第12章

第218話  呪怨の塊




 西の大陸に存在する、とある山の頂上。そこには常に風が吹く。強い風。そよ風。熱風。寒風。あらゆる種類の風が吹いて、訪れる者の命を時には奪う、危険な山である。


 ただ、そのいただきには最近、住み着いた存在が居る。環境に適応した魔物も住まうその場所には、当然そこら一帯を支配する主が居る。実に強力な魔物だ。並の人間では相手をするのは骨が折れるどころか、多様な策を巡らせ、それ相応の実力を伴う者が戦わねば全滅は必須だろう魔物。


 しかしその魔物は、最近やって来た余所者に殺された。一瞬のことであった。縄張りに入ってきたので威嚇をすると、それだけで殺された。不可視の何かを飛ばされ、斬り刻まれたのだ。支配下に居た魔物は須く全て悟った。我々の王が替わったのだと。


 強いことを盾にやりたい放題であった前の支配者。今回はどんな支配者なのかと思えば、自由を与える存在だった。自身の邪魔をしないならば、好きに生きていれば良い。それだけ言って君臨するだけの強者だった。気持ちが良いくらいに自由にさせてくれる新の支配者に、魔物達は日々捧げ物を用意した。山に近づく者は排除した。支配者の手を煩わせないために。


 魔物達にとっての平和な日常を謳歌する。新の支配者の並外れた気配で、外から来る魔物は少ない。人間が来ても自分達で追い払える。何も無い、自然を感じる最高の場所。そこへ、今日も余所者がやって来た。だがいつもの感じではない。突然現れたのだ、風の山に住まう新の支配者……『轟嵐龍』クレア・ツイン・ユースティアの前に。




「──────あぁ?何だお前。どっから出てきやがったァ?」


「──────新たな███と同じような力を感じます。あなたはこの星に存在してはならない。██を生み出す可能性を秘めた存在を、放置することはできません。私の手で、あなたに引導を渡しましょう」


「おいおい、簡単な自己紹介すら無しかよ。オレは悲しいぜ。折角──────はちゃめちゃに強そうな奴が来たってのによ」


「私に名はありません。████より████私には不要のもの。話は終わりです。█のため、█のため、消えてください」


「消せるモンなら消してみなァッ!!」




 眠っていたクレアは起き上がり、魔力を漲らせた。今日の山にはそよ風が吹いていた。風を変幻自在に操るクレアが動くと、天候が変わる。快晴の空には雲が発生して渦を巻く。風が暴風となって地上を削ろうとしている。現れた存在はその力を目の当たりにして目を細めた。


 クレアは相手が何者であろうと興味が無かった。何故自身のところに来て、襲い掛かってくるのかも不明瞭だったが、そんなことより言葉にするのが難しい独特の気配を醸し出す目の前の存在に、戦闘意欲を燃やしていた。






 その後、風の山は根元から消え、辺り一帯の大地には常に巨大な竜巻が常に発生する危険地帯となった。



























 治癒の女神オリヴィアと、『殲滅龍』リュウデリア・ルイン・アルマデュラ。1柱と1匹は、滞在していた王都ハーベンリストを発った。『英雄』ソフィーは元の猫の姿であるフィーとなり、リュウデリアの魔法によって再現されたソーニャと共に旅に出た。


 ちょうど良いから、自分達も旅を再開しようかという話になり、その日の内に王都を出発した。旅に必要なものは、既に買って異空間に入れてある。仮に無くても現地で調達するので別に必ず必要という訳でもないのだが。


 王都からある程度離れ、周りに人が居ないことを気配察知で確認すると、リュウデリアは使い魔のように見せるために乗っていた肩から降り、人間大の大きさへと変化した。うんと伸びをしてから異空間から包みを取り出す。昼頃になったので、ジャッカルの獣人であるツァカルが握って持たせた飯を食べるのだ。




「ほぉ、意外にもしっかりとした三角だな」


「本当だ。てっきり丸かと思った」




 客に出せるものを握れるように練習を重ねた結果なのか、元からできていたのかは知らないが、ツァカルの握ったおにぎりはしっかりとした三角の形をしていた。3つある内の1つずつを手に取って一口食べると、ちょうど良い塩加減だった。添えられた卵焼きや焼き魚と一緒に食べるとまた美味い。


 食事も提供する宿屋で働いているだけのことはあるようだ。金持ちの生まれだったが、貧困極まる生活をしていただけに、仕事はとても真面目に取り組んでいたらしい。彼女は彼女なりにやっていたのだなと少しだけ感心した。


 そこまで多くは食べないオリヴィアに、残りは全部食べてしまっていいと言われたのでリュウデリアが完食し、腹を満たした。さて、と昼食が終わったところで彼に問いかける。一旦離れてある存在を追いかけていたが、結果はどうなったのかと。旅の途中で時々ちょっかいを掛けていた謎の存在。その詳細を聞いていなかった。




