第283話 潜る
西へ向かう歩みは進んでいく。人間なんて居ない紛うことなき人外のみのパーティーである。体力もあり、外敵から身を守る必要がないので道のりは順調だった。
ちなみに、普通の人間ならば魔物に襲われて戦闘を余儀なくされてしまうのだが、この人外パーティーには抑えても相手の本能に殺意を叩きつける最強の種族がいるので襲いかかろうという魔物は滅多に居ない。そのため襲われることがないのだ。
「リュウデリアが居ると本当に魔物に襲われませんね」
「本能で避けているんだろうな。私が魔物だったらまず近づけないだろうし」
「りゅうでりあ、おそったらぜったいころしてたべちゃうもんね?」
「おい。食いしん坊みたいに言うな。あと言わせてもらうが、スリーシャこそ今は改造したローブで魔力が抑えられているが、それを脱いだら本来の力を取り戻したバルガスとクレアの総魔力量よりも多い魔力が四方八方へダダ漏れになるんだからな。俺より質悪いぞ」
「そ、それは量が多すぎて上手く隠しきれないんです!むしろリュウデリアはその莫大な魔力をどうやって隠しているんです?真似しようにもできないんですが……」
「俺の場合は無理矢理抑え込んでいるだけだ。肉体が強くなかったらほんの少しの制御ミスで爆発四散している」
「……そんな無理矢理閉じ込めていたのか?」
「なまじ魔力が多くてな。仕方ないことだ。今はもう慣れている」
魔物は襲いたくてもリュウデリアに本能的恐怖を抱いているので襲いかかれないわけだ。しかし彼からしてみれば、精霊王となったスリーシャの方が質が悪いと言う。何故なら、内包する莫大な魔力が四方八方に撒き散らされるからだ。しかも彼女ではリュウデリアのような抑え込むのが難しいとのこと。
今はもう慣れてしまってお手の物だが、本来リュウデリアのような計り知れない魔力を持つ者にとって他者に感知されないレベルまで魔力の流出を抑え込むのは至難の業だ。瓶の中にどう考えても入り切らない体積の水を入れて蓋をしているようなものだからだ。
その後、リュウデリア達は当初の予定で1週間掛けるところを4日で湖に辿り着いたのだった。これだけ早く着くのが早まったのはひとえに、1週間というのは人間が歩いたらという場合で、魔物に襲われて対処に追われることも加味しての時間である。彼等は結局一度も襲われなかったので早くなったのである。
「──────わあぁぁ……っ!すっごいひろいよー!」
「水も綺麗だな。山から流れている天然水なのかもしれないな」
「これならリュウデリアも伸び伸びと水浴びをできるんじゃないですか?」
「どれ、なら下の大きさに戻るとするか。流石に人間大の大きさで数日は狭苦しくてな」
木々に囲まれていた湖は広大であった。色素も透明感が強く透き通っており、泳いでいる魚が見えている。森から流れてくる水が土などを通って濾過されているのだろう。ミリはキラキラした目になってはしゃいでおり、オリヴィアとスリーシャはその光景にローブのフードを外して目を細めて眺めた。
オリヴィアとスリーシャに歩幅を合わせるために人間大の大きさのままで過ごしていたリュウデリアが窮屈だっただろうと思い、スリーシャは元の大きさに戻っていいのでは?と言うと、彼は頷いてサイズを小さくする魔法を解いて少しずつ元の30メートル程の背丈となった。
周りに目撃者となる人間や獣人が居ないことは確認済みであり、元の大きさに戻りきると腕を伸ばして背伸びをする。やはり窮屈だったようで、リュウデリアは上から湖を見下ろすと歩き出して足を入れた。そしてそのまま進んていき、体を前にゆっくりと倒していった。
「んあ゛ぁ゛……あ゛ー気持ちいい」
「あー!りゅうでりあずるい!ミリもみずあびするー!」
「ふふふ。溺れないように気をつけてね、ミリ」
「はーい!」
「リュウデリアの背中が見えず、頭だけ見えるということはそれなりに深いのだろうな」
