第217話  大切な友達






「──────自覚が無かったとはいえ、ここまで甘くしていたんだ。中途半端には終わらせん。やったからには全力でやってやる──────『射届けろ、索者の矢イン・エルシュター』ッ!!」




 番えられた純黒の矢が天高く上っていき、大空に亀裂を入れた。大気に罅が入り、空間が歪む。やるからには全力で。最後のとっておきの甘やかしを施すリュウデリアは、たったそれだけの理由で世界の理に風穴を開けた。


射届けろ、索者の矢イン・エルシュター』とは、リュウデリアの造り出した魔力弓から放たれた矢により、知っている者の知らない居場所を探し出す探索を主とした魔法である。そして、放たれた矢は、求めるものを見つけるまでどこまでも探索に向かう。例え、世界の理に背くような現象を引き起こそうとも。


 ただし、この魔法は探し物を探し出し、手元へ持ってくるようなものではない。探索している矢が探し物を捉えた時、その場所及び探し物に関する情報を術者であるリュウデリアに伝えるだけの効果だ。更に、これはあくまで他者の知っているものの知らない居場所を探し出す矢の魔法であり、リュウデリアの探しものを見つける力はない。


 自分の探しものは自力で探し出すのでこの魔法は使わない代わりに、他者の探しものの情報を必ず見つけ出すという強い制約により成り立つ魔法である。世界の理に背き、風穴を開けた純黒の矢はこの世とこの世の外側の隙間を通っている。探しものはそこにある。そして、純黒の矢は目当てのものを見つけ出し、リュウデリアへ情報を還元させた。


 彼の瞳が妖しい光を放つ。ゆらりとした黒い光を帯び、虚空を見つめる。何かを捉えようとしているようで、リュウデリアは魔弓を消し去り、ソフィーに手を翳した。魔法陣が展開されて何かを行っている様子。しかしその真剣な雰囲気に呑まれ、ソフィーとオリヴィアは動かなかった。


 時間にして数秒だった。ただ、彼の放つ雰囲気から何倍もの時間が流れたようにすら感じた。フーッ……と大きく息を吐き出したリュウデリアは、両手を勢い良く合わせた。膨大な魔力が解放され辺り一帯を呑み込む。ソフィーはその魔力量に驚きながら、何かが彼の手によって形作られていることを感じ取った。自身の、前にだ。




「……ッ!!──────ソー……ニャ……?」


『──────フィーちゃん』




「……まさか……400年以上前にソフィーを飼っていたという飼い主か?」


「厳密には違う。当時のソーニャという人間が持っていた魂の輪郭を魔法で再現し、本人と全く同じ偽物を創った。本人であって本人ではない。だが歴としたソーニャという人間の情報体そのものだ。尤も、死者蘇生めいた肉体の創造は無理だからな、守護霊のようになったが」


「いつまで効果は続くんだ?」


「創り出した後の持続には当然魔力を要する。所詮は魔法だからな。そこで供給元をソフィーに設定してある。奴が魔力を尽かさない、または魂を使い切って死なない限りは消えん」


「……凄まじいな」




 ソフィーの前に現れたのは、魔法で忠実に再現された当時のソーニャという女の子だった。小さな女の子の姿であり、長くてさらりとした白髪にサファイアブルーの瞳を持つ。フィーという猫を飼い、大切な友達として接してくれながら、弱い体と生まれ持った持病によって幼くして亡くなった子だ。


 体は生きている人間のそれではなく、半透明なものだった。実存しているというものではなく、彼女はリュウデリアの魔法によって創り出された仮初めの存在。偽物。贋作だ。しかし過去のソーニャという人物の情報を頭の中に入れたリュウデリアが、1から全て忠実に再現した存在故に、彼女は偽物であって本物の少女である。


 ソフィーは驚き固まったあと、恐る恐るソーニャへ近づいて頬に触れようとした。しかし手はすり抜けてしまった。当然だ。肉体を持たない彼女には触れられない。本物のソーニャという少女は、数百年前に死んでしまっているのだから。だがそれでも触れているように手を頬に這わせた。少女はくすぐったそうに笑う。あの時と同じ、可愛らしくて綺麗な笑みだった。


