第237話  第7の起典






「──────地球を破壊する。“核”が無くなればお前も死ぬだろう?それが嫌ならば。でなければその他ごと諸共に死ね。さぁ……これからが本番となるぞッ!!調停を守るならば世界を救ってみせろッ!!この俺からッ!!」


「なんと傲慢で……悪性の強い“特異点”なんですか……ッ!」




 本気だ。こちらを見下ろす特級の危険度を持つ“特異点”リュウデリア・ルイン・アルマデュラは、アンノウンは本気を出させ、自身が戦いを楽しめるためだけに母星である地球を破壊しようとしている。嫌ならば抗い、殺してみせろと言う。普通は思い浮かばない。思い浮かんで少しでも良心があれば行おうとすら思わないだろう。


 純黒の巨大な魔法陣が大空に展開される。地球を破壊するつもりでアンノウンと殺し合うと言った手前、手加減などない魔法だろう。どんな魔法なのか検討もつかないが、兎に角この魔法を地上に落とす訳にはいかない。背後にある地上を見やって、フーッと息を吐く。


 背後から数多の黄金の剣を召喚し、自身の周りに円を描いて配置する。広範囲に渡り剣の壁を作り出し、魔法が自身を超えて地上へ落ちるのを防ぐために。起動した魔法陣の中心に魔力が溜まっていく。甲高い音を奏でながら魔力が一瞬膨張し、純黒の雷を1本落とした。


 天災に含まれる落雷。それが純黒となって落ちる。魔力で形作られたそれは本物と同じく音よりも速い。いや、その音よりも速い雷よりも更に速いだろう。光ったと思えば既に純黒の雷はアンノウンに着弾していた。魔力の暴力が弾け、魔力の大爆発を引き起こす。


 純黒の魔力が球体状に形成され、内側にあるものを残らず呑み込む。魔力爆発に巻き込まれなかった黄金の剣はそのままに、巻き込まれてしまった剣達は純黒に呑み込まれて侵蝕されるか、跡形もなく消し飛んでいる。中心に行けば行くほどそれは顕著だった。


 問題のアンノウンも、顔が半分意識侵蝕され、上半身の一部分以外は消し飛ばされている。恒星の質量を持つ肉体がこれだけの欠損を受けているのだから、地上に落ちていればどれだけの被害があったか分からない。流石に質量は地球ほどではないにしろ、星1つ分あるのは確実。それをいとも容易く消し飛ばすとなると、本格的にマズいという考えが浮かぶ。


 殆どが欠損してしまっている肉体を、第1の起典『理元りげん』を使い瞬く間に元に戻した。地球を破壊されれば、地球の状態を肉体に上書きする特性上全回復とはいかなくなる。それを含めて、リュウデリアに地球を壊させる訳にはいかない。


 体力と魔力を消耗させる待ちの姿勢で居ると、星にダメージを与える強力な魔法を撃ち込まれかねないので、アンノウンから攻撃に出る。両手の中に黄金の剣を呼び寄せて握り、時間が経過したので分身体を6体召喚する。




「第2の起典『残跡ざんせき』ッ!第3の起典『同溢どういつ』ッ!」


「くくッ……はははッ!!」




 第4の起典『置核ちかく』の効果は継続中なので、総勢7体のアンノウンはそれぞれが恒星の質量を持つ。攻め込む道筋はバラバラに、四方八方からリュウデリア1匹を狙う。緩急をつけて、一直線に、殴打を繰り出し、剣を振りかぶる。思い思いの攻撃を打ち込んでいく。


 だが持ちうる潜在能力を引き出し、全ての力を引き出したリュウデリアの鱗と肉体は頑強が過ぎた。星の質量で腹を殴られると、体がくの字に曲がるがそれだけで、嗤いが止まることがない。丸まった背中に踵落としを決め、落ちていく彼に下に控えた2体の分身体が黄金の剣を振り上げて打ちつけた。


 黄金の剣に罅が入る。びしりと大きな亀裂が生じてしまい、挙げ句は砕け散った。だがリュウデリアの体は上に向かって打ち上げられる。その最中、長い尻尾が分身体の1体を捉えて一緒に飛んで行ってしまった。巻き付けられた尻尾を剥がそうとするが、莫大な魔力で強化された力で振り解けない。


 星を押さえ込んでいるのと同等の行動に、捕まったアンノウンは危険故の警鐘を鳴らす。彼は吹き飛ばされながら口を大きく開けた。まさかと思うより早く、捕まえたアンノウンの分身体の頭を噛み付いた。頭が口の中に埋まり、鋭い牙が肉に突き刺さる。頭蓋骨が圧力によって罅割れていく音を聞きながら、頭を噛み砕かれた。


