第52話  戦場の赤



 冒険者歴5年の男は見ていた。襲い掛かる数々の魔物を、両手で握る直剣で斬り裂きながら。王都へ雪崩れ込むようにやって来た魔物の数は、報告されていた数よりも多かった。途中で合流していたのだろう。右を見ても左を見ても戦闘だった。


 人なのか魔物なのか分からない血が飛び散り、血生臭い戦場で戦っている男は、ふと純黒を目にした。灯ったのは炎。メラメラと燃えるような、そんな弱々しいものではなく、煉獄。そう称するのが正しいとさえ思える炎が、ウルフが進化した姿であるハイウルフを呑み込み、ものの数秒で灰すら残さず消してしまった。


 何という火力。硬い毛皮に断ち切るのが容易ではない皮下脂肪。強靭で硬質な筋肉。それが狼の形をしたハイウルフは、最低でもDランク冒険者が3人揃って五分五分といった強さだ。それを単騎で一撃。並の魔導士ではないと直感した。


 次々と純黒の炎に呑み込まれていく魔物達。撃ち放っているのは誰かと思い、戦場では命取りとなる余所見をして探す。そして術者は簡単に見つかった。王都にやって来たばかりの、純黒のローブを身に纏う女だった。その女……オリヴィアで手を出すと、掌の上に純黒の炎球が生み出され、放たれる。


 当たった途端に炎に呑み込まれ、脱出すら出来ずに燃やされ消滅する。Aランク冒険者3人を、一瞬で四肢を斬り落として達磨にしたという、あの彼女だ。強いのだろうとは思っていたが、こんなに強いとは思っていなかった男は、これなら勝てると確信し、口の端を吊り上げた。そして余所見をやめて正面を向き直る。そして、男はオークの棍棒に叩き潰されて死んだ。




「──────オークっ!?まためんどくせー奴まで……っ!!」


「こいつ頭悪いクセに怪力だし、脂肪ありすぎて斬っても大したダメージにならねーからめんどくさいんだよ!」


「強い攻撃魔法使える奴は!?」


トラップ系の魔法でもいい!痺れさせるなり落とし穴に落とすなりして、全員で首を落とせ!」




 オーク。人型の体を持った魔物。しかし頭部が豚であり、2メートル近い背丈に、全身に厚く纏った脂肪がある。頭は悪く、使うのは拳か適当に拾った木。使っている内に棍棒へと変わり、それを使い続けるので手にしているのはもっぱら棍棒である。


 鎧のように身に纏った厚い脂肪と、巨体を動かすための筋肉が邪魔で、命に刃が届かない。相手にすると面倒な奴というのが、冒険者の認識だった。ランクは低いものの、調子に乗ると思わぬ一撃を食らって連携に罅が入り、全滅という事も有り得るので油断は出来ない。先程棍棒の一撃で潰された男が証拠だ。


 豚の鳴き声に似た声を上げながら、棍棒を上に振りかぶった。周囲に居る冒険者は警戒して後退り、武器を構えたり回避が何時でも出来るように心構えをしている。するとそこへ、純黒の何かがオークに向かって飛んで行った。それは翼の生えた蜥蜴に見える使い魔だった。オリヴィアの肩に乗っていた使い魔がオークに飛び掛かったのだ。


 無茶だ。あんな小さな体で勝てるわけがない。そう直感した冒険者を嘲笑うように、使い魔は尻尾の先に形成した刃を真っ直ぐに振り下ろした。通り抜けたような錯覚をした。え?と呆然としている間に使い魔はオリヴィアの方へ戻り、肩に止まってあくびをしている。オークは棍棒を振りかぶったまま止まっていたが、体の正中線にピッと線が入り、縦に真っ二つとなった。


 一撃だ。ハイウルフを一撃で屠っていた主と同じく、傷を負っていない無傷のオークを一撃で殺した。まるで何もしていないとでも言っているが如く、あくびをしてつまらなそうにしている。見ていた冒険者は小さく吹き出し、使い魔に負けていられないなと、武器を強く握って魔物達へと駆けていった。




「オークに一撃で殺されるとは……人間はなんと脆弱な生き物なことか。冒険者になる人間が最も短命なのは明らかだな」


「龍に比べれば皆がそうだろうさ。……ところで現状、魔物と人間、どちらが優勢だ?」


「うーむ……気配からして人間が劣勢を強いられてはいるが、消えていく数は圧倒的に魔物が多い。既に魔物と人間の数は同じくらいだ」


「ほう……?人間もやるな。このままなら思っていたよりも早く、戦いは終わるのではないか?」


「ははッ。そう簡単にはいくまい。既に死んだ魔物は、謂わば雑魚だ。今残っているのは歴とした共だ。人間の兵士や冒険者と戦い、勝ち、更に戦う存在だ。一筋縄ではいかんだろう。それに……」


