第78話  乱入



 細胞の劣化に伴う、人間などが切っても切り離せない生きていくことが出来る制限時間……寿命。それが超常的存在である神にもあるのか?答えは是である。神にも寿命というものは存在している。ただし、神は普通の生物とは異なっており、命という部分についても地上の生物とは大きくかけ離れている。


 地上の生物ならば老いていくが、神に老いはなく、見た目が年老いていくかは自身で決めることが出来る。なので老人の見た目をした神も存在しているのだ。そして一番の特徴は、神はある程度の年月を生きると、その肉体を消滅させて新たな肉体を生誕させる。その際には記憶も受け継ぐのだ。


 古くなった肉体を捨て、新たな新しい肉体を手に入れる。謂わば交換という認識だ。だがそれでも、それこそ寿命が尽きるというものであり、死んだと判断することが出来る。そしてその寿命は、神によって個体差はあれど、数万数十万という感覚がある。人間が平均で80まで生きられるという話で、神は数万年生きるという事になってくる。しかもそれで終わりではなく、最後までの記憶を受け継ぐ。死んだようで死んでいない。それこそが神。


 しかし、空間の神であるカオラスは違った。相手をしているリュウデリアを、擬似世界で斃す為に、純黒を別の空間へ飛ばしてある意味消滅させる為に、己の命を削っていた。制約として己の命を差し出すことにより、空間の権能は恐ろしい力を発揮していた。それを重ね掛けすることで、無理矢理純黒の壁を突破する。


 ならば命を削りきったとしても、また記憶を受け継いで新たな肉体を手に入れるのだろうと思われるが、違う。カオラスは、本当の意味で己の命を削っていた。簡単に言うならば、命を使い切れば、訪れるのは完全消滅だ。空間の神という役があって新たな神が生まれようと、それはもうカオラスではないし、前の記憶も持っていない。


 リュウデリアの純黒によって殺されれば根底から殺されて完全消滅するが、命を削って権能を使い過ぎても完全消滅してしまう。まさに命を賭けた戦いであった。


 そこまでする以上、最高神デヴィノスに忠誠を誓っているのかと問われれば、そうではないと答えるだろう。四天神は何も、神の中で実力が最高位で強いからと定められただけではなく、神界の秩序を守る為にも存在している。無限に続く世界だからこそ、反乱因子という者が存在し、それらから他の力を持たぬ神を守るのだ。


 つまるところ、カオラスは神界に来て何の罪も無い、力を持たぬ神を殺したリュウデリア達を敵と定め、この場で斃そうとしているのだ。例えそれが、大切な者を攫っていき、報復と奪還の為に来ているのだとしても、神に敵対するならば四天神として摘み取らねばならない。




「どうしたッ!!最早賭ける命が尽きるのかッ!?ならば疾く死ねッ!!お前だけに時間を掛けている暇は無いッ!!」


「く……っ!!」




 神のために戦う神。侵入者を甚振って殺せと命令をしてきた最高神デヴィノスは、個人的には好きではない。最高神らしく神界を見守り、時には運営している存在ではあるが、性格が気に入らなかった。だとしても、自身は戦う。例え招集が無かったのだとしても、危険を察知して自らやって来たことだろう。


 純黒なる魔力で形成した槍を、リュウデリアが投擲する。豪速で飛来する槍に当たれば侵蝕されていくか、心臓を刺し貫くか、だから権能を使って壁を創り出し、削っていく。だが槍に籠められた魔力が膨大で削りきれず、急いで横に避けたカオラスの数寸横を突き抜けていった。


 異空間に跳ばして削る、命を使った空間の権能を、純黒が上回り始める。原理を理解されてしまった。頭の回転が早く、少ない情報で答えを導き出して徹底的に突いてくる。なんと厄介な黒龍なのだと小さく嘆息した。


 最初はこちらが押していて優勢だった。これまでに権能を無効化してきた純黒なる魔力を削って、触れるだけでも致命傷な球を飛ばして、近付けさせず追い詰めていっていたのだから。しかし防戦一方にはさせても攻めきれず、リュウデリアに考える時間を与えてしまった。


