第31話  到着



 大きな翼をはためかせる純黒の龍、リュウデリア。その左手の上にオリヴィアは乗っていた。掌にはまるで、大きなシャボン玉のようなドーム状の魔力壁が形成され、リュウデリアの飛行によって生み出された風の影響を無効化してくれた。念の為リュウデリアの人差し指に手を這わせてバランスを取っている。


 大空を飛翔していることで周囲に建物なんてものは当然無く、障害物は存在しない。だからリュウデリアや先行する龍がどれ程の速度で飛んでいるのかは解らない。だが下を覗き見て、地上が尋常じゃない速度で遠ざかっていくのを見ると、出している速度は数百キロにもなるだろう事は分かった。


 地上にある、今お世話になっている街が米粒のように小さくなってからふと、オリヴィアは思った。先行している龍達は付いて来いとは行ったが、何故何時までも上空に向かっているというのか。このままでは雲がある上空まで到達してしまう。そう思っていたオリヴィアに肯定するように、先行する龍達とリュウデリアは雲の中へと入っていった。


 オリヴィアの視界が一気に悪くなる。雲によって前が遮られ、何も見えなくなってしまった。リュウデリアが形成してくれた魔力壁があるので濡れることは無いが、魔力壁に水滴が付着していた。とうとう雲の中に入ったな……と、思っていれば、心なしか地上に対して水平方向へ進路を変えた気がする。


 何も見えないので分からないが、オリヴィアの勘の通り、リュウデリア達は進行方向を変えていた。雲の中を進んでいるのだ。近くにあるはずのリュウデリアの顔すらも見えなくなってしまい、少し不機嫌になる。見えるのは自身を乗せている左掌から前腕に掛けてのみだ。




「……それにしても、リュウデリアはこんな雲の中で目が利いているのか。迷い無く飛んでいるが……」




 雲の中は本当に視界が悪い。オリヴィアではリュウデリアの顔すらも真面に見えない程だ。しかし彼は違うようで、その目でしっかりと先行する龍達を見据えているようだった。実際には目で捉えられてはいるが、他にも翼を羽ばたかせる音であったり、内包する魔力を感知し、気配を感じ取っている事も加えられている。なので見失うといことは、殆ど有り得ない。


 龍は大空を自由に飛び、人間では手出しが出来ないような超高度を飛行したりもする。故に遙か上空から獲物を探したりする事を可能にする為に視力がとても良いのだ。普通では見えないような光のあまり届かないような場所でも、龍の縦長に切れた鋭い瞳は満遍なく光を集め、景色を見抜く。


 龍には色々な逸話があるが、その一方で龍に関して知られていることはそう多くは無い。何故ならば、それ程協力的な龍が殆ど存在しないからだ。世界最強と謳われている龍に邂逅すればどうなるのか。選択肢は大きく分けて三つ。生存を諦める。直ちに逃げる。無謀にも戦う……である。先ず対話をしようとする選択肢が頭の中に出て来ないのだ。


 なので龍の事を事細かに知る者は居らず、推測が飛び交う事となる。その中で噂が立てられているのが、龍の目に関することである。龍は目が良いというのは知られている。ある時に望遠鏡を使って遠くから龍の姿を確認した者が、数瞬後には目が合ったと言っていたからだ。数少ない龍の事で知られていることである。だからか、噂が立つのだ。曰く、龍は普通には見えないナニカも視ることが出来る……と。


 紆余曲折。オリヴィアは少しずつ雲が晴れてきているのに気が付いた。雲が薄くなって視界が開けて良好になる。視線を上げればリュウデリアの顔が見えてきた。視線に気が付いたのか、左眼が自身を捉え、左の口の端を持ち上げて笑みを作った。オリヴィアも微笑みで笑みを返して上機嫌となる。


