗った。


 髪が長いこともあって寝癖が付いている。それを直してから鏡の前でチェックをする。神であっても身嗜みには気をつけるのだ。そしてチェックを済ませて問題が無ければ、寝室に戻って自身の服に着替える。ローブを纏ったところで、リュウデリアも起きた。眠そうに頭だけを上げて辺りを見渡すその姿に、オリヴィアはクスリと笑った。


 ボーッとしているリュウデリアに近付いておはようと挨拶をすると、眠そうなおはようという挨拶を返された。余程柔らかいベッドが合っていたのだろう、予想以上にリュウデリアは熟睡していたようで、目も半開きになっている。オリヴィアは連れて行っても問題ないだろうと判断して、リュウデリアを抱えて部屋を出る。鍵を閉めて2階から1階に降りる。


 既に起きて朝食を取っている他の客も居て、階段を降りてきたオリヴィアの美貌に驚いて固まったのを無視し、空いている席の所に行き、自身が座る反対側のテーブルの上にリュウデリアを降ろし、自身は椅子に腰掛ける。座って少し待っていると、従業員の女性がやって来るので朝食を頼み、待つ。その待っている間は、まだ少し眠気を取り切れていないリュウデリアの観察をしていた。


 テーブルに肘を付き、手の平の上に顎を載せる姿勢を取っているオリヴィアは美しい。その証拠に朝食を取っていた他の客の視線を一人占めしていた。それも主に男性の。恋人だろう男性と朝食を食べていた女性達は、他の客に見惚れている相方に怒りを露わにし、耳を引っ張っていた。そんな他の視線を集めるオリヴィアの視線は、常にリュウデリアに向いている。なんと羨ましい事だろうか。




「はい、ウチの宿で出している定番の朝食でーす!メニューは、スクランブルエッグとハム。サラダにコーヒーです!使い魔ちゃんの飲み物はコーヒーじゃない方が良かったですか?」


「んー、念の為果実のジュースでも貰おう」


「はーい、畏まりました!」




 直ぐにリュウデリア用のジュースを持ってきた従業員の女性に礼を言い、オリヴィアとリュウデリアの朝食が始まった。他の客にも使い魔らしき小さな魔物であったり、狼の魔物を傍に座らせていたりするが、全員飼い主が手ずから食べさせている。床やテーブルを汚してしまうと考えているからだろう。だがリュウデリアは違う。


 オリヴィアはリュウデリアをチラリと見ながら、リュウデリアが他と比べて優秀な事に優越感に浸る。リュウデリアは手や食器を使わず、魔力操作で食べ物を浮かし、口元まで運んで食べている。口の中に入れられる分だけを浮かせ、食べる。絶対に溢す訳が無い。これには他の客も思わず見てしまう。


 明らかにサラダを食べているオリヴィアではない。ならばもう、リュウデリアが自身で浮かせて食べている事になる。繊細な魔力操作技術。それをあんな小さな使い魔が熟しているとは……と、興味深そうに見ているのだ。すると、視線に敏感なリュウデリアが周囲を見渡し、見ている者達を黄金の瞳で見返した。


 つい他人の使い魔を覗き見ていた者達は、リュウデリアが見返してきた時、背筋に冷たいものを感じた。目で見て見えている分には肩に乗せられる小さな使い魔だが、目が合った瞬間にはまるで……強大で巨大な何かに見られている感覚に陥った。冷や汗が噴き出て、食器を持つ手が震える。リュウデリアが目を細めると、目線を前に戻した。触らぬ神に祟り無し。もう盗み見るのはやめようと心に決め、自身の使い魔を撫でて気を紛らわせた。


 オリヴィアはその光景を見てほくそ笑む。リュウデリアを唯の使い魔だと思って舐めているからそうなるのだと。そもそも使い魔ですらないのだが、オリヴィアとてリュウデリアが小さく見られるのは気に入らない。本来の姿は見上げるほど大きく、勇ましく気高く崇高で強大な力強さを持つ姿をしているのだから……と。




「さて、今日はどうする?」


「ふむ……冒険者のランクを一つ上げておくのはどうだ?どうやら最底辺のFランクというのは研修?というのを兼ねたものらしい。本も捨てがたいが、どちらも時間を置いて逃げるようなものでもない。ならば先に勝手が分かる冒険者ランク上げから入るとしよう」


