第51話  嗜める





「──────出せっ!出せよっ!!」


「うるせーぞー。人のモン盗んだのに3日でいいんだから大人しくしとけー」


「あれは落ちてたのひろっただけだっ!なんでそれでつかまんないといけないんだよっ!」


「はいはい。白昼堂々横からかすめ取ったんだろ?分かってるから静かにしろー」


「ちっきしょぉ……」




 石造りの牢屋にて、オリヴィアが購入したものを盗んだ事がバレたレンは叫んでいた。嵌められた鉄格子は固く、子供の腕力では曲げようとしても無理な話だ。やるだけ無駄。それでもレンは無理矢理出ようとして足掻いていた。結果意味が無くても。それを監視員は呆れた目で見ていた。3日で出れるんだから静かにすればいいのに……と。


 牢屋に入れられて今日で2日目。明後日には出られるというのに、何故大人しくしないのか。それは自身よりも小さな子供達が心配しているからだ。盗んだ物を取り返された時に、鼻血を出すほど揉めていたところを皆が見ていた。それから孤児院に寄ることもなく2日が経っているのだから、きっと心配している。それを拭ってやるために、早く帰りたいのだった。


 しかし忘れてはならない。レンは別に冤罪で牢に入れられているわけではない。盗みを働いたという犯罪行為をしたから、こうして罰を受けているのだ。しかも普通ならば考えられない3日だけという、破格な軽さの罰。しかしレンはそれすらも真っ当に受けるつもりがない。罪の意識が薄いからだ。


 これまでに何度も盗みを行ってきた事が災いし、盗むということがイコールで犯罪と結びついていない。結んでいるのは、小さい子供達の為ならば仕方ない行為。所謂、自身の意見の正当化が行われていた。確かに孤児院はあまりお金が無いが、それは子供が多いからだ。しっかりとやりくりすれば、普通に暮らせていける。痩せてるとはいえ餓死した子供が居らず、仕事も熟せているのがその証拠。


 鉄格子を掴んで左右に引っ張ったり、体を使って前後に揺さ振ったり、蹴り入れているが壊れるはずもない。流石に疲労してきたレンはドサリとその場に座り込んで、肩で息をした。大人しくなったのを見計らって、監視員ははぁ……と溜め息を吐きながら、牢の前まで来てしゃがみ込んだ。




「なぁ坊主。お前、何で盗んだんだ?」


「はぁ……はぁ……何でって……小さいやつらに、もっといいもの食わせてやりたいから……」


「じゃあ、その子供達が美味しい美味しいって言いながら食べてるものが、人から盗んだ物だと知ったらどう思うか……考えた事はあるか?」


「……しかたねーだろ。金がねーんだから。オレ達があんまりメシが食えないってのに、腹いっぱい食ってるのが悪いんだ!」


「つまり極論……じゃわかんねーか。えーと、言っちまえば、金が無いってことなんだろ?だから物が買えなくて、肉とか腹いっぱい食えない」


「そうだよ!金が無いって言っただろ!」


「まあ落ち着けよ。それなら国の兵士にでもなったらどうだ?冒険者でもいい。冒険者だと依頼を受けて達成しないと金が貰えないし、最初の内は単なる物探しや雑魚狩りだ。だがランクが上がれば、一度に多大な金が入る。兵士は給金に上下があまりないが、安定してるっていう面がある。どっちでもいい、なんだったらその他の職でもいい。今は苦しくても将来職に就いて、稼いで、チビ共に美味ぇもん食わせてやれ」


「……冒険者。魔物を倒せば金がもらえるんだな」


「まあ、簡単に言っちまえば、そうだな。外に行ったら居るから、倒せば結果的にだが大事な人を守ってるってことにもなる」


「大事な人を守る……」




 言い聞かせるように語る監視員の男の言葉を、レンは先までの暴れようは何だったのかと思えるくらい静かに聞いていた。孤児院も仕事はある。しかしそれは自分達が食べる分を自給自足として作っているだけに過ぎない。別に売りにも出していないのだ。つまり、孤児院の金は国から支給される徴収した税金の一部だ。