 やっぱりリュウデリアの顔はいつ見ても良い……と、感慨深そうにしていると、頭を動かして前を見ることを促す。何かあったのかと思って前を向くと、前方にて先行する龍達が居て、その更に奥に巨大な雲の塊がある。横にも縦にも巨大なその雲は、巨体を誇るリュウデリア達と比べるまでも無い巨大さだった。




「────────────。」


「……ん?……なるほど」




 オリヴィアはリュウデリアからジェスチャーで説明された。右手を右から左に凪いでいて、その次に人差し指を立てて反時計回りに回す。簡単な動作だが、彼が何を言いたいのか理解した。


 リュウデリアが言いたいのは、右から風が吹いているが、あの雲は反時計回りに回っている。つまり風が相反した動きをしているのだ。つまり、風による鋏の様なものが生み出されている。無理矢理雲の中に入り込もうとすれば、右と左からの風によって体勢を崩し、墜落する羽目になるだろう。それを伝えてくれていた。


 普通ではそんなものの中には入れない。雲の大きさからして尋常ではない風の強さの筈だ。しかし先行する龍達は何の迷いも無く、その巨大な雲の元へと向かって行く。十中八九突っ込むつもりなのだろう。普通では侵入不可能に思えるものでも、龍の強い体躯と翼が有れば入り込むことは出来る。つまり、龍にしか入れない場所なのだ。


 巨大な雲に近づいていく。かなりの速度を出しているらしいリュウデリア達は、速度を緩めることは無く、風の鋏の中へ突入した。魔力壁で護られているオリヴィアは分からないが、彼の全身にとても強い風が叩き付けられる。しかしそこは龍。ものともせず雲の中を進んで行った。暫し厚い雲の中を進んだが、割と直ぐに雲を抜けた。そしてオリヴィアは感嘆の声を上げ、リュウデリアは瞠目した。




「おぉ……っ!」


「何だこれは……大陸か?」


「見ろリュウデリア、龍が空を飛んでいるぞ。まあ、ここも空だから何とも言えんが……」


「そう……だな」




 オリヴィアとリュウデリアの目に映ったのは、広々とした大陸だった。十分に大きなそれは、緑すらも生い茂り、湖のような所もある。滝があり、それなりの山もある。ここは既に陸地から遙か上空に位置する訳なのだが、それでも……この大空を浮遊している大陸の空には龍が自由に空を飛んでいる。


 建物が有る。石造りの立派な建物だ。住んでいるのだろう民家のような場所もあり、大陸の上に自然もある街が広がっているような、素晴らしい光景だった。リュウデリアは魔力の感知能力から、ここには龍しか居ないということは分かっている。つまり、此処は龍のみが住まう世界空中大陸なのだ。


 雲に覆われている筈なのに、太陽の光が浴びられる。周囲に雲が有るようには思えない。これは魔法により、内側からは透過させているのだ。外からは雲の塊にしか見えず、中からは眺めを一望出来る。龍の視力を持ってすれば地上の大まかな動きだって見えるだろう。何とも素晴らしい場所だろうか。


 初めて見る故郷の光景に珍しく圧倒していると、前に進まずその場で滞空している自身に気がついた。ハッとして先行していた龍達を探すと、下に降りる場所へ向けて降下していた。それに続くようにリュウデリアも向かい、真っ白なブロックが敷かれた着陸場所に降り立った。


 遅れてやって来たリュウデリアが降り立つのを見届けると、先に着陸した2匹の龍が体を光らせた。眩い光は直ぐに収まりつつ、巨大な体を小さくしていく。流石に出歩く時は小さくなるのかと思われたが、光が収まった後に見えたのは、人間の兵士のような姿をした龍だった。これにはオリヴィアも少し瞠目し、リュウデリアは訝しんだ表情をした。




