第5章

第41話  次は何処へ

 





「──────くッ……ぐう゛ぅ゛……ッ!!クソッ……クソックソックソックソックソォッ……ッ!!!!」




 龍の住まう浮遊する大陸、スカイディアのとある民家の一室にて、人間形態をした龍が一匹、痛みに苦しんでいた。体と右腕、左脚を包帯で巻いており、血が滲んでいる。それに包帯に巻かれた腕や脚は包帯に巻かれていない方の腕や脚に比べて短い。断ち切られてしまったのだ、決闘で。


 右腕は上腕の半ばから。左脚は腿の半ばから斬られてしまっている。立ち上がろうにもバランスの取りにくい状態になっていて、今は見えないが龍の命とも言える翼もまた、左側が千切り取られていた。彼の名はシン。シン・リヒラ・カイディエン。最近噂になっている純黒の黒龍、リュウデリア・ルイン・アルマデュラの弟である。


 龍の頂点に位置する王の名を冠した七匹の龍。龍王。その姿は見る資格ありと判断された者達にのみ見ることを赦され、それ以外では謁見などは赦されない。だが兄のリュウデリアは赦され、剰え手となり脚とならないかと力を見出されて引き抜きを受けたという。だが、それを否定した。


 挙げ句の果てには、知り合いであったロムを殺した。決闘であったので仕方ないが、今のシンにはそんなことはどうでも良かった。誰でも謁見出来る訳では無い龍王との謁見を、唯でさえ龍王からの招集を受けているのに何度も拒否し、最後には引き抜きを断る。自身は謁見すらも赦されないというのに。


 気に食わない。母と父から聞いていた悍ましい姿の兄。実際に姿を見たら本当に悍ましい姿をしていた。それに異質な魔力。目上の者に対する不遜な態度。何でこんなのをスカウトするのか解らなかった。だから証明するしようとした。そんな奴より、俺の方が優れているのだと。龍王様の御側には俺こそが相応しいのだと。


 捨てられた兄の首を持って龍王の元へ行き、認められて精鋭部隊の一員となる筈だった。筈だったのに!シンは意気揚々と仕掛けた決闘で敗れた。手も足も出ず、魔法を撃ち込んでも傷一つつけられなかった。なのにこちらはこの有様だ。もう自由に飛ぶことも、況してや満足に歩くことすら困難となった。全てはあの悍ましい姿の兄の所為だ。




「あの野郎……あの野郎ッ!!この俺の事を俺として見て無かったッ!!まるで……まるでゴミでも見るような目で見やがったッ!!」




 決闘の時……いや、リュウデリアの前に現れてから、シンは一度も龍であり弟のシンとして見られていなかった。終始道端に落ちているゴミを見ているような視線だった。心底腹立たしいが、決闘で勝って殺してしまえば、そんな苛つく視線も向けられないのだと我慢した。結果は惨敗。こうして惨めに生き残っている。いや、生かされたのだ、態と。


 殺したらそれで終わりだ。だからなのか、リュウデリアは死なない程度の部位欠損ダメージを与えて決闘を終わらせた。例え出血多量で死んだのだとしても、あぁ死んだのかで終わらせただろうが、生き延びてしまった以上、これから有るのは恥だ。生き恥。生きているだけで恥ずかしいという状況。


 絶対に負けないという意思の元決闘をして負けた。これからは決闘で誓った事により、リュウデリアに干渉することは出来ない。だが憎い。こんな体にした奴が、生き恥を晒させている奴が、龍王に力を認められている奴が、あれ程の強さを持つ奴が憎くて憎くて仕方ない。力が有れば、力を得る事が出来るのならば、自身は他に何も要らない。そして何でも差し出す事だろう。