 頭を噛み砕かれ、残った肉体がびくりと痙攣して力を抜く。粒子状になって消えていくのを眺めると翼を大きく広げてブレーキを掛けて止まる。周囲のアンノウン達が集まるのを気配で感じ取り、広げたままの翼から純黒の光り輝く鱗粉のようなものを放出する。光り輝く純黒の雪のように見えるそれに警戒してアンノウン達が止まるも、翼を羽ばたかせると範囲を広げた。


 風を巻き上げながら鱗粉が周囲にばら撒かれ、アンノウン達を巻き込んでしまった。すぐにその場から離れようとするより、リュウデリアが刀を握っていない左手を持ち上げ、パチンと指を鳴らした。その瞬間撒き散らされた鱗粉が光を強くし、眩い閃光となって広範囲を大爆発させた。


 6体のアンノウンが全て巻き込まれた。耳を劈く爆発音が響き渡り、大気を叩く。爆風が撒き散らされる。その中央の安全地帯で、リュウデリアはゲラゲラと嗤っていた。楽しくて仕方ないと言わんばかりで、そんな彼の元へ全身の殆どが純黒に侵蝕されながらも、肉体を無理矢理動かして接近してきた。


 ところどころ侵蝕を受けた黄金の剣を振りかぶって振り下ろす。リュウデリアは黑神世斬黎で受けると、剣が斬られた。分身体は勢いに負けて前のめりになる。彼は刀を握っていない左腕でアンノウンを抱き締めると、全身を純黒の雷で帯電させた。バチリと弾ける音が聞こえたので逃げだそうとしても、雷が発散される方が早かった。




「──────『殲滅龍の黒纏雷迸こくてんらいほう』ッ!!」


「かッ……──────」




 リュウデリアを中心として純黒の雷が弾けた。指向性を持たない暴走に近い雷の解放は全方向に向かって撒き散らされる。抱き締められている分身体は痛みを感じたのも一瞬で、その後は雷により焼かれ、焦げ、分解され、消し飛んだ。巻き添えを食らった者は居ないが、当たればきっと同じ運命になっていただろう。


 消し飛んでしまい腕の中から居なくなったアンノウン。リュウデリアは次に下に目を向けた。そこには鱗粉の爆発で意識を飛ばしてしまったアンノウン2体が地上に向かって落ちていた。喉の奥で笑い声を上げると、ギラリと妖しい光を瞳に灯した。


 口を開くと、純黒なる魔力が集められる。撃たせたらダメだと思ったオリジナルのアンノウンが射線状に躍り出ようとするが、無情にもリュウデリアは溜めた魔力を解放し、極細の光線を発した。下から上に向かって光線を持ち上げ払う。2体の分身体に直撃しながら、光線は地上にも照射された。


 数瞬だけ遅れてから、地上は一直線状に大爆発を起こした。複数の魔力爆発が起きてドーム状の魔力が形成される。上空に居るのに衝撃が届く。明らかに死滅した生物が数多と居るだろう。微生物も残らず呑み込まれて死んだはずだ。まさしく殲滅だった。




「クククッ……くはッ……ハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!今のでどれだけの塵芥が死んだことやら……なァ?お前がもっと俺を引きつければ、こんな事にならなかったぞ。それに範囲を狭めたからな、貫通力が上がって地中深くまで咆哮ブレスは届いただろう。もしかしたら西の大陸は少しずつ死んでいくかもなァ?」


「“特異点”……ッ!!」


「来いッ!もっと来いッ!全力で俺を殺しに来いッ!!」


「もういいです。あなたの悪性は理解しました。えぇ、これ以上ないほどあなたが悪であることを。今まで消してきたどの“特異点”よりも異質で異様で、強いことを。できれば……使いたくなかった……ッ!!」


「なんだ?奥の手か?いいぞやってみろッ!」




 アンノウンは堪忍袋の緒が切れた。本当に地上にまで攻撃し、計り知れない犠牲者を出した。それに大陸そのものにも影響を及ぼした。“核”が地球であることから、地球の状態をある程度把握することができる。そしてそれにより、西の大陸に大きなダメージが入ったことを確信した。


 地中奥深く。地盤に大きな損傷を与えた。今でこそ大丈夫だが、将来的には西の大陸は純黒に侵蝕されながら砕けていき、大陸がなくなることだろう。リュウデリアは今世界地図を大きく更新しなくてはならない程の大損害を生み出したのだ。


 どれだけの生物が今の一撃で死んだのか。これから西の大陸に住む者達はどうすれば良いというのか。混乱の渦中に巻き込まれることだろう。最も最悪なのは、それらは一切悪くない者達が苦しむ事になること。罪無き者達が不幸になるのだ。


 到底これ以上は見過ごせない。今すぐにリュウデリアを消してしまいたい。あまり使うことを許されていない力を……アンノウンが持つ奥の手を使うことを決心させるだけの蛮行を行った。


