第29話  強者

 




「認識を改めろッ!!」


「リュウデリア・ルイン・アルマデュラは──────強いッ!!」




 四匹の龍達は決して龍の中で弱い部類では無い。それどころか龍王の命令を受けて達成するために、ある程度の強さがある龍に任せられた。それがこの四匹の龍達だ。簡単に言ってしまえば、それぞれが中の上程度の力は持っているのだ。無論、これは龍の中でという意味になってくるので、当然下の下でも人間なんかが相手になるはずも無い。


 今朝方呼び出され、命令を受けた。リュウデリア・ルイン・アルマデュラなる純黒の龍を、直ちに連れてこいと。居る場所は解っていたようなので、場所を聞き、直ぐに向かった。何でもない命令だと思った。龍王に来るよう言われれば、誰であろうと馳せ参じるのが当然で、四匹の龍は単なる道案内に過ぎないと思ったのだ。


 しかし蓋を開けてみれば、なんという難題だろうか。4対1という圧倒的数の陣形が取れている。数で優勢なのは火を見るより明らかだというのに、今や劣勢だ。


 そもそもな話、リュウデリアが同行を拒否するとは思わなかった。龍王とは龍を纏め上げる王達だ。その者達の言葉は人間達の王と民の構図に他ならない。故に拒否するという考えは普通ならば出やしない。最初こそ龍王の厳命を断るとは、何という命知らずか……と、思ったが、リュウデリアはその発言を溢すに足る実力があった。


 龍はその体の大きさと、中に詰まっている筋肉等の重みにより、総じて重い種族だ。取っ組み合いなんてすれば大地を削るし、歩くだけで地響きが鳴る。しかしリュウデリアは、そんな龍を軽々と片腕のみで投げ付けた。そんな力を持っている龍がどれ程居るだろうか。そして鱗の硬度だ。確かに龍の鱗は頑丈だ。基本的に罅を入れることすら困難だろう。


 だが同族からの攻撃は違う。硬い龍の鱗は、同じ種族の龍の手によれば砕けない事も無い。易々とまではいかないが、魔法を撃ち込むなり、体をぶつけ合うなりすれば、意外にも砕けるのだ。その筈なのに、リュウデリアの鱗は一向に砕けない。罅すらも入らない。ましてやダメージも無い。


 四匹の龍が、世界最強の種族が四匹同時に魔法を放って、それを魔力による防御も無しに真面に受けて、一切効いていないのだ。有り得ないほどの耐久性。被りもしない四属性による同時魔法攻撃。その結果は全くのノーダメージ。先日リュウデリアと戦ったウィリスはこう思った。まるで魔法を無効化する体質のように感じると。言い得て妙である。


 戦ってこそ解る、リュウデリアの異常な強さ。隠している所為で魔力の底が解らないが。戦闘に立つと本当に底無しの魔力に感じる。そして龍を軽々と投げ飛ばす膂力に、残像を生み出して移動する機動力。攻撃を無効化しているとしか思えない堅硬な純黒の鱗。戦いに必要なものが全て揃ってしまっている。


 ここまで理不尽に強いと、四匹の龍達も変な錯覚をしてしまう。リュウデリアと戦っている内に、何と戦っているのかが曖昧となってきて、その内純黒の何かに呑み込まれようとしているように思えてくるのだ。




「──────おおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


「はッはははははははははははははははははッ!!」




 雄叫びを上げる。咆哮を響き渡らせる。二匹がリュウデリアへと向かっていき、口を大きく開けた。開始されるは膨大な魔力の凝縮。ある一点に集束して凝縮された魔力は、溜め込まれた量に応じて爆発的に暴発する。それに方向性を持たせたのが、リュウデリアの十八番である魔力の奔流による光線だ。つまり溜めれば溜める程その威力は強大となる。


 龍は総じて魔力を持って生まれる。そしてその魔力の総量は全種族で堂々たるトップである。龍という種族の中でも平凡なレベルの龍の総魔力量でさえ、奇跡の子と持て囃されても良いほどの才能を持った者の総魔力量より断然多い。つまり、先の理論で言うのならば、溜め込んだ魔力の解放による光線は、龍にとってシンプルにして強大な力となる。


 二匹の龍は、最早リュウデリアを無傷で連れて行こうとは考えていない。腕の1本や脚の1本は吹き飛ばしてでも連れて行こうとい気概でいる。つまりは本気だ。龍が本気で魔力を溜めて解き放とうとしているのだ。それが二匹ともなれば、解き放たれた後はどうなってしまうというのか。


