第256話 信仰心を試そう
「──────ここ……は……」
「──────お前が開いている龍神信仰教会の祈祷の間だ。俺より余程見慣れているだろう」
「──────ッ!!」
ガバッと起き上がった司教は声がした方に顔を向ける。そこには崩れてしまい瓦礫と化した元龍の像があった場所に腰を下ろし、見下ろしているリュウデリアの姿があった。司教は考えるよりもすぐに跪く姿勢に入った。
生きている。殺されていない。ならば自身はリュウデリアに認めてもらえた……ということだろうか。起きたばかりにもかかわらず真っ先に考えるのが信仰しても良いのかどうかということ。まあそのために命を賭けて試験を受けたのだから当然と言えば当然と言えるのだが。
口に出していない司教の考えを読み取るように、口に出していない疑問にリュウデリアは答えた。お前は強い。そしてそれを示した。認めてやろう……と。それを聞き、司教は頭を下げたまま涙を流した。
「ありがたき、幸せにございます……ッ」
「そういえば、お前の名を聞いていなかったな。いつまでも人間やら司教やらではつまらんだろう。名乗れ」
「はい。私の名前はヴェロニカ。ヴェロニカ・イル・ウィルステッドと申します」
「ふむ、ではヴェロニカ。お前の傷を癒したのは俺の番のオリヴィアだ。感謝しておけ」
「……あれだけ砕けてしまった手が無傷……治癒ができる神だったのですね。オリヴィア様、ありがとうございました」
「構わない。リュウデリアが認めた相手だからな。だが、私が治癒の女神であることは誰にも言うな。神であることもだ」
「もちろんです。誰にも話さないことを誓いましょう」
胸に手を当て、誓いを立てる司教改めヴェロニカ。彼女はリュウデリアの番であると言われたオリヴィアに疑問を抱かなかった。本物の神を前にして言うことではないが、ヴェロニカにとっての神であるリュウデリアが言うことに、最早疑問は抱かない。
もし仮に、白を前にしてリュウデリアが黒と言ったならば、ヴェロニカには白は黒になる。それだけの篤く強い信仰心を持っている。いや、それは最早狂信の域だろうか。彼の言葉でどんなことでもやってみせるだろう。
なので、龍でありながら神を番にしていても、何の疑問も抱かなかった。そして、リュウデリアが龍であることは誰にも言わないし、その番であるオリヴィアが神であることも、世界で唯一だろう他者の傷を治癒することができることも、誰にも言うことはない。
「起きたら聞こうと思っていた。ヴェロニカ、お前は純粋な人間だ。それに間違いはない。しかしお前のその力はどうやって手にした?俺の鱗を砕くその力、普通ではないぞ」
「私は生まれた時から力が強かったのです。同年代の子達よりも遥かに力が強く、そして強くなり続けました。両親は何の力も持たない普通の人間です。私だけがこのように生まれました」
「突然変異か。しかし完全な突然変異ではないな。いや……肉体の強さに特化している突然変異と言った方がいいか」
「どういう意味だ?」
「完璧な突然変異だと、同じ種の者達よりも全体的に能力が高くなる傾向にある。例えば、俺がその完璧な突然変異の内に入る。俺は他の塵芥共よりも肉体的に優れ、知性や魔力もまた他よりも優れている。だが不完全となると一部に欠陥が生まれる。ヴェロニカの場合は肉体は強いがそれに耐えうるための耐久性がなく、魔力が一切無い。完璧ならば、肉体の耐久性は更に上がり、魔力も持って生まれただろう」
「魔力を持って生まれれば、今よりも更に強かっただろう。もったいない。惜しい。それらは冒険者をしていた頃によく言われました。『英雄』にすら届くと謳われましたが、魔力を持たないことで『英雄』にはなりませんでした。ですが、私はいいのです。目的はそんなものではありませんでしたから」
「目的?」
「はい。……リュウデリア様、
「構わん」
「……?」
ヴェロニカが何かの許可を求め、リュウデリアはそれに了承した。オリヴィアは首を傾げたが、すぐにわかった。気配の察知で、今居る祈祷の間の外に複数人の人間達が居ることがわかったからだ。ヴェロニカが立ち上がって扉のところまで行き、開けるとやはり人間達が居た。
部屋の外に居たのは年端もいかぬような子供から、少年少女と言えるぐらいの子供。それに青年や女性に移り変わろうとしているくらいの歳の人間も居る。全員で20名ほどだろうか。彼等彼女等は部屋の惨状に驚いたが、瓦礫に座るリュウデリアのことを目にした途端瞠目した。
ヴェロニカが、私達の神であるリュウデリア様ですよ。そう口にすると、皆がリュウデリアの前に跪き、頭を垂れた。やはり龍を神として信仰している以上、このような対応になるらしい。しかしヴェロニカの目的というのがまだわからない。わからないがなんとなく察した。この人間達が関係しているのだろう。