「結局謎の奴はどうなったんだ?殺してきたのか?」


「いや、殺してはいない。オリヴィアの方の件が終わったら話を聞こうと思ってな。逃げないことを条件に話を聞いてやる事にしている。……──────おい、出てこい」




 虚空に向かって話し掛けるリュウデリア。頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げるオリヴィアだったが、彼が呼んだ存在はすぐに姿を現した。彼等の前の大気がぐにゃりと歪んだのだ。歪み、現れたのは身体が殆ど半透明な人型の何かだった。そしてその体には、ゴーレムやおかしくなった騎士のように、炎を象った瘴気の紋様があった。


 この存在もゴーレムのように、力を与えられた存在なのかと思えば、気配で違うと結論づける。力が混ざり合った存在じゃない。もっと純粋な、ドロドロとしたものを凝り固めたようなおどろおどろしいものを感じる。


 オリヴィアが警戒して半身になっていつでも戦えるように臨戦態勢に入ろうとすると、半透明の人型はその場で跪いた。王に謁見する者達のように、片膝を付いて頭を深く下げた。その姿は敵対の意思を持たないと示しているようで、リュウデリアの方を見れば、警戒する必要は無いと目で言っていた。




「これが俺達にちょっかいを掛けていた奴の正体だ。おい、オリヴィアに解るよう説明をしろ」


「はい。お初にお目に掛かりますオリヴィア様。私はヤルダという者です。よろしくお願い致します」


「……で、お前は何なんだ。何故私達を狙っていた?リュウデリアが苛ついていたぞ。他にも2匹居るが」


「存じております。リュウデリア様からの攻撃には肝が冷えました。本気で回避をしたのは数十年ぶりでございます。理由につきましては、是非とも説明させていただきます」




 半透明の人型はヤルダという名前らしい。自分達に対してちょっかいを掛けていたという自覚はやはりあるようで、申し訳ありませんでしたと謝罪をしていた。リュウデリアも声の低さからして彼を殺していないので、生かしておく理由があったのだろう。なので取り敢えずどうして狙ってきたのか理由を問う。


 狙ってきた理由。それはリュウデリアの実力を測るためだそうだ。どれだけ強いのかを知り、自身の目的を達成できる力を持っているかどうかを把握したかったそうだ。そのために、自身の力を分け与えた刺客を送り戦わせた。


 早々に語られたのは、ヤルダはこの世界の存在ではないということ。確かに普通ではない見た目をしている。向こう側の景色が透けて見える半透明な体に炎のような紋様だ。色々な種族が居るというのは把握しているが、彼の姿はどれにも当てはまらない。


 この世界とは別の次元に存在する『呪界じゅかい』と呼ばれる世界から来たという。そこは恨み怨念、そして呪いなどといった負のエネルギーが満ちた世界であるという。太陽は昇らず、陽射しも無い。空気は淀み、瘴気が満ちている。人間はとうの昔に衰退していて、今では絶滅の手前くらいまで数を減らしているらしい。


 つまり、別次元の地球のような星に生まれた彼等によって、世界は呪いと怨念に支配されているという。そんなヤルダ達は、支配しきった星を捨てて別の星に狙いを定めた。そこがリュウデリア達の居る地球であると。呪界に君臨する王であり、彼等にとっての神に等しい存在は、次元を渡る力を持っているのだそうだ。


 ある日突然現れ、呪界に住む者達を従えさせたという。力で、カリスマで、存在感で、覇気で。その王が王として君臨してからは、その星は最悪の結末を辿り、彼等にとっての住み心地の良い世界に変貌した。




「そもそも何故、この世界にやって来た?次を求める理由が解らん。過ごしやすいならばその星で良いだろう」


「えぇ。しかし呪界の者達……私達は怨念の集合体なので肉体を持ちません。つまり動くための肉体……依り代が必要なのです。依り代は生物であれば何でも構いません。人間であると1番私達が力を発揮できます。人間は負の感情を抱きやすいですから。しかし呪界には、生物が殆ど居ません。我々が皆殺してしまったんです」


「で、新たな肉体を得るために違う星に行って肉体を得ると。その矛先がこの世界。この地球であると?」


「……えぇ。私は少々特殊でして、長期間は無理ですが依り代を必要としません。今のこの姿も、私の力で形を作っているだけです。しかし他の方々は違います。依り代を必要とし、依り代を得ると悪逆の限りを尽くします。目についた者を殺し、犯し、弄び、惨苦に殺すんです。それが呪界の住民であり呪怨の塊である者達の本能なのです」


「ふーん?お前やその仲間がどういう存在なのかは……まあある程度理解した。簡単に言うと、他者の存在が無ければ存在すら真面にできないクセに他者を殺し回った後先考えない間抜けということだな」


「まさにその通り……としか言えませんね」




 苦笑い……をしているような声色で返答するヤルダ。確かにオリヴィアの言う通りだろう。呪怨の塊という、謂わば負のエネルギーが正体の彼らにとって他者の肉体が必要不可欠。なのに他者の肉体に取り憑いたと思えば、他の種族を襲って無差別に殺すというのだから、自身の首を絞めているとしか思えない。