『──────ほう。何でも差し出すと』




「──────ッ!!誰だッ!!どこに居るッ!!」


『そう吠えるな、自身より劣ると勘ぐっていた兄に敗北し、歩くことすら儘ならん敗北者が。お前には私が何者かであることを知る権利は無い』


「貴様……ッ!!龍である俺を侮辱するかッ!!」


『まあ話を戻すが、お前は復讐をする為ならば何でも差し出すと思ったな?』


「……だったら何だ。俺はアイツを赦さんッ!!必ずやこの手で殺してやるッ!!」


『決闘で不干渉を提示されたのにか?誓いを破るのか?』


「アレを殺す為なのだから仕方ない。今更誓い一つ破ることになった程度で、俺の……ッ!!この怒りと憎しみは消えんッ!!」




 そうだ。決闘の誓いが何だ。所詮は口約束程度の代物。自身を虚仮にした奴を殺すためならば守る必要性など皆無も良いところ。ならば従う必要は無い。自身はただ、必要な事をしに行くだけなのだから。


 シンは憎しみに燃える。朦々と燃え盛る憎しみを抱えて、標的であるリュウデリアの事を思い浮かべて頭の中で何度も殺す。ありとあらゆる方法で殺して悦に浸る。だがそれは当然頭の中で広げる妄想だ。実際に決闘の誓いを破って挑みに掛かれば、今度こそ殺されるだろう。


 憎しみの炎を抱いて復讐に燃えているシンに、どこからか聞こえてくる謎の声はクツクツと笑った。憎しみに駆られて冷静な判断が出来ていない。しかも相手との力量差も理解出来ていない。実に愚か。このような者ほど取り込みやすいのだ。




『お前のその復讐に、力を貸してやろうか?』


「……何を求めるつもりだ」


『それが解らない程愚かでは無い……か。ふぅむ。そうだな……お前の復讐を私に見せてくれ。そして愉しませろ。それが報酬で良いだろう』


「……ふん。その程度ならば構わん。それで、お前はどう手を貸すつもりだ?」


『お前は仮にも龍。純粋な力は持っているだろう。故に……私からはお前の失ったものをくれてやろう』




 虚空から聞こえてくる言葉に訝しげな表情をしていれば、失った右腕と左脚の断面から黒い炎が灯され、形を取っていく。残っている腕や脚と寸分違わない黒い炎の四肢が出来上がり、感嘆とした声を上げた。精巧に創られた魔法による腕と脚。同じようにやろうと思っても、出来はしてもここまで精巧なものは出来ない。


 はっきりとした輪郭から朧に黒い炎が立ち上っている。まるでシンの憎悪という黒い感情が炎となって形になっているようだ。形成された腕と脚を確かめるために立ち上がり、腕を振ってみる。治療として巻いてあった包帯はとっくに燃え尽きていて、残骸が足下に落ちた。


 斬られた断面に接していた包帯は完全に焼けて無くなり、それ以外の部分は熱の余波で黒く焦げている。それを黒い炎の足で踏み付ければ欠片も残さず燃え尽きた。炎の四肢はシンから見ても超高熱であり、非常に高い魔力を秘めている。これを創れるということは相当な魔法の使い手だろうか。


 気になって上を向いて虚空に話し掛けたが、声が返される事は無かった。虚空より聞こえてきた声の主は誰なのだろうか、そういう思いもあったが、やるべき事はそれを突き止める事では無い。憎むべき相手を殺すことだ。




「待っていろリュウデリア……ッ!!お前の息の根は、俺が止めてやるッ!!」




 シンは怨嗟の籠もった声で咆哮し、天井を突き破って飛び立った。人間形態から龍の形態へと元へ戻る。確認出来なかった翼も、黒い炎によって形成され、元から生えていたかのような感覚だった。


 必ず見つけ出してこの手で殺す。それで漸く自身は龍王に認めてもらう事が出来るのだ。そう信じて疑わないシンは、果たして本当に斃せるのだろうか。














































「──────うぇ……っぷ………オロロロロロロロロ……っ」


「ばっかおま……っえぷ……目の前で吐いたら貰いゲ……オロロロロロロロロロロ……っ」


「……っ………っぐ……オロロロロロロロロ……っ」


「ぎ、ぎもぢわる……おっぶ……っ」


「あったまいでぇ……ぉっぷ……っ」


「はらがゆがんで……ぅっぷ……っ」


「流石に飲み過ぎだろうに……ほら、水だ」




 酒を飲んでいる酒盛りをしてから翌日。人間と同じ背丈位のリュウデリア達は、両手両膝を地面について吐き散らかしていた。キラキラしたものが口から吐き出されて、3匹のものが合流して小さな川を作っている。何という汚い川だろうか。


