第42話  厄介事






「しゃくッ……あー、うめ」


「……美味いな」


「朝飯に龍の実は豪勢だ……」


「私にはやはり林檎の味にしか感じないがな」


「龍の味覚でしか味わえないらしいからな」




 空は晴れて青く、風に吹かれて雲が流れていく。気温も丁度良い。過ごしやすい日である今日は、オリヴィアの声によって歩いて王都まで向かう事となった。翼を使って飛んでいくのは容易いが、それだと面白みに欠ける。歩いて向かうからこそ楽しめるものがあるのだ。


 4人で横に広がって歩きながら、少し軽めの朝食として龍の実を食べていた。まだ余っていたもので、それを見たリュウデリア達はすぐに食いついた。美味そうにムシャムシャしながら食べている龍はその本来の味が解って幸せそうだが、生憎オリヴィアからしてみれば林檎の味だ。


 そもそも黄金色で艶やかな部分があるだけで、それ以外では完全に林檎やなしか見えない果実なのだから、どれだけ見ても豪華な色の林檎だ。しかも味まで林檎ときた。龍が感じている旨みを共有出来たらなと思わないでも無いが、出来ないものは仕方ないとしている。




「俺達だけで楽しむのもアレだからな、王都に着いたらオリヴィアの食べたい物を先ず始めに食べるか」


「いんじゃねー?オレは人間の食い物なんて食った事ねーから、何でもいいぜ」


「……私も……オリヴィアが食いたい物を……最初に食べれば良いと思うが」


「決まりだな」


「……良いのか?美味い肉があるかも知れないのに、私がフルーツの盛り合わせを食べたいと言ったらどうする?」


「フルーツの盛り合わせを食べるが?先に美味いものを食べているからな、お前は気にせず好きな物を食べれば良い」


「……そうか。ありがとう。では、楽しみにするとしようか」


「あぁ。町はあっても王都は初めてだからな。きっと美味いものが山とあるぞ」




 龍にとっての美味い物であろうと、先に楽しんでいるのだから、現地での美味いもの食べ歩きは、オリヴィアが食べたいと思ったものを優先して良いと言われた。バルガスとクレアは、そもそも初めて食べるので比較対象が無いため、何でも良いとのことだ。まあ、仮に知っていたとしてもオリヴィアを優先させてあげただろう。


 友となったリュウデリアの親しい連れである。その時点で無下にはしないが、戦いで負った傷を跡形も無く治癒してくれた恩人でもある。気配からして人間ではないことは知っていたが、まさか神であるとは思わなかった。それも太古の時代に失われた治癒の力を持つという。


 普通にスゴイじゃん。となったバルガスとクレアも一目置いて親しくなるのは難しいことでは無い。今ではしっかりと友人関係を築いている。因みになんだが、オリヴィアは人知れず偉業を為し得ている。というのも、龍は警戒心が強いので見ず知らずの者とすぐに仲良くなることは無い。にも拘わらず彼女は一日で2匹の龍と友人関係を築いて、3匹の龍と行動を共にしている。


 龍と神では種族が違いすぎる。しかし、それでもこうして仲良くやれているのは偉業と言って良い。そんな存在は今までに居なかった。例え聖人のように清らかな心の持ち主であろうと、その日の内に龍と友人になるのは不可能だ。関係性を求めれば、帰ってくるのは鋭利な爪か殴打か魔法のどれかだろう。




「そうだ、これを見てくれ」


「ん?……お、何だよ。土の魔法か」


「俺をスカイディアへ連れて行くために来た使いの龍が、俺との戦いの中で土の壁を造ったのを見てやってみようと思っていたのを忘れていた」


「無駄に完成度が高ぇ……」


「土で形成されたリュウデリアか。すごいな……」


「……細部まで細かい……良い技術だ」




 龍の実を食べ終えたリュウデリアが掌を下に向けていると、地面が小さく盛り上がって形を作っていった。単なる土の塊が人の形のような輪郭を作り、出来上がったのは土で形成されたリュウデリアの人形だった。土色な事以外はそっくりなそれは、全長60センチ程。ミニチュア版と言っても良い。