 そしてそれを、0距離で放てば相手はどうなるのだろうか。想像に難しく無いだろう。相手が普通ならば……という前提が付くが。


 二匹の龍が巨大な体を揺らして走らせてリュウデリアへと接近し、その間に口内へと全魔力を溜め込んで凝縮していく。眩い光が漏れ、膨大な魔力に周囲の木々がざわめき、大地を割っている。罅が入って地割れを為し、大気が震えている。二匹の龍による、全魔力を使った咆哮を放とうとしているというのに、リュウデリアは腕を広げて待ち構えた。


 油断。慢心。そう捉えた二匹の龍は怒りを湧かせながら、望み通りにしてやろうとリュウデリアの懐に入り込み、二匹同時に魔力を解放した。瞬間、桁外れな魔力の奔流がリュウデリアを襲った。景色の彼方まで伸びる、合わさった一条の魔力光線。本気で放っている。生き残るかも怪しいほどの一撃を叩き込んでいると自覚している。だが止めなかった。


 寧ろ、全魔力以上に全魔力を解き放っている1秒でも長く照射し続ける為に、これまでの龍生でトップになるだろう、魔力が体内から消えて無くなっていく感覚を味わいながら、二匹の龍は魔力を放ち続けた。だが、そんな二匹の頭を鷲掴みにする存在が居る。リュウデリアだ。他でも無いリュウデリアが、二匹の龍の頭を掴んでいるのだ。




「──────ッ!?」


「な……にィ……ッ!?」




 思っても見なかった。いや、想像すら出来ていなかった。だがそれも仕方ないのかも知れない。全力で撃ち放っている魔力の奔流。それが龍二匹分である。常に照射されている莫大な魔力の光線は、有象無象ならば近付くだけで消し飛ぶ事だろう。しかし、リュウデリアはその場からすらも動かなかった。


 撃ち続けられている魔力の中から、純黒の鱗に覆われた手が現れる。傷一つ無い彼の鱗。その腕の動きにダメージを受けている様子などは見受けられず、魔力の光線を放っている二匹の龍の頭を掴んだのだ。


 魔力の奔流が途切れた。魔力が切れてしまったのだ。全力で加減無く。そんなことをすれば、威力は絶大であろうと、いくら内包する魔力が膨大であろうと、魔力が尽きてしまうのは自然の理であった。故に視界が開けてはっきりと映る。無傷で嗤う純黒な龍の姿が。ほとほと呆れる防御力だ。二匹の魔力の奔流を受けて、ダメージらしいダメージが無いのだから。


 頭蓋が軋む。変形しているとしか思えない激痛が襲ってくる。このままならば最も分厚く堅硬な頭蓋骨が握り潰されてしまう。いや、握り潰そうとしているのかも知れない。そしてリュウデリアはそんなことが出来てしまう握力を持っているのだろう。あぁ、何と強かな黒龍であろうか。捕らえることはおろか、戦闘不能にすることさえ出来ないと悟らせるものを、持っている。


 ばきり……と、嫌な音が鼓膜に響いた。どうやら二匹とも頭蓋骨に罅が入ったようだった。そしてそれは感触からリュウデリアも察したのだろう。それでも彼は力を緩めない。寧ろ握り潰そうとしていた。当然の結果なのかも知れない。連れて来いと命令されてやって来て、断られたから実力行使に出たのは此方だ。返り討ちにされても仕方が無い。


 魔力が尽き果て、骨格の問題からリュウデリアの手を剥がすことが出来ない。意識も朦朧としている。意思に関係なく暴れる手脚と尻尾は、もう垂れ下がるばかりだ。肘を伸ばしきり、龍の頭を掴んでい宙吊りにするこの腕力。堅硬な頭蓋骨を握り潰す万力が如くの握力。全身を静謐に包み込む強かで美しい魔力。感じ取れる底が見えない底無しの魔力。物理も魔法も一切効かない防御力。4対1でこの体たらくは、己を恥じるばかりである。


 今更とも思われるかも知れないが、遣いの龍達は迎えに来ただけだ。龍王の厳命を伝えれば従うのだ。しかしこの黒龍は普通ではなかっただけ。そして拒否するだけの力があった。その力は、今まさに二匹の龍が手も足も出ずにやられている事が何よりの証明になることだろう。


