第158話  変わる強さ




 流れ込んでくる計り知れないエネルギーの吸収。限界を超えて内包していくには根気と技術が必要だ。ただ吸収しても、内に溜められた力が暴走して暴発しかねない。重要なのは、吸収した瞬間から自身の体に馴染ませることだった。つまり、少し時間が掛かる。


 本来ならば戦いの最中には出来やしない。敵にどうぞ攻撃してくれと言っているようなものだからだ。しかも相手が強ければ強い程、強くなるために必要なのに出来ないというもどかしさ。しかし今は出来てしまう。他でも無い、敵が終わるまで傍観するという形を取っているから。


 地面に腕を突き入れて、龍脈のエネルギーを吸収し続けているエルワールはチラリとある方向を盗み見る。視線の先にはリュウデリアが居り、腕を組んでジッと待っていた。普通は敵が強くなる要素を与えない。その前に斃すのが当然だろう。しかし彼は強くなるチャンスを与えた。今のお前は弱いから……と。


 屈辱である。そして明らかな侮辱でもある。弱くて話にならないから、強くなって戦えと言外に言われているのだ。腹が立って仕方ない。だがまあ、それももう良いだろう。確かに腹が立つことではあるが、終わりだ。存分に強くなって良いのならば、お望み通り強くなってやろうではないか。誰にも負けない、最強の獣へと。


 覚悟するが良いと、エルワールは内心でほくそ笑む。このような絶好の機会を愚かにも与えてしまったリュウデリアに嘲りながら。そして彼は、意識を呑み込まれた。




「……?気配が変わった……?」




 ──────何だ今のは。すり替わるように何かが奴に起きたような……俺の勘違いか?いや、この距離でそれはありえないだろう。となると、今のも力を吸収する上で起きる事なのか?……解らんが、取り敢えず待ちで良いだろう。




 腕と脚を組み、尻尾を使って椅子のようにその場で腰掛けながら傍観していたリュウデリアは、エルワールの身に起きただろう事に首を傾げた。一瞬何かが変わったように感じられたのだが、気のせいだったのだろうかと自身に問い掛けるが、今はまだ解らない。もしかしたら新たな力を得る為に必要な工程なのかも知れないと、待ってみることにする。


 それにしても、気配が大きくなっていく一方だ。際限が無いのかと言いたいが、それだけ強くなれるというのならば是非も無し。多少強くなったからと言って自身をそう易々と超えられるものではないと、自身の持つ強さを自覚しているからこそ思う。


 自身から逃げ出した時には見つけ次第殺してやろうと思っていたが、よくよく冷静に考えてみれば良い機会だった。最近は強い者が居らず、人間が少し変わった力を手に入れて癇癪を起こしていた程度。龍が態々相手をしてやるほどのものでもない。そもそも、龍が相手取る必要がある敵というのは、簡単には見つからないものだ。要するに満足できない。


 戦うだけならばそこらに居る魔物でもいい。しかし、こと命を賭けた殺し合いというのは同程度の力を持った者同士が対峙して初めて成立する。リュウデリアは龍の中で考えれば、まだ子供の域だ。100年と少ししか生きていないのだから。だが力は最上位のものである。その力の所為で、満足いく戦いが上手く出来ていない。


 持っているものは仕方ないし、この力のお陰で勝てた神との戦いもあるので文句は言わないが、強い者が来て欲しいとは思う。故にリュウデリアは、エルワールに微かな期待をするのだ。自身を追い詰めるほどの強さを得るようにと。


 待つこと10分。そろそろか?と、感じられる気配から適当な頃合いを見計らっていたリュウデリアは、体を支えていた尻尾の椅子をやめて立ち上がり、エルワールを観察した。見た目で変わったところは無い、精々与えたダメージと傷が回復していることだろうか。それ以外はやはり特に変わりない。頭の上の3つ外側に向かって重なった黒い輪も同じだ。


 だがしかし、感じ取れる気配と雰囲気は全く異なっている。10分程前までとは比べられない程のものだ。強くなっているというより、まるで別の存在を相手にしているように感じる。それだけの強さを得たようだ。これは、待ってやった甲斐があったやも知れない。そう直感しながら、赤黒い雲を見上げていた。