 色以外は瓜二つのミニチュア版リュウデリア人形だが、造って終わりな訳が無い。魔法で造った人形は動き出す。一つの動作を組み込むのでも相当な労力が必要なのだが、彼が造った人形はまるで生き物のように動くのだ。背中から生えた翼を羽ばたかせて動かし、左右の脚で交互に足踏みさせ、両手を開いて閉じてをしている。


 少し遊び心が出たのか、本体のリュウデリアと人形が同じ動きをしている。屈伸の運動をしたり腰を後ろへ曲げて上を向く伸びをしたり、精巧な形で精密な動きをしている。魔法で動く人形のことをゴーレムというのだが、ゴーレムをここまで精巧に、それも自由自在に動かせる人間は滅多に居ない。当然、ゴーレムを造るのも動かすのも、リュウデリアは初めてである。




「……あ。良い事思い付いた。なぁリュウデリア、バルガス。ゴーレムで勝負しようぜ。他に魔法は無し。純粋なゴーレムの強さでよ。3匹の中で一番強かった奴が龍の実もう一個」


「「──────乗った」」


「歩きながらやるんだぞ?3匹共」


「任せておけ。移動しながらやる」




 クレアの発言で勝負が始まった。王都を目指して歩きながらのお遊び勝負である。バルガスもクレアもゴーレムを造るのは初めてであるが、出来ないとは思わなかった。赫雷を轟かすバルガスも土で形成し、自身の姿と全く同じミニチュア版のゴーレムを作製した。少し準備運動をさせて、稼働状態の確認をした。


 本体では体格の差と身長差が少しあるが、ゴーレムだと身長差は解決している。体格はやはり瓜二つに造っているのでバルガスの方が不屈そうに見えるが、その代わりに動きの速度はリュウデリアのゴーレムの方が上だ。出来上がったゴーレムを見て不敵に笑うリュウデリアとバルガス。残るはクレアだけだと、早くしろという意味も込めて見ると、2匹共黙った。


 クレアのゴーレムは美しかった。太陽の光を浴びて光り輝き、本体と同じように雌に見える美しさと可憐さを持ち合わせていた。リュウデリアとバルガスが唖然とするのも解るだろう。それ程にクレアが造ったゴーレムは素晴らしく、黙るのには当然の逸品だった。


 そう……それは、2匹と同じ初めて造ったとは思えない程の完成度を誇ったゴーレムだった。




「オイちょっと待て」


「……セコい。確かにゴーレムだが……水は狡い。土で造った私達のゴーレムは……お前のゴーレムに触れられると……崩れていく」


「誰も“何で”造ったゴーレムで勝負するとは言ってないもんねー!」


「──────はッ!属性の不利すら押し退けて俺が勝つ」


「……同じく。私達は……その程度で……負けるつもりは……毛頭無い」


「ンじゃあ勝負じゃオラァッ!!」


「おぉ……スゴイ。土と水のゴーレムが戦ってる」




 ズルい。流石クレア、何というセコい手だ。確かに“何で”造ったゴーレムによる勝負をしよう……とは言っていないが、他2匹が土でゴーレム造っている中で、誰が平気で弱点の水でゴーレムを造ろうか。まあクレアがそれに該当するわけなのだが。


 歩いて移動を続けながら、土と水のゴーレムが戦い始めた。腰の位置よりも小さな龍達が、相手を倒そうと必死になりながら動き回っている。リュウデリアに創って貰った純黒のローブでは、ゴーレムの作製から操作までの緻密な操作による魔法は出来ないので、観客として観戦していた。


 キリが無くなるので、部位の欠損が起きても修復するのは無し。形を変えて戦うのも無しで、あくまでゴーレムの強さで勝つのだ。しかし土で出来ているゴーレムには、水は天敵だ。濡れた箇所から自然と崩れていってしまう。だからクレアの勝ちは決まっている。勝ちを確信しているクレアが腰に手を当てて胸を張りながら、フンスと息を鼻から吐いて得意気にしている。


