第30話  執拗

 





「──────ぐっ……ッ!!」


「純黒の龍……これ程の力……とはッ」




「これで何度目だ──────いい加減諄いぞッ!!」




 リュウデリアは吼えた。あと何度来れば気が済むのだ……と。初めて同行を求められてから、既に5度目となっている。来る度に同行を拒否し、ならば実力行使をさせてもらうと言われて即戦闘。そしてリュウデリアが勝利を収め、やられた龍達は失敗した事を嘆きながら帰還していくのだ。


 殺意を持って狙われている訳では無い。なまじリュウデリアが強すぎるので殺す気では来るが、殺す気は無い。なのでリュウデリアもやって来る龍達を殺すことはせず、痛め付けはすれどその命までは奪っていない。故に行かぬという意志は、未だ見ぬ龍王にも存分に伝わっている筈。


 龍王の言葉は絶対だと、連行しようとする龍達が口にしている事から、普通の龍よりも高位で上位的存在なのは解る。だがここまで自身が執着される理由が思い当たらない。親に捨てられた龍であるリュウデリアは、故郷を知らない。他の龍なんぞここ最近やって来る龍かウィリスくらいしか知らない。つまり、自身の事は相手もそう知らない筈なのだ。


 やることが無いのか?と問いたくなってしまう執拗さ。全く諦める気配のない使いの者達。そして少しずつ強くなっていく使いの者達に、リュウデリアは顔を顰めるのだった。いくら何でもしつこい。諄い。そしてそろそろ面倒くさい。


 自身以外の龍と戦えるというのは、確かに楽しいのだが、勝つ負けるという気の持ちようではなく、連行しようとする一方で断っているという状況で、無理矢理にでも連れて行こうとしているという前提があっては楽しめるものも素直に楽しめない。流石のリュウデリアも苛立ちが募る。そもそも、リュウデリアは気が長い方では無い。寧ろ短いだろう。


 そんなリュウデリアが未だやって来る龍を殺しておらず、苛立ちを爆発させていないのは、単にオリヴィアの存在が大きい。最初は良かったが、四度五度と繰り返されてリュウデリアが苛立ち始めた時、オリヴィアはリュウデリアを抱きしめ、優しい声色で話し掛けていた。


 共に風呂に入って体を洗われ、乾かされ、ベッドの中で抱き締められながら眠る。何時もは肩に乗っているのに、最近はリュウデリアを両腕で抱き締めながらの移動が主だった。柔らかく、甘くて良い匂いに包まれながら、優しい声色が鼓膜を刺激する。適当な依頼を冒険者ギルドで受けて、帰ってきたら適当に食べ歩きをする。


 甘い蕩けるような微笑みを浮かべながら、オリヴィアは甲斐甲斐しくリュウデリアのお世話をしていた。苛立ちからくる怒りの感情は、オリヴィアが撫でたり声を掛けたりしてくれることで緩和され、心地良さを感じさせる。


 リュウデリアはベンチに腰掛けたオリヴィアの柔らかい膝の上に乗り、優しく撫でられて目を細める。心地良さを堪能しながら上をチラリと見れば、オリヴィアが蕩けるような笑みを浮かべて見つめている。心地良さと安心感を享受しながら、ぼんやりとオリヴィアの存在にありがたみを抱いていた。恐らく、オリヴィアが居なければ、自身の苛立ちは暴発していたことだろう。


 他の龍達が束になっても勝てない程の力を持つリュウデリアが、怒りを暴発すれば確実に何をするか解らない。過去にも激昂したことがあるが、その時は破壊衝動と殺意に意識が呑み込まれた。頭の中、思考回路まで黒々とした純黒に染め上げられるのだ。今こんな所で暴発すれば、この街は確実に跡形も無く消える事だろう。




「ふふ。────♪─────♪──────♪」


「……俺を撫でるのはそんなにも楽しいか?」


「ん?撫でるというよりも、お前とのスキンシップが幸せなんだ」


「……そうか。それにしても、最近のお前は撫でるのが上手くなったな。とても……そうだな、心地良い。お前と居ると幸福感に包まれる……と言えば良いのか?兎に角、気持ちが良い」


「……っ。ふふ。そう言ってもらえると嬉しい限りだな。ほら、ココはどうだ?」


「んんッ……っふぅ………はぁ……癖になりそうだ」




 オリヴィアはリュウデリアの頭を撫でながら、翼の付け根の部分を強めに擦った。するとリュウデリアは気持ち良さそうな声を上げて、体から力が抜けてふやけたようになる。翼をぱたりぱたりと動かし、尻尾がクルンと丸まったり左右に揺れたりする。気持ちよさに体を委ねていると何時の間にか目を閉じている。