「えぇ。この広さですからね。ですが陸地近くは浅いようなので、私達も水浴びをしますか?お背中流しますよオリヴィア様」
「そうか?なら私もスリーシャの背中を流させてもらおうじゃないか」
「ふふ。ありがとうございます」
オリヴィアとスリーシャの両名は純黒のローブを外すと、中に着ていたものも脱いで水に濡れない位置で綺麗に畳んだ。スリーシャの莫大な魔力はローブを脱いだことで漏れ出てしまうが、完全に解放するよりはマシ程度には抑えられている。
裸になったオリヴィアとスリーシャがひんやりと気持ちいい温度の水に足から入っていくと、ミリを頭に乗せたリュウデリアが目線を彼女達に向けた。どちらも美の女神を超える美しさを持つ。その裸体を見ても変に欲情しない。
そんな彼は必要だろうと思い、異空間から石鹸を取り出してオリヴィアの手の平の上に浮かび上がらせて渡した。水につけて少し泡立てると、スリーシャに腰を落とすように言い、長い自然を表すような緑色の髪の毛に触れた。
「オリヴィア様、私が……っ!」
「いいんだ。私からやらせてくれ。それにしても、綺麗な髪だな。肌も滑らかで触り心地がいい。胸も大きすぎず小さすぎない。ふふ、それっ」
「きゃっ!もぅ!オリヴィア様……?」
「ふふふ。いいじゃないか。あとで私のも触っていいから、な?」
長い髪を梳くように丁寧に洗い、水で流すと今度は体に泡をつけて洗った。そのときに精霊王になってから少女らしさから大人の女の姿へ変わったことで少し大きくなった胸を後ろから支えるように揉んだ。くすぐったさと恥ずかしさで耳を赤くしながら頬をプクッと膨らませて振り返るスリーシャに、オリヴィアは薄く笑みを浮かべた。
オリヴィアがスリーシャの体を洗い終えると交代となった。同じように長い髪に指を通して洗うのだが引っかかる様子が全くない。滑るように抜けていき、触れているだけで幸せになれるような感触だった。体に関してもどうしてここまで綺麗でいられるのかと、神はやはり他とは違うのだと見せつけられた。
そして、やられた分のお返しと言わんばかりに大きすぎないが美しい形を保つオリヴィアの胸を後ろから包み込むように触れた。んっ……と、つい漏れてしまった声だけで胸が一度強く高鳴る。触れた胸は指が沈み、どこまでも柔らかい。
「ふっ、ふふふっ。くすぐったいな、これは」
「お返しですからね」
「わかっているとも。どうだ?触り心地は」
「とても素晴らしいものです」
「そうか。それはよかった。リュウデリアのためにも完璧を維持しておかないとな」
「あの子なら、どんなオリヴィア様でも愛しますのでお気になさることはないと思いますが」
「私の気持ちの問題さ。リュウデリアには完璧な私の体を抱いてほしいからな。気持ちよくしてくれるが、気持ちよくなってほしいのもある。だから私は気をつかうんだ」
「まぁ……ふふ。リュウデリアも嬉しいと思いますよ。ね?」
「あぁ。まあどんなオリヴィアでも俺は愛するのはスリーシャの言うとおりだ。だがそこまで気合を入れてくれているなら、次は存分に抱かせてもらおう」
「……っ」
「オリヴィア様。耳が真っ赤ですよ?」
「……わかっている。わざわざ言うな。……ばか」
「ふふふ」
オリヴィアはリュウデリアと愛し合う性行為は気持ちよくて好きだ。龍の交尾は1週間は最低でも続くとされているので、まずはその期間意識を飛ばさずにいられるようになるのが目標であり、その間はもちろんリュウデリアにも気持ちよくなっていてほしい。
次抱くときはねちっこく抱かせてもらうと、言外に言われてしまい少し想像してしまった。オリヴィアの耳は真っ赤になって顔を俯かせる。何度も体を合わせているというのにいじらしい反応を示すのでスリーシャは微笑ましくなり、背後から優しく頭を撫でた。
甘い雰囲気が漂う湖。リュウデリアとオリヴィアが愛し合い、醸し出される甘い空間に居るスリーシャは、ほどほどにしてあげなさいねと目線でリュウデリアに語る。それに対して善処すると言いたげな目そらしを見たので、スリーシャはジト目を浮かべた。
