第264話  欲しかった仲間




 世界最強の種族……龍。陸はもちろんのこと、空もまた当然として、果てには水中ですらその猛威を振るう圧倒的暴力の権化。最強には、最強に相応しい強さがある。


 その中でもトップクラスの力を持つ龍は、一体どれ程強いのだろうか。事実、龍の中でも頂点に位置する龍王7匹は、他の龍から崇められるような存在である。


 龍王の他にも強い個体は居る。この話に於いて最も話題に出やすいのは黒、蒼、赫の色の龍達だろう。彼等は龍の突然変異として生まれ、内包する魔力や身体能力。頭脳に於いても極めて優秀だった。


 心・魔・体。そして技や魂までも全てが高水準であるこの3匹は、これまでの戦いを経て更なる強さを手に入れる。強い存在として上げられやすい神すらもその手に掛けた。では、そんな存在が苦戦する相手は誰だろうか。


 ここまで話したことから、ある程度察する者もそろそろ現れる頃だろう。これだけ遠回りしてまで語った理由は単純明快……。




「──────お゙え゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ッ!!」


「ぉぶッ……オエ゙ェ゙……ッ!!」


「ゲェ゙……ッ!!」


「も、ムリ……ぶぇ……ッ!!」




 ばちゃばちゃ。びちゃびちゃ。ぐちゃぐちゃと、きったない音を出しながら中身も出していく、龍の中でも最高峰に位置する強さを持つリュウデリア。バルガス。クレア。彼等は何も考えず、込み上げてくる吐き気に寄り添われながら蹲っていた。


 ついでと言わんばかりにレツェルも混じって吐き散らしていたが、この際は言及しなくてもわかるだろう。普通に飲み過ぎによる嘔吐である。


 各々が少し離れたところで地面に向けてキラキラをぶちまけている。地面……という言葉で察すると思うが、流石にここは龍神信仰の教会ではない。しこたま飲んだ酒としこたま食べた飯を吐いたら掃除が地獄となる。




「──────ぅぷ……ッ!?ま、まずい……吐く……ッ!!て、『瞬間転テレポ──────」




「まて……っ!オレも連れて……おっぷ……っ!?」


「私も……頼……っぷ……っ!?」


「お、お願い……私も……ぇぅ……っ!!」




「──────ッ!?今の俺に触れ……ッ!?」




 床で眠っていたリュウデリアは飛び起き、何で床で眠っていたのかを考えるよりも先に、意から込み上がって口から出て来ようとする悪魔ゲロをどうにかするのが先決だった。


 頭の片隅に残った理性が、こんなところで吐いたらエラいことになる。それを寸前で導き出したからこそ、リュウデリアはすぐさま魔法を行使することにした。1度見た光景の場所へ転移できる魔法。それを発動する寸前、同じく起きたバルガスとクレア。そして何となく察したレツェルが彼にしがみついた。


 突然起きたかと思えばしがみついて、要らぬ振動を体に与えたことで、表面張力のように保っていた均衡が崩れた。リュウデリアの顔に鱗がなく、人間のような肌をしていたらきっと、蒼白い色を通り越して真っ白になっていたことだろう。


 振り払う事なんてできるはずもなく、というかもうそんなことしている余裕もあるわけがなく、寸前まで出かかっている悪魔ゲロを感じながらその場から転移した。


 転移したのはトールストの外であり、サテムから来る途中の道だった。どこでも良かったので適当に頭に浮かんだ場所にした。そして、ダムが決壊したのだ。しがみついていたクレア達を今度こそ振り解き、足場を砕きながら跳躍して茂みの中に頭を突っ込んだ。もちろん、もうキラッキラである。




「げほッ……げほッ!い、今までで1番キツい戦いなんだが……オェ゙……ッ!!」


「あ゙ーーーーーーーーダメだーーーーーーー死にてーーーーーーーーーー…………」


「頭の中を……洗いたい……肝臓が……死んでいる……気がする……ッ!」


「うっ……うぅっ……頭が痛いよぉ……コレさえなければ……っ……げぇッ……お酒は最高なのに……っぷ……お゙え゙ッ。えっぐ……酒の神やめたいよぉ……」




 グロッキーとはまさにこの事。何故自分達がこんなことになっているのだろうと疑問を抱き、自問自答する。答えは最初から決まっている。当然飲み過ぎによる極度の二日酔いだ。それも全員もれなくである。


