第235話  好かない






「術式展開──────『総黑終始零世界くろのせかい』」




「これ……は……」


「ようこそ、純黒の世界へ」




 己の魂に刻まれた唯一の術式を読み解き、確立させ、魔法として発動することで自身に優位な領域を構築する魔法の頂点。発動した際にはリュウデリアを以てしても莫大と言う他ない魔力の消費を強いられる。だがその代わりに、術者に対して絶大な恩恵を齎す。


 発動された瞬間、アンノウンは周囲の総てが純黒に呑み込まれた世界に居た。見える総てが純黒。上も下も判別がつかず、左右を向いているのかすら判らない。唯一見えるのは術者であるリュウデリアのみ。彼本来の色と純黒の世界の色が合わさり、意識しないと見失いそうになる。アンノウンは彼の黄金の瞳を頼りに姿を認識していた。


 何も感じない。陽の光の温かさも、肌を撫でる風も、リュウデリア以外の生命の気配も何もかもが感じない。この純黒の世界に居るのは、彼とアンノウンのみ。この世界がどういう意図があり展開されたものなのかは判らないが、アンノウンは変わらず彼消すために御業を発動させようとして、それが何故かできないことに気がついた。




「無駄だぞ。この世界であらゆる異能は例外なく使えん。魔法も魔術も何もかも、お前が使う珍妙な力もな」


「……嘘ではなさそうですね」


「こんなことに嘘つかんでもお前自身が体験しているんだ、自分で分かっているだろう」




 笑いながらそう言うリュウデリアに、アンノウンは焦りを感じた。本当にどの起典も発動しない。それどころか、『核』である地球との接続も切れている。生み出されて初めての心許なさ。常に傍に居る感覚だった星がその場に突然無くなった。まるで体の一部が無くなってしまったような消失感。


 くろのせかいに呑み込まれた者は、純黒に呑み込まれてしまい総ての異能を無効化される。それは例え、生まれ持った先天的なものであっても対象となってしまう。要するに生まれついての不死身の肉体を持っていようと、その不死身性は無効化されその他と同じ有限のものとなる。


 純黒を除いた総てが無くなる。それはつまり、何もかもが無くなった状態で、魔法をいくらでも使ってくるリュウデリアを相手にしなければならないことを意味する。そんな理不尽を強制する最悪に凶悪な世界。それがくろのせかいの総て。彼と肩を並べられる赫き破壊の龍と蒼き轟嵐の龍ですら、反則とまで言わしめた御業。


 黄金の剣も今手に持っているもの以外を召喚することができない。それも異能であるからだ。何をしようとしても、くろのせかいに居る限り、アンノウンがリュウデリアに勝てる見込みというのは限りなくゼロに等しい。



「理不尽で凶悪。禍々しく、強力な力。そう思うだろう?」


「……えぇ。事実、この結界内に引き摺り込んでしまえば勝ちのようなものですからね」


「そうだ。まあ、これは俺の奥の手だ。どうしようもなく、これ以外に手が無い……となるまで追いつめられれば使う。……が、そもそもな話、俺はこの技をあまり好かん」


「何故です」


「何度も言っているだろう?──────つまらないからだ」


「あなた程の特異点が奥の手とまで言うこの力を、つまらないという理由で使いたくないのですか?」


「そうだ。あぁ、理解に苦しむみたいな顔をするな。何となく言いたいことは解る。だが事実だ。俺からしてみれば戦況が面白くなくなる。一方的且つ決まりきった勝ちなど、それこそ価値が無いと思わないか?少なくとも俺はそうだ」




 リュウデリアは、強者と戦いたいのではなく、その強者との命の奪い合いに心躍らせている。強ければ強いほど良く、自身を殺せるくらいなのがちょうど良い。気を抜けば死ぬという状況は、強い個体であるリュウデリア・ルイン・アルマデュラにとって新鮮であり、求めるものだから。


 だが現実はそうもいかない。そこらに世界最強の種族であり、その龍種の中でも特別強い彼と命の奪い合いをできるような存在がゴロゴロ居るわけでもなく。会う敵は大体が格下。強くても少し小突けば死ぬような奴等だ。見たことも聞いたことも無い力を使ってくるならば興味を抱くが、力が解明してしまえば残るのは弱さと退屈。


 彼の力を目の当たりにした者達は理不尽と嘆き、絶望し、諦めるだろう。それだけの力がある。しかし彼からしてみればこの力は邪魔であった。


 純黒の侵蝕。猛毒とも言えるそれは、あらゆる力に干渉して力を奪い、呑み込む。相手の力の無効化なんぞ、最強の存在とは何かと言われれば大体の人が思いつくような力だ。もしかしたら、他の世界線にはそういった無効化能力で強者という役に嵌まる者達が居るかも知れない。それがきっかけで物語が進むかも知れない。


 能力の無効化とは、言うのは簡単だが相手にすると最悪だ。ましてやリュウデリアの純黒は侵蝕してくる。1度侵蝕されれば、その部位を完全に抉らなければ最後は死ぬ。理不尽にも程がある。結局のところ、最強クラスの肉体と魔法の技術を持つリュウデリアに、運命は更なる追い打ちの力を与えてしまった。それが彼を悩ませる要因とも知らずに。