「……それに?」


「──────面白い個体が居るぞ?」






















「ヤバい……ヤバいヤバいヤバいヤバい……っ!!コイツは俺達が手に負えねぇ!!」


「誰か助けてくれェ!!」


「なんなんだよこの魔物は!?」




「──────ファケロスだ!!Aランクの魔物だ!!」




 ファケロス。体長5メートル程の魔物である。特徴なのが、ドーム型に突き出た骨質のコブがついた頭部である。腕は短くて手は小さいが、脚が発達して走ることに向いた構造をしている。攻撃の際には頭を下げてコブを前面に出し、突進する。厚く硬いコブを使った突進は驚異的で、下手に受ければ良くて内臓破裂。悪くて即死だ。それが走り回って兵士や冒険者を殺し回っていた。


 とある世界の恐竜、パキケファロサウルスに似ているその魔物は全身を鱗に包んでいるので横からの攻撃にもものともしない。そして発達した強靭な脚力で生み出される最高速度は140キロメートルにも及ぶ。背を向けて走っても逃げ切ることは出来ない。仕方なく魔法で防壁を張っても、頭突きでかち割って突進してくるのだ。


 主食は葉である草食であるのに獰猛であり、敵と認識するとすぐに突進してくる。体もそこまで大きいとは言えないながらも、鱗の硬さと獰猛さ、厄介性からAランクに分類されている、シンプル故にとても強い魔物だ。翻弄されている人間の中に、知っている者がいたので叫び、より高いランクの冒険者を呼ぶ。


 知らせるのと、救援も兼ねた叫びが悪かったのか、叫んだ男の元へファケロスが突進していく。頭を下げてコブを見せる。数々の人間を殺した強固なコブは血に塗れていて、真っ正面から見た冒険者の男は恐怖で立ち竦む。驚異の脚力でもう目前まで迫った時、死を覚悟したが、ファケロスの側面に衝撃が与えられ、吹き飛ばされていった。




「──────あれは俺が相手をするから、他のを頼む。周りの奴等も、巻き添えを食らいたくなかったら下がってろ!」


「トバン!助かるぜ!」


「お前にしか頼めねぇよ!」


「無理すんなよ!」




 トバンと呼ばれた青年が、冒険者の仲間を頭突きで殺そうとしているところで横から攻撃を入れ、弾き飛ばしたのだ。トバンはギルドの中でも数少ないソロのAランク冒険者。先日まで依頼に行っていた。そして昨日帰ってきて、今日魔物に王都が襲われている。帰ってきたばかりで疲れているだろうにと言われたが、トバンは和やかに笑いながら王都の為だと言って参加している。


 オリヴィアを絡んできて達磨にされたAランク冒険者の3人組は、ギルド内でも嫌われていたが、トバンは違う。ソロで活動しているが、依頼を手伝ってくれと言うと二つ返事でOKしてくれるし、困ったことがあれば助けてくれる。悩みなどの相談にも乗ってくれて、良い奴だと皆が言う。


 赤い髪が特徴で、短くて整えられており、顔も美形ときた。女性にモテるのだが、身持ちが堅いので女性との浮ついた話はあまり聞かない。ノリもいいので話が合い、お前にならいくらでもついていくという声は多いのだ。


 トバンは手に持ったレイピアを、後退っただけのファケロスに向けている。それなりに力を籠めて行った突きだったのだが、鱗に少しの傷は入っても、有効打になっているようには見えない。脚を上げて爪先で地を蹴り、走る準備を整えているファケロスに、トバンも腰を低くして刺突の構えを取る。




「──────ッ!!」


「……ッ!!──────『刺突五連スピアネイル』ッ!!」




 ファケロスが突進したのが最初だった。無理矢理開かせた20メートルの間隔を詰めて、正面から堂々と頭突きをしてくる。かなりの速度だ。間違いなく、細身の剣であるレイピアで攻撃すれば忽ち折れるだろう。故に行うのは迎撃ではなく回避。


 腹に骨質としたコブが触れる寸前、くらいの距離で右に避けたトバンは、目の前を通り過ぎようとするファケロスの横っ腹に刺突の5連撃を見舞った。しかしファケロスの鱗はやはり硬く、有効打にはなっていない。レイピアを握る柄から伝わる振動で硬度が伝わってくる。


