第68話 不穏
神。それは地上とは別次元に生き、存在するあらゆる者達よりも上位の存在と謂われている。それは何故か。単純な話。奇跡を起こしうる者達だからだ。奇跡とは、常識では起こるとは考えられないような、そんな不思議な出来事のことを示す。
戯れ程度の認識で地上に降り立ち、気紛れであろうと貧困の者達を救いたもうた。涙は川に。吐息は雨雲に。視線は陽の光へ。好意は恵へ。一粒撒いた種は大自然を創り上げ。思いやりの心は神秘の恵を実らせた。気持ち一つで救いを齎す存在は、何も無い者達の心を鷲掴み離さなかった。
何時しか地上の世界には、神を信仰し讃え、祈りを捧げる者達が生まれ、如何に神が神たらしめるのかを説いた。神は偉大。神は全なる一。神こそが絶対。そう信じて疑わなかった。今でもそういった者達は存在する。だが、神は与えてばかりではなく、創造を起こすならば破壊を生み出す。
地上に降りて地を蹂躙したり、人間やその他の種族を犯して孕ませ、神との混血児をも産み落とさせた。そんな神という存在は、誇張する必要もない力を持っていた。その一つである特徴として、神に死の概念は無い。簡潔に言うと……神は死なない。死んだとしても、死んだ神によって生まれた役の穴に次の神が生まれて宛がわれる。
その神は違う神でも、同じ神でもある。前の記憶を受け継いで生まれてくるのだ。多少の外見に違いはあれど、違うようで同じ神。だから死なない。死という概念は存在しない。つまり何を言いたいかというと、神を殺せても消滅は出来ない……筈だった。
「──────なんだ……何なのだコレは!?一体何が起きて……っ!!」
「──────偉大なる神……塵芥と化せし愚かなる者よ。俺の
「ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……っ!!」
リュウデリアの本質の純黒は、死の概念がない神に牙を向き、離さず、殺し得た。神の完全なる死は、完全なる消滅を意味する。神の世界たる神界の摂理によって、新たな神が生み出されようと、それは死んだ神とは全くの別物である。記憶の引き継ぎは無く、意識も力も何もかもが違うのだ。
戦いの神は、銀の槍を片手にリュウデリアへ向かっていった。殺す気であった。真っ向から向かい、串刺しにし、終わらせる。それだけだった。だが神の力は一切通じず、槍は純黒の鱗に阻まれてへし曲がり、砕け散り、その機能を破棄した。そして、固く握られた拳が銀の鎧を易々と突き破り、貫通し、心の臓腑を引き抜いた。最後に訪れるのは純黒の炎による焼却であった。
要らぬ塵芥は純黒の炎によって灰燼と化し無へと還る。神はそれだけで完全なる死を遂げた。何もかも、総てを呑み込み塗り潰す純黒は、例え神であっても例外はなかった。だがクレアとバルガスの魔力まではそうもいかない。
「チッ……リュウデリアの
「……どうする……殺しても……同じようなのが……向かってくる」
「ぁあ?決まってンだろォが──────神を根底から殺す魔法陣を今ッ!この場で編み出して体に刻み込み、ぶち殺すッ!!」
「──────乗った」
夥しい数の戦いの神が、3匹を囲い込んで次々と襲い掛かってくる。リュウデリアは最小限の魔力を使用して神々を根底から殺している。彼が殺せば確実に数を減らす。だが、クレアとバルガスはそうもいかず、殺せることは出来ても殺しきる事が出来ない。同じような神が何処からか湧いて出て来る。
これでは殺して生まれての延々と続く無駄なイタチごっこだ。先に根を上げるのは確実にクレアとバルガス。無限ではなく有限の魔力は、総量が莫大であろうと限りが必ずやって来る。ならばどうするか。そこで最強の種族たる力を見せしめる時だ。
殺せないならば殺せるようになれば良い。死の概念が無い神々を根底から殺す事が出来る術式を今この場で構築し、魔法陣の中に組み込んで体に刻み込む。それにより、完全なる神殺しの力を擬似的に得るわけだ。言うは易く行うは難しとはまさにこの事。無から有を創り出し且つ、前例が無いことを短時間で完璧なものに仕上げねばならない。
「おいリュウデリアッ!!」
「時間稼ぎだなッ!?任せておけッ!!」
