第159話  観察




 荒ぶる神界を創り出したエルワールとリュウデリアが熾烈を極める戦いをしている一方、シモォナとオリヴィアは戦いの余波に捲き込まれそうになっている神々への注意喚起と避難誘導をしていた。


 強さを得たエルワールにより、天変地異が発生。雷や強風、雹や地割れなどといったものから逃げてもらうべく、行動を開始した2柱。元より助ける気も無かったオリヴィアは、仕方ないという気持ちでやっているが、正義感のあるシモォナは懸命な動きを見せる。


 範囲が広がり続けているので、手の届かない場所も当然ある。なのでそこは、見捨てるという訳ではないが、自分達では間に合わないと諦めている。その代わりに、手の届く範囲ならば救いたいという気持ちだった。死ねば復活するのに、その行動には疑問が残る。エルワールに直接殺されれば復活もしないが、こと天変地異に於いては違う。


 しかしシモォナは、例え死んでも復活できるのだとしても、何が起こるか解らないので死んで欲しくなかった。これは独り善がりの独善的行動ではあるものの、何もしないよりはマシだと考えている。その必死さが伝わっているのか、誘導された神々は彼女の言葉に従っていた。


 村に住む神々の避難を終わらせたシモォナとオリヴィアは、近くに集団で暮らしている神々が居るか聞き込みをし、反対方向になるよう1つずつあることを教えられた。シモォナは、ならば二手に別れて避難をさせようという意見を口にする。しかしそれは到底可決できる提案ではなかった。




「寝惚けたことを言うんじゃない。私が何の為にお前の近くに居ると思っている。私達をこの時間軸に跳ばしているのはお前なんだぞ。危険が迫った時、このローブである程度護れるように私が居る。なのにその私がお前と別れたら意味が無いだろうが」


「私は大丈夫です!権能を発動していることは承知しています。ですので危ないときは必ず逃げます」


「今の神界で起きる危険な事態というのは、お前が逃げて逃げ切れる程度のものではない。だから私が居ると言っているだろう。二手に別れるのは却下だ」


「お願いします!こうしている間にも、他の神々が危険なんです!」


「あの獣に直接殺される訳ではないんだ。死んでも復活する。ならば構わんだろう。ある程度の神々に救いの手は差し伸べた。お前が無理をする必要は無いんだぞ」


「それでも……それでも私は助けたいんです!これ以上、獣の力による死者を出したくないんです!例え復活するとしても、死んでことに変わりは無いんです!」


「……チッ。面倒な正義感なんぞ持ち合わせおって。そもそも、私はお前を護るようリュウデリアに……ッ!?」




 爆発音が遠くから響き渡り、続いて大地が割れた。正面を向き合って話していたオリヴィアとシモォナの間に亀裂が入り、大きく裂ける。バランスを崩した両者は、割れた後隆起してしまった地割れに分断されてしまい、互いに姿を見失ってしまったのだった。


 座り込んだオリヴィアは、舌打ちをして立ち上がろうとすると、何処から飛んできたのか岩が降ってきた。かなりの大きさのそれは、彼女を押し潰そうと一直線だった。しかし彼女には純黒のローブがある。物理を無効化する効果は健在であり、大岩が触れる前に魔法陣が発現し、岩を粉微塵に変えた。


 上から降り注ぐ岩の破片に風を送って散らした後、肉体を強化して亀裂を跳び越えて反対側に移った。一瞬とはいえ別れてしまったシモォナの姿を探すが、見に映ることはない。どうやらオリヴィアの静止を聞かず、勝手に向かったらしい。


 これでは物理的な危険から護ってやることが出来ない。シモォナが死ねば、復活できるとしても権能が途切れてしまう。すると、権能の力でやって来ているオリヴィア達は元の時間軸へ強制的に返還されてしまう。そうなれば神界は終わりだろう。野放しとなったエルワールの独壇場となってしまうのだから。