 金が足りないならば、自身で稼いで金を入れてやればいい。確かに最初はあまり稼げないだろうが、頑張り次第で稼ぎは大きくなる。いつまでも盗みをしていてもいいが、また捕まったら何時返してくれるか分からない。子供だからと3日なのだ、成人したら何年も入れられるかもしれない。


 レンは監視員の言葉に考えさせられた。確かに、兵士やら冒険者やらをやった方がいい。今はダメでも、すぐに金を稼ぐようになって、絶対に皆に美味いものを食べさせてやるんだと決意した。国の兵士だと頭も良くなくちゃいけないかも、そう考えて取り敢えずは冒険者になる方向へ。しかしその為には、早く魔物を倒すことを身につけなくてはならない。


 自身の体を見下ろす。王都を歩いていて見掛ける、同年代くらいの子はもっと筋肉がついていたように思える。自身はあまり筋肉がついていない。その分軽いから走ると早く動くことが出来る。だから彼は、今まで盗みをしても逃げ切れた。


 良し。自身は冒険者になろう。そう彼が決意した瞬間、外から鐘を鳴らす音が聞こえてきた。警報だ。何か王都に危険が迫った時に鳴らされるものだ。先まで薄く笑いながら話していた監視員が、厳しい表情になって立ち上がり、他にも牢屋に居た兵士達と会話をし始めた。




「何の警報だ!?」


「──────魔物だ!!魔物の大群が攻め込んで来ようとしている!!数時間前に王命で調査に出掛けた兵士達が確認した!!少なくとも2000の群だ!!今王都に居る兵士達と冒険者が岩壁に向かって行軍している!!」


「なに!?」


「だが大丈夫だ!岩壁の入り口は一つ!そこで待ち構えれば通ってくる限られた数の魔物を相手にすればいい!兵士も冒険者もそれ相応の数が居る!この警報は念の為のものだ!」


「分かった!なら俺は指示を仰いでくるから、他の奴等に事情を説明しておいてくれ!」


「了解だ!」




「魔物がきたのか……っ!」




 牢屋が騒がしくなる。他にも牢に入れられている人達が何の異常事態だと叫いているのだ。もし王都に何者かが攻撃を仕掛けていて、被害を出しているのだとしたら、牢に入れられた者達は逃げる手段が無い。だから恐怖が襲っていち早く情報を得ようと躍起になっている。


 中には凶悪な犯罪を起こした者も居て、それに対する対処に追われているのが、牢屋の警備を任されている兵士達。その内の1人がレンの入れられている牢の鍵を持っていて、何の偶然かその鍵を落とした。それもレンが鉄格子の間から腕を伸ばせばどうにか届く距離だ。


 これはチャンスだ。レンは鉄格子の間に腕を射し込んで手を伸ばす。一番長い中指の先が触れてカチャリと鍵の束が揺れ、少し寄らせることが出来た。もう一度限界まで伸ばせば、第一関節で巻き込むことに成功し、誰かに見つかる前に鍵を手に入れて牢を開ける鍵を探す。一つ一つ試していき、ガチャンと音を立てて開錠できた。音を立てないようにゆっくりと鉄格子のドアを開けて外に出て、忙しない兵士達の死角を使って外へと出て行った。




「よしっ──────オレだって戦えるんだ!」
































「まったく……まさかまた魔物の大群が襲ってくるとは」


「何故俺達が来るとこうなるのやら」


「まあ、そんな前兆はあったけどなー」


「……この2日……魔物の発生率が……高かったと……ギルドの受付嬢が……言っていた」


「今日は別に魔物狩りをするつもりはなかったというのに、駆り出されてしまった」




 オリヴィアはリュウデリア達と小声で会話していた。というのも、今彼女達はギルドの冒険者達と岩壁に向かっている。王都の兵士達も混ぜての行軍だ。近くには他の者達は居ない、最後尾を歩いている。前には急ぎ足で向かう冒険者と、攻め込んで来ようとしている魔物を岩壁の内側に入れないよう、岩壁の外で迎撃する為に急ぐ兵士達が駆け足で移動していた。