「ここから先は擬人化をしてもらう」


「龍の姿になるのは飛ぶ時や、此処を出て外へ行く時だけだ。体の大きい龍の状態の我々が数多く居ては、この広さの陸でも所狭しとなってしまうからな」


「……………………。」


「リュウデリア、どうする?」


「ふん、人間の姿になんぞ誰がなるか。こうすれば良いだけの話だ──────」




 そう言って左掌からオリヴィアを地面に降ろすと、体を小さくしていく。それは何時もオリヴィアと街に入るときに使っている、体を縮小させるための魔法で、今回はそれを人間大のところで止めた。身長は大体182センチ程である。特に拘りは無いが、小さくなるとしたらこの程度が一番しっくりくると感じたのだ。


 人の姿にはならない。リュウデリアは元から人間に限りなく近い姿をしているのだ。龍の突然変異。生まれるはずもないところから、何かを持って生まれた稀少にしてはぐれの存在。それに巨体のままでは不便なところもあるからと、人の姿を取っている。ならば、それに近しい姿であるリュウデリアは、ただ大きさを変えれば済む話の筈だ。


 現に此処まで先行して連れて来た、今は人の姿を取っている2匹の龍は、リュウデリアが人の姿にならず、大きさを変えただけでも訝しんだ表情をすれど、何かを言ってくることはなかった。案内役の龍達は少し考えた後、互いに顔を見合わせて頷き、入り口だろう門へ向かって歩き出した。


 リュウデリアも案内役の龍達に続いて向かおうと一歩踏み出した時、左手を掴まれて歩くのを中断した。何だと思いつつ左手を見れば、白くしなやかな白魚のような綺麗な右手が、自身の左手を掴んでいたのだ。持ち主はオリヴィアだ。彼女が歩き出そうとしたリュウデリアの手を掴んで引き留めたのだ。




「どうかしたのか、オリヴィア……?」


「……っ!」


「……っ?本当にどうした?」




 歩こうとしたリュウデリアの手を取ったオリヴィアは顔を俯かせていて表情が見えなかった。まさか此処等一帯の空気が合わなかったか、それともそもそも酸素が薄すぎてオリヴィアには酷だったかと思った時、彼女は体ごと向き直った彼に、正面から抱き付いた。胸元に顔を埋め、腰辺りに腕を回して離れない。


 完全に密着して抱き締めてきたオリヴィアに、リュウデリアは多少の困惑が入った声を掛けた。何がしたいのか良く解らないからだ。いや、何時も彼女には必ず抱き締められているのだが、それは優しく包み込むようなものだ。しかし今回のこれは、随分と強く抱き締められたものだ。決して痛くはない。そんな柔な身体ではないのだから。


 強く抱き締めてきてから何も言わないオリヴィアに、リュウデリアは疑問符を頭の上に描きながらも、ある事を思い付く。彼女は何時も自身の頭を撫でるのだ。愛おしそうに優しく。それを真似て、自身も彼女の頭を撫でる事にした。幸い腕は巻き込まれていないので、オリヴィアの頭の上に手を伸ばすのは簡単だった。


 自身の腕力が異常な程強いのは知っている。なので少し訓練をして力の加減というものを修得した。だからこそ、間違えてオリヴィアの頭を柘榴のように潰す……なんて事故は起こらない。純黒の鱗に包まれている手を持ち上げて、そっとオリヴィアの頭の上に置く。触れた途端ビクリと体が揺れたが、気にせずそのまま撫でた。


 10秒くらいだろうか。合ってるかどうかも分からないままぎこちなく頭を撫でていると、オリヴィアは顔を上げた。その顔は恥ずかしそうな、嬉しそうな表情になり、顔が首筋から真っ赤だった。




「す、すまない。同じくらいの背丈になるお前が新鮮だし……その、良いと思ったら我慢できなくなって……。思わず抱き付いてしまった」


「いや、まだ抱き付かれている訳なんだが……。それ程この大きさの俺が良かったのか?」


「う、うむ。とても良いぞ。格好良くて素敵だ。本来の大きさだと大きすぎて圧倒されながらも格好良さがあり、小さいと愛おしさが途轍もないが、この大きさは……ぅ…あの、良いと思う……ぞ?」