「お前が良いなら、今日もクエストだな」




 周囲の者達にバレないように小声で会話する二人。今日は何をするかというものだったが、リュウデリアの考えの元、冒険者ランクを一つ上げるということになった。冒険者ランクの内、Fランクというのは最底辺であると同時に研修のようなものである。つまり、本格的な冒険者とは声を張って言える状況では無い。ならば如何するか。とても簡単である。ランクを上げるだけだ。


 Fランクのクエストを数回受ければ、FからEへと上がる。簡単なクエストなのは変わらないのだが、Eに上がったところで、本当の冒険者の始まりとも言えるだろう。そして肝心なことがここで一つ。Fランク冒険者は一年以内にランクを上げなければ、冒険者協会の方から強制的に冒険者登録を剥奪するということだ。本来ならば一週間もあれば、十分以上にランクをEに出来るというのに、それが一年も経つということは、冒険者をする意思が無い……と、とれるからだ。


 オリヴィアとリュウデリアは人間ではない。この街に寄ったのだってリュウデリアの元住処から一番近くに有ったからに過ぎない。冒険者登録とて、他の街や国に行った場合の身分を証明出来る物を念の為に作っておく為だ。故に明確な確固たる理由があって登録するわけでは無い。そうなれば、若しかしたらFランクのまま一年を優に超える期間活動しないかも知れない。それを考慮し、ランクを一つ上げるのだ。


 話が纏まった二人は立ち上がる。リュウデリアはオリヴィアの体を登って肩の上に乗り、伏せている状態に入る。出来るだけ蜥蜴などを基にした使い魔に見せる為だ。まあ、翼を生やしている時点で普通の蜥蜴にはあまり見えないだろうが。


 席を離れて受付の所まで行くと、借りていた部屋の鍵を受付の女性に返却した。元気の良いありがとうございましたという挨拶を背中に受けながら街道に出た。今日の天気は雲が少し有るが、晴れていて気持ちの良い空が広がっている。風も強くなく微風程度だ。クエストを行うにはもってこいの天気だろう。


 歩きながら、美貌の所為で多くの視線を集めるのは面倒だからということで、オリヴィアはローブに付いているフードを被った。これで顔を見られて視線を集めることは無い。因みに、このフードはリュウデリアが魔法で造った代物で、勿論純黒の色である。


 このフード付きのローブ、実はとんでもない力を籠められている。例えば、オリヴィアが死角から不意打ちをされたとしても、着ている限り物理攻撃の威力を九割以上軽減させ、魔法は撃たれた方向、撃ち込まれた威力でそのまま跳ね返し、万が一反射を貫通した魔法は、物理攻撃と同じく九割以上軽減させるというとんでもない代物である。更にローブ自体が物理と魔法に非常に高い耐性を持っている。つまり、着ている限りオリヴィアはほぼほぼ無敵に近い。


 これはオリヴィアを外的要因による攻撃から護る為という理由もあるが、最もたる理由は、リュウデリアが魔法を放った時、仮にオリヴィアに誤射してしまったり、広範囲で捲き込んでしまったとしても、あまりダメージを与えないようにするためのものである。リュウデリアが誤射したり、範囲を間違えたりするのは殆ど無いに等しいが、念の為である。


 こうして説明している間にもオリヴィアとリュウデリアはギルドに着いた。フードを被って顔を隠しているが、純黒のローブと純黒の鱗を持つ蜥蜴のような翼を生やした使い魔を肩に乗せているのは、オリヴィアしかギルドに居ない。直ぐに誰か察すると視線が集まる。たかだか大男の手首を斬り飛ばした位で、随分と敬遠するものだと鼻で笑うと、クエストボードの前に立ってクエストを見繕う。




「討伐系のクエストは無いんだな。Fランクは基本採取や街中の無くした物を見つける……なんて下らんものばかりだ」


「まあまあ、そう言うな。お前も自分の口で研修だと言っただろう?討伐系クエストはEからだ」


「チッ、つまらん。……ん?そうだ、こういうのはどうだ?」


「……ほう。ふむふむ……それは良い考えだ。それなら直ぐにEへ上がるな」




 オリヴィアは小声で提案してくるリュウデリアの案に耳を傾けると、早速提案通りにクエストボードから依頼書を千切って受付カウンターの方へと向かう。丁度誰も並んでおらず、スムーズに受付をする事が出来る。そして受付カウンターに居たのは、昨日オリヴィアとリュウデリアの受付を担当してくれた受付嬢だった。


