第121話 恐怖の神殺しの龍達
「──────という訳で、他の神々が食べられちゃう前に、ボクが戦って斃したんだ」
「前の最高神を少しは知っている身からすれば、随分と違う性格をしているな、お前」
「あはは……そこら辺のことは他の神々から良く聞くよ」
大体の事を話し終えたプロメスは、土で造った椅子に座りながら腕を上げて背筋を伸ばし、うんと伸ばした。そうやって何でもないフリをしながら、瞳に鑑定眼を発動させてリュウデリア達のことを盗み見る。
プロメスの鑑定眼は、よくあるような数値化はされない。文字も浮かび上がらない。頭の中に解析した情報が流れてくるのだ。その結果、リュウデリア達の身体能力、腕力、脚力、賢さ、魔法練度、魔力総量まで全て覗き視ることが出来るのだ。
万能の解析眼。それに見破れないものは無い。しかし見ていた途中で、視界の中に赫雷と蒼風、そして純黒が撒き散らされて鑑定を阻み侵蝕した。権能にすら干渉してくる力は地上に有るはずが無い。それだけの異常なのだが、さも当たり前のようにやられるとこっちがおかしいように感じてしまう。
「そんなに
「盗み見は……感心……しないな」
「俺達は権能の気配が解るようになった。例え最高神の権能と言えども例外ではない。俺達の怒りを買う前に止めておけ」
「……っ。そうだね。不躾だったよ。ごめんね」
──────気配で解る……か。彼等は本当に、どこまで強くなっていくのだろうね。出会って日が浅いけど、もう彼等とは正面からやり合いたいとは思えないよ。やったら最後、ボクは消滅させられるだろうからね
心の中でそっと呟く。最早、権能を察知できるようになっていた。鑑定眼の事を見破ったのもそれがあるからだろう。視線にも気配にも敏感なので、見ていた事はバレていた。加えて彼等の力を視て測ろうという魂胆が透けていたのだろう。
警告されてしまえばそれまでだ。彼等に慈悲は無い。理性的でそれなのは逆に脅威だ。冷静に分析した上で警告を越えてきた者に容赦は無い。例え相手が最高神であろうと分け隔てなく、平等に殺すのだろう。実力至上主義で敵を赦さない龍らしい。
不穏な気配が漂っていたのだろう。レツェル、リーニス、ラファンダがオリヴィアに詰め寄っていたが、少し困惑した様子でこちらを見ていた。その中でプロメスは降参だと言わんばかりに苦笑いしながら両手を挙げた。最高神と言えど、これ以上は踏み込む気になれなかった。
「どうしたんですか?プロメス様……」
「ごめんね。何でもないよ。ちょっと不躾なことをしただけだよ」
「そ、そうですか……?」
「赫と蒼の方はどうか知らねぇけど、黒い方は怒らせると殺されちまうぞー」
「プロメス様、差し出がましいかも知れませんが、彼等も命を助けてくれた者達。あまりそういった行いは最高神としての貴方様の沽券に関わってくるかと……」
「うん。ありがとう。気をつけるね」
リーニスは場の雰囲気に困惑し、レツェルは酒が抜け切れていないので楽しそうに笑っている。ラファンダは恩人に失礼な態度をするのはどうかとやんわりと咎めている。本当ならばそういった言葉は不敬と取られるが、プロメスはそんなことで咎めたりはしなかった。
苦笑いで答えて気をつけると言ったプロメスは、鑑定眼を解除した。一瞬でも見れた内容は、明らかに強大なそれだった。災厄の獣にも通ずるものがある……というよりも、恐らく端末の方の災厄の獣は超えているだろう。本体となれば数段上の強さを持っているだろうからどうなるかは解らないし、その本体も遙か昔に斃されたようなのでもう試しようがない。
さて、少しゆっくり出来たから……と、プロメスは帰るために立ち上がった。土の椅子を元に戻して腰を逸らせて筋を伸ばす。帰るのを察してレツェル達も立ち上がり、解散となるならば自分達もとオリヴィアやリュウデリアも立ち上がったので土の椅子を解除した。
もう帰るのかと言うと、災厄の獣との戦闘で破壊してしまった神界の大地を元に戻さないといけないし、被害の範囲の確認もしなくてはならないから仕事が残っているとプロメスが明かした。レツェル達も出来ることはやって手伝いたいので一緒に帰るという。
そこでふとオリヴィアは思った。レツェル、リーニス、ラファンダが何故プロメスを地上に連れて来たのかということだった。普通ここは気絶するほど負傷しているのだから、戦いの神等が来るところではないのだろうか。万が一ということも含めて。それを聞いてみたところ、案外簡単なものだった。
「あなたの相棒のリュウデリアと、バルガス?とクレア?が原因よ」
「何故……あー、何となく読めた」
「恐らくあなたが思っていることで合っているわよ。リュウデリア、バルガス、クレア。彼等は神界に攻め込んで数多の神々を殺した……謂わば、神殺しの龍。殺されて消滅した神は無辜な者も関係無かった。だから話せる者を……となった時に、リュウデリアと話したことがあって、オリヴィアとも友神の私達なら大丈夫かと思ってプロメス様を連れてきたの」