 近接が得意ではない自身が近付いて、純黒なる魔力をその身で受けて侵蝕されてしまえば、権能で命を削りきるよりも早く殺されてしまうだろうから、近付くという選択肢が取れず、必然的に遠距離攻撃が主体となっていた。しかしリュウデリアも気が付いたのだ、魔力の密度を上げれば削るまでに時間が掛かると。


 結果として、純黒なる魔力をも削っていた不可視の空間ごと削る球は障壁によって軌道が把握され、向けられる魔力で形成されたものは、壁を創り出して防御しても、削りきるより先に突破してきてしまう。それにより、リュウデリアの防戦一方から、攻防が拮抗していたのだ。


 一方のリュウデリアも、カオラスに近付くことはしなかった。万が一空間ごと削る球が当たってしまった場合、恐らく魔力で護っている肉体を削ってくるだろうからだ。ほぼ零距離でも避けられるだけの反射神経は備えているが、その万が一を引いて、こんなところで倒れでもしたらオリヴィアの奪還は困難を極めてしまう。それこそ避けねばならない。


 遠距離攻撃が主体となりがちになっていた四天神との戦いは、ここまで来ても変わらなかった。それでも勝てるならば構わないと受け入れている。最早、魔力を温存して致命傷を受けずに斃せればそれで良いのだ。故に、今まで魔力を槍を形成して、1方向からの攻撃にカオラスを慣れさせていた。チマチマとしたつまらない攻撃をし続けていたのは、この戦いを終わらせるためだった。


 右手の親指と中指を合わせて、指を鳴らした。パチンという音が戦場に似合わない音となり、小さくも響く。それを起点に発動されるのは、数々の純黒の魔法陣。空中にカオラスを取り囲むように展開された魔法陣の数は150。1つ1つが魔力を収束し、純黒の光線を撃ち放とうとしていた。




「──────ッ!?しまっ──────」


「──────死ね」




 高い音を鳴らしながら魔力の収束を終わらせ、純黒の光線がカオラス1柱だけを狙って向かっていく。権能を使う暇は与えない。速攻の魔法。一撃でも当たればカオラスは確実に消滅して死ぬことだろう。それが解っているから焦りが顔に出た。確実に当たる。態々この時を狙って撃ち放ったのだから。


 しかし、純黒の光線が当たることはなかった。擬似世界に亀裂が入る。いや、亀裂というのは語弊があるのだろう。突然虚空にて斬り裂かれたような裂け目が生まれたのだ。純黒の光線がカオラスに向かっている中、リュウデリアは遅緩した世界で裂け目から何かが入り込むのを見た。


 ソレは遅緩した世界でも残像を残す速度で動き、一直線にカオラスの元へ向かい、その場から連れ去っていった。標的を失った純黒の光線は地面に着弾して爆発を伴いながら砂塵を巻き上げた。150の膨大な魔力を収束させて放った事で、砂塵が晴れた後に見える地面は底が見えないくらいの穴ができていた。


 しかしそんなことよりも、リュウデリアが気になっているのは突如生まれた裂け目から入り込んだ何かだ。ソレが後少しで殺せたカオラスを攫ってその場を退却し、被弾を防いだ。動いていた速度からして相当な者だろう。気配も強かったので、直感で最後の四天神であると結論付ける。


 まさか一対一という状況を作り出すこの空間に入り込むとは……と、考えていたその時、晴れていない砂塵の中から影が1つ飛び出てきた。尋常じゃない速度だ。離れていたリュウデリアとの距離を瞬く間に詰めて至近距離まで近付いてきた。




「──────シッ!!」


「…っ……ぐっ!!」




 砂塵から姿を現したのは、侍が着る袴を履き、上半身は何も身につけておらず、鍛え抜かれた肉体が露わとなっている、左の腰に刀を差している男の神だった。右脚を大きく前に踏み込んで姿勢を低く取っており、見下ろすリュウデリアと目が合った。鋭い目付きで見上げてくる。顔の殆どに影が落ちていて、目が妖しい光りを発しているのを幻視した。