 オリヴィアは仕方名が無いなぁと溜め息を吐きながら、リュウデリアの背中を撫でていた。その後は口直しにと、昨日の内に大量の水が入る魔道具の水筒から、即席で造った木彫りのコップの中に注ぎ込んで3匹に手渡した。鱗で解らないが、肌があれば蒼白いだろう疲れ切った顔をしたまま水を受け取り、一気に飲み干した。


 調子に乗って飲み過ぎた。酒の所為で正常な判断が出来ないので飲むのを止めようとはならず、出来たばかりの友達と飲みあっていたら、オリヴィアが造った酒を全て飲み干した。体を小さくさせて飲食の量を減らしているというのに、腹が膨れるほど飲んだ。


 まさかここまで体調に異常を来すとは思っておらず、完全な二日酔いで3匹はグロッキーだった。オリヴィアは結局酒は飲まず、リュウデリアに欲望の限りを叶えてもらったので満足しているが、最強の種族の最強レベルな力を持っている者達とは思えない状態に苦笑いだった。




「やべぇ……これ飛んだらゲロ吐くわぁ……」


「……右に……同じく……」


「これが二日酔い……辛いな……」


「どうする。体調が戻るまで待機するか?」


「いや……行くとしよう……龍の肉体ならばすぐに体調は良くなる……今はまだ辛いだけだ……」


「アウグラリスに戻るか?」


「……記憶した地図通りならば……此処から40キロ程行ったところに……王都がある。次は其処へ行こう……」


「王都か。人間の王が居る場所だな。普通の町などに比べて栄えていると聞くし、何があるか楽しみだな」


「……っふぅ……そこで一つ相談なのだが」




 口の中に残った酸っぱいものが混じった唾液をペッと吐き出してから、リュウデリアは相談の内容を話し始めた。こうして折角一緒に居るのだから、このまま共に王都へ行かないかという誘いだった。特に断る必要も無いし、何か用事があるわけでも無いので、クレアとバルガスはすぐに誘いを受けた。


 実のところ、リュウデリアとオリヴィアが向かう人間の国には興味があった。どのように過ごしているのか知るのも、見聞を広げるという意味では良い事だろう。一応、リュウデリア達が既に人間の街等に忍び込んで生活していたという話はしていたのだが、残念ながらバルガスとクレアは酒に酔って記憶が飛んでいる。


 話した側であるリュウデリアもついでに言えば忘れているので、覚えているオリヴィアからしてみれば2度目の説明だった。龍の魔法を見破れる人間はそう滅多には居ない。だから体を小さくして使い魔に見せれば易々と忍び込めるのだ。それを聞いて真似しようということになり、バルガスとクレアもオリヴィアの使い魔……という設定にすることとなった。




「設定とはいえ、龍3匹が私の使い魔というのは随分と豪勢だな。恐らく世界で一番強い魔物使いだぞ、私は」


「ぶはッ。そりゃ確かになァ。オレ達はそれぞれ龍の中で少なくとも龍王に近い強さは持ってる筈だ」


「……そんな我々が使い魔となり……個人に傾倒しているとなると……他者からすれば……凄まじいものだろう」


「これでオリヴィアを傷つけられる者が居るならば、会ってみたいものだな」




 実際、今のオリヴィアが世界で一番強い魔物使いだろう。この世に一体誰が、3匹の龍を使い魔として使役している者が居るというのか。狼型の魔物やスライム等がメジャーの中で、一人だけ3匹の龍である。相手するとしたらオーバーキルは間違いない。


 使い魔に見せるために、3匹で揃えるサイズの確認をする。オリヴィアの肩に乗れる位の大きさだ。ついでに重さも軽くする魔法を教え、乗っても石ころ程度の重さとなり、負担が掛からないようにもした。


 取り敢えず必要な事は確認出来たので、リュウデリア達は歩き出した。翼があるので飛んでも良いが、今はまだダメだ。恐らく飛べばギラギラの雨を降らすことになる。偶には歩くのも良いだろうということで、晴れの空の下、4人が一緒に移動を開始した。