 現在の時刻、11時36分。今朝方にギルドへ救援要請が掛かった。王から直々のものだ。内容は、この王都に2000を超える魔物の大群が押し寄せている。兵士を投入するが、押し寄せる魔物の中に上位種が混じっているのを確認したので、念の為に冒険者にも助けて欲しいとのことだった。


 戦ってもらう以上無償でやれとは言わない。それなりの報酬も用意する。そう告げられたので、冒険者達はお世話になっている王都の危機に立ち上がらないわけがないと声高々と返答し、今もこうして行軍しているのだ。別に行く気はなかったオリヴィア達だったのだが、Dランクでも手を貸して欲しいと言われたので、仕方なく参加している。




「罠を仕掛ける者は今の内にやっておけ!魔物はもう視認出来る位置にまで来てるぞ!」


「うっはー……なんじゃありゃ」


「本当に2000かー?3000くらい居んじゃねーの?」


「王都の兵士は総勢1000人強。冒険者は100人弱。1人3匹か」


「……おいおい。ありゃハイウルフじゃねーか。ゴブリンも居るし、ハイゴブリン、杖を持ってるからマジックゴブリン、うわ……オーガまで居やがる」


「陸蟹の上位種の岩蟹まで居るし。大丈夫か?これ。生きて帰れるか?」




 ハイウルフはウルフの進化した姿で、俊敏性も上がって狂暴性も上がっている。体も大きくなって、毛皮の硬さすらも上昇している。全体的に強くなっていて動きが速く、それで尚且つ群れで行動するため、ランクの低い冒険者が出会うと、あっという間に全滅というのも少なくない。


 ゴブリンはスライムと並んで雑魚の魔物として扱われるが、進化したハイゴブリンは筋力が上がっていて、純粋なフィジカルの強さが上がっている。頭も良くなっており、罠を使い始める。マジックゴブリンは魔法を使用してきて、幻覚や眠り、麻痺等の状態異常に加えて攻撃魔法まで使ってくる。


 しかしそういったゴブリン達の完全な上位種として存在するのがオーガである。背丈が2メートルを越えており、筋肉が多くついて筋骨隆々の姿をしている。頭は人間ほどではないにしろ、簡単な作戦の指示をすることも出来、棍棒等を好んで使い、その一撃の破壊力は尋常ではない。


 先日オリヴィア達が小規模の大群となっているのを狩った陸蟹が進化した、岩蟹という魔物は、唯でさえ大きかった体が一回り大きくなり、甲殻に岩をつけているのが特徴だ。硬い甲殻に岩がついているので生半可な剣では斬れず、叩き割るにも硬度が高いのでそう簡単には片付けられない魔物だ。


 望遠鏡を覗いて向かってくる魔物の大群を見ていた冒険者の男は、その向かっている魔物の個体を確認してうげぇと舌を出して顔を歪めた。Cランク冒険者やBランク冒険者が相手にするようなものも平然と向かっているので、戦ったら無傷で生還は難しいだろうと判断したのだ。


 しかしやらねばなるまい。無視して逃げれば、王都が襲われてしまう。いくら広大な領地を持っているとしても、王都内で戦える者達はここに居るので全員だ。つまり現在の王都内には戦える者達は居ない。そしてそれは、入り込まれたら終わりだということだ。




「なかなか強い魔物が混じっているようだぞ?」


「確かにゴブリンに比べれば強い奴も居るが、俺達と比べるか?」


「3000くらい魔法で一発だぞこっちは」


「……ましてや……あの程度の魔物ならば……造作もない」


「だろうなぁ。だから私は緊張も何もないんだ。戦いが始まっても負ける気がしないからな」


「アレに負けたら龍の恥だ」




 最後尾を歩いていて今着いたオリヴィアは、視界の向こうで黒い大地に見える程多い魔物の大群を見て、ここ最近で一番多いなと感じた。だがそれだけだ。死ぬかもしれないとか、負けそうになったらどこへ撤退すればいいとか、そんなことは考えない。恐らく、オリヴィアでもあの大群を殲滅することは可能だろう。それだけの力を持つローブを身に纏っているのだから。