「ところで、湖の中心が円形にかなり深いことがわかったんだが、行くか?」
「そうだったのですか?」
「まあ場所が中心だからな。そこからではわからん。それで、どうする?」
「んっんん。せっかくだ、行ってみよう」
「ミリもいくー!」
「わかったわかった。置いて行ったりはせん。ほら、全員俺の手の平に乗れ。俺はこのまま行く」
膝を立ててしゃがんで手の平を差し出すリュウデリアに従って上に乗る。すると手の平の上に乗るオリヴィア達を包み込む薄黒い魔力の障壁が展開された。この中ならば空気もあるので窒息することがなく、リュウデリアの魔力で作られているので生半可な攻撃では破ることすらできない。
リュウデリアはそのまま行くようで立ち上がって湖に向かって歩き出す。元の大きさのため一歩が大きく、少し歩けば湖の中心がへと近づいていく。しかし近づくにつれて水面はリュウデリアのふくらはぎから太もも、腰へとどんどん深くなっていく。やがて肩まで浸かった。
「すぅ───はぁ────すゥッ!!」
「リュウデリアは本当にそのまま潜るんだな。そういえばどのくらいの息が保つか詳しくは知らないな」
「前に聞きましたが、激しく動かず泳ぐだけならば3時間は潜っていられると言っていました」
「凄まじい心肺機能だな」
「はやーい!」
「そうだな。龍は泳ぐのも得意だからな」
オリヴィア達が入っている球体には酸素が魔法で作られており、水中でも全く問題ない。対してリュウデリアはただ潜っているので酸素の補給はてきない。しかし泳ぐだけならば3時間は余裕を持って潜っていられる心肺機能を持っているため、球体の中から見つめているオリヴィアに視線を向けて口端を持ち上げて笑ってみせた。
体と尻尾を左右に振ることで推進力を得て泳ぐリュウデリア。翼は水の抵抗を受けやすいので極限まで畳まれている。空を飛び、陸地で移動し、水中では泳ぐ。確かに欠点らしい欠点がない。息も3時間は保つというのだから凄まじいものだ。
リュウデリアが潜って少し、オリヴィア達は首を傾げた。湖にしてはあまりに深くはないか?と。彼の泳ぐ速度はかなり速い。それなのに一向に底に着く様子がない。それどころかまだまだ下があり、そろそろ水中に届く光が弱々しいものへと変わっていく。
こんなに深く潜って大丈夫なのだろうかと、水圧などの観点からリュウデリアを心配するも、彼は余裕そうで見つめてくるオリヴィアに首を傾げた。まだ余裕そうだとわかると進行方向に向けて視線を戻す。
そこには──────開かれた巨大な口があった。
「──────ッ!?」
「リュウデリア……っ!?」
「わぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
「……ごぼぼ」
リュウデリアの元の大きさは30メートルにもなる。そんな彼を簡単に丸呑みにできるだろう大きさをした大口を開けた、体が細長い魚類の怪物が居た。本当にいつの間にか目の前に現れ、長く鋭利な牙が所狭しと並ぶ口をこれでもかと広げて襲いかかってきたのだ。
オリヴィア達が入った球体を落とさないようにしっかりと鷲掴み、怪物から離したリュウデリアだったが、彼自身は何の防御もしなかった。故に数百はあるだろうかという凄まじい量の鋭利な牙が勢いよく口を閉じることで襲いかかり、上半身と下半身を引きちぎろうとするかのように噛みついた。
頑丈で鋭利な牙と純黒の鱗が勢いよく当たったことで水中にも関わらず火花が散る。下半身が怪物の口の中にあり、挟み込まれたリュウデリアを心配してオリヴィアとスリーシャが名を呼び、ミリはあまりの怖さにスリーシャの胸元に飛び込んで震えていた。
「……………ッ!」
「大丈夫なんですか、リュウデリアっ!」
「怪我は……鱗に阻まれて大丈夫なようだが……」