 何はともあれ、宙吊りにされている二匹の龍は此処でもう終わりだ。逃がして貰えるとは思えない現状。あわよくば逃がしてもらえたらと考えている浅まし己自身……全く歯が立たなかった己の無力さにほとほと呆れながら散るのだ。そう覚悟を決めた瞬間、リュウデリアと二匹の龍の間に、土の壁が勢い良く隆起した。


 必然的に隆起した土の壁に衝突する、二匹の龍の頭を掴んでいた両腕。そして上から鷲掴んでいた手が滑って離してしまった。二匹の龍は突然離された事で地面に倒れ込む。起き上がることは出来ない。もう既に起き上がれるほどの状態に無かったのだ。四匹で来たことで、やられている二匹とは別に、残りの二匹が助けてくれた。礼の一つでも言いたいところではあるが、二匹は限界。心の中で謝罪をしながら、意識を手放した。




「私が壁を維持する。あの二匹を回収してくれ。長くは保てん」


「了解した」




 少し離れた所で、二匹の龍の内、片方がリュウデリアへ向けて魔法陣を展開していた。魔法で土を操り、壁を作っていたのだ。そして指示を出されたもう一匹の龍も魔法陣を描き、倒れている二匹の龍の真下の地面を操作して近くへ寄せる。安否を確認すれば、生きている。気絶しているだけだ。だが頭からの出血がある。


 鱗が割れて微かに指の跡がある。何という握力だと戦慄しながら、戦闘に巻き込まないように、そこから更に離れた場所に二匹を移して土でドーム型の壁を作った。半数がやられたとはいえ、ここで負けましたと言って降参する訳にはいかない。与えられた命令は、あの純黒の龍を連れて来ること。まだ動けるというのに負けを認めて引き下がる訳にはいかないのだ。


 頑丈に作った土の壁に軌跡が描かれる。風を切る音を立てながら、線が入り、乱雑に斬り裂かれた。崩れた土の壁の向こうからは、尻尾の先端に純黒なる魔力で形成した刃が付いていて、尻尾をゆらゆらと揺らしているリュウデリアが居る。腕を組み、堂々たる佇まい。隙だらけだ。しかし隙を埋める必要は無い。


 リュウデリアはもう解ってしまっているのだ。残り二匹の龍は、自身を傷付けることは出来ないと。傷付ける攻撃を持ち得ないと。そして、絶対に傷付けられないと確信しているのだ。だから態と隙だらけの体勢で居るのだ。警戒する価値すら、お前達には無いと言われているようで、二匹の龍はギリリと牙を鳴らした。




「どうだ。気が変わったか?逃げるならば今の内だぞ」


「……我々に賜りし命令はお前を連れて来るというもの。諦めて帰還する訳にはいかない」


「故に、気が変わる……なんて事は有り得ない」


「ふむ……では──────仕方ないよなァ?」




 顎に手を当てて擦り、何か考えているようや仕草をしていた。諦める気になったかとリュウデリアが確認すれば、返答は否。どうしても連れて行きたいらしい。忠実なものだと思いながら、呆れたように溜め息を吐いて……あくどい笑みを浮かべて嗤った。


 途方も無い嫌な予感が全身を駆け巡った。仕掛けてくる。そう解りきった事を悟った瞬間、視界からリュウデリアの姿は消えていた。純黒の龍の姿が見えない。あれ程異質に思える色をした、自身等同様の巨体の持ち主が忽然と姿を消した。姿を消す魔法か。いや、魔法を使う前兆は無かった。ならばまさか、単なる移動なのか。


 そう考え付いた時には、魔法で土の壁を作った方の龍の体に異変が起きていた。異物感があるのだ。腹に。いや、語弊があった。背中から腹まで一貫して異物感があった。龍は恐る恐る長い首を曲げて自身の体を振り向いて見た。そして異物感の正体に気が付いた。突き抜けていたのだ。自身の体を、リュウデリアの尻尾が。背中から入って腹まで。地面にまで到達している。


 目視で確認すると、痛みが奔り始め、口から大量の血を吐き出した。ごぼりと溢れる真っ赤な血が、地面を赤黒く染め上げる。そして龍の体を易々と突き破った尻尾の持ち主であるリュウデリアは、そのまま龍の上に降り立って踏み付け、地面に縫い付けた。貫通した尻尾で動けない。


 自身の上から膨大な魔力を感じる。避けられない。何をする気なのかは解らないが、この状態から避けることなど叶わない。己の体を覆う鱗とて柔くは無い。柔くは無いはずなのに、今から攻撃を受ければ意識を保てる自信が無かった。