「人間の国って入るの初めてなんだよなー。オレの事狩ろうとしたから魔法で消し飛ばした事はあんだけどよー」


「……私の住処に来たと思えば……捕まえて戦力にするとほざくから……赫雷の雨を降らせてやった……恐らく全員死んだだろう」


「最初は俺も乗り気にはなれなかった。俺の恩人を攫った奴等と同じ人間だからな。同じならば皆殺しにしてやろうと思ったが、人間は全てが全て塵芥という訳では無い。知っているか?──────人間の作る飯は本気で美味い」


「なん……だと……?」


「肉はな、柔らかく、肉汁で艶やかで、空腹を呼ぶ香りが鼻腔を擽り、味が染み込んでいて濃い味が口の中に広がる。今まで食っていた肉が腐っていたのではないかと思う程の肉ッ!それがッ!人間の国にはッ!普及されているッ!」


「なんだそれ……なんだそれなんだそれなんだそれッ!?」


「……じゅるるッ……腹が減ってきた。そんな説明をされたら……食うしかない……ッ!!」


「「「──────肉ッ!肉ッ!肉ッ!肉ッ!肉ッ!」」」




 うおおおおおおおッ!とテンションが爆上げになっている3匹を尻目に、オリヴィアは本当に肉が好きだなぁ……と微笑ましそうに見ている。特に好き嫌いが有るわけでは無いので、野菜も魚も食べるが、やはり一番好きなのは肉だ。何とも龍らしいと言えばらしいが、雄叫びを上げる程だろうか。


 まだ酒が少し抜けきっていないのでは?と疑問を抱いても口にはしなかった。リュウデリアが言っていたが、どうせすぐに回復するだろうと思ったからだ。


 3匹仲良く肩を組んで、バルガスとクレアはリュウデリアからどれだけ肉が美味いのか、他にはどんな美味いものがあるのか、それを聞いてふんふんと頷き、未だ見ぬ美味いものを思い浮かべて涎を垂らす。他にも人間は暮らしを快適にするために、面白いものを造っているとなると、楽しさが伝染したように尻尾が左右にゆらゆらと揺れる。


 正直な尻尾だなと思いつつ、オリヴィアは3匹の後ろを歩き、リュウデリアの尻尾を掴み、左右にぶらぶらと揺らしたり、巻いて丸めたり、先端を人差し指でピチピチと弾いて遊んでいた。心を許しているからか怒りもしないので、少し尻尾で遊んでいると、尻尾がオリヴィアの腹にぐるりと巻き付いて持ち上げた。


 強い力で引き寄せられながら持ち上げられる。リュウデリアの頭の位置よりオリヴィアの頭の位置の方が高く、どうするつもりなのだろうと思えば、肩に乗せられた。肩車の形になると腹に巻かれていた尻尾は解かれ、膝辺りに手を置かれて落ちないように固定される。


 太腿の間から伸びる少し長い首に、胸元の位置にある頭。首を下から撫でいって頭を最後に撫でていると、ぐるりと顔がこちらを向いて薄く笑った。




「何故1人で後ろに居る、オリヴィア。俺の尻尾で遊ぶのも良いが、会話に参加しろ。別に仲間外れにしている訳では無いぞ?」


「いや、別にそう思って後ろに居た訳では……」


「……体調も戻ってきた事だ、走るぞッ!」


「……っ!?ちょっ……っ!?」


「しょーがねーなー!」


「……付き合おう」




 肩車をしたままリュウデリアが走り出した。人間には出せない速度で走る事で、風が前から吹いて長い髪が後ろに流れていく。景色も一緒に流れていって気持ち良く面白い。走る際の上下の振動は極限まで殺されているので視界は揺れない。


 倒れないように気を付けながら、振り向いて背後を見てみると、クレアとバルガスも後に続いて走っていた。振り向いているオリヴィアに気が付くと手を振ってくるので振り返し、前を向いた。風が頬を撫でてスピード感が感じられて楽しい。







 オリヴィアはリュウデリアに掴まりながら、楽しそうに笑った。目指すは人間の国にある王都。どんなものが有るのか楽しみだが、そんな彼等には憎悪に塗れた龍が近付いていた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る