第4章

第27話  迎え






「お前には魔力が無い。女神だからな。だから魔法を使う感覚がまだ慣れないのは分かる」


「……あぁ」


「だからといって──────これは拙いだろう」


「……すまない」




 リュウデリアは尻尾で地面をバシバシと叩きながらオリヴィアに訴え、彼女はすまなそうにして目を伏せている。彼等がやっているのは、魔法の練習である。復讐に燃えた女、リリアーナの計画により街を襲った魔物の大群。それを1匹残らず殲滅して救ったオリヴィア。


 魔物を殲滅したのは良い。その方法が、純黒のローブに刻まれた魔法陣の効果と、貯められた莫大な魔力によるものを使った魔法であっても。寧ろそういうときの為に、オリヴィア単体が戦えるということを周りに知らしめる事も兼ねて改造してあるのだ。だから使ってくれなくては困るというもの。


 だが、リュウデリアは1つ疑っている事が有った。それは、オリヴィアは魔法の細かい調整が出来ていたのか?という面である。相手は大群。つまるところ、デカい魔法をぶっ放せば取り敢えずは当たるのだ。適当な魔法を展開して放てば勝てる、武器が魔法のワンマンアーミーみたいなものだ。勝てて当然。しかし、リュウデリアが街の外を見た時、明らかに高火力の魔法が使用された経歴があった。


 草が円形に焼け焦げ、所によっては溶岩が固まったようになっている。解かし切れていない純黒の氷が地面に張られ、一カ所に関してはクレーターみたいなものが出来ていた。上から高火力の魔法が一発、落ちてきた時に見られる状況だ。それだけのものがあれば、使ったのは炎、氷、雷だというのを察するのは簡単だ。だが火力に問題がある。


 明らかなオーバーキル。それも、炎の魔法に関しては相当な数撃ち込まれていた。それだけでリュウデリアは、オリヴィアが魔法を使えても火力調整があまり出来ていないということが解った。そこで、今日はオリヴィアの魔法の火力調整技術を上げる為に、少しだけ遠出をしていた。


 街から数キロ離れた場所にある、木々が生えた林の中にある、開けた場所で特訓をしていた。リュウデリアが適当な木を斬り倒して手頃な大きさにカットし、木の的を作った。それに向けて魔法を使ってみろと言ったのはリュウデリアであり、的の木を完全に消滅させる程の大火力炎球をぶち込んだのがオリヴィアである。危なく林が一つ無くなる所だった。


 最初はえぇ……と、見ていたリュウデリアだったが、純黒の炎が他の木に燃え移りそうになったのを見て拙いと悟り、急いで消したのだ。流石のリュウデリアも焦った。まだ開始して1分も経っていないのに、大火事を起こすところだったのだから。




「他者が使う魔法を詳しく知っている訳ではないからあまり偉そうには言えんが、魔法とは所詮想像イメージだ。本来ならば思い描いた魔法に必要な情報を媒体に機構を構築して術式を造り、完成した魔法陣を展開するのだが、お前にやったローブは構築を自動で行うように特殊な魔法陣を刻み込んである。つまり、魔法を発動するのに必要なのは想像力だ」


「それを聞いて思うんだが、このローブは相当優れているんじゃないのか?」


「まあ、想像した魔法の魔法陣を自動で構築してくれる……なんて便利な代物はそう無いだろう。だが勿論欠点がある」


「複雑なものが造れない……だろう?」


「そうだ。相手の展開した魔法陣を紐解き、構築された機構を破壊することで魔法陣を無効化する『解除ディスペル』という技術だ。それを魔法で行うことも出来るが、そのローブには複雑で出来ない。だから出来るのは、炎の弾を撃ち出したり、雷を落としたりと、簡単なものばかりだ。原理としては初級の魔法と同じだな」


「だが、威力はそうではないんだろう?アレは素人の私でもかなり威力があると解った」


「魔法陣を展開する時、魔法を使用する時には魔力を要する。本来初級や中級といった魔法には、それぞれ込められる魔力というのが大凡決められている。だがあまりにも枠から越えた魔力を込めると、魔法が一種の暴走状態となって術者の制御から外れながら強大化し、威力や規模が上がる。例えば、既存の魔法で『飛ぶ炎の玉ファイアボール』という初級の炎魔法があるんだが、これに膨大な魔力を込めると上級の炎魔法『炎焔の大爆撃エクスプロード』に匹敵する威力となる。街の外の焼けた跡から見て、これと同じ事が起きている」


「なるほど……」




 オリヴィアは初級の魔法や中級の魔法といった、階級別の魔法の存在を知らない。なので『こんな感じの魔法が使いたい』という考えの基想像し、ローブに刻まれた、想像した魔法の魔法陣を構築する魔法陣が反応し、難しいものが作れない……という前提から簡単な魔法を発動する。