 だからリュウデリアは見えない。一緒に居ると幸せだと言われて、顔をほんのり赤く染めながら、口元がふやけてしまっている、幸せそうなオリヴィアの顔が。二人の空間は甘いものだ。外に居る時は基本フードを被っている事から、オリヴィアの絶世の美貌で目立つことは無いが、近くを通りかかる者達は、オリヴィアとリュウデリアの甘い空間に居たたまれなくなり、逃げるようにその場を後にする。


 何故か解らない。どう見ても魔物使いの主と使役された使い魔だというのに、まるで熟年の夫婦か、仲の熱いカップルに見えてしまい。見ているこっちの顔が赤くなってしまうのだ。両者が共に感じているのは幸福感。勘違い等も何もないので、感じるがまま甘い雰囲気に当てられるのだ。


 珍しい類の使い魔だと思われているが、その正体は龍である。それも警戒心が強く、そんな簡単に他者を信じはしない冷淡で冷酷な純黒の黒龍。そんな純黒の黒龍を無遠慮に触れているにも拘わらず、何も言われないのは世界広しといえども、3人だけだ。その内の一人であるオリヴィアは、その間柄を存分に使って愛しさを胸に抱きながらリュウデリアに接する。


 気配で好意がこれでもかと伝わってくるので、リュウデリアも身を任せる。それはオリヴィアが精霊であるスリーシャの命の恩人であるのと同時に、リュウデリアが好感の持てる相手だったからだ。そうでなければ、リュウデリアは今頃オリヴィアに指一本触れさせやしない。




「んっ?ふふっ。私の腕に尻尾を巻き付けるな。撫でられないだろう?」


「くくっ。いや何。少し、イタズラ……というものをしてみたくなった」


「それは本を読み漁った事で得た知識だな?全く。そんなイタズラをする黒龍にはこうだっ」


「んんッ!?ふは……っ!?おいっ、ちょっ……!?ははははははっ」


「ふふっ。もう、可愛いなぁ」




 頭を撫でる手とは別の、翼付近の背中を撫でていた手の手首に長い尻尾を巻き付けて、手を振るように左右に揺らした。痛くは無い程度に優しく巻き付けられた尻尾。振り払うのが容易な、その力加減に胸が温かくなりながら、腕の力を抜いてされるがままにした。この尻尾が何度も敵を殺しているのを見た。自由自在に素早く動き、敵を打ち倒す尻尾は、オリヴィアの柔肌を傷付けないように、細心の注意が払われている。


 心が温かくなり、オリヴィアの体を使って戯れているということもあって、クールな印象を与える美貌をだらしなくニヤけさせた。尻尾からリュウデリアの体温がほんのり伝わってくる。手首に巻き付いている尻尾を、角度を変えてかりかりと擦ると、リュウデリアから気持ち良さそうな声が上がる。


 そしてイタズラのお返しに、オリヴィアはリュウデリアの事をくすぐった。脇の下や足の裏を擦ると、リュウデリアでも破顔して笑った。滅多なことで普通に笑うことは無く、笑っても口の端を上げて軽めの笑みを浮かべるだけ。戦闘中は笑っているというよりも嗤っているという方が正しい。


 身を捩って逃げようとするリュウデリアを軽く押さえてくすぐっていると、また尻尾がオリヴィアの手首に巻き付いた。もうそろそろ良いだろうと思って、名残惜しいがリュウデリアをくすぐりから解放した。戦っている時は息切れなんてものはしない癖に、笑い疲れたのかオリヴィアの膝の上でぐったりとした。


 溶けたチーズみたいにふにゃりとしているリュウデリアにクスッと笑って、頭を優しく撫でた。それを享受してリュウデリアは目を瞑り、暫しの間はそのまま撫でて撫でられる状況が続いた。




「なぁ、リュウデリア」


「……うん?何だ?」


「あの使いの龍達はどうする?」


「ふぅむ……」


「未だお前を連れて行こうとしている以上、恐らくだが諦める気は無いんじゃないか?」


「……やはりそう思うか?」


「うん」




 ゆったりとした空間を壊してしまうのもどうかと思ったが、リュウデリアにこれ以上苛立って変なストレスを感じて欲しくないという気持ちに則り、問い掛けた。これからあの使い達を如何するのか。本気で断るのだったら、リュウデリアの場合問答無用で殺すだろう。しかしそうすると後が面倒なことになるかも知れない。


 若しかしたら、使いの者達を殺した事を責められて、リュウデリアは同族から殺害対象とされてしまうかも知れない。決してリュウデリアの強さを侮っている訳では無いが、過信しすぎている訳でも無い。長期戦になった場合、リュウデリアでも疲労というものは募る。そうなれば、隙が生まれて不覚を取ってしまうかも知れない。それが堪らなく嫌なのだ。