 事の重大さを理解しきれていない。オリヴィアは苛立たしげにフードの先を摘まんでしたに引き、顔を隠しながらもう一度舌打ちをした。
























「──────そらそら、もっと私が遊んでやるから早く立ち上がれ。それでは遊べないだろう?」


「……チッ。図に乗りおって……ッ!!」


「良い闘気。良い殺気だ。実にお前は良い。素晴らしい、褒めてやろう」


「上からもの言ってる場合か、犬ッ!!」


「見た目だけだがなッ!!」




 地面の段差部分に背中を預けて倒れているリュウデリアは、人差し指を立てて下から上に振った。両腕を広げて何処からでも来いという姿勢を見せるエルワールの足下が赤く変色し、上に暴発する溶岩が噴き出した。摂氏1000度を超える熱を持つ溶岩の噴出に呑み込まれたのだが、中から熱を感じさせない姿で出て来る。


 この程度の熱ではやはり無理があったかと心の中で愚痴り、胸の前で両手を合わせて魔法陣を展開した。エルワールの足下にも大きな純黒の魔法陣が創り出され、重力を操る。真下に向けて通常の500倍になる超重力を発生させると、エルワールも流石にその場からは動かなくなった。


 倒れていた状態から起き上がり、跳躍する。重力の強化を施した範囲内に入り込み、自身にも作用するように設定する。すると、500倍の重力によって桁違いな落下速度を生み出した。真下に向けて進み、1秒も掛からずエルワールの元へ落ちてきたリュウデリアは、右腕を脳天に向けて振り下ろした。


 右拳が捉えたのは地面だった。粉砕し、叩き割り、陥没させた拳はエルワールの脳天に当たらなかった。寸前で回避されてしまった。当たったとしても毛先に触れた程度。500倍の重力を受けておきながら、身動きを可能としており、拳を地面に叩き込んだリュウデリアの腹に拳を打ち込んだ。




「ぐぶッ……ッ!?」


「ははは。重力を操れるのか。それも相当な負荷にまで。私も数秒動けなかったが、慣れてしまえばどうということはないな」


「適応までが早いな……ッ!!」




 それとも、元から耐えられるだけの体を持っていたが、意表を突かれた攻撃だったから反応が遅れたかのどちらか。リュウデリアでも流石に重さを感じる重力500倍の中で動いたエルワールを分析する。


 恐らくだが、身体能力は自身と同等かそれ以上に上がっている。直感も鋭くなっているし、権能の精密さも上がっている。全体的に強化されたと言ってもいい。その証拠に、200を超える光線を撃ち放つ魔法陣が全て転移によって他の場所へ跳ばされてしまった。放った光線も含めてだ。


 魔法陣だけならば純黒が勝つが、周りの空間ごと転移されてしまったので持っていかれたのだ。広範囲のものを1度に転移させる精密な権能の行使。そして感じる冷静な思考。元のエルワールなら、煽れば怒りを滲ませていた。まだ煽りに対して耐性ができていなかった。


 今も同じならば良かったが、今のナニカが中に入っているエルワールでは煽っても乗ってこない。冷静沈着な思考回路を持ち、自身を殺しに来るのではなく、戦いそのものを楽しんでいる。いや、リュウデリアの力を目にして楽しんでいる節がある。つまり勝つ気も無ければ負ける気も無い。要は観察しているのだ。


 実にやりづらい。勝ちに拘っていない者との戦いはこうも面倒なのかと思っている。なまじ自身と同等かそれ以上の強さを持つ存在だから尚更だ。殴り飛ばされ、空中で翼を広げて減速し、着地する。足を踏み締めてめり込ませると、両手を前に出して受け止める体勢に入った。


 正面からやって来たのはリュウデリアの背丈よりも大きな炎の球だった。体勢は整えていたので受け止めると、後ろに引き摺られて獣道が出来る。推進力を力で押さえ込んで静止すると、真上に弾き飛ばした。目も眩む爆発。赤黒い雲に覆われて薄暗くなっている神界に、眩しい明かりを灯した。