 それも先程の不意打ちにはなかった重さがある。攻撃を受ける事を覚悟して向かってきているのだろう。頭突きを外したファケロスがトバンをチラリと見て、走ったまま進行方向を迂回して回りながら再び向かってきた。速度が乗ってきているが、避けられない程ではない。もう一度避けて刺突のを撃ち込もうとしたトバンだったが、腹部を守る鎧に尻尾が叩き付けられた。




「ぐふ……ッ!?」


「──────ッ!!」


「ッ……頭突きだけではないと……ッ油断したな……」




 次に弾き飛ばされたのはトバンだった。避けたまでは良いが、ファケロスが体を半回転させて尻尾を伸ばし、叩きつけてきたのだ。完全に避けたつもりだったので防御なんてしている筈もなく、不意打ち気味に攻撃を受けてしまい、吹き飛んでいった。


 こぷりと血を吐きながら吹き飛ばされる中、取り溢しそうになるレイピアを強く掴み直し、背中から地面に着地して転がったが、体勢を立て直して脚を付き、最後には立ち上がった状態で止まった。右手でレイピアを構えながら、左手で腹部を押さえる。身に纏っていた鎧が打ち付けられた尻尾の形に歪んでいる。着ていなければ危なかった。


 避ける奴との戦いに慣れている。単なるファケロスではない。これまで何度も戦って生き残った、戦士が如きファケロスだ。鈍痛の響く腹部を押さえながら見れば、今になって戦士の気配を醸し出しているように見えるのだ。これは全力で殺しにいかないと、こちらが殺されると直感したトバンが、次は仕掛けに行った。


 駆け出したトバンに遅れてファケロスが駆け出した。足の速さはファケロスの方が上で、その速度から繰り出される一撃の重さも相手に分がある。重い一撃よりも速さによる連撃を主としたレイピアの生半可な攻撃では、仕留めるのは不可能だ。故に、少し汚い手だと自覚しながら頭突きを回避した。


 また同じ手だと思って体を半回転させて尻尾を振り抜く。もう一度同じのを受ければ、ダメージが重なり過ぎて動けなくなる。しかしその尻尾の打撃が当たることはなかった。尻尾の位置よりも低い場所まで体を滑り込ませ、脚に蹴りを入れて転倒させた。走る為に脚が発達したが、腕が退化したことで受け身は取れない。倒れたファケロスの上から、大きく跳躍したトバンが落ちてくる。避けられない、渾身の一撃だった。




「一転集中──────『刺突五連スピアネイル』ッ!!」


「──────ッ!?」




 体重と落下速度、腕力に重力を全て籠めた5連撃を、全く同じ場所へ打ち込んだ。狙ったのは最初に打ち込んだ場所で、少し傷がついたところ。他と比べて少しとはいえ最も脆い箇所であるそこに、レイピアの5連撃を寸分の狂いも無く叩き込む。


 上からの攻撃は重く、攻撃を加えられても後退して衝撃を殺す事が出来ない転倒したファケロス。狙い通りに全ての衝撃が加えられた事により、硬い鱗は罅が入った後に砕け散り、レイピアの先端を鱗の下にある筋肉のみで止められる筈もなく、最後の刺突はファケロスの心臓を捉えて刺し貫いた。断末魔があがり、ビクリと体を痙攣させた後、ファケロスは動かなくなった。トバンが勝ったのだ。


 1人でAランクの魔物を斃したトバンを見ていた冒険者と兵士が喜びの声を上げる。歓声に包まれながら額に掻いた汗を拭い、勝利したと示すのに腕を上げた。喜びの声が大きくなり、士気が上がったのを自覚しながら安堵の溜め息を吐いた。瞬間、トバンは横から大きな拳によって殴り飛ばされた。


 ファケロスの強力な尻尾の打撃を受けても離さなかったレイピアを易々と手放し、先に居る兵士と冒険者、魔物を捲き込みながら飛んで行ってしまった。与えられた衝撃が無くなって止まった時には、トバンの意識はなく、頭から大量の出血をしていた。Aランクの魔物を単独で斃したトバンを一撃。何の仕業だと目を向けた先に居たのは、緑の体色したオーガではなく、全身赤色のオーガ。


 体長は4メートル。見上げないと顔が見えない。普通のオーガよりも体が大きく、筋肉も更に発達して全体的に太い。腰に動物の死骸から獲った皮を巻いているだけなので、割れた腹筋や詰め物をしたようにしか思えない血管の浮き出た力コブ。全身から漲る膨大な魔力。突然変異。生まれる筈のないところから、他とは違うものを持って生まれた存在。返り血を浴びたように赤い突然変異個体のオーガだった。




