第28話  4対1







「──────我等へ付いてきてもらおうか」


「──────これは7大龍王の厳命である」




「…………………。」




 オリヴィアが魔法の練習をしているところに、それは現れた。ついこの間見て知った、自身とは違う同族である龍。その龍が4匹、やって来たのだ。敵意は持っていない。だが念の為にリュウデリアは、オリヴィアを背に隠して何時でも魔法が使えるよう、掌に魔法陣を描いていた。


 4匹の龍は飛んだままリュウデリア達を見下ろしている。今すぐにでも行こうとしているのが解る。だが彼は応じる気が無かった。何故か。当然だろう、彼は7大龍王という存在を知らない。それに会う義理も無い。呼ばれたから行くと言っても、自身は龍でありながら捨てられた身だ。なのにいきなりやって来て、命令には従えというのは、おかしな話だろう。


 故にリュウデリアは腕を組み、尊大な態度で迎えた。そんなことを言われたところで応じる気は無いというのを、態度でも示すために。




「7大龍王か……生憎だが、俺は俺を呼ぶ意図が分からん。それに、普通は話があるならば龍王自ら来るべきだろう。何故俺が態々行かねばならん」


「7大龍王の言葉は我々には絶対」


「意図が不明だろうと何だろうと、貴殿は7大龍王の元へ行かねばならない」


「話が通じんな。ではもう言ってしまうとするか──────同行を断ると言ったら……如何する?」




「命令は絶対だ──────実力行使に出させてもらう」




「──────くははッ!」




 思った通りの方向へと話が進んでしまった。命令一つで自身を見つけ出し、やって来たのだ。連れてこいと言われれば、例え実力行使に出ようとするだろう事は簡単に予想できる。そしてリュウデリアは同行する意志が欠片も無い。名前からして7大龍王というのは、龍という種族にとって頂点に近い存在なのだろう。だが、だからと言って、自身がその命令に従う義務も義理も無いのだ。


 捨てられてから1匹で生き、世話になった事も無ければ、顔を知っている訳でも無い。何も知らない相手から、私が会いたいからお前が来い……と、言われてハイ行きますという素直な心など、リュウデリアには無い。


 話の流れで察したオリヴィアは、その場を離れて距離を取った。龍の戦いに巻き込まれれば、流石にただではすまないと思ったからだ。例えリュウデリア特製の純黒のローブが有るとはいえ、彼が使う魔法はローブの防御性能を貫通する。つまり、巻き添えになってしまえば防ぐ手段が無い。まあ、相当な乱戦にもならない限り、オリヴィアに魔法を誤射することは無いのだが。


 リュウデリアは戦闘態勢に入った4匹の龍に拳を構える。4匹の龍は赤土の鱗をしている。ウィリスは黄色であったし、恐らく生まれてくる龍によって色が違うのだろう。実際、リュウデリアが街で読んだ本の中には龍の目撃した者が語った話があり、水色や赤色など、様々な色の龍が居るということは解っていた。事実とは別としてだが。


 脚を肩幅と同じくらい開いて左拳は前に出し、右の拳は体の近くに。ファイティングポーズのそれは、本に載っていたものをやっているだけである。知識からの実践。リュウデリアは今、蓄えた知識を使っているのだ。


 彼は普通の龍とは違って二足歩行で、体付きは人間に近い。つまり戦い方は普通の龍とは違って引っ掻きや噛み付きによるものではなく、骨格を最大限利用した殴打や蹴りといったものが主体となる。そしてリュウデリアの体は大きい。約30メートルの体と、それ相応の体重と類い稀なる筋力に恵まれた彼から繰り出される殴打や蹴りの破壊力は筆舌に尽くしがたい。


 更にはそこに魔力による強化も施される。全身を覆っている純黒の鱗は硬く、殴打されればその硬さを身を以て知ることとなり、殴打する事によって返ってくる反動のダメージは無効化される。つまり、リュウデリアの体格と殴打、膂力と蹴り、そして莫大な魔力と魔法は、敵からしてみると厄介なことこの上ないのだ。


 シンプルにして強力。故に対抗し辛い。それを今から4匹の龍は知ることとなるだろう。4匹の龍の目的は、リュウデリアを自身達に命令を下した7大龍王の元へ連れて行くこと。殺すことでは無い。なので適当に痛め付け、反抗の意思を削ぎ落とす。それから連れて行けばいい。そう考えていた。つまるところ、4匹の龍である彼等は、油断していたのだ。




「──────ッ!?」


「──────ははッ!!何時まで俺が居た場所を見ているつもりだ!?」




 4匹の龍の内、横並びに並んでいることから右端の龍に飛び掛かり、顔を掴んで移動しながら地面に叩き付けた。地面を削りながら顔を押し付る。叩き付けられ、捕らえられた龍は目を白黒とさせていた。何時の間にか顔を掴まれ、地面に叩き付けられていたからだ。気付いたらというのがまさに正しい。


 残りの3匹はハッとしたように背後を振り返った。全く見えなかった。そして初動すらも捉えられなかった。忽然と消えたと思ったら、仲間の一人に飛び掛かっていた。何という速さ。動き出すというのならば、必ず初動を起こすものだ。体が傾いたり脚を踏み締めたり。やり方は多数あるが、何であろうと必ず何らかの動きが見える筈だった。


