第236話  与える理由




 振るわれる純黒の刃は、まさしく凶刃だった。触れるだけで死ぬ。それがよく解る。理解させられると言ってもいい。手に持つ黄金の剣が自身の体を諸共斬り裂かれる。両断され、今現在構成している端末としての肉体が滅びる。


 核は地球。故に不滅。殺されて死んでも滅びはしない。恐れず突貫をして捨て身の姿勢に入ってもデメリットは無い。死んでも復活するのだから。しかしその捨て身の突貫をしても、彼には通じなかった。斬られる覚悟で進み、斬られながら斬ろうとしても、それを知っていたかのように避けて更に刻まれる。


 明らかに強さが桁違いに上がっている。最初の頃とは比べものにならない。何が原因かとは問うまい。目の前で見せられたのだから。彼にも存在していた専用の武器。純黒の刀。それを解放したことによる強化だろうとアンノウンは考える。実際は本来の力を取り戻しているのだが、今は置いておこう。


 戦いを繰り広げる相手……リュウデリアとの前に、アンノウンは同じような姿形をした2匹の龍と命のやりとりをした。蒼き龍クレア。赫き龍バルガス。この2匹も専用の武器を所持していた。最初こそ使っていなかったクレアも、使用してから恐ろしく戦闘力が跳ね上がった。


 魔力の残滓からクレアを殺したと思われることを念頭に、最初から専用武器を使用したバルガスさえも下した。アンノウンはこの2匹に確かに勝利した。が、口が裂けても余裕という言葉は使えない。何度も殺された。捻られ、裂かれ、焼かれ、焦がされ、斬られ……あらゆる死に方をした。


 相手が調停を歪める存在ならば、概念的な力により問答無用で勝つアンノウンが、何度も死んだ。それは運命だとか決定だとか、確定的な要因が作用していないことになる。つまり、『強い』というだけで運命を捻じ曲げたということだ。そしてその2匹と同じか、それ以上の存在が目の前に居る。




「はぁ……ッ!!」


「はっはははッ!!甘いッ!!!!」




 手の中にある二振りの黄金の剣と、背後から顕現する数多の黄金の剣がたった1匹を狙い振るわれる。星の力で鍛えられた業物の剣は、彼の鱗を豆腐のように斬り裂く。その筈が、専用武器の力を使って本来の力を解放してから、斬れる様子が無い。飛び交う剣を腕で防御し振り払う。


 腕で払った悉くの剣は砕け、折れていく。力を失い溶けるように消えていく黄金の剣達に見向きもせず、アンノウンは手の中の剣を振ってリュウデリアを肉薄した。それに反応して、彼は両手で握る刀を振る。そこだけ時間の感覚が歪んでいるが如く、明らかに不自然な速度で軌跡を描き、両手の黄金の剣は斬り裂かれる。


 美しい切り口と言えよう。名のある刀匠が鍛えた刀で紙を斬ったように、業物の筈の剣を斬り裂くのだ。末恐ろしい切れ味だ。刃毀れすらした様子が無い。そんな切れ味を持つ刀で斬られれば、アンノウンの肉体など紙に等しいだろう。現に、黄金の剣を斬り裂かれながら、胸の高さで横一文字に斬られて両断された。


 端末としての肉体が死に、消滅する。その後、星の力によって肉体が再構築される。黄金の剣もまた手の中に召喚されて顕現する。元には戻った。だが戦況は著しくない。地球を破壊しない限り、永遠にアンノウンは消滅しないので大きなアドバンテージを持つ。消耗戦となって不利なのはリュウデリアだ。体力も魔力も、無限に思えて有限だ。


 いつかは底が尽きる。その時がアンノウンの勝利の瞬間でもある。だがそんなものが本当にあるのだろうか。そう考えてしまう。愉しそうに嗤い、刀を振るい、空を飛翔する純黒の龍が疲れた様子など見せず、魔力が無くなっている様子も見せない。延々と最高潮の状態を維持しているようにしか見えないのだ。


 不滅のアンノウンを相手にすれば、万人が思うだろう。奴を一体いつまで殺し続ければこの戦いは終わる?と。だが今回に関してはアンノウンが思う。この“特異点”はいつまで戦えば力が尽きるのか?と。アンノウンは判らなくなる。何と戦っているのかが。




「──────第4の起典『置核ちかく』」


「何となく解ったぞッ!その力はあれだろうッ!?己の質量を星レベルにまで引き上げているのだろうッ!?だから俺の殴打を正面から食らいものともしなかったッ!!」


「……っ!ご明察の通りです……ッ!!」




 アンノウンが使用していた第4の起典『置核ちかく』とは、見た目通りの質量を恒星レベルのものにまで変更するというもの。ただし、質量を恒星レベルにしたからと言って重力が発生するわけでもない。単純に質量を変えるだけ。なので、見た目以上の計り知れない重さを持つ。そのため、軽い拳の殴打に見えても、星が体当たりをしてきたようなものなのだ。