 半身となって腰を落とした低姿勢のまま、右手を刀の柄に手を這わせ、右手で鯉口を切って鎺を覗かせる。今度は右手でしっかりと握り込み、鞘の中で刀の刃を滑らせて抜刀。リュウデリアの首を両断するつもりで振り払った。


 上体を反らして辛うじて回避する。鱗に刀の鋒が触れて火花を散らす。左下から右上へ振り払った刀。リュウデリアにとっては初めて見た武器である刀と剣術であり、解らない以上警戒した。それに刀からは嫌な気配がするのだ。故にその場から後方へ跳び引いた。


 そこへ侍のような神が、鞘を持っていた左手を刀の柄に持っていて両手で握り込み、前に距離を付けながら袈裟に振り下ろした。刀の鋒が地面に触れるか触れないかという距離でピタリと静止し、その場から更に動くことはなく、息を吐き出した。


 後ろへ距離を取ったリュウデリアは、足跡で獣道を作りながら着地し、ぱたぱたと赤黒い血を地面に溢して染めた。左肩から右脇腹に掛けて大きく深い裂傷がある。距離を詰められたことで引いても間に合わず、純黒の鱗諸共肉を斬られたのだ。途轍もない切れ味に大きな傷を見ながら目を細めてから、前方に居る刀を持った神に視線を向けた。


 刀を持った神は、刀身に付いた血を見て、適当に振って血払いをし、鞘に納刀した。そして右脚を出して腰を落とす。このあとの攻撃が速いということを、リュウデリアは把握した。硬度の高い純黒の鱗を何でもないように斬ったことから、カオラスの球同様これ以上攻撃を受けてはいけないと悟る。




「助かったぞ、ストラン」


「既に四天神の2柱が殺されている。斬り開いて侵入した甲斐があった。お前は私の援護だ。いいな」


「了解した」


「……チッ。斬る事に特化した権能か?また面倒な……ッ!!」




 斬られる刹那、純黒なる魔力が何かを無効化した感触を考慮し、ストランが斬る事に関する権能を持っていると当たりを付けた。態々自身の権能を晒すつもりはないストランは、リュウデリアの推測に何も言わず、残像も残さない速度で駆け出した。


 速さを司る神の動きを見切れるようになったリュウデリアには、ストランの動きが見えた。とても今までの四天神の動きとは比較にならない速度で近付いてくる。しかし、走っている最中に姿を見失った。最初からそこに居なかったようにその場から消えたストランだったが、そんな彼はリュウデリアの背後に現れていた。


 気付いた時には背中を斬られていた。熱さを感じる程の炎を肉に押し付けられたような痛みが奔り、ぼとりと何かが落ちる音がした。右半身が軽くなった気がする。そしてその原因を、リュウデリアはすぐに察した。背後に現れたストランによって、右の翼を斬り落とされたのだ。


 翼には痛覚神経もあるので激しい痛みに襲われる。声を上げそうになるのを、口を固く閉じることで防ぎ、背後に居るストランに向けて尻尾を振るった。尻尾の先には純黒なる魔力で形成した刃がある。真っ二つにしようとしたのだが、手応えはなく、また姿を消したのだと察した。


 空間を司る神たるカオラスの権能を使い、空間と空間を切って繋げる事により、瞬間移動のようなことを実現している。ストランの斬撃は神速なので、跳ばされた先をすぐに察知しなけらば斬られてしまう。神経を集中させると、真上に転移したことを察知し、右腕を振り上げる。完全に入ったと思われるタイミングの拳は、事実ストランの顎に触れようとしていたが、体を捻る神業の避けで回避され、刀を振り下ろされた。


 視界の半分が暗闇によって隠された。左側の景色は一切見えず、口の中に鉄の味が広がる。眼を斬られてしまった。ぼたりと血が溢れて滴り落ちていき、着地したストランの気配がまた消えた。今度現れるのはどこだと神経を研ぎ澄ませ、一旦距離を取ったようで前方に居る事を把握する。瞬間、リュウデリアは強く踏み込んで前進し、それが間違いだったとすぐに悟る。




