第43話  侯爵






「──────そこの方っ!!どうか助太刀を……っ!!」


「……問答無用で連れて来ておいて、よくもまあ助太刀をと言えるものだな」




 馬が蹄で地を蹴る音と、四輪駆動の馬車の車輪が凹凸のある地を雑に転がる音が近付いてきて、馬と馬車のシルエットも大きくなっていく。馬の手綱を握る御者はこれでもかと顔を蒼白くさせており、血の気が引いていた。初めて魔物に襲撃されているのだろう。どうしたらいいのか解らず、焦りが見える。


 まあ馬の手綱を握っているとはいえ、殆ど暴走状態に入っている訳なのだから、少しの方向転換ぐらいしか出来ず、それだけでは腹を空かせて追い掛けて来る魔物は振り切れないだろう。直線で走れば魔物も同じく直線で追い掛ければ良いだけのこと。苦では無い。


 馬の脚力で引かれた馬車はもうすぐそこまで来ていた。馬車の後部、そのほぼ後ろについている魔物のウルフを剥がすのに、目の前で壁を造るように下から土を隆起させた。突然の攻撃で驚きながら、ウルフが隆起された土を左右に別れて避ける。そして生み出しておいた直径40センチ程の純黒な炎玉を2つ、撃ち出した。


 良い狙いで、放った炎玉は隆起した土を避けたウルフに直撃した。1匹ずつ燃やして斃すことに成功し、突然の攻撃で態勢を崩した残りのウルフ2匹は立ち止まり、足を止めているオリヴィアに唸り声をあげて威嚇してくる。追われていた馬車はオリヴィアの真横を通り過ぎて逃げていったので邪魔は入らない。




「グルルルルルルルル………………ッ!!」


「間違えて完全に燃やしてしまった……」


「じゃあオレが良くやるヤツなんだが、風の刃飛ばしてみろ。刃物を風で押し出すイメージだぜ」


「……こんな感じか?」




 フードの中で目を瞑って集中する。動かないオリヴィアは隙だらけだ。特に戦いに於いての経験が乏しい彼女に、隙が有る無いというよりも、隙を相手に見せないという技術がない。だからウルフにとっては絶好の好機なのだが、動くことはない。それは何故か?理由は単純だ。


 脳内でイメージをしているオリヴィアの両肩と腕の中には、生物の三角ピラミッドで頂点に位置する場所に堂々と君臨する生物が居る。威圧を意図的に送ることによって、ウルフはかちりと固まっている。大きすぎる、生き物としての格の違いを感じ取り、空腹を忘れて身動きを忘れる。


 隙だらけの立ち止まったオリヴィアの背後に、巨大で強大な影が幻視出来る。違いすぎる格により、明確に見えるその3つの影は、自身を確実に捻り潰せる存在だ。動けば殺される。そう直感したからこその硬直。ともすれば、ウルフの方が逆に隙だらけになっているということだ。


 ふわりとした風がオリヴィアの周囲に流れ始めた。最初はそよ風程度の微弱な風だったのだが、少しずつ円を描いて流れる周囲の風が強くなり、ローブを裾が靡く。強くなった風が草や砂を巻き上げながら、向きが変わって前方に集束していく。


 縦長の弧を描いた風の刃が形成され、オリヴィアが目を開けた瞬間に放たれた。真っ直ぐに飛ばされる純黒な風の刃はウルフに回避を赦すこと無く、1匹を左右へ真っ二つに斬り裂いた。どちゃりと水っぽさがある音を立て、地面に赤黒い池を作りながら倒れて絶命した。




「オイオイ。風まで純黒に染まるのかよ、来るの丸見えじゃん」


「色の想像をすれば透明にだって出来る。その程度の魔法は使えるように創ってあるからな」


「そうだったのか……試してみよう」




 撃てば見えてしまう、純黒な風。防いでも侵蝕を開始する恐ろしい魔法である一方で、何をしようとしているのかが一目瞭然だ。避けられない速度で飛ばすことも可能ではあるものの、どうせならば見えない不可視の攻撃を覚えておくのもいい。


 ということで、知らなかった不可視化の魔法を試すために再びイメージを開始した。次に使うのは雷だ。クレアの得意な風魔法を使ったので、今度はバルガスの雷魔法を使おうと思ったのだ。