 龍であるリュウデリア達は言わずもがな。周囲の被害を考えないならば、魔法一撃で残らず消し飛ばす事が出来る。しかしそれはやるなとオリヴィアに言われていた。あまりにも強すぎる攻撃をすると目をつけられると考えたからだ。


 唯でさえ、一度街の脅威を救った事があるが、少し魔法を使って斃しただけで大金と冒険者ランクの引き上げを薦められた。1000も無い魔物を斃してそれだったのに、3000の魔物を一撃で殲滅してしまえば、後々絶対に呼び出されて面倒くさい事になる。別に目立ちたいわけではなく、色々と旅をしたいのが目的なのだから。変に地位を手に入れれば自由が無くなる。まあ、無視して冒険者も辞めてしまえばそれで終わるのだが。




「来るぞォ────────────ッ!!」


「これが終わったら酒をたらふく飲むんだ!死ぬなよお前ら!!」


「調子こいて魔法使い過ぎんなよ!?魔力無くなってもしらねーからな!!」


「おぉーし!開戦だァ──────ッ!!」




「どれ、始まることだし私達も行くとしようか」


「岩蟹とやらも美味そうだからな、仕留めたら異空間に跳ばして持っておけよ」


「他のは要んねーんだろ?だったら適当にやるわー」


「……人間には……当てるな……オリヴィアの所為に……されてしまう」


「人間脆くてザコだからなー。ちょっと魔法が掠るだけで死ぬぞ」


「意外と厄介な戦いになりそうだな」




 多対一の戦況ならば、適当に魔法を放てば勝つことなど容易なのだが、今のように人間が混じるとなると面倒なことになる。途端に使い魔そのもののように肩身を狭くして戦わなくてはならない。何と面倒な戦いだろうか。これで強いのが居るならばまだしも、弱い種族の上位版など話にならない。


 雄叫びを上げながら突っ込んでいった兵士と冒険者が、一番先頭に居た魔物とぶつかり合った。それが開戦の合図の代わりとなって戦いが始まった。後ろの方に居るオリヴィアからは、魔物が弾き飛ばされたり、人間が吹き飛んだりしているのが良く見える。


 陸蟹が大群を為してやって来たのは3日前。それから1週間も経たずにこの色々な種族が混じる魔物の大群が攻めて来た。何故こんなに一度に向かって来たのだろうか。そもそも、何故この王都を狙ってきたのだろうか。解らない。オリヴィアには解らないが、もしかしたら、何かがあったのだろうかと、疑う事は出来る。







 駆け出して魔物に向かっていった兵士と冒険者の後ろからゆっくり歩いて向かうオリヴィアは、純黒の炎球を掌の上に形成した。原因の解らない戦いが、幕を上げた。






 ──────────────────



 レン


 牢屋から勝手に出て行ってしまった人。明後日にはもう孤児院に戻れるという状況だったのに、抜け出してしまえば更に罰は重くなる。見つかれば今度は一月の拘留である。


 金を稼ぐために冒険者になることを決めた瞬間に魔物がやって来た。いつかは魔物を倒せるようにならないといけないと考えているので、少し不穏な気配がする。





 魔物の大群


 何故か王都に向かって一直線に向かってきた。色々な種族が混じっていて、その中には上位種などが居るため、気を引き締めないと次の瞬間には死亡……ということも有り得る。


 数は大凡3000ほど。大群を見つけた兵士が急いで帰還して報せたが、その間に1000程増えてしまったので情報に誤りが出てしまった。





 オリヴィア&龍ズ


 ローブがあるのでまず魔物では倒せないし、リュウデリアが傍に居るのでもっと無理。倒せる魔物が居るならば、王都はもう崩壊確実。


 クレアとバルガスは別行動。適当に狩って、終われば戻ってくるということになっている。蟹は気に入ったので、恐らく陸蟹と岩蟹を優先的に狙う。





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