「──────ッ!!…っ……ごぼッ……ッ!?」




「──────隙有り」


「はは……流石はストランだな」




 肩に近い左胸。右脇腹。右太腿中央。左脚の脛内側。その4箇所がカオラスの設置しておいた空間を削る球によって削り取られ、風穴が開いた。不可視の球があるところに、リュウデリア自身が突っ込んでしまったのだ。空間を削るので不可視であり、気配も無かった。だから察知できずミスを犯してしまった。


 穴が開いたり半円に削られたりすることで動きが鈍ってしまい、その隙を逃すことなく前進し、リュウデリアの胸に刀を突き刺した。刃は背中まで抜けている。体を貫通しているのだ。


 口からごぼりと血を吐き出す。半分しか映らない視界の中で、カオラスとストランがまだ死んでいないリュウデリアに警戒を解いていなかった。カオラスだけならばあと一歩のところで殺せたところで乱入され、今このような状況に陥っている。血が抜けすぎて目眩がする。胸が熱い。いや、体中が熱い。


 ストランは心臓を狙って一突きをし、完璧に捉えたと思っていた。地上の生物は心臓を穿たれれば例外なく死ぬ。故にこの戦いも終わりだと。しかし不自然な事が1つ。抜けないのだ、刀が。胸を貫いた刀が全く動かない。引き抜こうとしてもビクともしない。そうして抜こうとしている間に、リュウデリアの気配が変わり、莫大な魔力が擬似世界を軋ませた。




「俺の征■道を塞ぐ塵芥■情■図に乗る■ァッ!!殲滅■て皆殺しに■てや■ッ!!塵■の痴れ者■がァ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」




「──────ッ!?」


「な……っ!!空間が壊れていくだとッ!?」




 3度目となる擬似世界への拘束。斬られたことによる右翼の欠損。刀に貫かれた胸。風穴の開いた肉体。過ぎていく時間。連れ攫われたオリヴィア。これでもかと邪魔をしてくる戦いの神々。積み重なっていく怒りがこの時に爆発し、耳を劈く咆哮を上げた。


 すると擬似世界全体に大きな罅が入っていき、自壊を始めてしまった。まさかリュウデリアによって壊されたのかと思う四天神の2柱だが、実のところは外に居る縛りの神がクレアとバルガスの融合魔法によって殺された事により、権能が維持できず壊れているのだ。


 ストランはリュウデリアの胸に突き刺さった刀を諦めて、カオラスの元へと下がっていった。擬似世界が完全に砕けて2柱と一匹は空中に放り出される。






 自由落下を開始した中で、カオラスとストランが見たのは、此方に向かって怒りと殺意以外の感情を宿していない右眼で睨み付けてくる、リュウデリアの姿だった。





 ──────────────────


 四天神・剣の神ストラン


 権能は斬撃。刀でなぞったところが『斬った』ことにすることが出来る。しかし純黒なる魔力でそれは無効化されているので、直接斬っている。


 鼠色の袴を履いて上半身は裸。服による防御は一切考えていない。剣の神なだけあって剣術が神がかっており、腰に差している刀は神器。リュウデリアの鱗を斬り裂くだけの切れ味を持っている。


 カオラスが制約として命を削っているのを感じ取り、それだけのことをしなければ斬れないと判断して自身も命を削っている。だから体を覆っている純黒なる魔力と拮抗し、切れ味と技術で斬った。





 空間の神、カオラス


 危なく消し飛ばされるところをストランによって助けられ、攻めきれないのでサポートに回る事にした。空間と空間を繋げて瞬間移動のようなことをしてストランを跳ばす。そして空間を削る球を飛ばすのではなく、設置する方式にした。作戦通りにリュウデリアに多大なダメージを与えることに成功する。





 リュウデリア


 とんでもなく強い近接タイプが来て、斬撃を見舞われる。鱗をものともせず斬ってくることに内心感嘆としており、同時に危険だと判断している。右翼が斬り落とされたのは痛手だと思っているが、飛ぶだけならば魔法でも出来るので問題ない。


 四天神を同時に相手にしなくてはいけないという、あるかも知れない可能性を引き当ててしまい、少々マズいと思っていた矢先、蓄積していた怒りが溢れ出てしまった。





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