 莫大な魔力を籠められている純黒なローブは、使用者の脳内イメージを受け取って魔法を行使する。難しい複雑な魔法を使う事は出来ないが、透明にする魔法は出来る。発動する攻撃魔法と隠蔽の透明化の2つを同時に使う事となるが、リュウデリアの創ったこのローブならば難なく熟せる。例え、人間には難しい技術だったとしても。


 仲間が次々とやられていってしまい、怯えて逃げようとしているウルフの足下に魔力が溜まった。異変を勘付いても避けられるものではなく、魔法が発動した。何も見えないように透明化を施された雷が、地面から発生してウルフに直撃した。何もされていないのに雷に打たれたように体が硬直して一瞬で真っ黒に焼け焦げた。魔法である以上、雷雲から飛んでくるとは限らないのだ。




「いいじゃーん。透明にするだけで視覚情報から、来るだろう威力と範囲、使う属性を判別させねぇ。戦術の1つとして覚えておいて損はねーぜ」


「……不可視の雷撃……音よりも速く……地面からも発生する……そこらの人間では……太刀打ちは出来ないだろう。……威力も十分だ」


「流石は俺が創ったローブだ。何の欠陥も無い。使用した魔法も完璧だった」


「ありがとう、リュウデリア。私にこんなものを創ってくれて。本当に感謝しているぞ?魔法を使う気分を味わえるし、私も少しは戦えるようになったからな」


「なに、この程度ならば構わん」


「大事にしろよー、オリヴィア。このローブ、オレから見てもバカみてーに魔力が籠もってるし、常時発動パッシブ型の魔法にとんでもねーもんが仕込まれてる」


「あぁ。それはリュウデリアから聞いている。物理攻撃と魔法攻撃の9割を軽減させるというやつだろう?しかも魔法の反射等も念の為に備えられている」


「人間じゃあンな代物創れねーだろ。コレ1つで人間の戦争無傷で勝てるぜ」


「……良い貰い物をしたな……オリヴィア。お前には……常にリュウデリアが……ついている」


「うん。だからこのローブはお気に入りなんだ。同じ純黒だからな」


「……ふん」




 フードの中に隠れて表情が見えないが、声色から嬉しそうに微笑んでいるのが解る。両腕で抱えるリュウデリアをギュッと抱き締めて、愛おしそうに頭から背中に掛けてを撫でた。それを甘んじて受けながら鼻を鳴らしてそっぽを向く。照れ隠しなのは知っているのでクスクスと笑った。


 照れているリュウデリアを乗っている肩から見下ろし、ケラケラ笑いながら絡んでくるクレアとギャーギャー言い合っているリュウデリア。バルガスは我関せずという雰囲気を出しながら、オリヴィアの耳元でこっそりと、大事にされているということを教えた。


 強いものを贈るということは、それだけリュウデリアの中で大事であると認識されているということ。教えられた事で心臓がうるさくなるのを誤魔化すように、胸元にリュウデリアを強めに抱き締めた。痛がる様子もなければ、拒否もしない。そっぽを向きながらも腕に尻尾を巻き付けて受け入れてくれることに、また愛おしさが湧いてきた。


 リュウデリアの顎下をオリヴィアが人差し指の指先で擽って、クレアが2人のやり取りをケラケラと笑いながら見ていると、あげていた笑い声を突然止めて静かになった。どうやらまた何かあるらしい。今度は何だと思いながら耳を澄ませていれば、馬の足音がする。助けた者達が戻ってきたようだ。




「──────いやはやお見事!すまない、助かりましたぞ」


「助けるというよりも、助けさせるという魂胆が丸見えの行動だったがな。私を見つけた途端にこちらに向かって方向転換して来た。私が戦えない単なる旅人だったらどうするつもりだったんだ?襲われて食われている間に逃げるのか。随分と良い召使いを持っている」


「……何?おい、お前はそんなことをしたのか?先程儂に、知らぬ者が戦って逃がしてくれたと話したのはお前だろう」


「そ、そのぉ……ちょっとそこら辺は慌ててあやふやでぇ……へへっ」


「この愚か者がッ!本当に戦闘能力の無い者だったらどうするつもりだ!!不用意に巻き添えを食わせるでないわ!!」


「す、すいませんでした!!」




 落ち着きを取り戻した馬に指示を出し、オリヴィアの傍までやって来た馬車に設けられた窓から、白い髪と長い髭を蓄えた初老の男性が顔を出して話し掛けてきた。太陽の光を浴びて輝くような装飾をされた豪華な馬車に乗っているので偉い者だというのは解るが、それでもオリヴィアは思った事を口にした。