「侵蝕して呑み込む。言ってしまえば能力の無効化。……無効化だ。例外無しの強制的な無効化だぞ?折角俺を追いつめる事ができる奴の力を、一瞬にして総て奪うんだぞ。これ程要らんものはないだろう。便利ではあるが、俺には必要なかった」


「……持たざる者からすれば傲慢な言葉ですね」


「要らんものは要らん。現に、くろのせかいを使わせたお前も力を奪われて何もできない。この中での戦いは退屈を通り越して無益だ。得することがない」


「……何もできないとは言ってくれますね。例え力を奪われようと私は抗い、“特異点”であるあなたを消します」


「この中でか?……やってみるといい。無駄なのがわかるだろう」




 やってみろと言うリュウデリアは反撃するつもりも無いのか、野晒しになっていた黑神世斬黎の刀身を鞘に納めて左手で持ち、待ちの姿勢に入った。背後の尻尾がゆるりと動いている。警戒をしている様子もない。謂わば敵とすら見ていない。それを察してアンノウンは顔を顰めながら駆け出した。


 総てが純黒に呑み込まれており、前に居るリュウデリア以外が判らない。地面があるかどうかさえ不明なので、地面があるという前提で駆けていくしかない。足がもつれそうになりながら前へと進み、両手に持つ黄金の剣を持ち上げ、彼へと振り下ろした。


 最初にリュウデリアの腕を落とした、凄まじい切れ味を持った黄金の剣。二振りのそれらは、左右から彼の首を両断すべく振られた。振って、刃が純黒の鱗に届き、罅が入った後にすぐさま砕け散った。飛んでいく半ばから折れた刃と、飛び散った水飛沫のように宙を舞う剣の欠片。それらを目に映しながら、アンノウンは固まった。


 純黒の鱗に傷は一切無く、無傷なものだった。恐ろしい切れ味を誇る黄金の剣が砕けて負けた。何故かと思われるだろうが、ある意味この結果は当然だ。黄金の剣の切れ味は、星に鍛えられて創り出されたものでありながら、調和を乱す異分子を排斥するための武器故に備え付けられたもの。


 簡単に言えば、鍛冶屋が鉄などを使って鍛えたものとは違い、異分子を排斥するために強く強靭にと、概念を閉じ込めて創られたもの。脅威的な力を持つことが多い“特異点”を消せるよう、切れ味が凄まじくなるようになっていた。なので、黄金の剣が持ち得た切れ味は、能力のようなものだ。それを純黒に侵蝕されて奪われたならば、彼の鱗すらも傷つけられないほど弱体化するのは必然だろう。なまくらで彼は斬れない。




「言っただろう。無駄だと」


「……っ。いいえ。例え剣が無くなろうと、私はいくらでも抗いましょう。“特異点”を消すことこそが私の使命なのですからッ!」




 咆哮する。吼えて、固く握り込んだ拳を振るう。無防備を晒すリュウデリアの腹や顔を規則性無く、我武者羅に殴る。起典さえ発動していれば、その一撃は彼の鱗を破壊できる脅威のものとなっていたのだが、今のアンノウンの力ではダメージを与えるどころか、彼を動かすことすらできない。


 それどころか、硬すぎる純黒の鱗を殴っていた所為で拳の皮膚が破けて溶岩のように赤い血が流れていく。しかしそれを気にせず、懸命に殴打を繰り返していた。だがそれらにダメージを与えられる力はなく、そしてとうとう度重なる打撃に骨が耐えきれず、ばきりと骨折音を響かせながら拳が砕けた。


 皮膚が破けて血を流し、骨が砕けて激しい痛みを訴えてくる。砕けてしまった右手を左手で押さえながら後退る。弱くなっている。格段に。星と接続されていたからこそ、アンノウンは強かった。星の意志により生み出され、“特異点”を消すための力を備え付けられていた。それが無くなれば、こうも弱くなるのかと驚くばかりだ。


 呆れたような視線を送ってくるリュウデリアと対峙する。確かに絶望的だ。くろのせかいの中で彼を倒すなど不可能だ。此処は彼の、彼だけの世界。遺物であるアンノウンが、くろのせかいに於いて神である彼に抵抗できるはずもなかった。


 鞘に納めていた黑神世斬黎がゆっくりと抜かれる。すらりとしたフォルムに、造形美を感じる曲線を描いた刃。斬れないものは存在しないと言いたげな鋭さ。蒐集家ならば世界を差し出してでも欲しがるだろう刀を、上に持ち上げる。




「俺の勘が正しければ、会おうではないか」


「私は……“特異点”であるあなたを……必ず消します」


「是非頑張れ。期待している」




 純黒の刀身が振り下ろされる。アンノウンはそれを避けようとすらせず静かに受け入れた。都合良く邪魔が入ったりすることも無く、アンノウンの体は縦から2つに両断され、絶命した。






