 ありえないほど攻撃力が増したにしては、殴打をどれだけ加えてもビクともしないアンノウンに違和感を持っていたリュウデリアは、幾つかの可能性を考えていた。だがアンノウン自身から星の意志により生み出された存在と曝露したことで、星関係の力ではないかと当たりをつけたのだ。その結果が、恒星レベルの質量へ変更するというもの。


 単純だが、恐ろしい力だ。動いて攻撃してくる星と戦っているようなものだ。それも、殴打や蹴りは星の体当たりに等しい。道理でリュウデリアの鱗がたったの一撃で粉々になるわけだ。いやむしろ、肉体を保っている方が驚きだろう。それにはアンノウンすらも驚きを露わにしていた。




「流石の俺も下手に“星”そのものに殴られれば死にかねんからなァッ!」


「また点の移動を……ッ!!」


「やりようはあると言っていたが、それを見せてもらおうかッ!」


「くっ……っ!」




 視界にある景色と、1度見た過去の景色の全てが移動範囲である『瞬間転移』で移動し翻弄する。アンノウンがやりようがあると発言していたことから、この程度に対処するのは造作もないと受け取っていた。なので嬉々として転移を繰り返しながら攻撃を入れてくるのだが、対処ができていない。


 そもそも、アンノウンは自身が生み出した分身を斃されるとは考えていなかった。その時点の自身と全く同じ力を持った分身を使い、リュウデリアを消そうと考えていた。斃された場合のことは殆ど考えていない。


 リュウデリアの行う『瞬間転移』の対処法とは、分身達も使って一定の範囲内に警戒網を敷き、転移して現れた瞬間を狙って対応するというものだった。しかし分身達は既に斃されている。ある程度の時間が経たないと再使用ができないため、まだ使えない。アンノウン単体で対処しなければならないのだが、範囲が広すぎる。


 広範囲で現れては消えてを繰り返し、接近してきたと思えば凶刃を振るう。一太刀で黄金の剣が斬られるが、1本または2本を犠牲にその場を凌ぐ。すぐさま同じ剣を召喚し、次に備える。が、アンノウンはゾクリと嫌な予感を感じ取った。


 リュウデリアが『瞬間転移』を連続で使用。あたかも分身しているように見せている。右手には黑神世斬黎を。左手を天に掲げている。開いた掌に純黒の雷がバチリと帯電し、膨大な魔力を注ぎ込み術式を構築する。展開されるのは純黒の魔法陣。数は150。転移しながら展開された1つの魔法陣ではなく、転移先で構築された魔法陣のため、数はそのまま150にもなる。




「雑魚ならば跡形も無く消し飛ぶ。今のお前は恒星の如き質量を持っているんだ、魔法を使えば、ダメージも入るだろう?」


「──────ッ!?」


「術式構築完了──────全てくれてやる」




 魔法には色々な種類がある。基本的な炎から始まり水、雷や風、自然を操る事ができる緑もあり、光や闇といったものもある。姿を消すといった属性のない単純な魔法も存在する。その中で、リュウデリアは不得意な属性というものがない。全て高水準で使用できるオールラウンダーである。


 苦手という意識はあれど、理論上誰でも全属性を扱える。攻撃に使えないものでも、使えれば使用可能となる。だがリュウデリアに至っては、他者にとって破滅的でしかない水準で魔法を扱う。世界最強の種族である龍は、全属性の魔法を必ず使えるようになる。問題は、苦手と得意の意識や才能で、メインで使う属性が決まってくること。


 バルガスとクレアはそれぞれ雷と風の魔法を得意としており、メインで使っているが、その他が使えないということはない。ただ、呼吸するように使えるほど得意だから使っている。ならばリュウデリアはと聞かれると、答えるのが難しい。何せ、どの属性も使うことができるのだから。


 強いて言うならば広範囲の敵に作用する殲滅を目的とした魔法が得意だろう。まあそれは今は良いとして、彼は展開した魔法に数多の属性を使った。炎。水。氷。緑。雷。風……と、それらを1度に放ちアンノウンを狙う。一撃で大陸の形を変えかねない魔力を込めているので、力無き者には受け止める道理などない。


 だがアンノウンならば受け止めきれる。恒星の質量を持つアンノウンは大陸の形を変えられるくらいの威力であれば問題ない。多少のダメージは入るだろうが、死にはしない。しかし流石に150も叩き込まれればその限りである筈も無く、ハッとしたアンノウンは数多の魔法を一身で受け止めることにした。


 複数の属性の魔法が、空中戦を繰り広げていたアンノウンに集中して撃ち込まれた。立て続けに魔法が着弾して大爆発を起こし、すぐに視界は遮られた。大気が揺れて悲鳴を上げている。爆煙の中に居るアンノウンがどうなったか眺めていると、煙が晴れる。アンノウンは防御に使った両腕を肘から先だけ消失させていた。その他は小さな傷がある程度で済んでいる。


 肩で息をしながら見下ろすリュウデリアを睨みつける。傷を自力で治す全てを持つアンノウンにとって、腕の消失など大したダメージにはなり得ない様子。第1の起典『理元りげん』により欠損した腕や擦り傷の全ては完治された。