「最初空から落ちて来たときは臨戦態勢に入って殺そうとしていたがな」
「うそっ!?」
「……はは。冗談だ」
「それこそ嘘だよね!?えっ、叩き付けられて死ぬよりも先に消滅しそうになってたの!?やだ怖いっ」
「……私達でも危なかったのなら、他の神はダメだったわね」
「マジかよー。私達消滅するところだったのか!酒が飲めなくなるのは困るから勘弁して欲しいなっ!」
オリヴィアから返してもらった瓢箪に入った酒を好きなだけ飲みながら、ケラケラと笑っているレツェルだが、リーニスとラファンダは素直に冷や汗を掻いた。地上に落下している時よりも先に、リュウデリア達に空中で殺されかけていたとなれば恐ろしい。
実はオリヴィアが気づいていて、リュウデリアが彼女の友神なのだから殺すとマズいか?と疑問に思ったからこそ、今もこうして生きている。危ない綱渡りをしていたということだ。
それらを今知って自覚すると、手脚の先が冷たくなってサッと顔を青くした。そして急いでリュウデリア達の前まで駆け寄って手を取り、腰を落として顔を覗き込む。ラファンダはリュウデリアの手を、リーニスがクレアの手を、レツェルは何となく空気を読んで面白がりながらバルガスの手を取った。
突然のことなので訝しげな表情をしながらもことの成り行きを見ているリュウデリア達に、リーニスとラファンダは必死に頼み込む。自分達は敵にならないから、容姿や名前を覚えて欲しい……と。
「本当にお願いね!?神だからって問答無用で消滅させないでね!?」
「私達はオリヴィアの友達なの。だから魔法はやめて。戦うことなんて出来ないから一瞬なのよ」
「まあ、私達の事は覚えておいてくれよなー。私はレツェル。酒の神だ。そっちは料理の神でリーニス。んでそっちが知恵の神のラファンダだ。よろしくー」
「……まあ、あの時オリヴィアの居場所へ案内してもらったからな。覚えておく」
「リュウデリアが言うンならいいぜー。ふざけたこと抜かしやがったら……その限りじゃねェけどな」
「オリヴィアの……友ならば……無意味に……殺さない。覚えて……おこう」
必死な形相で詰め寄って覚えてもらおうとしているので、訝しげな表情を浮かべながら了承した。名前も顔も気配も匂いも覚えたので、近づいてきて敵だと思って間違えて攻撃する……ということはなくなった。
そう伝えると、あからさまにホッと溜め息を吐いたので、背後でオリヴィアがクスリと笑った。確かにそれは不安になるなと思ったのもそうだが、覚えてもらおうと躍起になっているのが傍目から見て面白かったのだ。
自己紹介と覚えてもらうという一連のことも終わったので、今度こそ神界に帰るというので、レツェル達はプロメスの傍に寄り、足下に半透明の円盤を創り出して浮き上がっていった。空に神のゲートが開いて神界と繋がる。上で手を振ってくるのでこちらも手を振り返して見送る。最後に彼との仲について近い内に聞くから!という言葉にオリヴィアは苦笑いだった。
「リュウデリア、お前オリヴィアの友神のこと知ってたンだな」
「世界樹の上にある宮殿に着いた後、前最高神の気配が強すぎて気配での判断がつかなくてな。魔力も出来るだけ温存するために使わず、『
「へー」
「それに……しては……臨戦態勢に……入った。気配を……覚えなかったのか?」
「あの時は意識が朦朧としていたからな。それにオリヴィアを取り戻すのにそれどころではなかった」
「リュウデリア……」
「案ずるな。お前の為にやった事だ。死にかけたことに後悔などしておらん」
「……うん。ありがとう」
「はー、熱い熱い。周囲の気温上がってませンかねェ?」
「相思相愛なのは……良いことだ……私達は……番を……貰いづらい。ならば……リュウデリア達は……祝されて……然るべきだ」
「分かってますよーだ。所詮オレ達は龍種の中で悍ましい奇形姿だもンねー」
オリヴィアとリュウデリアが熱く見つめ合っていると、クレアが態とらしく軽口を叩いて専用武器を取り出し、大袈裟に顔を扇いだ。少し振るだけで爆風を生み出していた扇子の力加減を既にものにしていることを、オリヴィアはいつの間に……と少し驚いた。間違えて散歩中に地面を大きく抉った奴の力加減とは思えなかった。
少し何かを試す度に周囲を大きく破壊して天変地異を起こすことに定評のある3匹だからこそ、オリヴィアの驚きだ。その視線を分かっているので、クレアはそっぽを向きながら鼻を鳴らした。アレはまだ制御しきれていなかったと認めているようだ。
プロメス達が帰ったので、散歩を再開しながらお喋りを楽しむ。滅ぼしたミスラナ王国で食べた美味しい物であったり、クレアとバルガスが何をやっていたかであったり、新しい魔法をどんなものにするかという話し合いにオリヴィアの意見も聞いたりとしていた。