 仲間が1匹掴み捕らえられている。気付かなかったとはいえ、もう戦うことは避けられない。そもそも実力行使を決行すると言ったのはこちらだ。呆気に取られて動かなくなってはいけない。3匹の龍は急いで振り返り、リュウデリアを追い掛ける。しかし、振り返った先で彼が此方を見ていた。嫌な予感がする。そしてそれは実に正しい予感だった。




「一斉に向かってきていいのか!?固まっているとこうなるぞッ!!」


「──────ッ!?ぐはッ……ッ!?」




 リュウデリアはぶん投げたのだ。掴み捕らえた龍を。万力のように頭を掴まれたことによって、頭蓋からみしりと嫌な音が聞こえてくる。尻尾を地面に突き立てて無理矢理速度を落とし、振り返って捕らえた龍を3匹の龍へ向けて投擲した。3匹の龍に陰が落ちる。仲間の体が覆い被さり、衝突する。


 自身と同等の大きさである龍を、到底片手で投げたとは思えない速度でやって来た、仲間という名の弾丸は、3匹の龍を纏めて吹き飛ばした。3匹でも受け止める事が出来なかった。飛んできたので身構え、多少なりとも受け止めようとした。それは3匹ともそうだった。しかし、飛んできた龍の速度と威力は受け止めきれるものではなく、難なくと吹き飛ばされたのだった。


 だが4匹とて龍。最強の種族である存在が、その程度で目を回すはずも無い。4匹は切り替えた。生半可な行動では捕らえることはおろか、龍王達の元へ連れて行く事すら困難だと。だからある程度の痛みは覚悟して貰おう。ある程度から死なない程度にという認識に変えた龍達は、吹き飛ばされながら魔法陣を展開した。




「──────『岩土の捕縛鎖』」


「おぉ……頑丈だな。まあ──────俺には効かんが」




 足下の土が魔法によって固くなり、鎖の形を形成してリュウデリアへと巻き付いた。長く伸びた土の鎖は腕や脚、首元にも巻き付いて動きを拘束する。早い魔法だ。魔法陣を展開して直ぐに身動きが取れなくなった。全く動かすことが出来ないように全方向へ引き寄せられている。普通ならばこれで捕縛は完了だろう。普通ならば。


 リュウデリアは魔力による強化も無しで、自身の腕力のみを使って拘束している土の鎖を引き千切った。当然として引き千切られないように固く強固にし、魔力で強化をしている土の鎖が、いとも容易く千切られた。しかしだからと言って驚きはしない。仲間を腕1本で投げ飛ばした膂力の持ち主だ。このくらい出来ても別に予想の範疇を超えない。


 欲しかったのは時間だ。リュウデリアはその場に縛り付け、魔法を行使するための時間。それさえ確保出来れば良かった。時間にして2秒。それだけ有れば十分すぎる程の時間だ。土を使った強固な鎖の魔法に最初感嘆としたリュウデリアが、その後引き千切るのに5秒は経っていた。つまり準備は出来ているのだ。


 土の鎖を作った龍とは別の3匹の龍が、リュウデリアに向けて手を翳していた。そこには魔法陣が生み出され、炎、水、雷の三属性の球体が出来上がっていた。大きさは巨大なものだ。若しかしたらリュウデリアと同じくらいの大きさかも知れない。そんなものを、同時に放った。


 差し迫ってくる3属性の球体に、リュウデリアは避けるという選択を取らなかった。行った行動はその場での防御。受け止めるという選択だった。腕を顔の前でX字にし、翼を広げて全身を包み込み覆う。そして防御の体勢が整ったリュウデリアに向けて三属性の魔法の球体が衝突した。


 眩い光を発して超常的な大爆発を生み出した。リュウデリアが居た所の足下に生えていた木は消し飛んだり吹き飛んだりして酷い光景だ。大爆発による黒い雲が立ち上り、衝撃波が押し寄せる。だが今度は土の鎖を作った龍が土の塊を作り出し、再び球体を作り出した3匹と合わせて四属性の球体を、リュウデリアが居たところに向けて放った。


 再び大爆発が起こった。恐らく直撃したのだろう。黒い煙の範囲が更に広がり、巨大な黒い煙の塊と化した。龍の魔法を立て続けに7発撃ち込み、着弾させた。絶対にダメージは受けている筈。防御体勢に入り、魔力で強化したのだとしても、4対1の魔法である。報告ではそれなりに強い龍だという話だ。まだ動けるだろうから、次の一手を講じようとした時、強風が発生して黒い煙が散らされた。




「──────おいおい。弾を飛ばすのが好きなのかお前達は?その程度の魔法だと、俺を無理矢理連れて行くことは一生出来んぞ。えェ?はッははははははははははははははッ!!」




「……無傷か」


「連続して受けておきながら、掠り傷すらないとは」


「何という鱗の硬度」


「認識を更に改めろ。リュウデリア・ルイン・アルマデュラは──────強いッ!!」




 煙から晴れて出て来たのは、翼を広げて嗤っているリュウデリア本人だった。魔法を撃ち込まれた時から全くその場から動いておらず、威風堂々とした立ち姿。龍であるのに鱗を打ち付けてくるかのような強大な威圧感を放つ純黒の龍。その純黒の鱗に一切の傷は無く、ダメージも無いのだろう。







 黒龍の黄金の瞳が4匹の龍を捉えて離さない。そして逃がさない。命令であろうと何だろうと、牙を向いたならば異種族同族関係無い。向かってくる総てを蹴散らすのだ。







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