 二人が来たことにニッコリとした笑みを浮かべて歓迎してくれた。他の者達が恐れている中で、唯一恐れず接してくれつつ、余計なことを聞いたりしてこない、有能な受付嬢である。




「おはようございます、オリヴィアさん。使い魔さんもおはよう」


「…………………。」


「おはよう。お前の紹介してくれた宿だが、中々どうして良いものだった。また利用させてもらうかもしれん」


「良かったぁ。使い魔さんも居るので使い魔同伴でも大丈夫な宿を紹介させて頂きました!それで、今日のクエストはどれですか?」


「それなんだが、同時に複数受けてしまおうと思ってな。どうせFランクのクエストは簡単なものであるし、短時間で終わるものを何度も行ったり来たりするのは些か面倒だ。そこで、4つ持ってきた」


「な、なるほど。まあ、同時に複数受けてはならないというルールはありませんし、不可能じゃない範囲なら大丈夫ですよ。それにFランクの簡単なものですし。それで、えーっと依頼は……薬草の採取を4つですね!」


「溝浚いでも良かったんだが、使い魔のリュウちゃんの鼻が曲がると思ってな」


「あー、下水道の溝浚いばかりでしたからね……納得です」




 理由を聞いた受付嬢は苦笑いしながら頷いていた。実際リュウデリアは鼻が良いので、下水道に行けば鼻が曲がるだろう。それを考慮して選んだクエストは全て薬草の採取。昨日行ったもののみである。これならば同じ場所で取れるものなので、一度クエストを終わらせてもう一度向かうという手間を掛けなくてすみ、無駄な時間を短縮して省けるというものだ。


 幸いにしてギルドのルールの中に、一度に複数の依頼を受けてはならないというものが無かったので、簡単に依頼の手続きを進めてもらえた。一度に4つの手続きをするので少し時間が欲しいと言われたので待っていると、受付嬢が手続きが完了したという旨を報告してくれたので、早速薬草の採取に向かおうとした。だがそこで、受付嬢が待ったを掛けたのだった。




「オリヴィアさん達に、昨日言い忘れた事があったんです!」


「なんだ、注意事項か?」


「いいえ、そうではありません。いや、ある意味注意事項なんですが……実は、ここからは数十キロは離れているんですが、あの龍が出たんです」


「ほう…?」


「それも、一日で3つの国を滅ぼした畏るべき龍で、特徴は全身を純黒の鱗で覆い、普通とは違う龍の姿をしているそうです。龍の出現を表明した国は、その純黒の黒龍の事を『殲滅龍』と名付けました。本当の名はリュウデリア・ルイン・アルマデュラというらしいですが……純黒の姿を見たら直ぐに逃げて下さいね!絶対に対峙してはいけませんよ!冒険者ランクSSSと同等とされる『英雄』ですら刃が立たず、一方的に殺されてしまったようなので……」


「……………………。」


「なるほど……そんなことが。純黒の黒龍……リュウデリア・ルイン・アルマデュラ……か。分かった。十分に気を付けておこう。助言、助かった」


「いえいえ。私はオリヴィアさん達を思っての事ですから!オリヴィアさん達は……何て言えば良いんでしょうか?他の方々と違う、何かを感じるんです。未来の『英雄』を見ているような……そんな気持ちになるんです」


「ふふっ。それは流石に言い過ぎだ。まぁ、悪い気はしないがな。……では、行ってくる。内容が内容だから、恐らく直ぐに帰ってくるだろう」


「はい!いってらっしゃい!」




 小さく手を振って見送ってくれる受付嬢に軽く手を振り返し、オリヴィアとリュウデリアはギルドを後にした。そして街道を進んでいき、門に居る門番を昨日のように無視し、リュウデリアが魔力をオリヴィアに纏わせる。少し屈んで跳躍すると、昨日行った木々の生えた場所に三歩程度で到着した。


 中へと入っていき、薬草を探しながらオリヴィアがクスクスと笑い出した。突然笑い出したオリヴィアだが、その笑っている理由を大方察しているリュウデリアは、目を細めて睨んだ。咎めるような目線にすまないと謝罪してから、オリヴィアはリュウデリアの頭を撫でた。




「いやはや、『殲滅龍』の説明を聞いてはいたが、その『殲滅龍』殿が私の肩の上に居て、彼奴等が今目にしているのに……と考えると面白くてな。此処まで笑うのを我慢するのに腹筋を大分使ったぞ」