「……?──────ごほッ……ッ!?」


「──────むざむざ力を与える機会を与えた愚かな生物よ、後悔の中死に絶えるが良い」




 時が跳んだように上を見上げていたリュウデリアは、客観的な分析した。前を向いていた筈が上を向いていた。少し遅れてきた顎の鈍痛が殆どのことを物語っていた。どうやら接近を赦した挙げ句、顎を膝で蹴り上げられたらしい。強烈な一撃に、足が地面から離れた。少し浮いている間に、腹に入れられる2撃目。


 打ち込まれたのは掌底だった。体全体に行き渡らせるように、加えられた力が体中に奔っていった。押し付けた掌からは衝撃が。そのまま強く押し込んですかさずの3撃目が入る。後ろに飛んでいったリュウデリアは翼で体勢を立て直し、足で踏ん張って尻尾を地面に突き刺し、減速していって止まった。


 痛みを主張する腹部を見れば、鳩尾周辺から広がって鱗に罅が入っている。オリヴィアの治癒の力で治してもらったばかりだというのに、もう既にこの有様である。しかしそれよりも、こうも簡単に鱗を砕かれるとなると、相当強くなったようだ。何せ、今の掌底は全く本気ではなかったから。認識的には小突いた程度のものだろう。


 下に向けた視線を前に戻せば、エルワールが打ち込んだ掌を見ていた。予想以上の力の強化に驚いているのか、はたまた手に入れた力に酔い痴れているのかは知らないが、これは良い機会に巡り逢えたかも知れないと、心を熱く昂ぶらせた。




「──────『刻まれた殲滅龍の紋章アルマデュラ・エンブレム』ッ!!」




 10。50。150。200。秒間250発の殴打を0距離まで急接近して打ち込んだ。この程度ならば耐えられるだろうという確信があったからこそ繰り出した拳の嵐は、全てエルワールに叩き込まれた。胸元に刻んだ魔法陣と、手の甲に浮かんでいる魔法陣が連動して輝く。


 入れた殴打の強さと回数によって爆発力を上げていく魔法は、250発分の殴打と1発だけでも強くなる前のエルワールを瀕死にさせるだけの爆発力250倍を内包した。最後の1発の時に殴り飛ばして距離を取ると、限界を迎えた魔法陣が爆発を起こした。いや、爆発というよりも想像を絶する大爆発である。


 朦々と上がる黒い爆発雲を眺めながら、リュウデリアはこれでどの程度のダメージが入っただろうかと思考する。拳を入れている間、エルワールは無防備を晒して防御をしようともしていなかった。反応出来なかったと言えばそれだけだが、そんなわけがないだろう。これを食らっても大丈夫だと確信して打ち込んだのだから。


 声1つ上げることなく全部受けきったことに首を捻る。何故あそこまで反撃もしようとしなかったのか。これだけで倒れるとは思っていないが、ダメージが無いことと同義ではないだろう。はてさてどうなっているのやらと顎を指で擦っていると、あることが頭を過る。防御しなかったのではなく、防御する必要がなかったならばどうだ?つまり、ダメージが入るとは思えないから、無防備を晒していたとしたら?


 爆煙の中を凝視する。今の考えが合っているとすれば、エルワールはすぐに出て来る筈。朦々と上がる黒い爆煙。暫し見ていると、動きがあった。爆煙がとぐろを巻いて上に持ち上げられていって掻き消えるのだ。そうして爆煙は晴れて、中に居たエルワールの姿が見えた。


 無傷。あれだけ拳を打ち込んで、それに伴う爆発もあったというのに、効いた様子は無い。何事も起きていないぞと言っている軽い足取りで歩いている。まさかダメージが無いとは思っていなかったリュウデリアは、背後に向けて裏拳を放った。