 明らかなズルが混じっている中で始まっている戦いは、3匹一歩も譲らずの戦いになっているが、クレアの水ゴーレムが隙を突いて、リュウデリアのゴーレムの横面に尻尾を叩き付けた。これでノックアウト。残るはバルガスだけ。そう思われたが……土のゴーレムは耐えた。水に濡れて頬の部分が変色しているが、それはほんの少しの範囲だ。明らかに可笑しいと思われる防御力。その原因にクレアは直ぐさま気が付いた。




「おま、ゴーレムの体をカッチカチに固めてんな!?見た目よりゼッテー重いだろそれ!!水の尻尾ぶち込んでその濡れ具合なら、どんだけの密度にした!?」


「約5倍の密度で固めている。まあ、それくらいは良いだろう?お前は水で有利を取っているのだから。……それにしても……クク」


「……その発言……そのゴーレムの密度は……見た通りのようだ。つまり……これでフェアだ」


「構図!!2対1の構図になってんですけど!?」


「当たり前だ。俺もこんな事はしたく無かった……だが仕方ない……仕方ないのだ……!もうこれしか我々に道が無いのだから……ッ!!」


「……赦せクレア。お前は……道を違えてしまった……故に私達が……お前に引導を渡してやる」


「白々しいわ!?お涙頂戴の演技やめろ……ちょっ……おまっ……同時に攻めてくんな!!オリヴィア!お前からもコイツらに何か言ってやれ!流石に2対1はズルいだろ!!」


「クレア……最初にズルをしたのはお前なんだから、大人しく負けなさい」


「窘めるように負けろって今言った?言ったよな??」




 謀らずとも……いや、普通に謀って2対1の構図が出来上がった。相手の有利属性で始めた戦いで発覚したのは、リュウデリアとバルガスが造ったゴーレムは、体の密度をガチガチに固めて、とんでもない防御力を獲得している事だった。だから水の体で攻撃しても、その硬さで水が浸透しなかったのだ。


 右と左から手や脚が伸びてきて水のゴーレムの体を削っていく。水を掬って剥がすようにする攻撃は、全身が水のゴーレムには効果的だ。流石に2体を相手に戦うのはキツく、クレアが押されていく。やがて猛攻に耐えきれなくなった水のゴーレムに隙有り!と叫びながらリュウデリアのゴーレムが、尻尾の薙ぎ払いでクレアのゴーレムの首を刎ね飛ばした。




「ハッハーッ!!龍狩りだァッ!!」


「ノオォ────────────ッ!?」


「……因果応報……敗北は……甘んじて受けろ」


「これでクレアが脱落だな。残るはリュウデリアとバルガスのバトルだ」


「──────龍の実は俺の物だ」


「──────否。……私のだ」




 刎ね飛ばされた水の頭がクレアの元に飛んでいき、急いで掌で受け止めるとばしゃりと弾けながら単なる水に戻った。頭を無くした体も唯の水へと変わり、敗者が決まって生き残りが生まれた。残すはリュウデリアとバルガスの造った土のゴーレム2体。クレアの水のゴーレムとの戦いで所々が変色して脆くなっているが、勝者を決めるために拳を構えた。


 歩いて移動しながら、眼下で行われるゴーレムによる殴り合いを見ているオリヴィアは、片手間にズーンと落ち込んでいるクレアの肩を叩いて慰めていた。例え敗因が自分のセコさによるものだとしても。まあまあという具合に。


 密度を5倍で仕上げた両者のゴーレムだが、やはり土で形成されていて修復は無しなので崩れていく。弱い部分の端の方から少しずつ壊れていき、腕がもげて脚が千切れても殴り合った。それでも本体のリュウデリア達に追い付いて移動しながらなので、片脚でぴょんぴょん跳ねながらの殴り合いだ。なんとシュールだろうか。


 術者が術者なだけに中々に決着がつかないと思われるが、防御をしても攻撃をしても土の体が崩れていくので自然と終わりはやって来る。そしてここで、本体に似せて造った事による勝負の分かれ目が生まれた。リュウデリアよりも体が大きいバルガスで、造ったゴーレムも同じ体格だ。