 明かりに照らされて黒い獣が空中に浮きながらこちらを見ている。手を持ち上げて掌を上に向けると、エルワールの周り一帯に純黒なる魔力で創り出された魔力剣が現れる。数にして300。鋒がエルワールだけに向いており、開いた手を握り締めることで動き出した。


 串刺しにしようと不規則に飛び交う純黒の剣がエルワールに向かう。腕を振ることで権能の不可視な壁を創り出した。弾かれるかと思いきや、剣に触れた途端に不可視な壁は純黒へと浸蝕されて染まり、突き抜けてきた。防御は不可能か……と、面白そうに呟くと、剣の腹の部分を狙って弾き始めた。


 10。50。100と弾き続けていく。被弾はしていない。弾かれた剣は地面に突き刺さって靄が晴れるように消えていく。リュウデリアと同等レベルの身体能力を持ち、鋭い直感と動体視力があるからこそ出来る芸当。そこへ、純黒の薙刀を持ったリュウデリアが急接近し、上から下へ振り下ろした。


 最後の1本であった剣を態とリュウデリアの振る薙刀の軌跡上に弾き飛ばし、振り下ろす時に当たるよう仕向けた。狙い通り剣を薙刀で弾いてしまい、軌道が僅かにズレる。軌道修正は間に合わず、回避の動きをしたことでエルワールは苦もなく薙刀の振り下ろしを回避した。


 薙刀の刃の部分が地面に到達すると、斬撃が立ち上って純黒の壁のようになり、前方数キロに渡って深く斬り裂いた。しかし斬撃はエルワールに当たっていない。横に振り下ろしてしまっているからだ。地面に突き刺さった薙刀を引き抜いて横凪に振り払うと、エルワールは後ろに回転しながら下がって回避しつつ距離を取った。


 このまま戦いを続ける雰囲気だが、リュウデリアは避けられた薙刀を体の周りで巧みに振り回し、地面に突き刺した。柄を左手で握り、右手の人差し指をエルワールに向ける。厳密には、エルワールの両腕へと。




「それはお前の力では取り除けんぞ」


「そのようだな。実に凶暴な力だ」




 指を指した両腕は、純黒に浸蝕されていた。黒い毛並みでも判ってしまう完全な純黒。それは掌から始まって前腕の中間辺りまで上っていた。これは純黒なる魔力で形成した剣を手でそのまま弾いたことによる弊害だ。純黒は総てを呑み込み塗り潰す。エルワールの肉体も同じだ。


 しかし浸蝕されていく腕を眺め、エルワールは慌てていない。興味深そうに見つめ、指を動かそうとして失敗に終わっている。浸蝕された箇所に自由は無い。力は一切入らないのだ。それでも悲観的な様子は無い。




「確かにこのままならば、私はこの純黒に全身を浸蝕されて死ぬことになるだろう。しかしそれは浸蝕され続ければの話だ」


「何?……チッ。そういうことか」




 エルワールは上腕部分に噛み付いた。血が流れるほど強く噛み締め、無理矢理な力で引っ張る。すると、肩から腕がみちりと音を立てて千切れた。反対の腕も同じく千切ってしまう。放られた腕は純黒に浸蝕されて燃え尽きた灰のように風に乗って空へ鏤められていく。


 両腕を失ったが、足下からエネルギーを権能で吸収する。そう、エルワールが立っている場所は龍脈の上だったのだ。やらんとしていることを察して地面に突き刺した薙刀を左手で引き抜いて強く踏み込みながら肉薄にする。だがそれよりも早く、エルワールの両腕は再生していた。


 莫大な神界の龍脈に流れるエネルギーは、無限に続く神界と比べて小さいエルワールの肉体の再生を瞬く間に終わらせた。向かっている最中で舌打ちをしたリュウデリアは薙刀を操ってエルワールに斬り掛かるが、腕も再生してしまった彼は最小限の動きで避け続け、猛攻の中を掻い潜って懐に入り込み、胸に肘打ちを入れてきた。