「チッ……ッ!」


「遅いな。それでは私を捉えることは出来んぞ」


「はッ!途端に上からものを言うとッ!?図に乗るのは早計だぞッ!」


「早計ではない。遅すぎたくらいだ」




 放った裏拳は虚空を捉えたのみ。背後に瞬間移動して来たエルワールの横面を殴ろうと行った手だったが、ものの見事に躱された。当たる前にもう一度瞬間移動し、裏拳を放った後の彼の背後を取った。


 またしても背後に居ると、気配と直感で判断したリュウデリアは回し蹴りを放つ。完璧な軌道を描いた蹴りは、寸分の狂いも無くエルワールの顔に向けられていた。しかし、右脚の回し蹴りを左手だけで受け止めた。ぱしりと気の抜けた音と共に。


 蹴りの風圧がエルワールの黒い毛並みを靡かせる。が、それだけだった。蹴り自体は受け止められてしまっている。渾身の蹴りだったのだが、彼には通用しなかったようだ。


 受け止められた脚を強く捻られた。関節が外れかねない力だったので逆らうのはやめ、跳躍して体を回転させた。捻る力に乗って素早く回転したリュウデリアは、回転を利用した蹴りを繰り出した。回し蹴りよりも速い蹴りならばどうかという思いはあったが、先に繰り出した裏拳のように虚空を捉えただけだった。


 不発に終わった蹴りの後、着地したリュウデリアは体勢を整えて、唸り声を上げた。それは、背後に居るエルワールに向けたものだった。執拗に背後を取ってくる彼に、何がしたいのかと言いたげな、低い唸り声だった。




「……何故何度も背後を取る。何時でも背後から攻撃できるとでも言いたいのか?」


「さてな。私にそんなつもりはなかった。思い過ごしではないのか?」


「ははッ。強くなった途端に強気だな。背を向けて逃げたという汚名を晴らそうとでも?」


「1度とは言え背を向けた私に背を取られるお前に言われたくはないな」


「ほざくなよ、犬……と言いたいが、違うな」


「何?」


「──────お前は何者だ?」


「……どういう意味だ」


「惚けるな。お前はエルワールだとか名乗っていた犬ではないことは解っている。見た目が変わらず口調も似ていれば、この俺を騙せるとでも思ったかァ?笑わせるな」




 背を向けたままリュウデリアは嘲笑した。その程度で騙せるとでも思ったのかと。振り返らなくても解る。目を細めて睨み付けていることが。それこそが答えを言っているようなものだと、またケタケタと笑うのだ。


 言葉にするには難しいが、巧妙に演じられた演技をリュウデリアは見抜いた。まあ解りやすいところで言えば、戦いに於いて技術的なものを使っていなかったのに対して、掌底を食らわせてきたことだろうか。その時点で違うと思った。


 振り向き様に攻撃はせず、普通に振り返り対峙する。リュウデリアとエルワールの面を被ったナニカと。何者だと言われて何のことだとはぐらかしてはいるものの、自身がエルワールだとは言わなかったその者は、まるで道端でストリートパフォーマンスをする芸人に贈るような拍手を贈った。




「良い眼を持っているな、黒龍よ。いや、殲滅龍と言っておこうか?リュウデリア・ルイン・アルマデュラでも良いな」


「黙れ。そもそも俺に嘘は通じん。視るだけで解るからな。それよりも俺の問いに答えろ。お前は何者だ」


「そうだな……この場に居るお前には分不相応だと答えておこう。居るべき者が居るべき場所に居る時に、私が何なのか解るはずだ。そして知るに値する」


「つまり答える気が無いという訳だ」


「そうなるな」


「……そうかそうか。ふむ……──────では死ね」


「おっと、そうはいかん」




 刹那の時の中で形成した純黒の槍。それを一薙ぎした。首を斬り飛ばす……と思わせて胴体に向けて払ったが、刃先が当たらない絶妙な間合いの外へと下がられた。空振りをした横凪の一撃の次は、腕を引き絞った突きの構え。


 槍を構える腕の筋肉が鱗越しに隆起する。腹から入れて背中に突き破らせるつもりで突き出した槍の鉾先は、エルワールに当たることなく脇腹の傍を抜けてしまった。突き出した槍の向こうに見える山に風穴が開く。円形に刳り貫かれたのを少し振り返って見て、ほう……と感嘆とした声を漏らす。


