第32話  決闘





「──────何でも有りだ。生死も問わない。存分にやり合うと良い。それが龍の決闘だ」




「……龍王様に不敬な態度を取っただけでなくっ!この私に恥を掻かせおって、悍ましい姿のクソガキがァッ!!……貴様を殺して貴様の力なんぞ必要ないことを知らしめ、私は龍王様に認めて貰い、側近となるッ!!」


「──────ふはッ。龍ともあろう者が、承認欲求を携えて何を吼えるかと思えば側近とかッ。下に就くことを是とした龍なんぞ、俺からしてみれば龍では無い。可哀想なものだ。……俺はとても優しいからな。悔いを抱くいとまも無く殺してやろう。感謝するが良い」




 本来の龍の姿に戻っても余りある広い広場にて、数多くの観客を携えながら二匹の龍が向かい合う。片や純黒の黒龍であるリュウデリア。片やリュウデリアの尻尾によって絞め落とされそうになっていた龍である。


 観客が多いとは言ったが、実際はリュウデリアがどの程度の力を有しているのかの野次馬根性と、龍王に不敬な態度をとったというリュウデリアが、精鋭部隊の一匹である龍に敗北するところを見たいという者達で溢れているだけだ。つまり、純粋にリュウデリアを応援している龍は居ない。


 連れのオリヴィアは勿論リュウデリアの応援をしている。チラリと見てみれば、此方に向かって微笑みながら手を振っている。振り返すと幸せそうな表情をし、相手の龍は余所見をするなとキレた。





 何故この様な状況になったのか?それは時間をほんの少し遡ることになる。

























「──────お前のその力、我々の為に使わないか?」




 そう赤い髪を持つ顔立ちが非常に整った人の姿をした龍、炎龍王が口にした。つまりはスカウトだ。龍の情報は多かれ少なかれ龍王達の元へやってくる。その中にはリュウデリアの話も入ってきている。ある雷龍との戦闘で見事打ち勝ったという話だ。それも圧倒的な力で勝利したと。


 龍という種族は、どこまでも実力至上主義。強ければ偉く、弱からば発言権が無い。故に龍王が黒いものを白と言えば、それは白ということになる。その意見に反対出来るのは、同じ龍王というくらいを持つ他の龍王達だ。だからこそ、力を持っていると分かったリュウデリアを龍王自らスカウトしているのだ。


 当然このスカウトは龍王からの御達しなので、言葉でこそならないかと問われているが、実際はなるの一言を出させる。答えは一択。それは実力至上主義の龍に於いて当然のこと。しかし、リュウデリアにとって、他の龍達は同じ種族であるというだけで、龍王の言葉の強制力なんて知ったことではない。ここまで言えば分かるだろう。リュウデリアの答えも一択だった。




「──────断る。俺は誰の下にも付かない。それが用件なら帰らせてもらう」


「……ふむ。初めて拒否されたな……ククッ」




 にべも無く断るリュウデリアに、炎龍王は顎を手で擦りながら感慨深そうに頷き、最後に口元を手で隠しながら笑った。龍王の階級に就いてからというもの、初めての拒否である。前述の通り、龍王の言葉は絶対。疑問形で聞かれようと、提案されようと、答えは是あるのみ。情報の取り違い等が起きていない限り、否定は許されない。


 しかし、リュウデリアは真っ向から、何なら炎龍王の眼を見ながら断った。基本的に龍王への謁見は限られた者、それこそ龍王に力を認められた者のみが賜る事が出来る。つまりはリュウデリアの力を龍王は認めているという事に他ならない。件のリュウデリアはそんなこと知りもしないが、事実はそうだ。


 龍王によるスカウト。それは毎度直接するのかと問われれば、それは否。使いの者に行かせてスカウトの旨を伝えるという方法が一般的だ。それをせずに態々謁見の間まで呼び込み、龍王総出で迎えるなど数えるくらいしか無いだろう。だからだろうか、リュウデリアが龍王のスカウトを断った途端、部屋中から殺気を向けられているのは。


