第257話  龍神信仰の信徒達






「──────さぁ、どうする?強制はしない。ただし、触れて魔法の恩恵を受けることができたのならば、俺の信徒として認めてやろう」




 龍を信仰し続けるか、リュウデリア・ルイン・アルマデュラのみを信仰して恩恵を受けるのかの2択。龍を信仰すると宣言しても別に咎めはしない。それは人間の自由だと思っているからだ。


 信仰して欲しいと言っている訳でもない。ただ、どうするのかと問うているだけだ。実際、龍でありながら同じ龍を信仰している者も居る。もちろんそれは、普通の龍と龍王の関係だ。


 人間の子供達を見下ろしながら、目を弧にして嗤う。さてどうするのか……と。恐がっているのか、何故失敗したら死ぬような大博打に設定するのかと困惑中なのか固まる子供達。中々名乗り出ないのを見て、リュウデリアはまあ当然かと嘆息した。今まで龍を信仰していたのに、俺のことだけを信仰しろと言われてすぐできるとは思わない。ヴェロニカがおかしいだけである。




「……っ。ごくっ。わ、わたし、に……やらせてくだ、さい!」


「……ほう。名乗りを上げるか。いいぞ。やってみろ。この球に触れるだけでいい。選別は魔法が勝手に行う」


「……っ……はい!」




 名乗りを上げたのは、まだ小さな女の子。恐らく10歳やそこらだろう。もっと大きな子供も居たが、少女は誰よりも早く手を上げてどもりながらでも進言した。リュウデリアは最初の言いづらさがある中で勇気を以て名乗り上げたことに感嘆とし、近くに来るよう手招きした。


 円形のテーブルの上には、リュウデリアを表す純黒で形作られた球体がある。これに触れれば触れた者の信仰心を読み取り、選別し、合格した場合にのみ才能を読み取って伝え、バックアップまで行う魔法が発動する。


 少女は深呼吸をした。今まで信仰を捧げていた龍から目の前に居るリュウデリアに置き換える。彼のみを、彼だけを信仰することを胸の中で誓い、恐る恐ると球体に手を伸ばす。そして、指先が球体に触れた途端、少女の頭の中には漠然とした情報が流れ込んできた。自身が持つ才能。使い方。成長効率。つまりそれは……。




「──────これでお前は俺の信徒となった。どうだ?何の才能があると示された?」


「ま、魔法……です。水系統の魔法でした……」


「魔力は……ふむ。10倍近くになっているな。少し後押しするだけに留めるよう設定したが、俺基準の所為で倍率が狂ったか?……まあいいか。さて人間。名乗るがいい」


「み、ミーナです」


「ふむ。ミーナ。お前は俺の魔法で認められた。つまり俺が認めたも同義だ。その信仰を褪せることなく捧げ続けろ。さもなくば死ね。だが褪せない信仰を捧げ続ける限り、俺はお前を見ている。世界はお前が思うより広く、矮小で、間抜けで、つまらなく、美しく、素晴らしい。見聞を広め、物事を習い、吸収し、己の力とするといい。お前の才能はお前のものだ。有象無象の塵芥共が何を言おうが心に留める必要は無い。さて、お前は何だ?何者となった?」


「わ、私はミーナ。リュウデリア・ルイン・アルマデュラ様にお認めいただいた、龍神信仰の信徒です……っ!」


「そうだ。お前は俺の歴とした信徒だ。この俺が認めた信徒だ。これより励め。そして塵芥を蹴落とす程強くなれ」


「は、はい……っ!わ、わわっ……!」


「さてと……」




 少女……ミーナはリュウデリアの魔法の球体に触れ、信仰心を認められた。よって才能を看破する魔法が発動し、彼女の才能である水系統の魔法の伸び代を伝え、バックアップを施した。その時にリュウデリア視点での軽いバックアップが人間だと多大なものであったのだが、設定を弄るのが面倒だったのでそのままにした。


 リュウデリアの言葉を聞いて胸の奥に炎を灯したミーナ。球体に触れる前の自分とは全く違う。体の奥底から力が溢れ出てくるのを感じ、才能を自覚したことで自信がついた。加えてリュウデリアの言葉である。ミーナはこの先大成するだろう。他でもない、彼の力によって。