 今も乗っ取る体が無くなってきたから、次の星に狙いを定めているという始末。オリヴィアからすれば、何がしたいのかと疑問を抱く。だがそれも仕方のないことらしい。呪怨の塊である彼等の本能で、そういう行動をしてしまうのだから。


 まあ間抜けな理由で攻め込んできているということを把握する事はできたが、他にも気になっている事がある。他者を乗っ取り、悪逆の限りを尽くすという彼等の仲間だろうヤルダは、何故そんな話をしているのかということだ。私達はあなた達を殺すために攻め込もうとしています……と、バカ正直に話す敵など居ない。


 殺しに来ているのなら、リュウデリアがちょっかいを掛けてきたとは言わないだろう。つまり、ヤルダの意図が不明なのである。オリヴィアはその点を指摘した。何故私達に接触してきたのかと。何度も攻撃されて死にかけているのに、懲りずに何度もやって来たのかと。




「私があなた方……詳しく言えばリュウデリア様に手を出していた理由は、どれだけの力を持っているか把握しておきたかったからです。他でも無い──────私達を殺してもらうために」


「……?私達を殺してもらう?なんだ、仲間割れか?」


「……私は他の者達と少し特殊で、肉体を長期間でなければ必要としません。そして考え方も違います。肉体を得なければならないときがあるのは仕方ないと割り切っていますが、私は無闇に殺しをしたくないのです。この性格の所為か、昔から変わり者だと揶揄されてきましたが、そんなことはどうでもいいんです。私が彼奴らを殺して欲しいと願うようになった切っ掛けは……愛した女性を殺されたからです」


「人間か?」


「えぇ。人間の女性でした。私の正体を知っても優しく接してくれた彼女を、私の前で甚振り、殺したのです。その時に復讐を誓いました。必ずや、殺してやると。ただ、同じ呪怨の塊である私達は同士討ちができません。そこで、我々を殺しうる力を持つ者を探していたんです」


「自分も殺されていいと?」


「はい。私は……もう疲れましたから」


「ふーん」




 ものすごく興味なさそうに返答するオリヴィアは、チラリとリュウデリアの方を見る。彼は、顎の下を指で擦っていた。考えている時の癖だ。こういう時は、自身が動く価値が有るのかどうかを天秤に掛けているのだろう。彼としては、ちょっかいを掛けてきたヤルダを殺せればそれでいい。


 他がどうなろうと知ったことではない。その程度で死ぬならば、それまでという極めて冷淡な考えだ。美味いものが食えなくなるのは惜しいが、それを理由に人間を助けてやろうという考えにはならないのだ。


 伴侶として、把握している彼の性格ならば、恐らくヤルダを殺して後は放置だろう。しかし、彼等は魔法とは違う不思議な力を使う。そこに目をつければ、もしかしたら戦っても良いと言うだろう。ヤルダのことはどうでもいい。しかしリュウデリアの返答はどっちになるか気になる。オリヴィアとしては……戦うことを選ぶと思う。




「ふむ……──────お前達の使う力には興味がある。相手をしてやろうではないか」


「ふふっ」




 ──────やはりリュウデリアならばそう答えると思った。私も彼のことを分かるようになってきている。……うん。素直に嬉しいな。




 どこか誇らしげにムフーッとして胸を張るオリヴィアのフードの中の顔を見て、リュウデリアは密かに首を傾げたが、出した結論は変わらない。






 呪怨の塊。ヤルダは存在しない顔で微笑む。復讐を果たすときが来たと。自身が終わりを迎える時が来たと。








 ──────────────────



 呪界じゅかい


 恨み、怨念、呪いなどといった負のエネルギーが満ちた世界。太陽は延々と昇らず、陽射しも無い。空気は淀み、瘴気が満ちている。水は汚染されて常人には飲めず、人間はとうの昔に衰退していて、今では絶滅の手前くらいまで数を減らしている。





 呪怨の塊


 種族としての名前は無い。概念的な負のエネルギーの集合体。他者の体を乗っ取り、悪逆の限りを尽くすことを本能としている。現在リュウデリア達の居る地球に攻め込もうとしている。理由は、自分達の世界の他種族を滅ぼしかけているから。





 ヤルダ


 リュウデリア達にちょっかいを掛けていた張本人。特殊な個体で、長期間でなければ依り代を無しに体をエネルギーで形成できる。そして殺すという行為に疑問を抱き、ある1人の女の人間に恋をした。が、その女を殺されたため、復讐を誓い、自分達を殺せる存在を探していた。


 仲間を自分の手では殺せないので誰かを探す必要があったので、探しているところにリュウデリアを見つけた。自身も死のうとしており、それは単純に疲れてしまったから。





 オリヴィア


 ヤルダの話に全然興味が湧かない。正直どうでもいいと思っている。それよりも、リュウデリアが考えていることが当たって嬉しかった。





 リュウデリア


 ヤルダのことは見つけたらどちらにせよ殺すつもりだったので良いが、他の個体がどの程度の力を持っているのか興味があるので、他も巻き込んで殺そうと考えている。




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