「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」




「ふ、ふざけんな……なんだよあれ……」


「戦闘終わりとはいえ、トバンが一撃とか……っ!!」


「あの魔力量はどうなってんだ!?」


「オーガ……だよな……?何で赤いし……あんなデケーんだよ……っ!!」


「突然変異だ……オーガの突然変異個体が現れたぞォッ!!」




「あれか?面白い個体というのは」


「あぁ。中々居ない突然変異。そのオーガだ。アレ一体でこの場に居る人間殆ど殺せるぞ」




 殴られて吹き飛ばされた拍子に取り溢してしまったトバンのレイピアを踏み付け、粉々に破壊しながら雄叫びを上げる赤いオーガ。空に向けた雄叫びには魔力が載り、空間をビリビリと揺らして威圧した。上から見下ろしてくる巨体と膨大な魔力。確実にSランク相当だと思われるオーガに、恐怖を駆り立てられた人間が後退る。


 突然変異として生まれたことで頭も良くなっているのだろう。自身の雄叫びで人間が恐怖しているのを解っているからか、凶悪な顔を更に歪めてニヤついた卑しい笑みを浮かべ、走り出した。体長4メートルのオーガの一歩は大きく、後退っていた人間達との距離を詰めて殴った。それだけで、たった一撃の殴打で、人間5人が紙屑のように千切れて死んだ。


 武器は持たず、素手による攻撃。しかしその殴打は盾による防御も、魔法の障壁も無意味と化させ、人間を何十人も殺していた。やられて悲鳴を上げている人間を襲い、隙だらけとなった背中に、冒険者と兵士が弓で矢を射る。魔力を籠めた矢は、岩にも穴を開ける威力を持つが、オーガの背中には刺さらず、力を無くして地に落ちた。振り向くオーガ。引き千切った人間の頭を口の中に放り込み、噛み砕きながら睨み付ける。


 ひっ……と引き攣る声が喉から漏れる。向き直ったオーガが血に塗れた掌を向ける。何をするつもりなのかと疑問を抱いた瞬間、矢を放った冒険者と兵士の上半身が消し飛び、半円状に抉れた下半身が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。







 戦場にて人間を蹂躙する赤いオーガは、突然変異の力をこれでもかと見せ付け、雄叫びを上げて可笑しそうに嗤い、純黒のローブで身を覆う女に目をつけたのだった。







 ──────────────────



 ファケロス


 パキケファロサウルスに似た、頭突きが得意な魔物。全身に硬い鱗がある。足も速く、そこから繰り出される頭突きは人間には致命傷。若しくは即死。ランクはA。今回は戦闘経験が多い個体だったので、尻尾による攻撃もあった。





 トバン


 王都のギルドのソロ冒険者で、Aランク。優しく強い。そして顔が良いので人望がある。使うのはレイピア。今回一撃を貰ってしまったが、普通のファケロスならば無傷で倒せる。少し油断しただけ。


 オーガの殴打を受けて吹き飛ばされていった。受けた右半身の殆どを複雑骨折していて、戦闘に復帰するのは困難。意識を手放していて、受け止めた冒険者達に傷薬を飲ませてもらっている。





 赤いオーガ


 オーガの突然変異。体色は本来緑のオーガだが、この個体は生まれた時から赤色だった。肉体の成長速度が異常に早く、生まれて少しで今の体型になった怪物。推定Sランク。


 全身の筋肉は大きく隆起していて硬い。ファケロスの鱗よりも硬度がある。体長4メートルもあるのに筋骨隆々なので、繰り出される殴打は受ければ即死する。矢を放った冒険者と兵士を殺した方々は、魔力を高密度にして飛ばした。だから円を描いて抉れていた。





 オリヴィア&リュウデリア


 ゆっくり適当に歩きながら魔物を殺している。ただし、相手は選ばず適当に殺しているので、中にはハイウルフやハイゴブリンが混ざっている。


 リュウデリアがオークを一刀両断したのは、ずっと肩の上に居ても暇すぎてやることが無いから、あれ殺してもいいかと問うて、良いと言われたのでやった。人間を助ける気なんて全くこれっぽっちも全然少しも無い。つまり0。





 バルガス&クレア


 適当に魔物を赫雷で消し飛ばしたり、蒼い風の刃で斬り刻んでいる。フライングで陸蟹をその場で食ってた。2匹ずつ。


 異空間に陸蟹のストックはしてある。現在2匹合わせて50くらい。今は岩蟹を狙っている。




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