 ポロポロと涙を流す。信じられないような表情で見ていたが、膝から崩れ落ちて嗚咽を漏らした。触れられこそしないものの、彼女が目の前に居る。それだけでソフィーが涙を流すには十分すぎた。半透明の少女も、同じように涙を流しながら再開を嬉しそうにして笑う。滴る涙は地上へ落ちる前に霧散するが、オリヴィアには普通の涙と区別できなかった。




「ソーニャ……ソーニャぁ……わ、忘れててごめんねっ。ボク、大切な友達のことをずっと……っ!」


『んーん。いいの。フィーちゃんがずっと、ボクのために頑張ってくれてたことは知ってるから。とっても頑張ったんだね。冒険者になって、『英雄』になって、強くて優しい……人気者の皆を守れる子になったんだね』


「ぅぐ……えっぐ……が、頑張ったよ……ボク、頑張ったよぉっ!ソーニャっ、ソーニャぁっ。うわぁああああああああんっ!寂しかったよぉっ!悲しかったよぉっ!会いたかったよぉっ!」


『……っ。ご、ごめんね……死んじゃってごめんねっ?』


「ぐすっ……いいんだ。また、会えたから。これからは、ずっと一緒だよ?世界中を見て回ろう?自由に、気ままに!」


『うんっ。うん……っ!』




 ソフィーとソーニャは泣き合いながら約束を果たす約束をした。冒険者になり、『英雄』へ至り、強くなって皆から好かれた。後は、一緒に世界中を見て回るだけだ。まさかこんな形で再会するとは思っていなかったので面食らったが、これならば旅はきっとこれ以上無いくらい楽しいものになる。


 ソーニャから元気を貰い、ソフィーは立ち上がった。流れた涙を拭ってリュウデリアとオリヴィアに向き直る。そうして、深々と頭を下げた。お世話になったことへの礼として、頭を下げずにはいられなかったのだ。今更そんなものは要らないと彼等が揃って言うので頭を上げたが、見えた表情は明るいものだ。


 ソフィーはそれでもと言って、ありがとうと口にした。そして、腰に付けられた双剣に手を掛けて鞘ごと抜いたのだ。彼等が見守る中で、魔剣をオリヴィアに差し出す。反射的に受け取ったオリヴィアは首を傾げた。




「ボクにはもう、それは要らない。『英雄』としてのソフィーは居ないからね。だから、君にあげる。名剣だから使ってよ。きっと役に立つ筈だ」


「……旅をする中で必要になったらどうするつもりだ?それに、この剣は魔力を吸収することが出来るのだろう。お前の魔力が尽きない理由の1つだろうに」


「剣が無いと一切戦えない訳じゃないから大丈夫!これでも元『英雄』だったからね!それに、魔力については大丈夫だよ。もう、元の姿に戻るから。余計な魔力消費はしないんだ。猫の姿じゃ持てないっていうのもあるし!」


「……そうか。それならば貰っておく」


「うん!」




 二振りで1つの魔剣。『英雄』ソフィーが使用していた愛剣を、オリヴィアは受け取った。向けられた魔力や、斬った相手から魔力を吸収し、任意のタイミングで放つことが出来るという能力を持った名剣である。ローブがあるとは言え、手数が増えるのはありがたいことだ。


 人間の姿から猫の姿に戻り、ソーニャと旅をすることにした彼女にはもう必要ないものであり、『英雄』だからこそ持っていたという面もある。受け取ってくれて、きっと使い熟せるのはオリヴィアだろうと、彼女になら渡せると思って託した。


 自力で姿を元に戻すのは難しいので、リュウデリアに頼むこととする。それを了承し、手を翳して『解除』をしようとした時にあと一言だけ言わせて欲しいと待ったを掛けた。ソーニャとソフィー……いや、フィーが笑みを浮かべた。可愛らしくて綺麗な、とても似ている笑みだった。