 何度も強烈な攻撃を受けたリュウデリアの胸部は、鱗が砕けてしまっている。そこへ入れられた肘打ちは弱点と化した部位には有効すぎた。鋭い痛みが、蜘蛛の巣のように全身へ広がっていき、つい振り回していた薙刀から手を離してしまった。顔を顰める痛みに意識が割かれ、薙刀は霧散して消えていく。片膝を付いたリュウデリアを上から見下ろすエルワールは、静かに笑った。




「く……ッ!」


「痛かろうなァ。あれだけ強い衝撃を何度も打ち込まれれば、いくらお前の肉体が頑丈といえど綻びが出る。ましてや浸透するように打ち込んだからな。激痛は顕著だろう。膝を付くくらいだしな」


「……ッ。確かに痛みはしたが、それだけだ。殺すことは出来んぞ」


「まあそうだな。しかしそんなことよりも問わせてもらうが、どうしてお前は本気で戦わない?」


「あ?」


「お前の仲間は桁外れの力を解放しただろう?ならばお前だけ出来ないというのも不自然だ。出来るのだろう?本来の力の解放を。何故しない?私は見てみたいのだがな」


「ふん。お前に答えてやる義理はない……なッ!!」


「おおっとッ!」




 膝を付いた状態で手の中に純黒の剣を創り出し、足を両断するつもりで低い位置で振り抜いた。直感で来ると感じたエルワールは軽く跳躍して避けると、虚空を蹴って距離を取った。胸部を押さえながら立ち上がったリュウデリアに、怖い怖いと態とらしく手を振る。


 余裕で回避しておきながら何が怖いだ……と、唾を吐き捨てるように悪態をつく。肩をすくめておどけると、距離を取ったまま先程の話をまた繰り返した。何故本気の力を見せてくれないのかと。だがその問いに答える前に、エルワールは納得がいったと言わんばかりに手を打った。




「極限まで追い詰められている訳でもないのに、奥の手に匹敵する力の解放を使う気になれないのだろう?そうだろう!?ははは。確かに、奥の手を頻繁に使えば奥の手とは言わんわな。必要なときに必要な分の力を。それによって命の奪い合いを愉しむ訳だ。良いではないか。だがな、私はお前の本気を見たいのだよ」


「はッ。お前如きに何故本気を出さねばならん。出さずとも殺すことは可能だ。俺を下に見るな」


「それにしては一向に攻撃が当たっていないが……なるほど、現状もまた力をセーブしている訳だ。勿体ぶってくれる!が、しかしだ。私は何度も言うがお前の本気が見たい。それこそ使


「……ッ!!まさか……ッ!!」


「さぁッ!!次の遊びは追いかけっこだッ!!はははッ!!」


「──────犬がァッ!!」




 どんな手を使っても。その言葉の裏に隠された目的を看破したリュウデリアは、胸の痛みを無視してエルワールに駆け出した。掴み掛かるつもりで伸ばした手は虚空を切った。忽然と姿を消したのはお馴染みの瞬間移動によるものだ。


 苛立ちを拳に乗せて地面を叩き、砕いたリュウデリアは、すぐさまエルワールの脊髄に接続しているマーキングの魔法陣にリンクし、何処へ行ったか探る。すると場所は、自身から数キロ離れた地点だった。戦いながらオリヴィア達と離れていた彼は、別れた方角に向かわれたと察して瞬間移動の魔法を使った。






 はぁ……と、溜め息を吐きながらさっさと避難誘導をし、シモォナを早く見つけないとと考えているオリヴィアは、赤黒い雲を見上げながら、嫌な予感をチクリとうなじに感じた。







 ──────────────────



 エルワール?


 リュウデリアが本気で戦っていないことに気がついている。だから本気で戦う姿を是非とも見たいのに、やる気になってくれないから無理矢理その気になってもらうことにした。





 リュウデリア


 胸にある広い範囲で鱗が割れているところが1番の深傷。何度も強い攻撃を受けているので、最早頑強な鱗による防御はされておらず、直接肉体にダメージを与えられるウィークポイントになっている。


 エルワールがやろうとしていることを察して、急いで瞬間移動をし、エルワールの後を追い掛けている。




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