「ふん。……俺の話を広めるために手紙でも放ったのだろう。最後に滅ぼした国の王の仕業だ。恐らくダンティエルと殺し合っている時にやったんだな」


「……?人間の名前を覚えているのか?」


「あぁ。彼奴は中々の人間だった。殲滅して皆殺しにした人間の中で、真面な人間性を唯一俺に見せた。故に、俺は奴に対して敬意を払い、俺の力を見せて殺した」


「なるほどな。……因みにだが私の名は覚えているか?」


「は?オリヴィアではないのか?」


「ふふっ……大丈夫だ、当たっているぞ」


「……?」




 何故態々名前を言わせたのか分からないリュウデリアは小首を傾げるが、オリヴィアは何も言わず、嬉しそうに微笑みながら薬草を探していた。良く分からないが、まあオリヴィアが特に何か言ってくるわけでも無いので良いか……と考えて、リュウデリアも薬草を探すことにした。匂いを嗅いで薬草の大まかな位置を割り出し、尻尾で方向を指し示してオリヴィアに伝える。


 オリヴィアがリュウデリアの教えた方向に歩みを進めて薬草を探している間に、リュウデリアは『殲滅龍』という名について考えていた。まさか国を滅ぼした事によって二つ名を得てしまうとは思わなかったからだ。それにもっと厄介なのが、リュウデリアの外見的特徴が広まってしまっているということだ。


 仮に人間に見つかり、討伐に出られたとしても負けるつもりは毛頭無いし、なんだったらまた滅ぼすことだって容易だとも考えている。何せそれだけの力を持っているのだから。だが、襲われて殲滅してを繰り返すのは実に面倒だ。簡単に殲滅できるからといって、そう何度も向かってこられるのは鬱陶しいのだ。


 今のように小さくなっていれば、3つの国を滅ぼした純黒の黒龍だとは思われないので活動は出来るが、元の大きさに戻れば、見上げる程の大きさなだけに、それだけ人目に付いてしまう。龍ともあろう者が小さな事を考えていると思うかも知れないが、生活を脅かされると考えれば考えなくは無い事だろう。




「よし。一つ目のクエストの薬草は採取したな」


「4つも受けたが直ぐに終わるな、これは」


「帰って報告したら、適当に食べ歩きでもするか?」


「今度は肉系を食ってみたい」


「ふふっ、了解だ。一緒に探そうか」




 二人は薬草を探しては抜いて、異空間に跳ばしてを繰り返しながらクエストの内容を進めていった。このあと、あっという間に薬草の採取は終わってしまい、その場ではやる事なんて無いので街へと戻り、門番を無視してギルドに帰った。受付嬢にクエストの目的であった薬草を渡して報酬を受け取り、4つのクエストを達成したのでFランクからEランクへ昇進した。


 受付嬢はオリヴィア達がクエストに向かっている間にEランク用の冒険者のタグを作っていた。将来有望だろうオリヴィア達の事なので、薬草の採取クエスト4つなんて直ぐに終わらせて帰ってくるだろうと踏んでいたからだ。結果は予想通りで、余分な分も採ってきてくれたので追加報酬を払い、Eランクのタグを渡したのだ。


 Fランクのタグは記念に持っておく事も出来るが、特に思い入れなんて無いので受付嬢に返却し、交換する形でEランクのタグを受け取った。早速Eランクのクエストをやっていくか尋ねられたが、リュウデリアと食べ歩きをすると言って断り、受付嬢に別れの挨拶をしてギルドを出た。


 それから二人は街の中を適当に歩って目についた美味しそうな物を食べ、また歩って探しては食べてを繰り返し、一日を満喫した。途中からはオリヴィアが満腹になってしまったのでリュウデリアが食べていたのだが、オリヴィアはリュウデリアに食べさせているだけでも嬉しそうで楽しそうだった。そして泊まる場所は、結局同じ宿になった。受付の人ももう一度やって来たオリヴィアとリュウデリアに歓迎の笑みを浮かべてくれた。







 自身が知らぬ所で『殲滅龍』と畏れられている事を知り、色々な食べ物を2人で食べ歩いた一日であった。そんな2人はまた一緒のベッドで眠る。次の目的は図書館。リュウデリアが人間やその他の種族、世界について知る機会である。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る