「……そうか。そこまで言うのならば、此処での用が終わったらこの大きさのまま街を歩くか?幻覚の魔法を使えばどうとでもなる」


「良いのか……っ!?あ、いや。んんっ。では、もっとデートが出来るなっ」


「……らしい?」


「ぁ……それは……~~~~~~~~~~ッ!!」


「……まあ、取り敢えず離してくれ。まずは龍王とやらの用件を優先させるぞ」


「そ、そうだな。すまなかった。それと、頭を撫でてくれてありがとう。とても気持ち良かった。……また、お願いしても……いいか?」


「後で構わんなら良いぞ。そのくらいならばな」


「…っ……ありがとう」


「うむ」




 顔を真っ赤にしたオリヴィアはリュウデリアから離れた。精一杯力を籠めて抱き付いていたことに気が付いたようで、痛くなかったか、苦しくなかったかと問うてくるオリヴィアに、彼は可笑しそうに笑った。


 龍との戦いでいくら攻撃を受けようとも、ダメージを受けないほどの頑強極まる体躯をリュウデリアは持っているというのに、今更オリヴィアに少し強く抱き締められた程度でどうにかなる事は無い。なのに心配してくるのが可笑しくて笑ったのだ。大丈夫だと言ってやれば、小さくホッと息を吐いて、安心したように微笑んだ。


 もうオリヴィアも落ち着いた頃だろうと、タイミングを見計らってリュウデリアが歩き出し、その横にオリヴィアが並んで歩いた。少し先に居る案内役達の後ろへ、少し早歩きをして追い付く。扉の無い門を通ると、石のブロックで組まれた道筋があり、その他は不快になら無い程度の草が生えている。所々には民家らしい建物が建っていた。


 此処へ降り立つ前にチラリと見えた建物は、此処で暮らしている龍の家なのだと今気がついた。龍は地上で暮らしている者達も居るが、逆に此処で暮らしている龍も居るのだろう。何故……とは思わない。リュウデリアの勘で判断するのならば、此処を離れたくないのだろう。そして離れられない者も居る筈。龍は同じ場所を延々と住処にすることは滅多に無い。ある程度住んだら移動するのだ。


 理由は多々あるが、例えばずっと同じ場所に住んでいて見ている光景が飽きたとか、巨大な図体に相応しく大量の獲物を狩って食らい、食べるものが無くなってしまっただとか、龍を敵対視する存在に見つかって返り討ちにしたは良いが、何度もやって来て鬱陶しくなったとか。その他にも何かしら理由は生まれるのだろうが、やはり一カ所に延々と住み続ける事は滅多に無い。


 案内役に付いて行くと、少し離れたところで人間の姿をした龍の子供が友達と遊んでいた。追いかけっこをして遊び、捕まえた拍子に倒れ込んで一緒に笑っている。そして、そんな子供達はふと……リュウデリアの存在に気が付いた。人に近い姿をした純黒が歩いていれば、色的に視界の中に映るだろう。


 不思議そうにリュウデリアを見つめていると、何処からともなく2匹の龍が現れて擬人化し、各々の子供の手を引いて走り去っていった。その時の様子をリュウデリアは横目で見ており、少しだけ集中して耳を傾けた。




『ママみてぇ、まっくろ!』


『へんなからだー』


『コラ!見ちゃいけません!あの色……気味が悪いっ!』


『龍形態の様子であの姿形……それにここまで感じる禍々しくて悍ましい魔力……不吉だわ』




「……………………。」




 見てはいけないと、リュウデリアを子供達の視界の中に入れないように手で隠し、急いで去って行く姿を横目で見る。彼の姿は人間ではない。人間に近いままの龍である。本来では有り得ない姿は、生まれるはずもない形で生まれた者が分類される突然変異。本来の四足歩行の骨格を捨て、人間に近い骨格を手に入れている。