『フィーちゃんがお世話になりました。ありがとうございました!』


「ばいばい。君達のこと、ボクは大好きだよ!またどこかで会おうね!」


「ふん。死にかけの迷い猫が。精々残りの時間を有効的に使うといい」


「私も最後に餞別をやるか。お前の傷を治してやる。今まで明かさなかったが、私は神だ。治癒の女神オリヴィア。世界中を見て来ると良い。大切な者との旅は、とても楽しいものだ」


「……っ!?あははっ!うん!ありがとう!女神オリヴィア、『殲滅龍』リュウデリア!」


「またな──────『解除ディスペル』」




 魔法の構造を解いて、フィーの人間の姿を元の猫の姿へ戻す。青い毛並みの普通の猫。傍には半透明な、彼女の大切な友達のソーニャ。彼女達は一緒にこれからを生きていく。一緒に居られなかった数百年の年月を埋めるように。


 猫の姿でジッとリュウデリアとオリヴィアの事を見つめると、フィーは高い跳躍力を生かして、まずはオリヴィアの肩へ飛び乗った。拍子に純黒のローブのフードが外れ、頬に体を寄せて擦り寄る。次にリュウデリアの方へ飛び移り、長い首に体をするりと寄せた。


 やっておきたかった事を済ませると、リュウデリアの肩から飛び降りて、一鳴きすると背を向けて歩いて行った。ソーニャも一緒にその場を去っていく。最後に彼女達は振り返ってソーニャは手を、フィーは尻尾を振って別れの挨拶をした。それに手を振り返したリュウデリアとオリヴィアも、彼女達に背を向けて王都へ戻るのだった。




「世話の焼ける猫と死人だったな、まったく」


「ふふ。でも、こういうのも悪くなかっただろう?」


「……まあな。さて、そろそろ俺達も旅を再開するとしよう。それに、少しやることがあるからな」























「──────えぇっ!?ソフィー様は旅に出たっ!?突然っ!?それにオリヴィアさん達までこのあと旅に戻るのかっ!?話が急過ぎる……っ!」


「元々旅の身だ。王都に永住するとは誰も言っていない」


「そ、それはそうだが……そうか……寂しくなるな」




 場所は王都内の、オリヴィア達が契約していた宿屋。そこではツァカルが働いていて、戻ってきたと思えば契約していた宿泊をキャンセルしたいと言われた。どうしたのだろうと思い理由を尋ねると、旅をするのに部屋はもう必要ないからで、ついでにという形でフィーが旅に出たことを教えた。


 心から尊敬していただけに、かなりのショックを受けている様子。依頼などで遠征をするということならば、必ず帰ってくると考えられてまだ長期間会えなくてもまだマシな方なのだが、旅に出たということならばいつ帰ってくるかも判らないので1番ショックだろう。


 もしかしたら、王都よりももっと住みやすい場所を見つけて、そこで住むという話になるかも知れないと考えると、ふらりと倒れそうになる。真実は、元の猫のフィーとして世界中を巡る旅に出たので、帰ってくる事は殆ど無いのだが、ツァカルがそれを知ることは無いだろう。


 休憩時間なので椅子に座りながらオリヴィアの話を聞いていたツァカルは、魂が抜けきったような表情のままテーブルの上に体を倒した。口から何かが抜けようとしているのは気のせいだろうか。倒れ込んだツァカルを見てから、同じく座っていたオリヴィアは立ち上がった。本当にこれで旅を再開しようとしているのだ。




「……ッ!?ちょ、ま、待ってくれ!渡したいものがあるんだ!」


「何だ」


「少しだけっ。少しだけ待っててくれっ!」


「……はぁ。早くするんだぞ」


「任せてくれ!」




 慌ただしくパタパタと厨房の方へ走っていったツァカルに、何がしたいのかと思いながら椅子に座り直して待つ事にした。肩に乗っているリュウデリアをテーブルの上に降ろすと、顎の下を擦ったり、尻尾を指に巻いたりして遊んだり、顔の前で人差し指を回して目を回させたりして時間を潰した。


 待つこと10分ほど、ツァカルが何かを持って駆け寄ってきた。体の前面にはエプロンがつけられている。どうやら何か食べられるものを作ってきたらしい。お待たせしたと言って差し出す包みを受け取ると、温かさが掌に伝わってきた。