 いつまでも立っていると見下ろしていてばかりだと思ったリュウデリアは、オリヴィアの分と合わせて転がっている瓦礫を使って椅子を作り出して座った。その際にミーナに手を伸ばして抱き上げ、膝の上に乗せる。畏れ多いと思って固まったミーナだが、鱗越しに伝わる高めの体温、肩に置かれた大きな手に安心感を抱いた。




「実際に球体に触れ、力を得た前例が生まれたぞ。今やこのミーナは俺の立派な信徒となった。実に素晴らしい。これから先に於いて、ミーナは水の魔法の才能を遺憾なく発揮し、世に名を知らしめる事だろう。龍神信仰の信徒であるミーナであると。それだけの力を俺は与えた」


「す、すごい……」


「俺が他と比べてどうなのかはお前達が判断しろ。ただ、これだけは言っておいてやる。俺の信徒となるならば、胸を張れ。塵芥風情に目を向けるな。この世の中が生きづらいならば、お前達が作り変えてしまえばいい。安心しろ。それだけの力を与えてやる。信徒であれば、俺を信じて生き抜け。俺が言いたいことは終わりだ。残りの人間共。龍を信仰するならばこの部屋に居る意味は無い。失せろ。俺を信仰するつもりなら、球体に触れろ」




 俺を信仰し、それを認められたならば慈悲と力を与える。その実際の例がミーナであり、彼女は現在リュウデリアの膝の上に座っている。優しく肩に置かれた手の温もりを感じ、頬を緩ませている。本来は不敬であると言いたいヴェロニカだったが、彼が座らせたので羨ましいと思いながら押し黙る。


 自分よりも小さな子が覚悟を決めて球体に触れた。ならば今度は自分の番だと、リュウデリアに対する信仰心を強く持ちながら前に出て、少しの死への恐れを抱きながら球体に触れた。瞬間、ミーナの時と同じように自身の内に眠る才能の情報を頭に流され、バックアップを施された。


 純黒に呑まれ死んでいない。しっかりと生きている。年長組であった少年は掌を開閉して確かめ、リュウデリアに向かって片膝をついてから祈りを捧げた。主として崇める姿勢に対して一度頷くと、下がっていいと言って下がらせる。次は誰だ?と視線で促すと、おずおずとだが、次々に子供達が球体に集まっていった。


 次々と成功していく子供達。彼等彼女等の内にはリュウデリアを主として信仰する心ができあがっている。これから先彼のみを信仰することを強制されているが、それに不満はない。何せ崇めているのだから。


 成功者が多い中、やはりというべきか、失敗者も現れた。意思が弱かったのだろう。だから皆が部屋を出て行かず、球体へ触れに行くの雰囲気に流されて触れてしまった。リュウデリアに対する信仰心が欠けたまま。するとどうなるか。それは死だ。彼が言ったように、純黒に呑み込まれる。




「あ、あ、あぁ……っ!?や、やだ……っ!やだぁ……っ!!死にたくない……っ!死にたく……な………──────」




「はッ。場の空気に流されて触れるからだ愚かな小娘。俺は何度も忠告しただろうに。触れたお前の責任だ。潔く死ぬといい」




「信仰心が足りないと……」


「あんなふうに死んじゃうんだ……」


「こ、こわい……」


「わたし……あの、やめとく……」


「お、おれも……」




 本当に死ぬ。小さな子供の女の子が指先から純黒に呑み込まれていく。指から手の甲、前腕に二の腕と範囲を広げて侵蝕する純黒を止めようともう片方の手で叩いたりしても止めることはできず、まだ8歳やそこらの女の子は消失感を味わいながら涙を流し、最後は完全に純黒に呑み込まれて砕け散り消えた。


 成功した者達だけを見ていたため、ハードルが下がっていたが触れるだけで死ぬ球体が怖く、触れたくないと思うのは当然だ。あんな風に死にたくないと思ってしまった何名かの子供達は怯えながら後ろに下がり、部屋から出て行った。それをリュウデリアは咎めない。触れる触れないは自由にしろと言ったからだ。