「──────やはり復活するんだな」


「私は本体ではありませんから」




 総てを塗り潰していた純黒の世界が剥がれ、元の世界が姿を現す。リュウデリアを以てしても凄まじいの一言となる魔力消費で形成された世界が崩壊したのだ。自分の意思で解いた彼は、暫く正面を眺めたままその場に居た。すると、虚空に煌びやかな光の粒子が集まって人型を造っていった。


 待っていれば、今先程斬り殺した筈のアンノウンが現れる。星の意志により生み出されたアンノウンは本体ではなく、分かりやすく言うならば端末みたいなものだろう。星に代わり、星の調和を乱す“特異点”を消し去るための白血球のようなもの。殺したとしても、アンノウンそのものは死んでいないので復活する。星がある限り。不死ではないが、不滅。これが1番厄介な部分でもある。




「お前とは長い付き合いになりそうだな」


「御免被ります。“特異点”と親しげにする“調停者”など考えられません」


「ツレない奴だ。それで?俺の奥の手を見せてやったわけだが、お前は俺に何を見せてくれるんだ?俺を殺せる算段はついたのか?どのように追いつめる?次の手は?再戦は?ほら早くしろ。俺は楽しみを後に取っておく方だが、気が短いんだ。つまみ食いしてしまうだろう」


「私は死にません。殺されようと復活します。戦闘に支障のある傷も治すことができます。しかしあなたはどうですか?魔力は消費されていき回復は追いつかない。肉体の疲労も蓄積していく。根本的に在り方が違うあなたでは、今は勝てていてもいずれ私に敗北します」


「違う違う違う。そうではない。未だ見ぬ結果論はいい。やめろ。白ける。俺は“今”を聞いている。俺が最終的に死ぬか死なないかではなく、殺し合おうと言っているんだ」


「私は……──────あなたが解らない」


「理解は求めていない。求めているのは闘争だッ!!」


「くっ……っ!!」




 翼を大きく広げて羽ばたいた。粉塵を巻き上げて、接近する。周りの景色が線に見える程の速度の中で、黑神世斬黎の柄を両手で掴んだリュウデリアは、左斜め下から斜めに斬り上げた。後退しながら上体を反らし、一刀を躱したアンノウンは髪が少し宙を舞い、純黒に侵蝕されて朽ち果てたのを見てから、刃の向きを返して今度は振り下ろされる一刀に防御の構えを取った。


 背後から黄金の剣をできるだけ召喚し、黑神世斬黎が通る軌跡の先に配置する。二振りだけでは両断される。だから今度は数を増やした。できるだけの本数を用意して縦代わりに使った防御。それを真っ向から斬りに掛かったリュウデリア。


 突っ込んでいった速度と、黑神世斬黎の持つ切れ味。リュウデリアの振り下ろす際の腕力と、龍なのに磨かれた技術力で、黄金の剣の束は即座に斬り伏せられた。剣を斬るという芸当を熟し、切り口から純黒に染まって崩壊していく黄金の剣達。そして、剣の盾を用意しながら左肩から右脇腹まで袈裟に斬られたアンノウン。


 傷口は深く、純黒の侵蝕もあって肉体が死ぬのもすぐだろう。だがその僅かな時間すらもリュウデリアを追いつめるために使う。背後から黄金の剣を大量に召喚して横殴りの雨のように降らせる。それらを避け、黑神世斬黎で斬り落として凌いでいく。当たらなかった数多の黄金の剣が大地に突き立てられ砂煙を上げていく。


 視界を遮られながら、砂煙の中では今もなお降り注ぐ剣の雨の対処をしているリュウデリア。攻撃の手が止まり静けさが訪れる。アンノウンは警戒しながら砂煙を眺めるが、広範囲に広がってしまった煙を一刀で消し飛ばし、ゆっくりと歩いて向かってくる彼を見た。殺し方が解らないと言われたが、アンノウンからしてみても、彼の殺し方が思い浮かばなかった。







 ──────────────────



 アンノウン


 不死ではないが不滅の存在。くろのせかいの中で殺されたら、発動中は復活できないが、解除されると復活できるようになる。星との接続を切られたのは3度目。1度目と2度目はバルガスとクレアによってやられた。





 リュウデリア


 黑神世斬黎を使い、本来の力を全て取り戻した完全体。底無しの魔力は爆発的に上がり、身体能力や魔法の構築速度が跳ね上がっている。アンノウンの殺し方は未だ思いついていないものの、殺し合いを楽しむのを優先させている。


 自身の純黒によって相手の力が無効化されることが、他者にとって脅威でしかないことを自覚している。戦いが一方的なものになってしまうので、この無効化能力は欲しくなかったと思っている。なので奥の手がそんなに好きじゃない。





総黑終始零世界くろのせかい


 リュウデリア・ルイン・アルマデュラの奥の手


 閉じ込められると、先天的な能力も含めて総て無効化されてしまうため、自力での脱出は不可能となる結界。入ったら最後、身一つでリュウデリアに勝たなくてはならない。


 大抵の作品でも最強クラスの力として無効化能力が上げられるが、これもその類。そしてリュウデリアはこの力を使うことで純粋に戦いが楽しめなくなるという理由から要らないと評している。彼があまり使わないのは、そもそも強すぎて展開すれば勝ててしまうので好きじゃないため。



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