 謁見の間に居る、龍王の身を護るための精鋭部隊。その全てがリュウデリア一匹に向けて殺意を向けていた。何という不敬。どこまでも不遜な態度。身の程知らず。そんな言葉が殺意に載って聞こえてくるようだ。しかしその中心に居る彼は、至極どうでも良さそうな顔をしており、本当に帰ろうとしていた。


 無駄足だった。故郷と思われる天空大陸を見れただけだったと、龍王の前であるのに溜め息をついてその場で踵を返した。長い尻尾が床の大理石のような石を擦り、体重でがしんという音を出しながら出入り口へと向かっていく。そんな彼の背中に、一際大きな怒号が叩き付けられた。




「──────決闘だッ!!」


「……ほう?」


「これ以上……ッこれ以上はもう見逃せんッ!!龍王様に止められた手前勝手に口を挟む事は万死に値するが、貴様をこの世から消せるなら是非も無しッ!!」


「だ、そうだが?炎龍王。この決闘は成立させるのか?俺は構わんぞ。耳元で喧しい虫ケラを捻り殺すだけだからな」


「ふむ……良いだろう。この決闘、この炎龍王が預かった。両者は表の広場へ向かえ。そこを決闘の場とする。異論は一切認めん」


「ははッ。必ずや、この者が龍王様方の手となるには分不相応であると、この私が証明して見せましょうぞッ!!」




 こうして、リュウデリアへ一番最初に突っ掛かり、尻尾で首を絞められていた龍が、決闘を申し込んだのだった。




 ──────さて、末とはいえ雷龍王の倅を無傷で打ち倒したという、噂の純黒の黒龍……リュウデリア・ルイン・アルマデュラの力の一端を見せてもらおうか。




 決闘を行う龍が闘いやすいように、遮蔽物の無い広場へやって来て、リュウデリアと精鋭部隊の一匹である龍……ロムが対峙した。観客は被害を被ることが無いように離れた場所に居り、念の為という事でオリヴィアの横には炎龍王が控えていた。更にその周りには精鋭部隊が固めているので、万が一ということは無いだろう。


 ロムは既に龍の形態へ移行している。全身の鱗が薄い橙色をしており、龍達の間では見慣れた四足歩行。対するリュウデリアは人間の姿に似ている二足歩行の姿。それを龍達は気味の悪いもの、悍ましいものと捉えているのか、野次馬としてやって来た龍達は口々にリュウデリアの陰口を叩いた。


 リュウデリアの陰口を叩けば叩くほど、オリヴィアの気分が下がっていく。なんだったら心の中でリュウデリアの魔法が被弾して全員死ねば良いとさえ思っているし、顔に出そうだ。まあ隠す気は無いのだが。


 話を戻すとしよう。龍の決闘というのは、命の奪い合いだ。挑戦とは違い、互いの全てを出し切って相手の命の灯火を消す。それが全容。ルールは無い。始まりの合図と共に闘いは始まり、どちらかが死ぬか、降参と口にした時に終了する。降参の場合も命を落としたものと扱い、負けた相手に生涯頭が上がらない立場となる。なので大体は降参を口にしない。


 対峙しているロムは、怒りの形相で魔力をこれでもかと解放して全身を包み込んでいる。対してリュウデリアは腕もだらりと垂らして自然体。魔力も解放すること無く、唯立っているだけである。炎龍王の準備は良いかという言葉に両者が頷く。


 既に魔法を放つ為に術式を構築しているロムは、怒りでどうにかなりそうだった。あれだけ龍王に舐めた態度を取っただけでなく、名誉である直接のスカウトを考える素振りすら見せず断った。更には己に辱めを与え、仲間達の前で侮辱した。そして最後には魔力で全身を覆うことも無く、準備は出来ているという。ならば思い知らせてやる。あの純黒の黒龍に、精鋭部隊に入った龍の力を。




「──────始めッ!」




 炎龍王の掛け声によって、龍の決闘が開始した。観戦している龍達も固唾を呑んで見守り、ロムもすぐに魔法を発動した。前方に現れる巨大な橙色の魔法陣。破壊系魔法の上位。それをリュウデリアへ向けて撃ち放つ。数瞬後には何も残らないだろう。最も得意で最も威力のある魔法だ。


