第94話  勧誘

 



 ダンジョン、最深未踏が突如50階層まで攻略されという情報は、探索者ギルドへすぐに届いた。探索者は生活の全てをダンジョンに捧げている者達だ。冒険者のように依頼を受けて報酬を得るのではなく、ダンジョンに潜ってまだ誰も回収していない物品を手に入れ、それを売りに出すことによって金を得るのだ。


 故に探索者はダンジョンの情報に目が無い。冒険者ギルドの者が1階層進めたならば、探索者達はすぐに新たなマッピングされた地図を購入して、階層を進めた者の事も調べるのだ。どんな奴が居てどんなパーティーを組んで、どんな攻略の仕方をしていったのかを。


 今日も朝から50階層まで攻略された話で持ちきりだ。それも、攻略した冒険者が書いたものを複製したというマッピング地図に、50階層へ行くための49階層に扉があり、サグオラウスが待ち構えているという情報も提供されている。そうなればすぐに行って通れる訳がない。


 どうしたら勝てる。冒険者ギルドの者達と連携するか?大人数で挑むならば陣形は?必要なものは?魔道具は?そんな話で盛り上がっている。しかしそんな賑わいを見せる探索者ギルドの中で1人だけ、他の者達が気付いていないところに着目していた。




「AランクからSランクに分類されるサグオラウスをソロで倒す冒険者……オリヴィア。会わないと……」




 美しい曲線美を描く体に目を引かれる美貌。全身から醸し出す強者の気配。探索者ギルドの中でも異質な何かを発する女性は、太腿に装着された帯に付いている収納スペースに納まった二振りの短剣。肩辺りで切り揃えられた金髪を揺らしながら、その場を後にした。


 どこをどう取っても美人と言う他ない彼女が歩いても、誰1人として声を掛けない。それどころか通るための道を開けるくらいだ。高嶺の花か?違う。話し掛けるのも烏滸がましい?違う。道を開ける理由は、眉を顰めて汚らわしいものを見る目で睨む、周囲の者達を見れば大体の立ち位置を理解するだろう。




「うっわ、早速行きやがった」


「この単独で50階層まで行っちまったオリヴィアって冒険者に、誰か忠告した方が良いんじゃねーか?」


「まったくだ。アイツと潜った奴はひでぇ目に遭わされるからな」


「ほら、お前オリヴィアって奴に教えてこいよ」




「──────『骸剥むくろはぎ』が来るぞーってな」
























「んーっ。鎧魚の刺身は美味いなぁ……ふふっ、リュウちゃんも美味しいだろう?はい、あーん」


「……んむ」


「まだ少し生で食べるのは抵抗があるが、食べていると忘れてしまうなぁ……気に入った。店主、後3匹分貰おう」


「…………………。」


「おっ、あいよ!気に入っていもらえておっちゃん嬉しいよ!今捌くから待っててな!」




 冒険者ギルドでも探索者ギルドでも噂になって騒がれているオリヴィアはというと、しっかり刺身を満喫していた。一昨日に食べたのが忘れられず、珍しくこれを食べようと提案してきた彼女に、肩に乗っているリュウデリアは静かに頷いた。


 そうしてやってきた大通りにある鎧魚を捌いて刺身を提供してくれる店に一直線で向かい、朝から堪能しているというわけだ。爽やかなレモンの風味に鎧魚のそのままの味が、噛めば噛むほど味が出る。フードの中で、オリヴィアは頬を緩ませて美味しそうにしていた。


 そうして頼んでおいた3匹の鎧魚の刺身を受け取り、何時でも食べられるように異空間へリュウデリアに送ってもらい、次の店を探す。ぶらぶらと適当に歩いて、2人のデートを楽しんでいく。昨日はダンジョンに潜って探索が出来たので、翌日の今日も機嫌が良いオリヴィアに、リュウデリアは静かにクツクツと笑った。