 龍神信仰は有名だがそこまで信徒が居るわけではない。神を信仰するならまだしも、龍を神として信仰するのはある意味特殊だからだ。なのでリュウデリアの信徒たらしめる選別はそう時間は掛からずに終了した。


 数人は死の恐怖に打ち勝てず辞退し、もう数人はリュウデリアへの信仰心が足りず純黒に呑み込まれて死んだ。十数人が部屋の中に居り、皆が一様に彼へ跪いて祈りを捧げていた。この子供達こそ、篤い信仰心を持ち合わせる信徒となり、将来大成することが約束された者達である。




「顔を上げろ。お前達はこの瞬間より俺が認める信徒だ。いいか、所詮この世は力がなければ何もできん。腕力。知力。権力。全て力だ。不満があるなら力をつけろ。憎いならば殺せ。だが力も無いのに実行しようとするな。殲滅するに足る力をつけ、下に見てきた塵芥を殺すんだ。でなければできもしないことをやろうとしている塵芥のガキと同じだ」


「は、はい……っ!」


「胸を張れ。親に捨てられようが、世間から爪弾きにされようが、お前達には俺が居ることを忘れるな」


「「「────────────っ!!!!」」」




 主が信徒である自分達に寄り添ってくれている。何という幸せ者だろうか。祈りを捧げる相手からこんな言葉を掛けてもらえるなんて、どれだけの奇跡なのだろうか。ましてや才能を見出し、力まで与えて下さる。私達はこの方を崇めよう。生涯に渡って崇め続けよう。


 深く、深く頭を下げて祈りを捧げる子供達。膝の上に座らせていたミーナを降ろすと、彼女も子供達の集団の中に戻って急いで祈りの体勢に入った。


 龍の突然変異であるリュウデリアは、同じ龍から最早忌み嫌われている。悍ましい姿形だと。禍々しい魔力だと。世界からは『殲滅龍』と恐れられている。誰も彼のことを崇める存在など居なかった。しかし今、十数人とはいえ崇めてくる者達ができた。これが龍王が味わっている感覚かと思いながら、祈りを捧げているヴェロニカに目を向けた。




「次はお前だ、ヴェロニカ」


「私にも温情をいただける……と?」


「あぁ。何せお前は俺の信徒を束ねてきた。俺が認めるだけの力を研鑽により手にし、実績も積み重ね、龍神信仰を創設した。幼き頃に抱いた夢を己の手で実現させてみせたんだ、俺が認めん訳にはいくまい。ましてやミーナ達にだけやってお前に何もやらないのは不公平だからな」


「なんというもったいなき御言葉……私は幸せ者です」


「お前にやるものは決めていた。少し待て」




 即席で造った椅子から立ち上がったリュウデリアは、自身の腕に手を這わせ、純黒の鱗を2枚無理矢理剥がした。自身を傷つける行為にヴェロニカが驚いているのを尻目に、彼は左掌に鱗を載せたまま、右手で魔法陣を展開した。


 鱗が浮かび上がり、魔法陣に刻まれた術式により形を変えていく。異様に硬い鱗が飴細工のように形を変え、それは武器の形へとなる。ヴェロニカや子供達が固唾を呑んで見守る中、鱗は形成を完了した。それは篭手だった。純黒の鱗を使用して造られた純黒の篭手。


 拳を殴打の衝撃から守り、肘まで覆うそれは頑強そのもの。数多の名剣名刀を振り下ろそうが傷一つつかない逸品。純黒なそれを光に翳すと、ほのかにリュウデリアの腕のように鱗が生えていると思わせる模様が刻まれている。


 試しに付けてみろと言われ、ヴェロニカはやや緊張した面持ちで壊れ物を預かるように受け取り、篭手に腕を通した。些か大きくて隙間があったが、次の瞬間にはヴェロニカの腕に張り付くように縮まった。サイズは完璧になり、彼女は掌や手の甲、前腕部分に視線を落として優しく撫でた。




「気に入ったようだな」


「はい……はい。それはもう。なんとお礼を申し上げればいいか……」


「あぁそれと、置き場所には困らんぞ。頭の中でその篭手が手の甲に集まるイメージをしてみろ」


「……?わかりました」




 言われた通りに頭の中で篭手が手の甲に集まるイメージをしたヴェロニカ。何があるのだろうと思っていると、篭手が解けた布のように変わり、彼女の両手の甲の部分に吸い寄せられていく。魔法により収納された篭手。集まっていた箇所には、純黒の魔法陣が刻み込まれていた。