 アンノウンに負けてしまい殺されかけたバルガスとクレア。その戦いの最中でも諦めるの文字がなかったというのに、今の彼等は諦めモードだ。もう全魔力注ぎ込んだ魔法を意図的に暴発させて自殺しようかなーとか考えている時点でアウトだ。


 レツェルに関しては酒がある程度抜けて素面に近い状態に戻ったものの、それ故に彼女は絶望している。女の身でありながら道端に盛大に吐いている。飲んだ量も凄まじいため1回吐くと止まらない。延々と気持ち悪さがあって迫り上がってくるのだ。


 蒼白い色を超えて真っ白……の更に先、顔色は紫色だった。30分近く吐き続けて漸く第一波が過ぎた頃、少しは喋れるくらいには回復したので、レツェルは少し離れたところで座り込んで息を整えている3匹に話し掛けた。ちょっと気を紛らわしたかったのだ。




「リュウデリアもバルガスもクレアも、お酒強いね。それって元から?」


「さァな。この体の大きさに合わせてっから何とも言えねェ」


「弱くはないとは思うが、他の龍と飲んだことが無いから何とも言えん」


「私も……自分が強いのか……わからない」


「私がお酒を飲む勝負で負けたの初めて……ごめんちょっと待って…………おえ゙ッ」


「うぶっ……ダメだ、貰いゲロする」


「お、オレも……っ!」


「私も……ちょっと……っ!?」




 また彼等はびちゃびちゃと吐き始めた。吐いて少しはスッキリしているのに、少し話をするだけでぶり返してくるので気を抜けない。レツェルが吐くと、喋っていたリュウデリア達が貰いゲロを開始した。


 またきったない音を出しながらキラキラをぶちまけて少し、一端スッキリした。もうどれだけ吐けば吐き気が治まるのか見当がつかない。それを考えて少し憂鬱になりながら、レツェルはあるお願いをする事にした。




「ふぅ……私よりお酒強い相手って今まで居なかったんだよね。私が強すぎたっていうのもあるんだけどさ、だから今回のはスゴい新鮮。っていうか、なんか清々しいや」


「あ゙ー……お前は地球の調停者アンノウンの次くらいに強かったぜ」


「アンノウンが誰かは知らないけど……また私と一緒にお酒飲んでくれる……?」


「また?」


「う、うん。ほら、私ってすっごいお酒強い所為せいで1回一緒に飲んだ相手から「勘弁してくれ」って言われちゃって……一緒に飲んでくれる相手居ないんだよね。あ、嫌だったら別に、全然いいからねっ!?」




 胸の前で人差し指同士をちょんちょんと合わせながら躊躇いがちに聞いてくるレツェル。彼女は酒飲み仲間というものに飢えていた。酒飲みの勝負はする。挑まれるから受けて、最後は勝つ。それを何百年も行ってきた。筋金入れの勝者だ。


 しかし、一緒に楽しく飲んでくれる仲間が居なかった。最初は一緒に飲んでくれる。話を聞いてくれるし、こっちも話を聞く。話も盛り上がっていい感じに酔ってきた……と思ったら、相手はもう酔い潰れてしまう。それの繰り返しだった。


 だから最近は、レツェルの酒の強さが広まってしまい、勝負を挑む神も減ってきた。それにより相対的にただ一緒に飲んでくれる相手も居なくなった。リーニス、ラファンダやオリヴィアも付き合ってくれたことがある。でも彼女達はそんなに強くない。


 異常な速度で異常な量を飲むレツェルに付き合っていられる相手など存在しない。彼女自身もそうなのだろうなと思っていた。そこに希望が舞い込んできた。真っ向から酒飲み勝負で打ち破ってきた3匹の龍。もしかしたら、もしかしたら一緒に楽しく飲んでくれる相手になってくれるかも知れない。その思いが湧き上がってきた。


 酒を飲んでいれば酔っている勢いで言えたのに、ちょっと素面に戻ってしまっている所為もあって恥ずかしい。こんな頼みしたことがなかったからだ。頼んでも断られるか、快く受けてくれても結局酔い潰してしまうかだ。なのでこれは初めての誘い。