 正面にリュウデリアが居るにも拘わらずその余裕な態度に目を細め、槍を両手で巧みに振り回しながら刃の部分で斬り裂こうとするが、回転しながら向けられる歯に当たることなく、後ろへ後退しながら避け続けていた。




「ふむ、体に感覚がまだ馴染まんな。この程度の肉体ならば致し方ないか」


「どれだけその余裕が維持できるか見物だなッ!!魔法陣展開ッ!!」


「おぉ……ッ!」




 エルワールの周囲を広範囲で囲い込む全200を越える魔法陣。純黒に妖しく輝きながら注ぎ込まれた魔力を存分に使って集束する。放たれるのは一撃必殺のエネルギーを持った純黒の光線だった。ほぼ同時に全ての魔法陣から光線がエルワール1匹に向かって伸びていく。


 最初に到達しようとした光線に触れるという瞬間、エルワールは姿を消す。目標を失った光線は大地に突き刺さって抉るかと思われたが、新たな魔法陣が着弾地点に構築され、屈折して進行方向を変えた。向かうのは瞬間移動をして退避したエルワールの元だった。


 場所が解るのかと、どこか喜色を滲ませる声を漏らしながら瞬間移動の連続使用で回避していく。光線が当たらなかった時、構築された魔法陣に方向を変えられてエルワールに向かい、展開されたままの魔法陣も新たに純黒の光線を撃ち放った。光線が張り巡らされた領域で、エルワールは1度も被弾することなく回避を成功させていた。


 幾千もの光線の中、リュウデリアも向かう。瞬間移動を使っているエルワールにマーキングの魔法陣はまだ刻まれている。なので何処へ転移しても同じ場所に行くことが出来るのだ。フェイントとして光線を途中で何度も魔法陣で屈折させてから一カ所に集中させた。最後の一撃としてリュウデリアは、形成した槍を振り下ろす。


 だが、光線は途中で全てその場から消えてしまった。エルワールが指を鳴らした瞬間のことだった。何処へ消えたのかと思っている内に、振り下ろした槍は横に移動して避けられ、槍を握っていた手の手首を取られ、真下に向けて背負い投げされた。空中だったこともあって落下していき、翼で減速する事も出来なかった。


 しかし瞬間移動がある。落下中に瞬間移動をしてより上に転移することで距離を稼いだ。だが顔に影が掛かったので上を見上げると、そこには振り下ろされた脚があった。踵落としを叩き込まれ、先よりも速く落下して地面に叩き付けられた。朦々と土煙が上がるところへ、エルワールが落ちてきてリュウデリアの腹の上に速度そのままで踏み込んだ。




「ぶッ……ごはッ!?」


「ははは。感覚が繋がってきたな。ふむ、それにしてもお前の肉体は素晴らしい。これ程強く踏み付けて原形を留めているとは……実に良い。さぁ、私がもっと遊んでやろう」




 血を吐きながら、黄金の瞳で睨み付けてくることに何とも思っておらず、むしろもっとお前の力が見たいとさえ思っているエルワール……の面を被った何者か。罅が入っている腹部を踏み込んだことで割れた鱗の破片を手の中で弄びながら、踏み付けているリュウデリアの顔を見つめた。






 片脚を上げて、リュウデリアの顔を踏み込む。地面に亀裂が奔って割れる。脚力の強さに陥没させながら、それでも生きている彼に楽しそうな声を上げた。






 ──────────────────



 エルワール?


 見た目こそ変わっていないが、力が別次元のものへとなっている。計り知れない力を吸収することによって至った強さ。速度も筋力も何もかもが強化される前と違う。





 リュウデリア


 頭をかち上げられた時は、いつかの自分が同じようなことをしたな……と、デジャヴを感じた。


 エルワールが予想以上の力を手に入れたことに喜びを感じている。これで漸く、自身の満足いく戦いができる……と。しかし、中身が違うことについて、何者かと思うところはある。




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