 朝から元気な声で呼び込みをする果物を売っている女性に呼び込まれ、林檎を2つ買って2人でそれぞれしゃくしゃくと齧って食べる。瑞々しくて果汁が溢れて美味しい。ヘルシーなものしか今のところ口にしていないオリヴィア達は、次は肉でも食べるか?と話し合った時だった、背後から道行く人に声を掛けている者が居ることに気が付いた。




「すみませーん、通りまーす。少しだけ道を開けてくださーい」




「あらやだ、こんな朝っぱらからだわ」


「はい、あなたはまだ見ちゃダメよー?もっと大人になったらねー」


「えー?」




「あれは……」


「──────奴隷だな」


「奴隷?」


「何かしらの理由で人権を剥奪された者達のことだ」


「……それにしては、身なりが整っているというか、汚れが無いが……?」


「競売に賭けられるのだろう。見た目が汚ければ買い手がつかんからな」




 2頭の馬に引かれているのは、鉄格子が嵌め込まれている檻のような荷台だった。手綱を引いている御者が声を掛けて道を開けてくれるように頼んでいるのだ。大通りを歩いていた住人達は、声を聞いて脇に避けて道を譲った。パカパカと馬が石造りの地面を歩いて蹄を鳴らしながら前を荷馬車が通っていく。


 鉄格子が嵌め込まれているだけの荷台なので、中に居る奴隷の姿が見える。普通の格好というよりも、布切れのような物を着させてもらっていて、肌に汚れは無かった。髪も整えられていて、とても奴隷には見えない。だがリュウデリアが言うには競売に賭けられるのだそう。


 奴隷とは、格式の高い名家であろうと、落ちぶれてしまって身分を奴隷のそれに堕としたものや、借金を抱えて払う目処が無くなってしまった者、または家族に売り飛ばされてしまった者達がなる、人権なんてものは存在しない位だ。いや、人権すらも無い者に位は存在しないのだろう。


 誰に買われて、どんな扱いを受けようが拒否は許されない。勝手な行動や発言すらも一切許されないのだ。飯を与えなかろうが、暴力を振るおうが、性的に犯そうが全てを購入した者に一存される。人ではなく物。それが奴隷の全てだ。


 鉄格子のある荷台に乗せられた奴隷達のことを、オリヴィアは前を通る一瞬だけ眺める。男、女、子供、中には年寄りすらも居た。そして皆に共通するのは、誰もが俯いてジッとしており、何も喋らず瞳に希望という光を宿していないということ。それぞれが理解しているのだ。これから先は地獄しかないのだと。




「前の街や国には無かったが……」


「奴隷制度を推奨しているところとされていないところがあるからな。奴隷には人権が無いから物の売買に過ぎないと唱える者も居れば、人道に反すると声を上げて奴隷制度を否定する所もある。この国は推奨している場合だったという訳だ。国境を越えればこんな光景が突然目に映る。俺も初めて見たが、あれ等は買い手が下賎だと気付いたら舌を噛む勢いの気配だぞ。くくッ」


「ふーん?まあ私達には関係無いか。欲しいとも思わんしな」


「使い方は様々だろうな。料理をやらせたり、戦わせたり、性処理を行わせたり、単純にコレクションしたりと」


「金の無駄だな。戦わせるにしても、私達の場合だと喜んで荷物を背負っているようなものではないか」


「あぁ。だから奴隷なんぞ何の役にも立たん。所詮は自力でどうしようもなくなってしまっただけの塵芥だ」




 普通はかわいそうだとか、どうにかしてあげたいと思うのだろう。だが生憎なことに、オリヴィアとリュウデリアにそういった者達へ憐憫の感情は動かない。つまりは極めてどうでもいい。欲しいとも思わないし助けようとも思わない。例え奴隷が目の前で暴力を振るわれていたとしても、彼女達は視界の端にすら映さないだろう。