「良いぞ良いぞッ!素晴らしいッ!これを受けてその程度かッ!」


「……何のマネですか」


「何の……とは?」


「あなたが今先ほど私に撃ち込んだ魔法のことです。あれは明らかにものでした。全弾地上に墜ちていれば、陸の形が変わっていた事でしょう。それだけで、一体どれだけの無辜なる命が絶えるとお思いですか」


「他の命ィ?他が死のうが興味ない。死ぬなら死んでいればいい。俺には関係無い。それよりもお前との戦いだ」


「……傲慢ですね」


「あぁ、調停がどうとかの話か。確かに、これだけの力を持ちながらその他に興味が薄ければ、排斥されるのも頷ける。ははッ!自然にも命にも優しくない龍だろうからなァッ!」




 今優先されるのは、アンノウンとの戦い。そのため、その他のことを一切考慮していない魔法が使われた。アンノウンは気づいたのだ、その威力と、それらが地上に降り注いで着弾した場合の被害の大きさを。比喩ではなく、星を脅かす力。強力無比に他ならず、それ故に地球に被害を出させる訳にはいかない。


 今が良ければ後のことは良い。実に傲慢な考え方だ。それだけ興奮しているのだろう。ギラついた視線がその興奮の大きさを物語る。彼がこのまま戦闘を続ければ、魔力が尽きて疲労困憊になるまでに地上への影響が計り知れなくなる。調停を守る者として、そのような事は見過ごせない。


 早くリュウデリアのことを消してしまわねばと考える一方で、彼から発せられる圧力と魔力が上がっていく。しかしその強い気配の中に、いくらかの怒気が含まれる。何に怒っているのかと疑問に思えば、その怒気の原因を彼が語る。




「……死んだとしても滅びはしない。蘇り復活を果たす。故に傷つく事を悲観的に捉えない。俺が消耗するのを待っている。お前との戦いは心躍るが、積極性に欠ける。それでは満足しきれん」


「……本気で戦っているつもりですが。私は調停を狂わすあなたを消すために──────」


「『その内勝てるから』という理由で本気になりきれていないだろう?今までもそうだ。少し戦えば相手を消せ、バルガスやクレアなどの強個体の場合はダメージが限界まで蓄積し体力が消耗するのを待っていたのだろう。だからお前は本気になる方法を知らんのだ」


「……………………。」


「故に……お前が文字通り戦う理由を作ってやる」


「何を……」




 魔力が上昇していく。リュウデリアの感情に呼応するように、恐ろしいほど密度と濃度を上げていくのだ。彼はアンノウンが本気になりきれないことに不満だった。消すと言っておきながら積極性に欠けるのは、死んでも復活するという前提がある所為だ。その前提をどうにかしなければ本気になれない。


 真剣ではあれど、本気になれず。だからこそ、リュウデリア自身がより熾烈な戦いができるように場を整えることにした。やることは単純だ。狙う相手をアンノウンだけから、もう一つ増やすだけでいい。その狙う相手とは……彼が上から見下ろし、アンノウン共々視界に映るもの。それを察し、驚愕する。




「まさか……ッ!?」


「はははッ!!オリヴィア、スリーシャ、小さな精霊……彼奴等には俺がやった防具を身につけている。直接死ぬことはない。だから遠慮無くやれる。後ほど俺が回収すればいいからな。いざとなれば宇宙旅行でも楽しもうではないかッ!」


「あなたは……あなたという“特異点”は……どこまで悪性が強いのですかッ!!」




「──────地球を破壊する。“核”が無くなればお前も死ぬだろう?それが嫌ならば。でなければその他ごと諸共に死ね。さぁ……これからが本番となるぞッ!!調停を守るならば世界を救ってみせろッ!!この俺からッ!!」




 咆哮する。世界を破壊するのだと。本気であることは伝わった。そのための魔力も残っている。後のことよりも今の楽しみを取ったリュウデリアにとって、地上で生きる者達のことなど心底どうでもいい。アンノウンは立たされたのだ、先の無い崖っ縁に。


 リュウデリアを自身の手で今すぐ消さねば地球が破壊され、“核”を失ったことで共に死ぬ。調停を守る為の戦いから、世界を守る為の戦いへと変貌した。アンノウンの剣を握る手、肩に重圧を受ける。重い責任がのし掛かる。世界の命運は、アンノウンに託されたのだった。








 ──────────────────



 アンノウン


 本気のつもりでも、本気で戦った事が無いので出し方が分からなかった。それをリュウデリアに見破られ、本気の力が見たいという理由だけで“核”を破壊されそうになる。本気になれるか、否かが全てに掛かっている。





 リュウデリア


 その他が死のうが絶滅しようが、星がどうなろうが知った事ではない。今居る数多の命よりも、今から起こる楽しい殺し合いを取った。星を破壊しても、オリヴィア達が死ぬことはないのを良いことに本気。主人公が取る方法ではない。





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