「頼んだぜッ!!おーっし……いくぜいくぜいくぜェッ!!アホみたいに緻密な演算と世界最高レベルの術式構築速度を常にし続けてどっこいどっこいの前代未聞な神殺しの術式構築……オレ達が1分で完成させてやるよォッ!!」
「……手早くやらねば……複雑な機構すぎて……魔法陣が暴走する……故に……ある意味の廻り続ける……永久機関の構築……腕が鳴る」
心意を読み解いたリュウデリアが、クレアとバルガスの周囲に魔力障壁を展開し、神々が密集している所へ飛んで行った。全身を魔力で覆い、肉体の強化を超高効率で増大させ、自力で出せる最高速度で突進した。前方に固まっている神の数は5000。その中心に突撃をかまして全て吹き飛ばし、弾き飛ばされた神々に全方位放出の純黒の魔力による衝撃波を放った。
魔力による衝撃波だけで体が粉々に砕け散り、純黒の魔力の効果で死滅していった。その間に、純黒の障壁に護られているクレアとバルガスは、それぞれ赫と蒼の不完全の魔法陣を展開し、非常に速い速度で術式を構築していく。難易度は高いなんてレベルではない。
それは絶技と言っても全く差し支えない御業。人間の魔法を研究する研究者ならば、理論を立てるだけでも数百年掛かるだろう事を、頭の中で全て演算し、複雑怪奇すぎる超緻密な構築内容故に自壊しようとする術式を崩れさせない速度で構築していく。クレアが宣言した1分とは決意ではなく、制限時間。1分で構築しなければ創り出せない程の、超高難度魔法術式である。
龍でもこれを為せる者がどれ程居るかと問われれば、頭を抱えざるを得ない内容を、護られているとはいえ戦場でやってのけている。時間は刻々と進み、きっかり1分後。純黒の障壁は割れたガラスのように砕け散り、中からクレアとバルガスで出て来る。
胸には蒼と赫に輝く、四方に展開された4つの魔法陣の中に、核となる魔法陣が刻まれた複合型五重魔法陣が刻まれていた。完成したと言わんばかりのギラついた視線で神々を睨み付け、魔力を練り上げて魔法陣を展開した。横目でそんな2匹を確認したリュウデリアは、集まってきた神々を置いてその場から退避した。
「お前等の為に
「──────『
巨大にして強大な竜巻が突如として5つ発生して約5万の神々を呑み込み、竜巻内で発生している無数の刃が構える銀の盾ごと斬り裂いて肉塊へと変えていく。蒼い竜巻はその場に留まることを良しとせず、5つの竜巻は分離して適当な方向へと突き進んで被害を拡大させた。
一度入れば抜け出すことは内部から竜巻が消し飛ぶほどの全方位爆発を起こすか、単純な魔法の
あの蒼い竜巻は危険以外の何物でも無いと察する神々は、巻き込まれないように退避行動を取った。そこを、雷速を置き去りにする赫雷が襲い掛かった。上下左右の十字型に赫雷が発生し、赫雷に当たった者は体の自由を奪われ、思考すらも破却する。
何もさせない破壊の赫雷は、捕らえた神々を呑み込んだまま十字の形を崩して一条となり、神界の大地へと叩き付けた。瞬間、赫雷が大爆発を引き起こして膨大な赫雷を飛び散らせながら爆煙を上げる。そしてその爆煙は飛び散った赫雷を吸収して帯電し、触れた神々を感電ならぬ感雷させて焼き消した。赫雷が落ちた後には印先が落ちたと錯覚するクレーターが生まれ、神々の姿は無く、完全なる死を与えていた。
「ハッハァッ!!きっちり1分で完成させたぜッ!!ザマァみろクソカス共がよォッ!!死んで後悔しな、ざーこ♡」
「……今から……お前達を殺す……死を経験したい者から……来い」
「流石は俺の友。さて──────道を開けろ。そうすれば殲滅するだけにしてやるぞ、塵芥共」
「…っ……チッ!何を怯んでいるッ!!相手は地上の生物だぞッ!!神である我々が怖じ気づいてどうするッ!!蹈鞴を踏んでどうするッ!!排除せずしてどうするッ!!」
「一斉に掛かれッ!!あの愚かな者達に、神の力を見せしめてやれッ!!我等こそが神ッ!!我等こそが絶対ッ!!何人たりとも、この絶対を打ち壊すことは赦されないッ!!」
「滅しろ龍よッ!!我等の御前にて死してこの神界から消え去るがいいッ!!」
「──────『
「──────ッ!────っ──────っ!」
「───ッ────っ!──────ッ!!」