 使っている土の量は僅かにバルガスの方が多く、重く、防御力が幾分かリュウデリアに比べて高い。そして最初にクレアの水のゴーレムから受けた頬のダメージがある。故に、崩れる一歩手前で最後の一撃として放った拳は、両者のゴーレムの顔に叩き込み合い、リュウデリアのゴーレムの頭が崩れ、バルガスのゴーレムは大きく罅が入りながらも頭は残った。結果、ゴーレム対決はバルガスの勝利だった。




「あー、クレアからの一撃がそれなりに効いていたか」


「……それが無ければ……負けていたかも……知れん。だが……私の勝ちだ……龍の実は……貰う」


「ちぇー。オレも食いたかったのによー」


「負けたものは仕方ないだろう?バルガス、景品の龍の実だ」


「……ありがとう。いただく……美味い」




 優勝はバルガスだった。賞品である龍の実をオリヴィアから受け取ってムシャムシャ食べ始めた。美味しいのが解っているので、リュウデリアとクレアは良いなーと思いながら見ていた。こうやって暇を潰しながらゆっくり歩いて王都を目指している。


 巧みに魔法を操る魔法大得意の龍が3匹も居るので、旅の途中で飽きは来ない。なのでオリヴィアがつまらないと感じることは無かったし、疎外感も感じなかった。まあ、リュウデリアが居れば何も喋らなくても満足なのだが。


 そうして王都へ向かい、歩いていると、少し魔法の練習をしたいというオリヴィアの願いを叶える為に、クレアとバルガスを的にして魔法を放ち、リュウデリアからアドバイスを貰っている時だった。リュウデリア達が同じタイミングで顔を左斜め前の方向へと向けた。こちらからは登り坂になっていて向こう側が見えないが、どうやら3匹には何かあると解ったらしい。


 黙って体のサイズを小さくし、バルガスとクレアがオリヴィアの両肩にそれぞれ乗り、リュウデリアは腕の中に収まって抱かれている。どうやら人が来るようだ。オリヴィアはそう簡単に人の気配を察知出来ないので、その場で立ち止まって少し待機していると、音が聞こえてくる。馬の足音と車輪が地面の上を転がる音だ。




「──────誰か……っ!誰か助けてくれ……っ!!」




「……なるほど。お前達は何かに感付いていたようだが、アレの事か」




 無言で頷く、使い魔のフリをしたリュウデリア達にクスリと笑いながら、オリヴィアは此方に向かってくる馬車を見る。2頭の馬に引かせている馬車は金が遇われていて四輪駆動タイプ。天井と壁が設けられ、乗り込んで乗車するものだ。中からは赤いカーテンが掛けられていて中は見えず、馬の手綱を引く人間は外で必死になっている。


 馬の暴走によって止まれないだけかと思われたが、どうやら違うらしい。馬車の後ろからはウルフが4匹、空腹なのか涎を垂らしながら追い掛けていた。足の速いウルフだからこそ、馬の速度にも追い付いているようだ。況してや馬は馬車を引いている。速度は現時点で限界なのだろう。


 放って置いて横を通り過ぎても良いのだが、相手はそうもいかないらしい。馬の手綱を操って、恐怖で爆走している馬の進行方向を此方に変えていた。助けてもらう腹積もりなのだろう。これでオリヴィアが一切戦えない者だったらどうするつもりなのか。冷静な判断が出来ていない御者ぎょしゃには考えついていないと見える。


 傾国なんてレベルでは無い美しい顔を隠すために、肩に乗っているバルガスとクレアにフードを被せるようにお願いすると、スッと被せてくれた。これで一つ面倒な事は減ると考えながら、助けてもらうつもりしかない馬車に溜め息を吐いた。







 厄介事は向こうからやって来る。折角楽しく歩いていたのに台無しだと、少し苛つきを覚えながら純黒のローブを使って煉獄の炎を生み出したオリヴィアだった。






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