「私は元々貴族の生まれでした。両親は他と違って力があまりに強く、嘘や物の偽物を見ただけで看破する力を不気味に思い、放置していました。私は腫れ物のように扱われ、部屋からも出してもらえず窮屈な毎日を送っていたある日……こっそりと抜け出し訪れた本の保管庫で、ある1冊の本に出会いました──────」
本は図書館にも置いてあるような、そう特別なものでもありません。子供達の読み聞かせにも使える簡単な本です基本的に部屋から出してもらえず、かといって教養がないのは仮にも我が娘として我慢ならないという理由から勉学はさせてもらっていた私は、幼かったこともあり難しい本は読めませんでしたが、幸いその本は読めました。
内容は、龍について。生態に謎が多い龍のことを想像したもので、如何に龍は『自由』なのかに焦点を当てた物語です。陸でも、海でも、そして空でも。最強の種族に天敵は居らず、それ故に世界で最も自由を体現する存在。為したいことを為し、為し得ないことはない。
強いだけではない、それ以上に自由なのだと。私はこの本を読んで引き込まれました。今の私とは全く違う。この力の所為で、眼の力の所為で、疎まれ、蔑まれ、放置され、勉学だけは強制されるだけのつまらなく窮屈な生を得ているだけの私とは、決して。
嫌だった勉学に集中し、必要な知識を身につけ、誰も見ていない時間を使ってこの力を鍛えました。幼かった私が少女となり、冒険者になれるようになった年、私は家を出ました。名字を捨て、貴族としての位を放棄し、ただのヴェロニカとして。
冒険者になるのに特別な資格は必要ない。私にとっては幸いでした。元貴族としての位等も勘ぐられることもなく、お金を払えば冒険者になれるのですから。当然、まだ少女だった私は冒険者の方々から舐められましたが、すぐに成果を出した私に文句を言う方々もまた、居ませんでした。
他の方々と連携するよりも、私が叩いた方が早く魔物を殺せる。なので基本的に1人で冒険者をやっていました。魔物を殺し、お金を得て、次に備える。その繰り返しを行い、資金を貯めてこの教会を造りました。
基本的に、此処に居るのは親に捨てられたり、魔物に襲われて頼る者が居なくなってしまった子達を保護しています。自由を奪われてしまった子達に自由を与えるためです。祈り、その日の苦楽を享受し、心の自由を得るための糧としています。
「──────身寄りのない人間を抱え込んでいるのか。自由を掲げている割には不自由なものだ」
「私は不自由ではありません。自由だからこそ、この生活を送っているのです」
「ふーん。それで、それを聞いた俺にどうしろと?殺せばいいのか?」
びくり……と、ヴェロニカが部屋に入れた子供達が肩を跳ねさせた。龍を信仰しているのは本当だ。毎日行っている祈祷は真剣にやっているし、心から祈りを捧げている。しかし死ぬのはやはり怖い。子供なのだから死ぬ覚悟なんてできている筈もなく、何気ないリュウデリアの言葉に反応した。
家族が居らず、頼れる大人もまた居らず、右も左も向けない子供達を見ても、リュウデリアにとってはそこらに転がる石に等しい。だから何だというのかと思う。ヴェロニカはその稀少性や、持ちうる力で己の存在を刻み込んだ。だが子供達には何も無い。だから興味が無い。よって、死のうが生きようがどうでもいい。
そんなリュウデリアに対してヴェロニカは……。
「──────御心のままに」
「ほう……?」
リュウデリアに任せると言った。自由を夢見て、自由を得てからは、自由のない者達を保護して本当の自由を得るまで面倒を見ているというのに、その保護している子供達の生死を彼に委ねてしまった。彼女は心から信仰している。だからリュウデリアの言うことは絶対であり、決定に否は答えない。
見放されたと思ってもいいだろうに、子供達はリュウデリアの黄金の瞳に見られるとすぐさま頭を下げて沙汰を待っていた。
顎を擦り少し考えるリュウデリア。この場で殺しても別にいい。喰ってもいい。そもそもどうでもいい。だがヴェロニカが保護している自由無き、自由を得るために藻掻く信仰心ありし人間達だ。少し試してもいいと思った。
リュウデリアが1歩踏み出し、小さな男の子の前にやって来た。肩を震わせて、頭を下げているため見えないが、顔は強張っている。そんな男の子に、彼は顔を上げろと言った。ゆっくりと顔を上げると、至近距離に彼の瞳がある。見透かされていると感じるほど謎の魅力を持つ黄金の瞳に、自身の顔が映った。
「人間の小僧。俺が怖いか?」
「……っ。こわい、です」
「はッ。正直だな。ヴェロニカは俺のことだけをこれから信仰すると言った。本気であることを行動で示した。さて、お前はどうだ?これまで祈りを捧げてきた龍が初めて目の前に居るが。別に俺を信仰しろとは言わん。先程と同じように、正直な言葉を聞かせろ」