 使い勝手は良い。手も人間と同じような構造なので物を簡単に掴めるし、拳を握り込んで殴打や蹴りを繰り出す事が出来る。そんな便利な姿形をしていても、龍からしてみればリュウデリアは奇形そのもの。彼は知らないが、捨てられる理由も姿形が不気味だから、他とは明らかに違うから、禍々しいから。そういう理由だった。


 陰口。本人には聞かれないように、文字通り陰で対象の悪口を話すこと。だが残念なことに聴力の優れたリュウデリアには筒抜けだ。いや、もしかしたら聞こえないようにという配慮はしていないのだろう。同じ龍なのだから、目や耳が優れていることは知っている筈。それでも叱りつける声量で口にしたのだ。やはり聞こえないように……とは思っていないのだろう。


 去って行く親子から、どうでも良さそうに視線を切る。つまらん。下らん。どうでも良い。他者からの言葉なんぞ何とも思わない。興味が無い。それが例え、自身を悪く評価する言葉であったとしても。所詮は雑魚。気に掛ける価値すら無い。龍はその強さ故に実力至上主義。強ければ強いほど偉く、認められる。先程の親子の内の親龍なんぞ、リュウデリアからしてみれば殴打一つで殺せるだろう程の気配しかなかった。故に興味が無い。


 どうでも良いと視線を切ったリュウデリアだが、隣を歩いているオリヴィアはそうでは無かった。声こそ聞こえないが、彼の方を指差した挙げ句、何かを言って手を引いて無理矢理その場から去った光景を見れば、良くない感情を抱き、これ見よがしに避けたと分かる。だから拳を強く握り締めた。


 何も知らない癖に後ろ指指して避ける。何様のつもりだ。何て失礼な奴等なんだ。もっと近くに居たら食って掛かったかも知れない。それ程、オリヴィアの中では怒りが燻っていた。無意識に表情が険しくなっていると、頭に大きな手が乗せられて撫でられた。少し驚いて見上げると、前を向きながらリュウデリアが撫でてくれていた。


 きっとオリヴィアが怒っているのを気配で察したのだろう。その優しい触り方から、言外に気にするなと言っているようだった。勝手に怒っていた事がバレてしまい、少し気恥ずかしい気持ちになりながら、撫でて落ち着かせてくれた事に対してありがとうと言うと、リュウデリアも静かに気にするなと言った。


 それからも案内される通りに歩いたが、やはり途中で会う龍達はリュウデリアを見てヒソヒソと話して侮辱的な視線を送ってきたり、嘲笑を浮かべたりしていた。オリヴィアは再び手を固く握り込んだ。怒らない彼の代わりに自身が怒っているようだ彼が気にしていないので何も言わないが、言って良いのならばボロクソに言いたいことを言っていただろう。


 やがて、リュウデリアとオリヴィアは石造りの大きな建造物までやって来た。神殿と言われても納得する大きさと外観に感嘆の声が上がりそうになる。案内役の龍は、ここから先に龍王が居ると振り向いて説明し、中へと入っていった。大きな建造物の中は広かった。見上げるほどの木が植えられていて、天井が大きな円を描いて刳り抜かれているので日が差し、明るいのだ。


 部屋が幾つもあり、人の姿をした龍もチラホラと見る。恐らく龍王とやらの召使いみたいなものなのだろう。そんな者達はリュウデリアを見ると、やはり顔を顰めたりする。何処に居る奴等も所詮は同じかと、有象無象としか捉えなかった。




