第85話  過剰






「──────おかあさんしんぱいしてたんだからね!」


「分かった分かった。すまなかったと言っているだろうに」


「ちゃんとはんせいしてね」


「あぁ」


「……いきててよかったよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」


「すまんすまん」




 スリーシャの気配がするところに、小さな精霊の気配もあった。リュウデリアとオリヴィアが近付いて、彼の姿を視界に収めると、泣きながら飛んできて鼻先をポカポカと叩きながら心配したのだと抗議してきた。


 母親のようなものであるスリーシャが心底心配しているから、自身も心配だが近くに居るのは譲り、ずっと森の再生という仕事をしていた。不安もあったが、リュウデリアならば大丈夫。お母さんを人間の国から助け出してくれたし、すごく強いからと考えて信じていた。


 怒り終わった後は、また涙を滝のようにダバーッと流しながら抱き付いてくる。小さいので誤って潰さないように気をつけながら背中を撫でてあやしてやった。スリーシャとオリヴィアが微笑ましそうに見てくるのに若干の居心地の悪さを実感しながら、宥め続けた。




「うぅっ……ぐすっ……」


「スリーシャの居ない間、良くやった。お前も逞しくなったな」


「ずずっ……えへへ……そうでしょ!おかあさんだけにやってもらうだけじゃ、だめだからね!」


「うむ。……さて、ではオリヴィアが着ていたローブを創るとするか」


「おぉっ、待ってたぞ。私の元に返ってくるのを」


「神族様はリュウデリアの創ったローブを破壊することが出来るのですね。流石は神といった具合でしょうか……」


「はッ。今度はそうはいかん。神剣でも斬れんような本気で防御性能が硬いものにしてやる」




 やはり自身の創ったものが、易々と斬られて破壊されたのが気に食わないのだろう。それもオリヴィアを攫って行った神が相手ともなると更に気に食わないらしい。なので今から創るのはまた防御性が強いローブなのだと思っているが、実際彼の頭の中で構築されている魔法陣は過剰も良いところだった。


 愛し合う番の関係となったオリヴィアを、今度は絶対に攫わせないという確固たる思いの元、魔法陣を展開して莫大な魔力を注ぎ込みながら創造していく。見た目は前回と全く同じ、フード付の足元まで全身を覆い隠せる純黒のローブだ。


 しかし今回は魔力と魔法で創造しただけでなく、あるものを組み込む。その為に、リュウデリアは右手で左腕に鋭い指先を立てて、鱗が生えている方向とは逆の方へと引いていった。力で無理矢理やっているので、びきびきと嫌な音を出しながら、純黒の鱗が剥がれて落ちていく。だがそれは肉から引き千切るのと同様の行為。故に鱗が剥がれたところからは血が流れ始めた。




「リュウデリア……っ!?一体何をしているっ!?」


「今回のローブには俺の鱗をふんだんに使う。その為に千切って剥がしているところだ。気にせんでも、剥がした鱗は数日でまた生えてくる」


「その前に私が治癒してやるに決まっているだろう!?まったく……目的を最初に言ってくれ。流石に驚いたぞ」


「オリヴィア様の言う通り、私まで驚いたじゃないですか!」


「ちがいっぱいでてる!もう!」


「ならこの血も使うとするか。龍の血は魔力の巡りを効率的にする事にも使える代物だからな。龍の鱗と血を使ったローブか……龍だけでも計り知れない価値があるが、俺のものとなると価値はまた跳ね上がるぞ。ははッ」




 突然自傷行為をすれば驚くだろう。そういったものとは無縁のものであろうリュウデリアがやれば尚更に。剥がれ落ちた鱗と、流れ出てくる血を魔力が浮かせて、ローブに組み込んでいる傍らで、オリヴィアはリュウデリアの左腕を治癒する。純白の光りを浴びると、忽ち傷は治り、剥がした鱗が生えてくる。


 ものの数秒で完治した腕を見て、流石だなと言うと、最初はジトッとした視線を向けていたオリヴィアだが、仕方ないなと溜め息を吐いてから微笑んだ。止めることは出来ないだろうから、出来ることといえば傷付いたところを治癒してやるだけだと判断したからだ。


 そして、体のサイズを小さくしている事で鱗もそこまで大きなサイズをしていないが、掛けている魔法を解けば1枚1枚が大きな鱗へと変わった。それを浮かせ、純黒の魔法陣が鱗の下に展開されると、名剣でも業物でも傷付かない硬度を持つ純黒の鱗が、創造されているローブに組み込まれた。


 魔法で組み込んだので、ローブは前と全く同じ柔らかさでありながら、純黒の鱗と同等の硬度を持つという不思議なものになった。そこへ常時発動型の魔法で、魔法と物理の威力の殆どを削る効果を作った。しかしここで、リュウデリアは目を細めた。前回は9割を削る効果を付けられたのだが、神々との殺し合いで実力が向上したのか、頭の中により高度で複雑な魔法陣が構築された。




 ──────何だ、やけに頭が冴えるな。全力で戦いながら複雑な魔法陣を構築し、弱点を見分けるために思考を止めなかったことが原因か?それとも死にかけたことか?何れにせよ、俺はしたのか。




「どうかしたのか?リュウデリア」


「……いや、何でもない。良い魔法陣を思い付いただけだ」




 より複雑で高等な魔法陣を組み込んでいくリュウデリアは、今創っているローブが、前回創ったローブよりも性能が遙かに上がっている事を実感する。これは本当に相当な手練れでないと、オリヴィアに傷を入れることすら有り得ない代物だ。