 オリヴィアがこれから如何するかは決められない。これはリュウデリアの問題だからだ。だがリュウデリアが決めたことならば、それを心から肯定し、何処までも一緒に居る。例えそれが荊のような道であったとしても。




「使いの奴等は唯命令されて来ているだけ。肝心な命令を下しているのは龍王だ。その龍王が未だ諦めんということは、恐らく来るまで延々と使いを寄越してくるだろう」


「そうだな」


「俺もいい加減に鬱陶しくなってきた。ここは一度行って用件を聞くとしよう」


「まあ、これ以上邪魔されても敵わんからな。良い案だと思うぞ」


「……お前も来てくれるか?」


「……っ!ふふっ、もちろんだとも。一緒に行こう。私とお前はこれからも一緒だろう?」


「……そうだな。よろしく頼む」


「あぁ。任せておけ」




 これからの事は決まった。今まで散々追い返したが、今度は素直に同行する。そして命令を下している龍王に直接会って用件を聞き、止めるように言うのだ。これからもずっと追い返していく訳にはいかない。


 オリヴィアは撫でているリュウデリアが首を捻って上を向き、オリヴィアの事を見ている事に気が付いた。どうした?と問いを投げ掛けるように微笑むと、付いてきてくれるかと問う。直ぐさま当然と答えようとして、ハッと気が付いた。普通の人には解らない程の刹那の瞬間、リュウデリアの瞳が弱々しくなった……ように思えた。


 普通の人ならば、そこで気のせいかと思うだろうが、オリヴィアはその刹那を逃さない。リュウデリアは自覚が無いだろうが、恐らく不安なのだ。これまでの他の同族とは戦いでしか接して来なかったが、今度は違う。話し合いだ。それも、己を生まれて直ぐに捨てた、同族との。


 龍王が命令し、使いの者達がやって来る。それはつまり、他にも龍が居るかも知れないということだ。連れて行かれて辿り着く場所が何処なのかは解らない。だが若しかしたら、リュウデリアの産みの親が居るのかも知れない。可能性は低いのかも知れない。所詮はかも知れないという話だ。だが零では無い。


 そしてそれをリュウデリアも当然分かっている筈だ。だから無意識の内に不安を感じたのだ。そんな場所にたった一匹で行くということに。オリヴィアはリュウデリアを抱き締める。優しく、包み込むように。大丈夫だと。離れることは無いと。リュウデリアは少しだけ瞠目し、身を委ねた。


 そうして、付いていく事を決めたリュウデリアとオリヴィアは街を出て行った。リュウデリアに貰った純黒のローブの魔法を使い、身体能力を強化して街から離れる。出来るだけ人の通りが無い場所で、人目に付かないような場所へ。


 それなりに大きな木々が生えた場所へやって来ると、両手で抱えていたリュウデリアが降りて、小さくしていた自身の体を元の大きさに戻す。見上げる程の大きな純黒の体躯。堂々とした佇まいから満ち溢れる覇気。そしてそんなリュウデリアはしゃがみ込み、オリヴィアに掌を差し出す。オリヴィアが掌の上に乗ると、魔法で薄く黒い膜を作り出した。風の影響等を受けないようにするためだ。


 ばさりと翼を羽ばたかせる音が聞こえてくる。見計らったかのようなタイミングで迎えが来た。今回の迎えは二匹だけだった。使いの龍とリュウデリアとの間に緊張が走る。これまでの全て説得出来ておらず、実力行使となって追い返されるからだ。今回もそうなるのかと思って、少し身構えてしまった。しかし、リュウデリアは背中にある翼を大きく広げて羽ばたき、飛んだ。




「──────望み通り行ってやる。案内しろ。俺の気が変わらない内にな」


「……ッ!?り、了解した」


「……我々の後に続いて飛んできてくれ。同行、感謝する」




 二匹の龍は瞠目した。これまで同行を求めれば拒否していたリュウデリアが、あっさりと同行を認めたのだ。一体どういう風の吹き回しだと思ったが、要らぬ事を言ってやっぱり同行するのは止める……なんて言われるわけにはいかないので、二匹の龍は顔を見合わせてアイコンタクトを取り、案内のために先行して大空へと飛んだ。


 澄み渡る青空へ、三匹の龍と女神が飛翔する。こんな光景を誰かが見れば、忽ちひっくり返ってしまうだろう、恐怖の光景だろう。







 リュウデリアは覚えてすら居ない生まれ故郷へと帰ることになる。だが何も感じない。無意識な不安も霧散した。何故ならば、今はオリヴィアという傍に居てくれる純白な女神が居るのだから。







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