「お前は中に入るな。呼ばれているのはリュウデリア・ルイン・アルマデュラだけだ」


「……何?」


「オリヴィアを入れられんと言うのならば、俺はこのまま帰らせてもらう」


「……分かった。オリヴィアとやら、お前も入ることを許可する」




「──────龍王様方ッ!!リュウデリア・ルイン・アルマデュラをお連れしましたッ!!」




『──────入れ』




 一緒に入ろうとしたオリヴィアに、案内役の待ったの声が掛かった。求められているのはリュウデリアのみ。だからお前は此処で待機しろ。そう言われたのだ。それに眉を顰めたオリヴィアだったが、リュウデリアの一言で解決する。彼女を共に入れないならば帰ると。普通は戯れ言だと思うだろう。何せもう龍王の居る部屋までやって来ているのだから、此処まで来て帰るのは有り得ない。


 だがリュウデリアにそんなことは通じない。これまで何度も同行を拒否した。ならばこの帰るという言葉は本心からの言葉なのだろう。やっと連れてこれたというのに、此処で帰らせるわけにはいかない。呼んでいない者が一緒に入ったら何と言われるか分からないが、帰られるよりはマシだと判断し、共に入ることを許可した。


 リュウデリアは両開きで鉄製の重い扉を開ける。すると開けた途端に、向こう側から尋常では無い気配と魔力が感じ取れた。龍王。数多の龍の頂点に立つと思われる存在。どんな者なのかと思ったが、期待外れなんてことはなさそうだ……と、リュウデリアは小さく口の端を吊り上げた。


 中へ入ると、龍王達が居た。それも勢揃いである。半円を描いた真っ白な長テーブルを挟んで椅子に座り、此方を見下ろしていた。龍王達はリュウデリア達が居る所よりも数段高い場所から見下ろしている。上から鋭い視線を送り、尋常では無い気配と魔力が感じられれば、普通ならば萎縮してしまうだろう。だがリュウデリアは萎縮なんぞしない。寧ろ真っ正面から受けて立つのだ。


 龍王は7大龍王と呼ばれ、その名の通り、龍王と名の付く龍は7匹居る。炎、水、氷、樹、雷、光、闇という、それぞれが最も得意とする属性の魔法からちなんで、炎龍王、水龍王、氷龍王、樹龍王、雷龍王、光龍王、闇龍王と謳われている。


 最強の種族である龍。その頂点と言わしめる龍王は、実質この世界で最強の存在なのだろう。故に皆が仰々しく畏まるのだ。つまり何が言いたいのかと言うと、龍王を前にすれば、誰であろうと頭を垂れるのだ。正しく王への謁見。頭を下げねば無礼に当たる。しかし、リュウデリアは頭を下げず、その場に佇んでいた。だからだろうか、この広い部屋の壁際に控えていた者が、恐ろしい形相で接近してきたのは。




「──────貴様ッ!!龍王様の御前だぞッ!!頭を下げろッ!!」


「は、何故俺が頭を下げねばならん。そも、本来は彼処で見下ろしている龍王が俺の元へ来るべきところを、俺が態々来てやったんだぞ。寧ろ感謝しろ。故に俺は頭を下げん」


「貴ッ様ァ──────ッ!!!!」




 リュウデリアは鼻で嗤った。そんなことも解らんのか……と。怒りの形相で近づいてきた人間の男の姿をした龍は、リュウデリアの言葉を聞くと更に顔を険しくさせ、魔力を全身から滾らせて掴み掛かってきた。頭を下げないとは何たる不敬か。こんな者の為に、龍王は全員揃って待っていたのかと。しかもこの黒龍は龍王の厳命を何度も断ったというではないか。


 赦せるものか。赦してなるものか。そのニヤけ面を地に叩き付けて、無理矢理頭を下げさせてやる。掴み掛かった龍は、龍王を護る精鋭部隊の内の1匹だった。それ相応の実力を持ち、龍全体でも上位には食い込む程の強さを持つ。だからか、己の力を過信しすぎた。そして知らなすぎた。


 龍王の厳命で招集されたが、断って終わったのではない。リュウデリアが話を断って実力行使に発展し、使いの龍を叩きのめしていたのだ。リュウデリアは強い。だがそんな情報すら仕入れていなかった。だから無理矢理頭を下げさせてやろうと実力行使に出たのだ。出てしまったのだ。