「──────では死ね」
純黒の波動が、蒼い嵐が、赫い雷が神々を殺していった。神を1柱でも殺せば神殺しと讃えられるところを、リュウデリア達は毎秒1000はいく速度で滅した。だがそれでも向かってくる神が減っているように思えない。夥しい戦いの神が所狭しと数の暴力で向かってくる。広範囲の魔法を撃ち込んで一掃しても、直ぐにその穴は埋まってしまうのだ。
神殺しの魔法陣は完璧に作動している。体に刻み込んであるのだから不発かどうかは解る。純黒なる魔力でも同じだ。失敗はしていない。絶対に殺している。なのに一向に数が減らない。戦いの神を殺したならば、生まれてくる神はもう戦いの神ではなく、記憶も引き継いでいない。だがこの感じは、生まれた途端向かってきている。
武装している神の中に、最低限の服を身に纏っただけで向かってくる神が居るのがその証拠。確実に何かがおかしいと感じ始めた。それから30分が経過した頃、リュウデリア達3匹が決定的におかしい部分を見つけた。殺しにいって魔法を撃ち込んでいるのに、一撃では死なず、耐えてみせる者が出始めたのだ。
何の違いがあるのかと思って戦闘を繰り広げながら観察すると、直ぐに結論が出た。銀の鎧と銀の槍、銀の盾を持っているという一律した武装が変わり、白銀の鎧に各々が得意なのだろう様々な種類の武器を手に取り、盾を持たない者が現れ始めた。そして動きも違ってきて、仲間の影に隠れて魔法を凌ぎ、接近してくるのだ。
「──────が……ッ!?」
「クレア!」
「…っ……クソッ……
不可視な風の刃を放ち、射線上に居る神を全て両断して滅神したクレアに、大鎚を手に持った神が間近に接近していた。仲間の神を不自然にならない程度に集めて壁にして姿を隠し、魔法を放った後のクレアの死角から向かっていったのだ。そして大鎚を大きく振りかぶり、クレアの横面に叩き付けるインパクトの直前、腕の筋肉を隆起させて叩き付けてきた。
あまりの接近の手際の良さに魔力障壁を張る暇も無く、横面に大鎚を叩き付けられて吹き飛んでいった。体勢はすぐに戻したが、大鎚を打ち込まれた部分から鈍痛がする。幸い蒼い鱗は無事だったが、人間大の大きさしかない神にやられただけで、明らかな体格差をものともせずに後ろへ追いやられた。
──────チッ……イイの貰っちまった。つーかコイツ等……強くなってやがる。別部隊か?ゲートを創った奴はオレ達と同程度の大きさに体を変えてたが、コイツらはそれをしねぇ……アイツがそういう力でも持ってたのか?まあそこは追々探るとして……白銀の鎧を着てる奴等は今までのとは違ェ……こんなのが何万も居るとなると……マズいな、8時間も魔力が保たねェ。それよか、少し戦力を増強してきたのを考えるともっと更に強ェのが居るはず……なら神界だっけか……?神界に居られるのは……現時点で3時間に短縮だなこりゃ……仕方ねェ。
──────……?クレアからアイコンタクト……強さが増した……神についてか……このまま戦っていても……オリヴィアの奪還は難しい……強さからしてタイムリミットと恐らく現時点で最大3時間……となれば……この場で戦い……注意を引くのと……オリヴィアの奪還とで……分けるべき……つまり……クレアが言いたいのは……。
──────バルガスとクレアからの視線……察するに現状のことを言いたいのだろう。先程クレアが大鎚で打たれて後退ったのを見るに、それだけの力を持っているのが白銀の鎧を着た神共ということか。だが解せんな。何故今になって出て来た……まさか様子見をされているというのか……ッ!ならばこの後も更に強い神が現れる可能性がある。銀の鎧の奴等ならばどうとでもなるが、強くなれば使う魔法も肉体を強化する魔力も増える。唯でさえ存在証明と境の誤魔化しに使っているというのに……つまり、彼奴らが言いたいのは──────
「──────任せたぞッ!!」
「任せとけッ!!お前は早くオリヴィア奪い返して来いッ!!どうぉりやァッ!!」
「……こちらは……任せろ……ふんッ!!」