 奴隷に興味を失せたオリヴィア達は、食べ歩きを再開させた。眺めながら齧っていた林檎は芯まで食べ終わり、手の中で燃やして消した。さて、次は何を買おうかと考えていると、彼女達に近付いてくる気配が1つ。リュウデリアは覚えのある気配であり、此方に向かって一直線に近付いてくるのでオリヴィアの肩を叩き、背後からの存在を報せた。




「冒険者ギルドから純黒のローブで全身を覆った者がオリヴィアだと聞いた。あなたがそうだろうか」


「……確かに私はオリヴィアだが、誰だお前は」


「失礼。私は探索者ギルドでBランク探索者をしている“ティハネ”という。すまないが少しだけ私に時間をくれないか。話がしたい」


「ならば今此処で話せ。名前以外何も知らん奴に時間を割いてやる程、私はお前に興味を抱いていない」


「…っ……頼む。食事でも奢ろう。だから此処ではないところで話をさせて欲しい」


「ほう……?ならば奢らせてやる。ただし、話がつまらん内容ならば途中で帰るぞ」


「少しだけでも話を聞いてくれるならば、構わない」




 ティハネ。金髪に動きやすい服装。脚には帯と納められた短剣二振り。人目を引く美貌を持つ女性だ。探索者ギルドでオリヴィア達の話を聞き、冒険者ギルドへ一度寄ってどんな風貌をしているのかを教えてもらい、虱潰しに探しているところを見つけたので声を掛けたのだ。


 オリヴィアはティハネが何処の誰なのか全く興味が無く、どんな女性なのか分かっていないが、リュウデリアは気付いている。彼女が探索者だと思われる4人パーティーの、喧嘩によるいざこざを止めた、謎の女だということを。


 しっかりと顔を見た訳ではないので外見的な判別は出来ないが、内包する魔力の高さと気配は覚えている。だから彼女があの時に仲裁した人間だとすぐに解ったのだ。まあ、それを知っているからと言って何かがあるわけでもないので何も言わないが。


 目的はまだ何か判明していないが、リュウデリアはティハネが緊張している事を気配で察して目を細める。必ず探索者ギルドの者から接触されるとは思っていたので、誰かが来ることには何とも思っていない。しかし接触してくる目的は解る。十中八九パーティーの誘いだ。


 話を聞いてくれる事になったので、ティハネが食事が出来るところに案内してオリヴィア達を連れて来た。個室を頼んだので、他の者にはあまり聞かれたくない話なのだろうと察せられるが、もう既にパーティーを組まないかという打診なのは解りきっているので構える必要もない。


 店員が水を持ってきて、一緒に適当な料理を1回で10人前頼んでティハネが頬を引き攣らせた辺りで、本題が出された。




「オリヴィアさん。私とパーティーを組んで『最深未踏』の攻略に協力して欲しい」


「断る」


「……何故だろうか」


「第1に、お前の事を何も知らないのにパーティーを組もうとは思わない。第2に、お前の手を借りなくてもあの程度のダンジョンを攻略するのは容易なことだ。第3に、足手纏いは要らない。普通に邪魔だ。第4に、お前は私達をこの上なく利用しようとしている。実に不愉快だ」


「……っ」




 話の内容はやはり勧誘だった。パーティーを組んで欲しいと言われた瞬間、リュウデリアは気付かれないように溜め息を吐いて、オリヴィアの肩からテーブルの上に降り、コップの中の水を浮き上がらせて口の中に運んで飲んだ。全く興味が無く、言わなくてもオリヴィアが断ると分かっていたからだ。


 断られたティハネは唇を噛んで俯く。ファーストコンタクトで話した時、彼女は簡単に頷かないと察することが出来たからだ。オリヴィアが男だったら、自身の容姿で釣ることも出来たが、声や細い指からして女だと分かる。そして冷淡な口調なので理性的だろう。見ず知らずの自身が話があると言っても、その場で言えと言ったのが証拠だ。


 こちらに対して心の底から興味が無いというのがありありと伝わってくる。この人にどうやって協力してもらうか、それを考えていた。そもそも協力というのがもう既におかしいのだが、ティハネは気付いていない。彼女の存在が無くても攻略なんて時間の問題だからだ。ましてや、他の者達はサグオラウスで詰まるだろう。それに時間を掛けている間に、オリヴィア達は攻略が完了する筈だ。




「わ、私が怪しいというのは分かる!だが、私には『最深未踏』を攻略しなくてはいけない理由があるんだ!」


「そうか、それは大変だな。私が数日中に攻略しておくから他のダンジョンに賭けた方が賢明だがな。……あ、そのステーキは私だ。ん?5枚全部だ。あぁ、ありがとう。さてリュウちゃん、私と一緒に食べよう。この1枚は私が切っておくから、そっちの4枚は任せるぞ」


「……っ!その使い魔は……」




 話している最中に店員が料理を運んで来たので受け取り、オリヴィアがステーキ肉1枚をナイフとフォークで切っている間に、リュウデリアは尻尾の先に形成した魔力の刃で一口大に斬った。その動きはティハネにも残像しか捉えられず、魔力の刃に使われている魔力に戦慄した。


 唯の使い魔が使用している魔力が尋常ではなかったからだ。彼からしてみれば全く大した魔力を使っていないのだが、ティハネからしてみれば十分膨大なのだ。そしてその横で当たり前にステーキ肉を切っているオリヴィアは、何とも思っていない。当然と認識しているからだ。つまり、この魔物使いと使い魔は、魔力も実力も他とは一線を画しているということだ。


 ティハネがごくりと喉を鳴らす。もしかしたら、もしかしたら本当にあの『最深未踏』をすぐに攻略出来るかも知れない。そうなれば、自身の目的を簡単に達成することが出来る。だがその為にはまず、この人にパーティーを組んでもらうことを了承してもらわねばならない。




「オリヴィアさん──────私の目的をお話しします」




 だからティハネは、率直に自身の目的を話すことにした。初対面で何をするか解らない相手とは絶対に組んでくれないと思ったから。これを聞けば、何かしら思うものを感じて、パーティーの了承に漕ぎ着ける事が出来るだろうと考えたとも言える。






 ティハネは語る。何故オリヴィアの元に来てパーティーを組み、『最深未踏』の攻略を頼むのかを。だが彼女は少し浅はかであり知らない。相手は人間や人間の私情に一切の興味を抱かない神と龍であることを。








 ──────────────────



 ティハネ


 探索者ギルドに所属しており、Bランク。人目を引く美貌を持っているのだが、ギルドの者達からは『骸剥むくろはぎ』と呼ばれていて近寄られない。パーティーは組んでおらず、ソロで活動している。


 ある日50階層まで一気にダンジョンが攻略されたという報せを聞いて、いち早くオリヴィア達に接触してきた。目的は彼女達と一時的なパーティーを組んでダンジョン攻略をすること。





 オリヴィア


 ティハネに対して全く興味を抱いていない。そもそも攻略に協力とか何様のつもりだ?くらいしか今考えていないし、ステーキ肉を1つ1つ大事に食べているリュウデリア可愛くて仕方ないという思いが大半を占めている。


 相当な理由が無ければ、彼女のことを説得できない。ただし、出来た場合は必然的にセットで付いている殲滅龍が動く。





 リュウデリア


 心の底から興味が無いので話を聞いていない。ステーキ肉に夢中になっている。一口サイズにして食べていると、オリヴィアにあーんされるので、それも食べている。それでオリヴィアが愛しさに内心悶えていることを……まあ当然知っている。


 リュウデリアが話を断ることは無い。そこら辺の話はオリヴィアに任せているから。つまり、オリヴィアを説得できれば殲滅龍が動くことになるので、勝ち確が発生する。



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