 人間形態から龍の形態に戻ろうとした瞬間、それよりも速くリュウデリアの尻尾が精鋭の龍の首を捉えた。長い尻尾を首に巻き付かせて締め上げる。体と頭が千切れ飛びそうな程の力だ。息すら真面まともに出来ない。顔を蒼白くさせて酸素を求めながら、首に巻き付いたリュウデリアの尻尾を引き剥がそうとしても、ビクともしない。


 足掻いて必死に取ろうとしても、全く取れない。次第に精鋭の龍は力が弱くなっていき、泡を吹いて体を痙攣させた。そして、リュウデリアの周りを数多くの精鋭の龍が取り囲む。まだ人間形態ではあるが、今すぐにでも龍の姿に戻ってリュウデリアを拘束しようとしている。彼は悠然とその場に佇み、出方を待った。しかしそこで、龍王の言葉が掛かった。




「──────お前達は下がれ」


「しかし龍王様ッ!!この者は──────」




「──────私の言葉が聞こえなかったのか?」




「──────ッ!!も、申し訳……ありません……」


「ふん。さて、純黒の龍よ。お前が頭を垂れぬのは赦そう。どうやらお前の意に反して招いてしまったようなのでな。その代わり、その者を離してやれ。そのままでは窒息で死ぬ。別に惜しくはないが、此処は龍王の神聖なる謁見の間。死体を作ってくれるな」


「………………………。」


「──────ッ!?ひゅっ……!げほッ……げほッ!」




 此方を眺めていた見た目麗しく、美しい整った顔立ちをした青年のような龍王の言葉が下り、リュウデリアを取り囲んだ龍は下がっていった。そして彼は、尻尾で締め上げている龍の頭をこのまま千切って殺しても良かったが、龍王にとって神聖な場所であること、そして殺したところでメリットが無いことから離した。


 窒息死寸前まで締め上げられていた龍は床に倒れ込み、苦しそうに嘔吐いた。後少しで死ぬところだった。酸素を取り込んで明確になってきた頭で直感した。そして、目の前にある純黒の鱗に覆われた脚を見て、視線を上げれば黄金の瞳が自身を見ていた。その瞳は自身のことをどうとも思っていない、正しく塵芥を見る目だった。


 カッと怒りの感情が心を支配するも、美しい青年のような龍王から下がれと命令された。怒りを抱こうと、龍王の言葉は絶対。床に倒れていた龍はフラつきながらも立ち上がり、覚束無い足取りで元居た場所へと戻っていった。これでもう邪魔をする者は居ない。龍王は珍しい姿形をしたリュウデリアの全身を見て観察しながら、口を再び開いた。




「どうやら無理に来させてしまったようだな。これまで招集を断られたことが無かったが故に失念していた。だがまさか、何度も断られて、しかも送った者達を全て戦闘不能に追いやるとは思わなかった」


「用件は何だ。俺は雑談をしに態々出向いてやったのではない」


「……くくッ。豪胆な奴だ、少し気に入ったぞ。さて、では用件に入る前に私の自己紹介をさせて貰おう。私は『炎龍王』だ。よろしく頼む」


「……知っているだろうが、リュウデリア・ルイン・アルマデュラだ。巷では『殲滅龍』と呼ばれている。こっちはオリヴィア。俺の連れだ」


「連れだったか。まあ、良いだろう。ではリュウデリアよ。用件を言わせてもらおう──────お前のその力、我々の為に使わないか?」




 赤い髪が特徴の非常に整った顔立ちの青年……の姿をした龍、炎龍王はリュウデリアの目を見ながらそう言った。







 リュウデリアは目を細めて炎龍王の瞳を見返す。何と意図があっての発言なのかを探るように。しかし、炎龍王は薄く笑みを浮かべたまま、彼を見ているだけで、何も解らなかった。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る