 さてどう出るかと思えば、馬の手綱を引いている御者を叱り飛ばした。当然、巻き添えを食わされたオリヴィアが被害者なのだが、変に偉いとそんなことは知ったことでは無い。その場に居たお前が悪いと言ってきても不思議では無かった。まあ、悪い者では無いのだろう。状況を把握して非がある者を叱っているのだから。


 主人に怒られて涙目になっている御者の男性と、額に青筋を浮かべて未だ叱っている初老の男性のやり取りに興味が無いオリヴィアは、何も言わずその場を歩いて去って行った。茶番に付き合ってやるほどお人好しではないので、目的の王都を目指すのだ。


 言いたいことを言い終えた初老の男性が軽く謝罪しながらオリヴィアの居たところを見れば、既に居るわけが無く、少し離れたところを歩いているのを見つけて近くに寄せるように急いで指示を飛ばした。またやって来た馬車にフードの中で目を細めるオリヴィア。鬱陶しく感じている証拠だった。




「待って欲しい。そなたは儂等を助けてくれた恩人、是非とも礼を……っ!」


「要らん。そもそも私は向かう場所があるんだ。こんなところでまた変な道草を食っていられる程、暇ではない」


「目的の場所はどこですかな?近ければ送って行けるが……」


「此処から一番近くにある王都だ」


「おぉ!となると王都メレンデルクですかな!?ならば丁度良い!儂等も今向かっている最中だったのです。是非お乗り下さい」




「オリヴィア、あの人間は嘘を吐いていない。迷惑料として送らせたらどうだ?」


「……解った。乗せてもらおう」


「それは良かった!さあさ、どうぞお乗り下さい」




 目的地が同じという偶然により、乗せてもらう事になったオリヴィア達。豪華な馬車のドアが開いたので中に乗り込む。外が豪華ならば中も豪華で、対面出来るように2つの座る場所があり、座ってみるとふわふわのソファのようだった。


 中で待っていた初老の男性と向き合って座ると、男性の横に小さな少女がちょこんと座り、男性の腕を抱いて顔を隠していた。恥ずかしがり屋なのだろうか。それともフードで全身を覆っているオリヴィアを警戒しているのか、リュウデリア達を警戒しているのかは解らないが、少女はそこまで歓迎している様子は無かった。




「先程は助かりました。儂はマルロ・ウィンセ・テナムト・ラン・カーネンテ=レッテンブル。王都メレンデルクで侯爵をしております。この子は儂の孫のティネ。先程は助けていただきありがとうございました。そして巻き込んでしまい申し訳なかった」


「……た、助けてくれて……ありがと」


「礼は受け取っておく。王都……メレンデルクだったか?目的地まで送ってもらうだけで十分な礼だがな」


「そんな……っ!儂等は危ないところを助けてもらった身、それ相応の礼は他に用意させてはくれんか……?」


「……断られるのも位が高いと問題か……ならば、ここは素直に受け取ろう」


「感謝します」




 人間の社会をそう詳しく知らないオリヴィアは、侯爵だと言われてもピンときていないようだが、膝の上に乗せられて撫でられているリュウデリアは、ありとあらゆる本を読破していたので解っていた。


 侯爵。辺境伯とも言われるその貴族階級は、領地を持った諸侯を表す。諸侯とは、主君である君主……つまり王の権威の範囲内で一定の領域を支配することを許された臣下である貴族のことだ。公爵の下。伯爵の上。五爵の中でも第2位に位置する爵位だ。


 国の国境付近や、重要な地域を任されていて、有事の際は率先して動く立場にある。任され、支配している領土も広く、普通の伯爵よりも権限が大きいのが特徴である。辺境伯とも言われているのは、辺境を任された伯爵ということだ。自力で公爵になるのはかなり厳しいので、侯爵は王族以外での実質最高位に近い存在だ。簡単に言うと、とても偉い立場に居る。


 これだけ偉い立場に居れば、助けただけで素性も知れないオリヴィア達のこと等、殆ど見向きもしないのだろうが、このマルロは和やかに笑いかけて敬語も使って話し掛けてくる。出来た人間だなと、オリヴィアの膝の上で使い魔のフリをしているリュウデリアは思い、クレアとバルガスは乗っている肩でどうでも良さそうにしていた。






 偶然出会った侯爵であるマルロとティネが乗る馬車に乗せてもらったオリヴィア達は、予定より早く王都メレンデルクへ着くのだった。






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