しかし、楽しそうに話していたリュウデリア達の気配が糸を張ったように張り詰め、刺々しいものへと変わった。オリヴィアを中心にして周りを3匹で囲み、目を閉じて集中した。高い集中力を要していると思い、オリヴィアは音を立てないように気をつけながら見守っている。
目を閉じて10秒が経ったその時、クレアは手に持っていた蒼き扇子を振るって風の刃を飛ばし、バルガスは異空間から金鎚を呼び出して手に握り、赫雷を纏わせながら投擲する。リュウデリアも異空間から純黒の刀を取り出して左腰に左手で鞘を持ちながら添え、居合のように抜刀して斬撃を発生させた。狙いは上空である。
《──────、──────────。》
「……チッ。逃げられた」
「気配も感じねェし、風一つ発生しねェ」
「死体が無い……ならば……死んでいないが……血すらもない……掠りも……しなかった」
「何だったんだ?敵か?」
「さぁな。俺にも分からん。変な視線を感じたから攻撃してみたが、隠れるのが上手い奴だ」
千を超える蒼風の刃は1つも当たらず、赫雷を纏う金鎚も当たらず、雲すらも両断した斬撃も何も当たらず終いだった。気配すらも感じず、動いた際に発生する筈の風の動きすらも無く、匂いも無い。今攻撃したのは、視線を感じたからだ。その方向へ向けて放ったに過ぎないのだ。
クレアとバルガスは何だったのかと首を傾げているが、リュウデリアは先の視線に覚えがあった。それはミスラナ王国で住民を蹂躙していた時のこと、何となくだが視線だけを感じたのだ。付かず離れずの距離を保ちながら見ている何かは不快だったが、先に住民を殲滅する方に専念した。
そうして殲滅が終わった後、視線を送ってくる者に対して如何してくれようかと思ったところ、忽然と視線が切れたのだ。何も感じず、どこに行ったかも見当がつかない状況となり、不審さに眉を顰めたのは記憶に新しい。その時の感覚と同じだった。つまり同じ奴が見ていたということになる。
目を細めて何だったのかと思案する。そういった魔法なのかどうかはまだ解らないが、自分達の気配察知にすら引っ掛からず、風のスペシャリストであるクレアが風の動きが無かったという。それらを鑑みるに、相手は身を隠すことに長けており、相当な練度を積んだ者ということになる。だが、次は必ず仕留めると考えて嗤うのだ。
ほくそ笑んでいるリュウデリアを余所に、クレアとバルガスはあることに気が付いた。何かが燃えている臭いがするのだ。風に流れて運ばれてくる臭いを辿ってみると、視線の先には黒い煙を朦々と上げる街、ダムニスがあった。
何かを燃やしている……というレベルの黒煙ではない。最早街が燃えていると言っても過言ではない。外に居る魔物から守るために設けられた壁の向こうから、燃え上がる炎の上部分が見え隠れしていた。炎の勢いはそれなりに強くなっていると分かる。
「何だ何だァ?次から次へとよォ……忙しい日だな今日は」
「先の……視線の奴の……仕業か?」
「さてな。あの視線の奴の事も気にはなるが、先に街の方へ戻るとしよう。少し気になる気配もするからな。跳ぶから使い魔サイズに戻れ。準備が整ったら跳ぶぞ」
「オーケイ」
「私は……もう……大丈夫だ」
「私もいいぞ。頼んだ」
「うむ──────『
体のサイズを落として使い魔のサイズとなり、両肩と腕の中に戻った後、リュウデリアの瞬間移動によって燃えているダムニスの入口に跳んだ。中は完全に火の海……というわけではなく、まだ燃えていない家や店もあった。しかしこのままだと時間の問題だろう。
事の重大さによって冒険者ギルドからも残っている冒険者が出張り、虚空に魔法陣を展開して水を放出している。必死の火消しには成功しているが、それとは別に脅威が存在する。
肘から先、膝から先が黒くなって獣のような形になって鋭く大きくなり、体には黒い痣が広がり、瞳の瞳孔は黒くなっている男と女が宙に浮かび、怨嗟の叫びを上げていた。
──────────────────
街を襲っている者
肘から先、膝から下が黒紫色に変色して獣のような形になって鋭く大きくなっている。体には黒紫の痣が広がり、瞳の瞳孔は黒くなっている男と女。禍々しい気配を醸し出しており、街を破壊している。
龍ズ
今日は随分と退屈しない日だな……と、次から次へと舞い込んでくる出来事に肩を竦めている。街を襲っている如何にもな敵に、遊び道具がやって来たという認識をしている。
オリヴィア
友神達が懸命にリュウデリア達に覚えてもらおうと躍起になっているのが面白くて笑っていた。そんなことしなくても、友神と分かったのだから殺さないというのに……みたいな。
龍ズみたいに、今日は退屈しないなぁ……と思っている。
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