 アンノウンから金色の光が発せられる。神秘的な光を発し、リュウデリアはその眩さに目元を手で覆って目を細める。得体の知れない力が強まるのを感じる。奥の手というだけはあるようだ。さてどんなものが出されるのかと待ち構えると、アンノウンは両手を胸の前でパチンと合わせた。




「“特異点”よ。後悔する間もなく消えなさい──────第7の起典『原点虚実げんてんきょじつ』」




「────────────。」




 眩い金色の光が太陽よりも強く輝いた。地上に居る者達は一瞬のこととはいえ眩しすぎる光に目をやられて混乱した。しかし光は暖かく、恐怖を煽るようなものではなかった。包み込むような光で、自然と安心してしまう。


 アンノウンが発動させた第7の起典『原点虚実げんてんきょじつ』とは、“特異点”などといった調停を狂わす存在にのみ使うことができる奥の手であり、効果は無かったことにする能力。つまり、その存在を消してしまうというものだった。それも問答無用でだ。


 しかしこれはその者が今まで積み重ねてきた時間、存在としての在り方の強制的な消去に他ならず、故にアンノウンは滅多なことがない限りこの力を使わなかった。使ったのは……バルガス。クレア。そしてリュウデリアのみである。つまり、リュウデリアと同等の力を持つあの2匹ですら、この力には耐えられなかった。


 全てを無かったことにする力。否定し、無に帰す一手。これ以上放って置く訳にもいかないことを理由に、アンノウンは使ってしまった。ならば最初から使えば良いのにと思われるが、この力はそれ程単純ではない。この力で消した相手は、文字通り消えるのだが、その者の“特異点”としての存在は消えていない。つまり、その“特異点”の枠に収まるように違う存在が絶対に現れてしまうのだ。それも同等の強さを持った者がだ。


 バルガスとクレアも、強すぎるという理由で『原点虚実げんてんきょじつ』を使った。ならば、彼等と同じ強さを持つ存在が“特異点”として、絶対に世界の何処かへ現れてしまう。謂わばこれはリセマラみたいなものだ。相性が悪い相手を変え、自身の力で消せる“特異点”に変えるようなもの。


 だが『原点虚実げんてんきょじつ』は在った者を無かったことにする性質上、理に背く力。矢鱈と使っていいものではない。こんな短期間に3度目の使用に、アンノウンは苦虫を潰したような表情をしつつ、消耗が激しいことから肩で息をする。しかし終わった。リュウデリアも消せた。また新たな“特異点”が現れてしまうが、彼ほど異質ではないだろう。


 戦いが終わりホッと胸を撫で下ろす。残った3体の分身体を消して、自分も消えようとした。その瞬間、アンノウンは背後から両腕を巻き込んで抱き締められた。動けない。強い。硬い。思うことあれど、抱き締めてくる腕を見て驚愕した。腕は純黒の鱗に覆われていた。そんな、ありえないと思いながら顔だけを振り向かせると、黄金の瞳と視線が合ってしまった。




「な……ぜ……あなた……が……かはっ!?」


「──────流石に危なかった。直感で魔力を魂から何まで全て覆い尽くして防御し、お前の力が俺に作用する前に無効化した。恐らく俺という存在を消す……みたいな力だったんだろう?普通に受けたら消えていたなァ」


「ぐっ……く……ぅっ………ひゅっ……」


「奥の手だからな、警戒しておいて良かった。防ぎ方は分かった。それに消耗が激しいこともな。分身体を創り出すよりも再行使には時間が掛かるだろう。では、肝を冷やさせてくれた礼に……1度死ぬと良い」


「──────ごぼッ!?」




 ミシミシと音を立てていくアンノウンの体。藻掻いても両腕の拘束は外れず、ビクともしない。少しずつ体内の骨が砕けていく音と痛みを感じながら、最後は腕の中で潰された。べきりと不自然なほど前に倒れて折れるアンノウンに、拘束を外すと落ちていく。途中で粒子状になって消え、新たな無傷のアンノウンが現れた。


 新しい肉体になったので、次を始めようと言って宙に浮かぶ黑神世斬黎を掴み鋒を向ける。アンノウンは黄金の剣を召喚して握り込んで構えるが、その瞳には軽い絶望が彩られていた。








 ──────────────────



 リュウデリア


 ブレスを地上に照射して数万近くの生物を殺した。人間も動物も関係無く、範囲内に居た者達は死んだ。それに対して思うことはなく、奥の手を使うに至ったアンノウンに気を良くしている。まだまだ戦いが足りない。魔力は余っている。これからもっと殺し合いをするつもり。





 アンノウン


 奥の手を使って消えない存在はありえないと、心の中で絶叫している。リュウデリアの純黒が異質なのは分かっているが、奥の手を防ぐのはおかしいと混乱中。


 どうやったら殺せるのか分からなくなってしまい、少し絶望している。しかしまだ殺せる方法があるはずと諦めておらず、戦う姿勢は取っている。





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