 だが元々ローブに貯められた魔力が莫大で、あやふやな想像のまま魔法を作った事で余分に魔力を注ぎ込んでしまい、結果初級の魔法の機構で上級の魔法の威力が出てしまうのだ。オリヴィアがやらなくてはならないのは、この想像をもっと明確なものとし、余分に魔力を籠める隙を無くし、想像通りの威力と規模の魔法を作り出すことである。


 複雑なものは作れないローブだが、中級魔法と同程度ならば作ることが出来る。威力は兎も角、それだけの幅があれば、色々な戦い方が出来る事だろう。因みにだが、大地を凍てつかせた魔法に関しては、別に上級魔法という訳では無い。範囲が広く、威力が最上級に位置しようと、やっていることは凍らせる……という一点である。そう難しい事ではない。なのでローブでも発動したのだ。まあ、威力が高すぎて大気まで凍ってしまったが。




「要は慣れだ。やっていればその内慣れて想像通りの魔法が出るようになる」


「だが、また此処ら一帯を焼きかねんぞ?」


「その時は俺が対応する。安心して撃つが良い。今日はそういう日だと決めただろう?」


「……分かった。ありがとう、リュウデリア」


「気にするな」




 オリヴィアはリュウデリアの用意した木の的と向かいあう形で立つ。最初は基本的に使うことになるだろう、純黒の炎の球体。それを想像する。頭の中で炎の球体を想像する。だが漠然とした想像をすると、魔物の大群を殲滅した時のような、かなり大きな球体が出来てしまう。今回はもっと小さなものを生み出す練習なので、小さなものを想像する。


 だが、想像するというのは簡単なようで難しいもので、一度生み出したものをそのまま思い浮かべてしまう。初めて魔法を使ったという感覚も後押ししてしまっているのだろう。想像して生み出された炎の球体は、前回作ったものと全く同じものだった。出来上がってしまったものは仕方ないので、飛ばす練習も兼ねて木の的へと放った。


 すると純黒の炎の球体は木の的へ吸い込まれるように飛んで行き、衝突して木の的を消し飛ばした。しかし炎の球体は止まらなかった。止まらずそのまま奥へと突き進み、林の中へと突っ込もうとする。またやってしまうと思ったオリヴィアだったが、リュウデリアが瞬時に炎の球体の前に躍り出て、尻尾の先の純黒の刃を振り抜いて真っ二つに斬り裂いた。


 大きな炎の球体は燃え尽きるようにして消えた。リュウデリアも尻尾の先の魔力で造り出した刃を消し、フーッと息を吐き出した。威力が強すぎれば木の的を消し飛ばすなど容易に想像できる。なのでリュウデリアは最初から身構えていたのだ。結果は予想通り。オリヴィアが彼を見ると、続けろとジェスチャーのつもりで尻尾を動かしている。




「失敗を恐れたら何も出来んぞ。それにお前は魔法を使った事が無かったんだ、失敗するのは当然だ。それよりも数撃って慣れることを考えろ。俺なら幾らでも付き合ってやるし、傷付ける心配はしなくて良い」


「……よし、分かった。次々飛ばすからな、頼んだぞ!」


「うむ、頼まれた」




 オリヴィアはリュウデリアが監督の下、魔法の練習に励んだ。最初は想像通りの魔法が生み出せず、何度も林へ撃ち込みそうになり、その度に彼が無効化していた。だが少しずつ、少しずつ炎の球体の大きさは小さくなっていき、木の的に当たれば燃え尽きるようになった。それでもまだ3メートル程の大きさはあるが、最初に比べれば小さくなっただろう。


 魔法を使った事が無い初心者にしては、呑み込みが早い。ましてや撃っているのは超威力の魔法である。弱いものを強くするよりも、強すぎるものを弱くさせる方が難しい。実際に籠める魔力を少なくする……なんて事が出来ず、思い浮かべて想像するという手段しか無いオリヴィアの力の加減は、本来の調整の方法よりも難易度が上だ。


 触れたことの無い道の力の力加減を覚えろと言って、いきなりやらせている自覚はある。普通ならば出来ないと一言言っても良いのに、オリヴィアは何も言わず、リュウデリアから出される指示のままに練習を繰り返す。その取り組みの姿勢は彼にとってとても好評価だ。弱音を吐きまくって弛んだ姿勢を見せられたら、恐らく教えることを放棄する自信がある。


 目に見えて加減出来ている訳では無い、少しずつだ。それでも目標には近付いている。リュウデリアは真剣な眼差しで練習に励むオリヴィアを見て、機嫌良さそうに尻尾を左右に振った。やはりローブに魔法が撃てるよう改造を施して良かったと、そう思えた。




「……っ!今のはどうだった?結構小さかったし、それ相応の威力だったんじゃないか?」


「うむ、良かったと思うぞ。あとは今のを何度も連続して撃てるようになれば良いだけだ」


「分かった。もう少し練習する」




 リュウデリアが見ていると、オリヴィアが初めて小さめの炎の球体を生み出して、木の的に命中させた。上過ぎず下過ぎず、左右へのずれも無い真ん中に当て、威力は初級魔法と同等だった。オリヴィアが今のはどうだという問いを投げ、リュウデリアはそれで良いと肯定した。オリヴィアが練習を始めて1時間。たった1時間で出来た。