間近に居る神々を一掃する用に見せ掛けて世界樹の頂上へ向けて、一直線に伸びる通り道を作るために魔力の塊を放つ。その間にバルガスとクレアが近寄り、バルガスがリュウデリアの手を掴んでその場で回転して勢いを付け、世界樹の方へと全力で投げた。そしてクレアが暴風を創り出してリュウデリアの周りを囲い、追い風の要領で加速させた。
白銀の鎧を着た神々の反応速度を遙かに越えた速度で、開けた空間を突き進んで世界樹の頂上を目指して突き進んだ。これならばあっという間に着くことが出来る。一瞬のアイコンタクトによる連携により、誰も追い付けない。反応できない。だからリュウデリアは最速で目当てのオリヴィアの元まで行ける。
加速が入り、魔力の放出を推進力として使用したお陰で簡単に遅緩する世界に入り込んだ。3時間も必要ない。そう確信したその時、リュウデリアの右隣の蒼風が破られて何かが入り込んできた。遅緩する世界に入り込んだそれは、自身の右脇腹に蹴りを叩き込み、左下へと叩き落とした。
轟音が鳴り響き、神界の大地を砕きながら叩き付けられた後、先程まで自身の居た所を見ると、緑の軽やかな服だけを身につけ、他のよりも大きい翼が生えた靴を履いた、先の尖ったハット帽のような物を被った少年の見た目をした神が見下ろしていた。面白そうに眺めている目は実に不快だが、冷静な頭がこの神のことを分析していた。確実に只者ではない気配と、追い付いて横から蹴りを入れて来たことにより察せられる速度。予想通り、より強い神が現れた。
「やっほー。僕は瞬速の神、ハオルメレスっていうの。よろしくね?」
「チッ……面倒な塵芥が……ッ!!」
「塵芥はひどいなぁ。これでも僕、速さを司っているんだよ?つまり
「──────死ね」
「あー、ムリだよ?ムリムリ。だって──────僕の方が速いから」
クレアとバルガスは少しとはいえ驚いていた。3匹の力を合わせた加速した速度に追い付いた挙げ句に、横から蹴りを入れて巨体のリュウデリアを弾き飛ばしたのだから。しかも、着地した場所で翼を広げ、しゃがみ込んで脚を力ませ、魔力による肉体強化も合わせた遅緩した世界に入り込んだリュウデリアの攻撃を避けたのだから。
周囲からしてみれば、コマ送りのようにリュウデリアがハオルメレスの目の前に現れて、頭を引き千切ろうと手を伸ばして触れる寸前で忽然と姿を消し、リュウデリアの背後に回り込んでいて、背中に縦回転を加えた踵落としを打ち込んで再び大地へ叩き落とした。
轟音が2度目になり、手を付いた地面を握力だけで広範囲に渡り破壊しながら、苛つきを籠めてリュウデリアが睨み付ける。その視線を受けて尚、クスクスと笑って流すハオルメレス。
神殺しに順調だったリュウデリア、クレア、バルガスに、不穏な気配が忍び寄っていた。
──────────────────
ハオルメレス
緑の軽やかな服だけを身につけ、他のよりも大きい翼が生えた靴を履いた、先の尖ったハット帽のような物を被った少年の見た目をした瞬速の神であり、速度を司っている。
速度はあのリュウデリアを圧倒しており、ふざけるだけの余力がある。数多く居る戦いの神よりも圧倒的上位の存在。
白銀の鎧を身に纏った神
戦いの神が戦いの得意な神だとするならば、白銀の鎧を着た神は戦いを専門とする神。つまり、戦いに於いては今までよりも強い。
戦神とまではいかないが、その一歩手前の力を持った神達。少なくとも油断していなかったクレアに接近して殴れるくらいの力はある。
クレア&バルガス
たったの1分で神を根底から殺すことが出来る魔法陣を構築し、体に刻み込んだ。構築するには緻密な演算と異常な構築速度が求められる。人間の魔法専門家でも、理論だけ立てるにも数十年から数百年掛かるくらいの偉業。神殺しはそれだけの難業である。
リュウデリアを先に宮殿へ送ろうとしたが、横からハオルメレスに邪魔をされた。速さを司るだけあって今までで一番速い奴だと認識した。不穏な気配を感じていることを自覚している。
リュウデリア
さっさとオリヴィアの元まで向かおうとするも、二度に渡ってハオルメレスに地面に叩き付けられた。鱗は無事で怪我こそないものの、遅緩する世界に入り込んだのに対応されたことに対し、内心では驚きと警戒を抱いている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます