第210話 楽しければ
「──────これからボクとデートしよっ♪オリヴィアとリュウちゃんとボクで!」
「……はぁ?」
「……………………。」
腰から生えている尻尾がふるりと揺れている。恥ずかしがっているのか動きが激しめだ。診療所から抜け出してお礼を言いに来たと思ったらデートをしようと誘われるオリヴィアとリュウデリア。何がしたいのか分からない彼等は首を傾げる。オリヴィアに至ってはフードの中で思い切り訝しげな表情をした。
診療所で厄介になっていたソフィーは、当然まだ動いて良い体ではない。驚異的な回復力で動けるだけの体にはなったが、あくまで動けるだけの回復。だからと言って動いても良いという話にはならない。医師が居れば顔を真っ青にして休むように言うことだろう。残念ながらこの場には居らず、外套で姿を隠しているのでソフィーと気づいている者は居ない。
良心があれば休むように言いつけられるのだろうが、オリヴィアとリュウデリアにそんなものが有るはずも無く、ソフィーが行きたいと言うのならば、暇だし付き合ってやろうという考えだった。スキップしそうな足軽さで歩き出した彼女に付いていく。向かう場所は決めているのか迷いなく大通りを歩く。
後ろを歩くオリヴィアに振り返り、寄ってきてローブの中にある彼女の手を取った。フードの中で顔を顰めるが、見えていないソフィーに気にした様子は見られない。楽しそうにスキップをしながら手を繋ぎ、もう一度歩き出した。
「どこに向かっているんだ」
「んー?決めてないよっ。気の向くまま、適当に歩いてるんだー。そんな自由なデートがあってもいいでしょ?」
「つまり、ただ当てもなく歩いているだけということだな」
「そっ」
上機嫌に答えるソフィーに溜め息を吐く。行きたいところくらいに見当はつけているのかと思えばコレである。猫の獣人だからといって、本当の猫のように自由である必要は無いのだが。デートに付き合うと言ったのに、もう言ったことを反故にするのも何だか負けた感じがして嫌なので、素直についていった。
フンフンと鼻歌を歌いながら、オリヴィアと手を繋いで歩くソフィー。時折肩に乗っているリュウデリアの方を向いて、ニッコリと笑みを浮かべた。自分の肩に乗っても良いよと言うが、オリヴィアのところから移るつもりはないので無視をした。
無視をされても、楽しそうな雰囲気は崩れない。きっと、こうやって一緒に歩いているだけで楽しいのだろう。街並みを見ながらゆっくりと歩いて散歩の要領で楽しむ。ただ、ずっと歩いていてもつまらないだろうからと、ソフィーは道の端に建てられた屋台に寄って何かを購入して戻ってきた。
持ち手の木の棒。その先には白いふんわりとしたものがついている。大きさは人の頭ほどだろうか。結構大きい。両手に持っていたので1つを受け取って、オリヴィアとリュウデリアは不思議そうに眺めた。似たようなことをしている彼女達にクスリと笑いながら、ソフィーはまず自分から白い綿のような食べ物に齧り付いた。
「これは
「……あむ。……ふむ、悪くない。リュウちゃん、あーん」
「あー」
「……ぷふっ。リュウちゃん、口の周りに綿飴ついてるよ?食いしん坊みたい!あははっ」
「……ッ。ベタついて取れん……ッ!」
「あーあー。そんな無理矢理拭おうとしたら広がってしまうぞ」
「ぷっ、あははっ。あっはははっ」
「チッ。面倒な……ッ!」
大きいものを買ってきたので、リュウデリアが大口を開けて綿飴に齧り付いた。全体の4分の1は口の中にあるが、口の中で一瞬にして溶けるので驚いた。ほんのりとした甘さは、間食には丁度良いだろう。彼と違い多く食べないオリヴィアも最後まで食べることができる。
ただし欠点として、かなりベタつく。取っ手を持って少しずつ口に含むオリヴィアと違い、大口で齧り付いたリュウデリアは口の周りがベタベタになっていた。それに齧った際に綿飴の欠片が付着した。口元に白い塊があって鬱陶しいので手で拭うと広がり、ベタついた範囲も広がった。
取ろうとすれば、手までベタつく始末。食べ物と格闘しているリュウデリアを見て、ソフィーは面白そうに笑い、オリヴィアもクスクスと笑った。いい加減めんどくさくなった彼は魔法で大気の水分を集めて水の塊を生成し、口と手を洗って綺麗にした。ベタついた鱗が元の艶やかなものになったので一息ついた。
「俺はもう要らん」
「じゃあ、私が貰おう。これなら食べても腹が膨れない」
「リュウちゃんはこういうやつ食べるの下手なんだねー。口がボク達と違うからかな?」
「生意気なことを言っていると、その頭の耳毟るぞ」
「冗談が冗談に聞こえないのが怖いところだよねー」
キャー怖ーい!と楽しそうに叫びながら綿飴を食べ進めるソフィー。リュウデリアは口の周りがベタベタになるのがめんどくさいのでもう要らない。残りはオリヴィアに食べてもらうことにした。肩の上でフンッと不貞腐れている彼の頭を撫でて、ご機嫌を取る。
機嫌が悪くなると王都がどうなるか分からないので、ソフィーはカバーするために違う屋台のところへ行って、豚の串焼きを買ってきた。焼きながら塗られた濃厚なタレが香ばしい匂いを放つ。鼻の良いリュウデリアがすぐに食い付き、視線を寄越してきた。
右へ動かすと彼の頭も同じく右に動く。左にやれば左へ。もっとやりたい気持ちもあるが、それで怒られたら嫌なので串焼きを差し出した。純黒の鱗に覆われた尻尾が伸びてきて受け取り、上の方から順番に食べていく。何も言ってこないが、それは肉に夢中になっているからだ。ご機嫌を取ることに成功したことを確信して、ソフィーは微笑んだ。
「美味しそうに食べてもらえて良かった。王都には観光客とかもよく来るんだ。自慢みたいになっちゃうけど、ボクのことを一目見たいとか、態々遠方から会いに来る人とかも居るんだよ」
「そういった人間を客として得るために、手始めに食べ物という訳か」
「そういうこと。だから……っていうのも失礼かも知れないけど、お店のご飯も屋台のご飯も全部美味しいんだよ!」
「変わったものもあって、確かに飽きないな」
「そうでしょ?昔の王様達が色々と考えついて広めていったものもあるから、南の大陸とはまた違ったものを経験できるよ。何か気になったものがあったら言ってね?ゴーレムの件のお礼に、ボクがご馳走するよ」
財布に使っている袋を持ち上げて笑うソフィー。それなりにこんもりとしているその袋の中には、きっと金貨ばかりが入っていることだろう。『英雄』である以前に、SSS級の冒険者でもある彼女が受ける依頼は、報酬額が莫大である事が多い。なのにソロで活動しているので、報酬がそのまま彼女の懐に入るのだ。そこら辺の金持ちよりも金持ちだ。
自身で勝てなかったゴーレムの討伐。それにより助かった王都。被害は無く、死人も出なかった。そこでソフィーは何でもご馳走するつもりだった。感謝の言葉を贈っただけで終わらせられる案件ではない。そのくらいやってもまだ足りないくらいだ。
しかし、オリヴィア達はそれ以上のものをきっと受け取ってくれないだろうと思う。冒険者をしながら旅をしている者達。本当なら、その度に使うだろう消耗品なども買わせて欲しいところだ。それくらいしか出来ないから。
求めていないものを与えるほど、意味が無く余計なお世話なことはない。なのでソフィーは、今の自分に出来る精一杯をさせてもらっていた。そこにほんの少しだけ、欲望を入れて。気を遣わないで、本音で話せる、『英雄』としてでなくソフィーとして見て接してくれる者と遊ぶこと。
笑うと腹部がつきりと痛むし、走ったりスキップをすると足の骨に響く。物を掴んでいる手は震えてしまうけれど、オリヴィアとリュウデリア、彼等と一緒に笑っている今は、やはりとても楽しい。
「そういえばさ、オリヴィアとリュウちゃんはこの王都を出たらどこへ行くの?」
「さぁな。その時の気分だ。右に行ってみたい気分でそこに村やら町やらがあるなら、そこへ向かう。左もまた然り。自由気まま。宛ての無い大雑把で漠然とした旅だ」
「その途中で強い奴が居れば、俺は殺し合う。それが叶わんなら、せめてそいつの実力を測る」
「リュウちゃんはとことん龍だね。けど、いいなぁ。そういう旅って」
「すれば良いだろう」
「あはは……
「その他の者達なんぞ捨ててしまえば良いだろう。弱い者が弱いことに甘んじているから、そのような下らない基盤が構築されているんだ。守れるようになるのではなく、守られることを選び続ける者共に価値など無い。お前ほどの人間が、守る理由にもならない。私ならば即座に見捨てている」
「……それで見捨てられたら苦労しないんだけどね。今までお世話になってきてるし、見捨てるには深く関わりすぎたよ」
オリヴィアの言葉に苦笑いを浮かべる。簡単に見捨てられるならば、確かに苦労しないだろう。深く関わり、親しい関係を築いてしまったからこそ、何があろうと守る為に動いていた。どうでも良いならば、ゴーレムに立ち向かわず素通りさせていれば良い。強いことは解りきっていたのだから。
弱い者達……王都で言うならば住民達のことを指すだろう。彼等は魔力を持たない。故に単独で魔法で魔法は使えない。魔力や魔法がを付与されている魔道具、魔剣等は根を張っていて簡単に手を伸ばせる代物でもない。今まで平和に生きていた者が、突然剣を手に取って戦う道を選ぶこともまた、少ないだろう。
だからと言って、冒険者が守ってくれるのだから戦う術を身につける必要は無いと考えるのは勝手が過ぎる。他人頼りも良いところだ。リュウデリアとオリヴィアには、それが理解出来なかった。弱ければ生きていけない弱肉強食の世界に住み、最強と謳われる種族。そんな彼と共に生きるから、足手纏いにだけはならないように力を求めて日々腕を磨く女神。
力を持つ者と、その傍らに居るために力を磨く者。彼等からすれば安寧に住むことだけを求める住人が目障りであり、ソフィーが守ってやるだけの価値があるとは到底思えない。強く、守るべき立場にある者は必ずその葛藤を抱く筈だ。しかしソフィーは、自分を慕う者達を無下には出来ない性格だった。
彼女は心の奥底で自由を求めている。縛られることを嫌う。けれど縛られることを良しとしている。その理由が王都に住む者達だったのだ。彼等が居るから、ソフィーは戦おうと思う。守ろうと思う。冒険者ソフィーは『英雄』になれるのだ。
「確かに力の無い人達は、戦場ではお荷物だよ。庇護なんて出来ないくらい、ボクにとっての足枷さ。ゴーレムの攻撃も王都に向いていなければ避けられたし、やりようは他にもあった。でもね、それでも良いんだ。ボクは強い冒険者だから、それくらいのハンデを背負っていて当然だよ。そう思うことにした!」
「そうしないとやっていられないからか?」
「痛いとこ突くなぁ。ま、大きな声では言えないけどそうかもね。……ボクだって自由に世界を見て回りたいもん」
「『自由』『強い冒険者』『守る』『英雄』……お前の口から出て来るこれらの言葉は、確かか?」
「……?確かって?言葉の通りだと思うけど……」
「違う。お前の根底からの言葉かと問うている」
「ボクの……?ごめん。質問の意味がよく解らないや。もう少し噛み砕いて教えてくれる?」
「はぁ……お前はむか──────」
ソフィーに買って貰った串焼きの串が純黒の炎によって灰燼と化す。欠片も残さず消滅した。そしてリュウデリアは、オリヴィアの肩から飛び降りて人間サイズへと変わった。自身に幻惑の魔法を掛けているので、擦れ違う者達が彼の姿に驚くことはないものの、範囲外に設定されているソフィーとオリヴィアは訝しんだ。
使い魔を偽る4足歩行から、二足歩行へと変わる。本来の彼の立ち姿。覇気すら感じるその躯体を真っ直ぐ伸ばし、長い首を捻りながらある方角を見る。背中で畳んでいる翼を広げる。大きく、純黒の膜が張られた力強い羽ばたきをする彼の翼。
今まさに飛び立とうとする所作。オリヴィアはどこへ行くつもりなのか解らない。同じ方角を見ても何も見えない。きっと恐ろしく目の良い彼だから見えるものがあるのだろう。一緒に行こうと思い手を伸ばすが、その手は優しく包み込まれるように取られ、戻された。
「俺だけで行ってくる。なに、すぐに終わる急用だ」
「……分かった」
「そう不満そうなこえをしてくれるな。帰ってきたら教えよう」
「うん。いってらっしゃい」
「行ってくる」
翼を大きく限界まで開き、その場でしゃがみ込んで脚の強靱な筋肉を力ませた。みしりと彼の脚から筋肉が軋む音が聞こえ、足下の舗装された道が砕けていく。そして、風を巻き上げながら上空へ跳躍してそのまま飛翔した。
爆発的な加速で空気の壁を割り、彼が目的とする場所へ飛んで行く。見据えるその目は冷たく、妖しい光を放っている。オリヴィアにも行き先を告げずにすぐさま飛んだリュウデリア。何を見つけ、何のために飛び出したというのか。
「逃げ足の速い奴だ。だが、今度ばかりは逃がさん。臓物を引き摺り出して頭を捻り潰してやる。鬱陶しい虫ケラが」
全身に魔力を漲らせている。臨戦態勢に入った彼と対峙すれば、並の生物は本能的に恐怖を煽られて失神することだろう。追いかけているのは
王都から純黒なる殲滅龍が飛んで向かった。しかしそれに代わるように、王都にもまた何か得体の知れないものが近づいてきていた。
──────────────────
ソフィー
全快していない。少しの動きでも体が痛む。でも、オリヴィアとリュウデリアとのデートを楽しむ。
動けるようになっているだけで、それは所詮最低限の回復。本来ならばベッドの上で安静にしていないといけない。つまり、見つかったら叱られるのは確定。
オリヴィア
ソフィーが女だったから、手を取られてもギリギリ許せた。知らない奴ならぶん殴っていた。男なら触られる前に殺してた。
リュウデリアに置いて行かれてしまったが、急いでいた様子なのと、恐らく同行する訳にもいかない相手なのだろうと察して戻ってくるのを待つ事にした。聞き分けが良く察しの良いヒロイン。
リュウデリア
ベタつく食べ物が苦手なことが判明。後処理がめんどくさいので、オリヴィアに一緒に食べようと誘われない限り、これから綿飴を食べることはない。
何かを見つけて飛んでいった。完全に臨戦態勢に入ったので、下手をすると周りへの被害がエグいことになる。
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