 勿論、一発撃てただけでは不十分だ。故に何度も同じものを撃てるようにならなければならないのだが、オリヴィアはその後も同程度の魔法を作り出し、放った。命中率は元からとても良く、木の的に寸分の狂いも無く当てた。リュウデリアはほう……と感嘆とした声を上げる。素人にしては本当に上達するのが早い。命中率も良い。良いセンスを持っていると思った。


 炎の球体の発動は大丈夫と見ていいだろう。そうリュウデリアが提案し、今度は氷系の魔法を練習してみることにした。だが氷系のと言っても、魔物を殲滅した時に使ったのは、広範囲を凍てつかせるというものだ。今回はそれをやらず、氷の結晶を生み出して飛ばす練習をしようという事になった。


 間違えれば林一体が凍てついてしまうので、それはもう少し慣れてからということだ。オリヴィアは素直にリュウデリアの言葉に頷き、頭の中に氷の結晶を思い浮かべ、想像し、ローブが反応して氷の結晶を作り出した。作り出されたそれは3メートル程の大きさだったが、初めて氷の結晶を作り出したにしては良い方だ。


 撃ち出しても木の的に当てる事が出来た。あとは炎の時と同様に小さくしていく練習をするだけだ。それからオリヴィアは、再び練習を始めた。この頃になるとコツを掴んできたのか、あっという間に氷の魔法の加減をものにした。最初は1時間掛かっていた練習が、今度は20分やそこらになった。




「ふむ……オリヴィア、加減を覚えるのが早くなったな。素晴らしい」


「まあ、私には全てを受け止めてくれる師匠が居るからな?」


「師匠は言い過ぎだ。飛んできた魔法を消していただけだ。結果の殆どがお前の努力によるものだ。そこは誇って良いんだぞ」


「そうか……?お前がそこまで言うのならば、素直に誇っておこう。だが礼は言わせてくれよ?ありがとう、リュウデリア。お前が見守ってくれたお陰で心配せずに練習が出来た」


「なに、気にするな。お前からの頼みだったからな。俺は俺のやるべきことをしたまでだ」


「他でも無い……か。ふふっ」


「……?」




 オリヴィアは頬をほんのりと朱に染めながら、嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべた。リュウデリアは何故そんなに嬉しそうな表情をしているのか分からず、首を傾げているが、どうやら自身の口から出た発言にも気が付いていないようだった。


 認めて貰い、無意識だろう言葉から察するに、自身はリュウデリアにとって特別な枠組みに入る存在となっているようだと直感した。そして気付けば頬に熱が集まり、耳も熱い。顔が赤くなっているだろう事は簡単に想像がつくが、今は彼の事を見ていたい。オリヴィアは、他人が見れば蕩けていると判断するくらい、甘い微笑みをリュウデリアに向けていた。


 前に居るオリヴィアから、何やら甘いとしか表現出来ない気配を感じ取った。熱い視線で見られ、何だか気恥ずかしい気分になってきた。胸の前で両手を合わせ、モジモジとし始めた。顔は赤く。目も薄く潤んでいるようだ。何が起きているんだと思っていると、オリヴィアが一歩踏み出し、リュウデリアを抱き締めようとした。


 しかしその瞬間、リュウデリアは目を細めて鋭くし、全身から純黒なる魔力を溢れ出して身に纏いながら、体を小さくする魔法を解いて元の大きさへと戻った。一瞬で全長約30メートルの巨体へと戻り、オリヴィアに背を向けた。突然の事で彼女は少し驚いている。だが直ぐに気が付く。リュウデリアは空を飛んでいないというのに、大きな翼を羽ばたかせる音が聞こえてきたのだ。




「あれは……」


「──────何だ、お前達は。何用で来た」




「──────我等は仕えし者」


「──────龍王の命により貴殿……リュウデリア・ルイン・アルマデュラの迎えに参った」


「──────これは龍王による厳命である」


「──────我等への御同行を願う」




 リュウデリアはオリヴィアを自身の背に隠した。彼が感じ取れる感知可能な領域内に、4匹の龍の気配が入ったからだ。万が一に備えてオリヴィアを攻撃の射線から消し、真っ直ぐ向かってきた四匹の龍に鋭い視線を向けた。敵意は無い。だが警戒は解かない。


 4匹の龍はリュウデリアを前にして飛びながら、龍王の命により、此処へやって来たのだという。そして付いてこいと。彼は突然何故同行を願われているのかは解らなかった。目を細めて4匹の龍を見てから、背後のオリヴィアを見る。彼女も何が起きているのか解らず、取り敢えずリュウデリアの陰に隠れている。だが目線で如何すると問いかけていた。





 リュウデリアは4匹の龍に向き直り、口を開いた。何故龍王の命令が、自身を連れて来る事になるのか。真意はまだ、解っていない。





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