 今度は腕に纏うイメージをしてみろと言われてやってみると、同じく布のような形状になっている篭手が魔法陣から姿を現し、腕に巻きついた後頑強な姿へ変貌した。これで何処へ行くにも持っていくことができる。欠点は、もう外せないことだろうか。それを聞いてもヴェロニカは嬉々とした笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。




「身に余る光栄でございます、主よ。勝手ながら主が身近に居るものと思い、大切に使わせていただきます」


「それは展開されると同時に魔力で常時、限界までお前の肉体と共に強化するようにしてある。俺の鱗である以上、魔法を撃ち込まれても高い耐性がある。良い力を持つのに、それに見合う肉体の強度が足りんお前を補うための武具だ。これで更なる強さの向上を望む。励めよ」


「はい。主の御心のままに」




 ヴェロニカに与えられたのはリュウデリアの鱗を使った篭手。魔法に対して高い耐性があり、頑強さに関しては凄まじいもの。加えて使用者であるヴェロニカの肉体と篭手を魔力で限界まで強化する魔法が刻み込まれている。彼女の弱点である肉体の強度を補うためのものであり、肉体の強さを全面的に使うための近接戦闘用の代物。


 世界からも、同族の龍からも恐れられる『殲滅龍』の一部を使い、『殲滅龍』自らが造り上げた武器というのはどれだけの価値があるのだろうか。まあもっとも、ヴェロニカにはそんな価値など興味はない。あるのはリュウデリアより下賜された命よりも大切なものという事実である。


 龍神信仰はリュウデリアを信仰するようになった。才能を見出し、背中を押され、武具まで賜った。そして彼は自身を信仰する者達は見捨てず、いつでも見ていると言う。恐らく、信仰しても何もしない神よりも、余程神に相応しい振る舞いをしているのではないだろうか。




「話も終えた事だ。腹が減った。飯にするとしよう。俺に初めて信徒ができた祝いだ……過去の神界で殺して手に入れた肉を振る舞ってやる。さて、祝いの準備に取りかかれ!」




 手をバシバシ叩いて促すリュウデリアに、信徒の子供達とヴェロニカは元気よく返事を返し、慌ただしく部屋を出て調理室に向かったのだった。






 ──────────────────



 司教の純黒なる篭手


 凄まじい膂力を持つが、肉体的な強度が足りないがために攻撃する度に傷ついてしまうヴェロニカを補助するための純黒の篭手。


 リュウデリアの鱗から造られており、魔法に対する耐性を持つ。強度は鱗本来のものに加え、魔法で使用者であるヴェロニカの肉体と篭手を限界まで強化するようになっている。


 手の甲に魔法陣が刻み込まれ、収納と展開が楽。その代わりに外すことができない。





 龍神信仰の子供達


 リュウデリアを信仰することを誓った者達。中には死の恐怖を拭えずこれまで通り龍を信仰する者と、信仰心が足りず死んでしまった者達も居る。


 ただ、選ばれた者達は才能を自覚し、リュウデリアの魔法による強力なバックアップを受けている。


 例えば、最初に名乗りを上げたミーナは水の魔法の才能があることに加え、内蔵している魔力総量が10倍近くに膨れ上がっている。これはリュウデリアが単純に自分視点でちょっと後押しをしてやろうと思って設定したがため。





 リュウデリア


 初めて崇められた。悪い気分ではない。魔法の選別を乗り越えたということは心より信仰することを誓ったということであり、同じ龍族の奴等よりも余程かわいい奴等という認識。


 いや、塵芥しか居ないから同じ龍族はかわいくない。





 オリヴィア


 メインがリュウデリアの話だったので出番がなかったけれど、しっかりと隣に居た。


 ヴェロニカに鱗から造った篭手をあげているのを見て、ムムッ……となったが、まあリュウデリアが気に入った人間なのだしいいかと思っている。正妻の余裕とも言える。でもちょっと気に食わない。



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