「こ、黒龍様を信仰していいなら、信仰したい……です。司教様が信仰するお方に、ボクも信仰をささげたい……です!」
「本気か?」
「……っはい!」
「ふむ……そうか。では──────お前達を試すとしようか」
なーに、
瓦礫が宙に浮かび、リュウデリアの前に集まって1つの円形のテーブルを形作った。
子供達との間にテーブルを挟むように移動したリュウデリアは、両手をテーブルの上に持ってきて魔力を込めた。膨大な純黒なる魔力が凝縮され、テーブルの表面を端まで使った純黒の魔法陣を刻んだ。そして魔法陣の中央に、純黒の完全な球体が生み出される。出来栄えに1つ頷いたリュウデリアは、球体をするりと撫でながら、眺めていた面々に説明を始めた。
「これは俺の魔力と魔法を封じ込んだ球だ。触れるとある魔法が起動する。お前達は自由を得るために、一先ずこの教会に保護されているのだろう?ならば、その手助けをしてやろうではないか。もちろん──────失敗すれば自由が手に入ることはないがな?」
「「「「────────────っ」」」」
「発動する魔法自体はなんてことはない。お前達が自覚していない、各々の才能を自覚させるだけのものだ。戦いならば剣なのか槍なのか。芸術ならば絵画なのか音楽なのか。料理ならば肉か魚か。商いならば奴隷なのか貴金属なのか。より詳しい才能を自覚させる。自覚したならば、あとはその才能を磨けばいい。加えるならば、この魔法はその才能を少し後押しする。より優れた才能に昇華されると思えばいい。ただし……クククッ。俺を心より信仰する者にだけその恩恵が与えられる。ただ力が欲しく、欲の皮を被った信徒擬きが触れれば──────俺の魔力に呑み込まれて死ぬ。信仰心が弱まっても、同じく死ぬ」
才能を自覚する事ができ、その才能を少しだけブーストさせる魔法。それがリュウデリアが擦っている純黒の球体の正体。触れるだけでそれだけの恩恵が与えられる。つまり、その才能を伸ばしていけば、将来は必ず優れた分類の人間になれる。だがその代わり、リュウデリアのみを信仰することを誓わなければならない。
将来、自由を得る大きな可能性を得る代わりに、信仰の自由を縛られる。子供達は各々のリュウデリアの言葉を噛み砕いていって理解し、一様に純黒の球体に目を向けた。あれに触れれば自由のきっかけを得ることができる。ただ、純黒の龍を信仰していないと死ぬ。天秤に命を乗せた博打もいいところだった。
「さぁ、どうする?強制はしない。ただし、触れて魔法の恩恵を受けることができたのならば、俺の信徒と認めてやろう」
龍全体を信仰するのではなく、これから先リュウデリア・ルイン・アルマデュラのみを信仰することを条件に、彼から恩恵を与えられることが約束される。しかし失敗すれば死ぬことになる。どちらを取るべきなのか困惑した子供達は、当然その場で固まってしまうのだった。
──────────────────
ヴェロニカ・イル・ウィルステッド
元貴族の生まれ。普通の両親から生まれたが、凄まじい怪力と頑丈な肉体。嘘偽りや幻術等を見破る虹色の瞳をした異能に不気味がられ放置されていた。
不自由な暮らしをしている時に、最強故に世界で最も自由な生き物である龍が載った本を読んで自由に憧れ、貴族としての位と名前を捨てて冒険者となり、『英雄』に届くとまで謳われた。
リュウデリアの硬い鱗を素手で砕く膂力を持っており、リュウデリア曰く不完全な突然変異とのこと。
自由を得た今は、不自由な子供達を保護して自由を得るまでの面倒を見ている。彼女の言う自由とは、自分の意思で自分のことを決められるようになること。自分のことを自分でできるようになったら、自由を得た証拠。
龍のことを信仰していたが、現在リュウデリアのみを信仰している。
別に今更何の才能があるのか知りたいとは思わないが、リュウデリアへの信仰心が目に見えて示せるという理由で純黒の球体にめっちゃ触りたくてウズウズしてる。
子供達
いつか自分のことを自分で決められるように、自由を得られるようになるために、龍神信仰の司教であるヴェロニカに保護してもらっている。
教会のために教会の裏にある畑のお世話や街の清掃を行っている。毎日龍に祈りを捧げているが、ヴェロニカの信仰心には勝てないと思っている。
リュウデリア
龍のことをこれからも信仰したいならばそのままでよし、ただし自分のことだけを信仰するならば、その姿勢を認めて力を与える。だがもちろんデメリットとして、信仰心が弱まったり、そもそも信仰心を持たない者は死ぬように魔法を刻んだ。
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