 己の勝ちは揺るがない。これで黒龍を打ち倒し、黒龍の力なんぞ龍王様方には必要ないのだと、私が居れば十分なのだと知っていただき、是非とも側近に指名していただく。そうすれば、何時でも何処でも、敬愛する龍王様方の傍に居ることが出来る。


 まさに薔薇色の未来。それを今この瞬間にも目前に広がっているような光景を幻視して、ほくそ笑む。もう勝った。クソ生意気なガキを殺して龍王様の側近になれるなんて、自身はなんてついているというのだろう。これならば、侮辱されたことも水に流してやっていい。何せ、お釣りが来る位のものを手に入れるのだから。




「──────はぇ?」


「そら終わりだ。呆気ないな」




 気付いた時には、ロムの頭はリュウデリアの手に納められていた。しかも視線の先にはロムの体がある。あれ、これは一体どういう状況なんだろう?そう困惑した思いを抱きながら、その瞳から光が失われていき、頭を取られた胴体はずしりと音を立てて地面に崩れ落ちた。


 倒れて首の断面から血を噴き出しているロムの死体を一瞥することも無く、擦れ違い様に毟り取ったロムの頭を上に放って受け止める。それを三度繰り返すと、此方を見ている炎龍王の足下へ向けてロムの頭を放り投げた。血を流しながら弧を描いて落ちるロムの頭は、丁度炎龍王の足下へと地面に落ちて転がっていった。


 もの言わぬ頭だけに成り果てた、ロムの光無い瞳が炎龍王を見上げる。それを見て面白そうにひっそりと笑みを浮かべた炎龍王は、足下のロムの頭を煉獄のような赤黒い炎で一瞬にして燃やし尽くした。その一瞬で使われた魔力に、リュウデリアは目を細めるが何も言わず、歩き出す。




「面白みもクソも無い、実につまらん決闘だった。初めての決闘くらい血湧き肉躍る闘いがしたかったが、あの程度ならば仕方あるまい。況してやアレで精鋭部隊というのだから、龍王を護ると息巻いている其奴等の程度は知れるというものだ」


「味気ないものにしてすまなかったな、リュウデリアよ。その詫びとは言わんが、少しこの“スカイディア”で翼を休めていくが良い。我々は歓迎しよう」


「ふはッ──────そうは見えんがなァ?」




 炎龍王の言葉に、リュウデリアは口の端を吊り上げながら周りを見る。そこには彼の事を遠巻きに見ていて、良く解らない、未知を見ているような目で見ていた。それもその筈。観戦していた龍達にはリュウデリアが行った事が見えなかったのだ。龍の最高レベルの動体視力を以てしても、全く捉えることが出来ていなかった。


 始めの合図がされたと同時にリュウデリアが姿を消し、ロムの背後にいつの間にか立っており、その手にはロムの頭を持っていた。そして頭を無くしたロムの体が遅れて魔法陣を展開し、すぐに砕け散らせた。


 圧倒的も以前に、何をしたのか解らなかった。いや、頭を無理矢理毟り取ったのは解っている。手に持っていたのだから。だがどうやってその速度を出したのかが解らなかったのだ。故に何をしたのか解らないことをした、悍ましい姿の黒龍……それを見る目が、今向けられているものだ。


 しかし数多くの龍達の中で、炎龍王だけがリュウデリアの動きをしっかりと目で追っていた。始めと同時に翼を大きく広げ、一度羽ばたいて直進し、その手でロムの頭を鷲掴んで毟り取り、背後に抜けると止まったのだ。翼を使っているのに風や衝撃波を感じさせない完璧な動き。炎龍王はそれを見た瞬間、この黒龍は龍王以外では止められないと確信した。




「如何だった、オリヴィア」


「私の目にも見えなかったが、格好良かったぞ。どうする、少し世話になるか?」


「折角だからな。それに、少し気になる事もある」




 連れと言っていた、人の形をした人で無い者と親しげに話している黒龍に、炎龍王は興味を抱いて笑みを浮かべているのだった。






 こうして、リュウデリアの生まれて初めての龍との決闘は、圧倒的な力で勝利したのだった。







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