 ──────あー……でもなぁ。ダメかもなぁ。1回で飲む量すごいから、飲んだ次の日とか今みたいになっちゃうだろうし、それわかってて飲んでくれるとは思えないんだよなぁ……私が相手の立場だったら遠慮したいもん。バカみたいな量のお酒飲んで吐くような女とは飲みたくならないよ……。




「別に構わんが」


「おー。オレもいいぜ」


「私も……構わない」


「あ、あの……やっぱりなんでもない……え?いいの?」


「お前が聞いてきたのだろうが」


「なんだ、やっぱいいのか?」


「私は……どちらでも……いいのだが」




 勝手に心の中で葛藤して諦めて、やっぱり無しにしておこう。迷惑掛けちゃうし……と考えて口にした時には、既にリュウデリア、バルガス、クレアは了承していた。やけにあっさりとした了承だったのでレツェルは気がつかなかった。


 頭がかち割れる程飲むことになる。だる絡みもしてしまうかも知れない。唐突に今回みたいな酒飲み勝負に発展するかも知れない。そして最後は色気もへったくれもないくらい盛大に吐き散らすような女が相手だ。それでも彼等は相手をしてくれると言うのか。


 少し前まで言ったことすら恥ずかしく後悔していたレツェルに、内心を看破したリュウデリアが、彼女のことを鼻で笑った。たかがそんなことを悩んでいたのかと。




「おおかた、相手を酔い潰して話にならなかった過去の所為で言い出せなかったのだろう。それに無かった事にしようとした。俺達に迷惑が掛かるからとでも?図に乗るなよ酒の神。お前よりも俺達の方が強い。もうお前は酔い潰す側ではない。俺達に酔い潰される側だ」


「ホントになー。まさかまだ自分の方が酒が強いって思ってンのか?もうお前が下でオレ等が上なんだよ。だから顔色窺ってンじゃねぇ。飲み仲間が欲しいなら来いよ。何回だって酔い潰してやる」


「毎日だと……流石に……体調が……おかしく……なる。だから……それを……考慮……してくれるなら……私達も……お前の酒飲みに……付き合う」


「……っ。ふへへ……嬉しいなぁ。すっごく……嬉しいなぁ。友達は居るけど、仲間は居なかったんだ。……仲間って、いいものなんだね」




 嬉しさから、レツェルはポロポロと涙を流し始めた。それは嬉し涙。酒飲み仲間が初めてできた嬉しさのあまり勝手に流れてしまう綺麗な涙だった。




「うっ……うぅ…………うっぷっ。もっかい吐くっ!」


「……おぇ゙……また貰ってしまった……っ!!」


「あークソっ!オレもだよ……っ!!オロロロロロロ……っ!!」


「もう……吐きたく……ないのだが……っ」




 綺麗な涙を流した後は汚いキラキラを流したレツェルは、気持ち悪さを抱えながら楽しそうに笑ったのだった。






「へへへ……じゃあ、次はもっと酔いやすいお酒一緒に飲もうねっ。酒飲み仲間ができたら一緒に飲もうって思って取っておいたんだっ!楽しみだなっ」






 ──────────────────



 レツェル


 酒に強すぎるが故に、友達は居ても仲間は居なかった。リーニス達も付き合ってくれるが、レツェルが強すぎて純粋に楽しめない。


 自分が相手でも気軽に一緒に飲んでくれる仲間は現れないだろうなーと諦めていただけあって、リュウデリア達に了承してもらえたのが本当に嬉しかった。彼等の強さに救われた。


 ちなみに酒飲み仲間と飲もうと思って持っていた酒は、嘗て酒に狂った酒乱の神があまりの美味さに止まらなくなり、酔いに酔って間違えて自殺してしまったという禁忌の酒。昔勝負を挑んできた神に勝って奪……貰ったもの。味は極上だが酒乱の神でも酔い潰れる代物。





 龍ズ


 挑むならば誰からでも何の戦いでも受ける。なので逃げることはしない。例えレツェルとの酒飲み勝負も受けて立つ。


 一緒に飲みたいと言われれば、レツェルなら一緒に飲む。自分達が上であり、レツェルが一緒に飲んで欲しいと言う立場なので、断る理由がない。




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