 そして後頭部に衝撃が来たと感じた次には、意識は暗い闇の中へと落とされていった。見えなかったので何をされたのか、最後まで解らなかっただろう意識を手放した龍。やったことは単純。地面に縫い付けて、上から魔力を纏った拳で殴打したのだ。殴打された頭は思い切り地面に叩き付けられ、地面は蜘蛛の巣状に罅が入った。


 轟音が響き渡り、リュウデリアは叩き付けた拳を離し、気絶した龍の上から退いた。突き刺した尻尾を引き抜くと、純黒の鱗に赤黒い血がこれでもかと塗れていた。尻尾の先から血が滴り、殴打した事で付いた手の血を舐めた。べろりと長い舌で同族の血を舐め取るリュウデリアのその姿が恐ろしく、残った最後の一匹は無意識に一歩後退っていた。


 仲間が尻尾で体を穿たれた時、横槍を入れるなり魔法で撹乱するなりすれば良かったのに、自身の体は動かなかった。いや、動けなかった。見捨てるつもりなんて無かった。助太刀に入るつもりだった。だが駄目だった。動けなかった。それ程までに、リュウデリアが圧倒的だと認めてしまっていた。




「──────おい」


「──────っ!!」


「後は貴様だけだぞ。来ないのかァ?まあ最も、最後のチャンスを不意にしたのは貴様等だ。今更逃がすつもりは毛頭無い。精々実力行使に出た己の浅はかさを恨めよ」


「……っ………舐めるなァッ!!」




 四匹の内三匹が既にやられてしまった。残るは自分自身のみだ。こうなればヤケというもの。全員で掛かって優勢も取れない相手に一匹で向かっていって勝利できると、堂々胸張って言えるほど自惚れてはいない。寧ろ向かっていった所でやられるのがオチで、結局龍王からの厳命を達成できずに終わるというのは、目に見えている。


 しかし、だからといって引き下がる訳にはいかないのだ。命令を下され、此処までやって来た以上は完全に戦闘不能になるまで立ち向かう。それが実力行使というものだ。故に、最後の一匹となった龍は、内包する残った魔力を惜しげも無く使用し、リュウデリアへと突撃していった。


 リュウデリアは腕を広げて迎え撃つ。逃げも隠れもしない。来るならば来いと言外に語っていた。後に大きな爆発が捲き起こり、勝負は直ぐに決することとなった。
































「して、お前達はたった一匹の同族に手も足も出ず、ノコノコと帰ってきたという訳か?」




「も、申し訳ありません……」


「我々程度では歯牙にもかけられませんでした……」


「私共が弱く……」


「あの黒龍が強すぎました……」




 ──────……此奴等とて最底辺の実力という訳では無い。確かに特出したところは無く、龍の中でも平均的と言えるが……数は4だ。それでも歯牙にもかけられなかったという評価……雷龍王の末の息子が捻じ伏せられたという話からして……ふむ。




 とある場所にて、リュウデリアを連れて来るよう命令されていた四匹の龍は頭を垂れていた。自身よりも強く、完全なる上位の存在、龍王。そんな命令を下した龍王に、体を震わせながら謝罪をし、同時に報告を行った。


 四匹の龍はリュウデリアに殺されることはなかった。しかし全員戦闘不能にされて気絶し、ある程度の時間が経って目を覚ました時には、当然の如くリュウデリアはその場に居なかった。倒されてそのまま放置され、各々が与えられた傷やダメージに苦しみながら、どうにか帰還を果たすと、背中から腹に掛けて大穴が空いていようが龍王の元へ馳せ参じたのである。


 報告をしている間も、体の節々に鈍痛が響く。頭蓋骨に罅が入っていたり、あらゆる場所の鱗が割れていたり、胴体に穴が空いていたり、症状は様々ながら、それでも声一つ上げることは赦されない。


 痛みで震えながら頭を垂れている者達を見下ろしながら、報告を受けていた龍王は顎を擦った。決して弱いとは言い切れない者達が束になっても連れて来ることが出来なかった。それだけの力を持つ龍。雷龍王に言われた時は眉唾ものだと思ってはいたものの、少し興味が湧いた龍王は、頭を垂れている者達を下がらせ、違う者を呼んだ。






 純黒の龍を連れて来い。それはまたもや同じ内容であり、今度は戦闘不能にしても良いと、龍王の口から直接言及された。リュウデリアの元へ、新たな使者が向かおうとしていた。







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