「おにぎりと、おかずをいくつか包んだ。感謝の気持ちをたくさん込めて握らせてもらった!こんな風に仕事をもらえて、住む場所も見つかり、人並みの生活を送れるのはオリヴィアのお陰だ!本当にありがとう!あなたのことは何があろうと忘れない!お世話になりました!」


「元みすぼらしいボロ雑巾がよく言う。まあ、今を継続していけばあのようなことにはならないだろう。精々頑張ることだな」


「あぁ!……っ……お、オリヴィアも……元気でなっ。離れていてもっ……応援しているから!」


「何を泣いているんだ……まあいい。ではな」


「うぅ……本当にありがとう!また会おうなーっ!!」




 今度こそお別れとなったオリヴィア達とツァカル。ゴミを漁るみすぼらしいボロ雑巾だった彼女は、条件付ではあるが助けられ、こうして普通の生活を送れるようになった。彼女達と出会えなかったら、もしかしたら殺人鬼と間違えられて冤罪で掴まり、酷い人生を送っていたかも知れない。そう考えると命の恩人だ。


 堪えようと思っていた涙は我慢できなかった。ホロリと一粒流れると、止めどなく涙が次々と流れていった。袖で拭っても拭っても、止めることができなかった。ツァカルは店の外まで出て、いつも通りの足取りで去っていくオリヴィアとリュウデリアの背に向かってお礼の言葉を叫びながら手を振った。


 これで一生のお別れという訳じゃないと信じている。もしかしたら自分も違う街などに越してしまうかも知れないが、それでもどこかでまた会うと信じる。そう思えば、この別れも悲しいものではない。一時の別れなだけだ。







 女神と黒龍の旅はまだまだ終わらない。また新たな道を求めて旅をする。その過程には、何が待ち構えているのだろう。































「──────新しい███ですか。ならば即座に消し去りましょう。私の手で、この星から。それこそが私の使命なのですから」









 ──────────────────



 ソフィー(フィー)


 猫の姿へ戻り、ソーニャと共に世界中を見て回る自由な旅に出た。『英雄』としての立場を突然捨ててしまい、迷惑が掛かると分かっているが、大切な友達との旅を優先した。





 ソーニャ


 リュウデリアが世界の記録に干渉し、過去に存在していた少女の情報をそのままコピーして創り出した偽物。だが、本人の情報をそのまま使っているので本物と変わらない。半透明な身体をしていて触れることは出来ない。


 リュウデリア、オリヴィア、フィー以外の者にも見えないようになっているので、幽霊だと騒がれることもない。存在するのに必要な魔力はフィーから供給されている。





 ツァカル


 オリヴィア達がいきなり旅に戻ると言われて驚いたし、『英雄』ソフィーが旅に出たと聞いてめちゃくちゃショックを受けた。後日すんごい元気が無くなる。


 おにぎりには卵焼きと焼き魚を添えている。彼女達が居たから今の自分が居ると理解しているので、心から感謝している。またどこかで会えると信じて送り出した。





 オリヴィア


 リュウデリアの魔法は相変わらず凄いなぁとホッコリしている。どれだけヤバいことをしているのか知らない。取り敢えずリュウデリアは凄いということにキュンとしている。


 フィーから魔剣である双剣を譲り受けた。双剣の扱いはリュウデリアから受けているので使うことは問題ない。あとは魔剣が持っている魔力の使い方をマスターするだけ。使わないときは異空間に仕舞ってもらっている。





 リュウデリア


 世界の理に干渉し、過去に居た人間1人の情報と魂の輪郭を捉え、魔法で再現した。肉体の創生は出来ないので、あくまで本人と全く同じ偽物を霊的な存在として生み出しただけ。普通はできない。





『英雄』が消えたあと。


 最低限の報告はしてやろうと、オリヴィアからソフィーは旅に出たと聞いて大慌て。兵士を導入する大捜索をされたが、終ぞ見つけられることはなかった。SSSランクの依頼などが回ってくるが、誰も受けられないので、ほとほと困っている。


 しかし、それと同時に彼女1人に色々と仕事を頼み過ぎていたと反省し、仕事の役割などを分担するように体勢を整えることにした。




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