「こわい……こわいよぉ……っ」
「大丈夫ですよ、ミリ。リュウデリアに任せましょう?ね?」
「う、うん。が、がんばれ……っ。かんばれりゅうでりあっ」
チラリと球体の方に目をやり、泣いて怖がっているミリや心配そうにしているオリヴィアとスリーシャを見ると、黄金の瞳を細め、今もなお体を引き千切ろうとしている怪物に睨みつけた。
球体は左手に持っている。そこでフリーである右腕を引いて拳を作る。莫大な魔力が拳の一点に集中していき、その魔力量と精密な魔力操作にスリーシャがやはり凄まじいと内心で思った。水中でもわかるほど拳に力が入り、ビキビキと鱗同士が擦り合わされる音が鈍く響く。しかしその拳が振るわれることはなかった。
殴打かと思ったが、魔力を霧散させてしまった。どうしてやめたのだと口にしたとき、リュウデリアの右手が怪物に向けられ、親指と中指が合わされる。指を鳴らすつもりかと思ったその瞬間、爆発音が鈍く響いた。そしてその凄まじい握力から行われた指パッチンは辺りの水を押しやった。結果、右手から半径10メートルが一瞬だけ水がない空間となり、その瞬間を狙ってリュウデリアが、真空空間で声を発するために魔法で空気を生成しながら口を開いた。
「塵芥風情が──────『死ね』」
「………………────────────。」
「……そういうことですか」
「何でリュウデリアが殴らなかったか、わかったのか?」
「はい。恐らく、あのままあの子が殴っていれば怪物は爆散し、湖の水も消し飛んでいたことでしょう。ですが私達が水浴びをして楽しんでいたことを思い、湖に無駄な影響を与えない方法で怪物を殺したのでしょう。あの子の『言霊』は言葉を口にしないといけませんから」
「私たちのためだったのか……後でうんと褒めてやらんとな」
「うぅ……りゅうでりあありがとう……」
スリーシャに解説をしてもらったオリヴィアは、リュウデリアにありがとうと言いながら水がなくなった空間を埋めるように押し寄せる水を眺めた。ミリは先程までの襲いかかってきた恐怖がまだ抜けないのか、スリーシャに抱かれながら弱々しくお礼を言うのだった。
肝心のリュウデリアは、死んだ怪物の巨体をそのまま異空間に仕舞い込み、何かを考えている様子だった。その後彼は何か思いついた様子を見せ、まだ続く深い湖の底を人差し指で指し示したのだった。
──────────────────
リュウデリア
オリヴィアが自身に抱かれることに、そんなに気合を入れているとは思っていなかったので、次の時には思う存分に抱かせてもらおうと思っている。
湖の中心が深いとは思っていたが、思っているよりも深かった。なんかデカい生物が居るのは気配でわかっていたが、興味本位で攻撃を受けてみた。結果無傷。
泳ぐのは得意。指パッチンで真空状態をわざわざ作り、言霊で怪物を殺したのはスリーシャが推測していた通り。血で汚すのも水を吹き飛ばすのももったいないと思ったから。
オリヴィア
何気にリュウデリアのために自身の体格や匂い、髪の艶などを気にしている。もっとも太ったことがないし、動くことは好きなのでそもそも太らないし、太りづらく太らない体質。でも気をつけている。
スリーシャ
リュウデリアとオリヴィアの仲良し具合が大好きで、眺めているとつい微笑んでしまう。
ローブがないと体内の莫大な魔力を抑えるのに一苦労。それでも隠しきれない。スリーシャ的には、自身以上の魔力を持っていながらそんなことを一切感知させないリュウデリアの魔力操作はどうなっているのかと疑問に思っている。
ミリ
怪物が大口を開けて襲いかかってくるところをまともに見てしまい泣いている。それを見てリュウデリアが少しキレているのに気がついているので、後でしっかりとお礼を言おうと思っている。
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