 物理攻撃と魔法攻撃の9割を削るという性能は、10割削るものへと変わった。つまり与えられる攻撃を完全に無効化してしまうという恐ろしいものに。そこに、何らかの方法で完全無効化を破った物理攻撃と魔法攻撃を10倍にして返すというものを設定し、任意で行うことも出来るようにした。


 そして外から与えられる炎などによる熱への耐性として炎の完全耐性。他にも水、氷、雷、土、等といった複数属性への完全耐性を組み込んだ。最早このローブを破壊することはほぼ不可能となっている。だがこのままでは神が扱う神剣で斬られてしまうかも知れない。なので、ここでクレアとバルガスが構築した神殺しの魔法陣を使う。


 一瞬見ただけだが、どういったものであるのかを解析するのはその一瞬があれば十分だ。なのでその神殺しの魔法陣に少し改良を加えて、神耐性とも言うべきものを編み出した。これならば神の力が入れられている神器の神剣で斬られようが、神耐性を獲得したローブはそう簡単には斬れないし破壊されない。


 当然神殺しの魔法陣も刻み込むので、魔法で神を殺す事も出来る。純黒なる魔力でも普通に殺す事は出来るが、念には念を入れておく。注ぎ込む魔力も前回より膨大にしてあるので、魔力を使い切るということは無くなったのだ。




「出来たぞ。前のものよりも色々な意味で頑丈にしたからな。物理も魔法も無効化し、任意で10倍にして返す事も出来る。あらゆる属性への完全耐性を整え、暑さと寒さにも強くしている。神にも破壊できない神耐性も与えた」


「とんでもないな。普通に」


「リュウデリア、それ本気で創ったでしょう……」


「だれにもこわせないよ……」


「ついでにお前達が着ている服に掛けた防衛の魔法も強化し、魔力も更に注ぎ込んでおいた」


「わぁ……かじょうせんりょく」


「まだ1回も使っていないのに、本当に過剰ですね」




 呆れるほどの物を創り出しているリュウデリアは、ふふんと胸を張って得意気にしている。素直にすごいなと褒めれば、尻尾が左右に揺れた。分かりやすいなぁと思っても口には出さない。もう少し得意気になっているところを見ていたいから。


 創造の全工程を終えた純黒のローブが、リュウデリアの手からオリヴィアの手に渡される。手放してから2週間も経っていないのに、やっと戻ってきたという気持ちになる。それに今回のは鱗と血が使われているからなのか、前の物よりもより濃くリュウデリアを感じられているような気さえした。


 受け取ったローブを羽織って全身を覆う。肌触りも良く、本当にあの硬い鱗を使ったのかと疑問に思ってしまう程だ。物作りで良い腕をしていると頷き、手の平を上に向けてイメージをする。考えているのは小さな、掌サイズの炎の球。すると掌の上にイメージした通りの炎球が形成された。




「うむ、問題無さそうだな」


「私のイメージ通りのものが出たから、完璧だな」




 オリヴィアが頭の中でイメージしたものがそのまま形成されたので、満足そうにしていた。それを見てリュウデリアも満足そうだ。あっという間に創ってしまったローブではあるが、絶大な力を宿しておきながら、使用者であるオリヴィアを護ってくれる盾にもなる。


 このローブは伝説に記される勇者が身に纏っていたものと説明されても、確かにと納得してしまうだろう。スリーシャと小さな精霊の着ている服にも、イメージするだけで魔法が発現するものは組み込んでいないが、攻撃されたら過剰とも言えるカウンターを叩き込むようにはされている。


 リュウデリアと、彼と親しい者に手出しする者には大きな返しが待っている。知らず知らずの内に手を出そうものならば、もしかしたら国ごと消されてしまうかも知れない。




「オリヴィア、此処にはどの程度滞在する?行こうと思っていた国境の検問所から最寄りの街への方角は覚えているから何時でも良いぞ。飛べばすぐだ」


「そうだな……」


「私達の事は気にしなくて大丈夫ですよ。お話は聞かせてもらいましたし、行くところがあるのならば構いません」


「そうだよー!またあえるもん!」


「だ、そうだがどうする?」


「……なら、本当に道半ばで私が連れて行かれてしまったから、行ってみるか」


「分かった」




 次の街のことは気になっていたのだ。治める国が違えば、売っているものや生息している魔物も違ってくるだろうから。それにスリーシャ達も精霊なので悠久の時を生きる。リュウデリアが居れば飛んで会いに来ることも可能なので今生の別れという訳でもない。


 オリヴィアにどうするか決めてもらい、発つことになったのでこらだのサイズを元に戻す。見上げる大きさになったリュウデリアが掌を地面に付けると、その上に乗り込む。スリーシャと小さな精霊は手を振って見送りをしてくれている。


 偶然神界から弾き出された場所が、彼女達の居る森の真上であったので再会になったが、そんなに長い滞在とはならずに出発となってしまったので、次来るときは何か手土産でも持って来ようと決めた。


 オリヴィアを乗せた掌が持ち上がり、黒い半透明の障壁が球状に展開される。折り畳んだ翼を広げて一度羽ばたき、二度三度と羽ばたけばリュウデリアの巨体が持ち上がった。見上げながらも手を振り続けているスリーシャと小さな精霊に手を振り返し、別れの挨拶をする。




「世話になったな。また来る時は何か手土産を持ってくるから楽しみにしておくが良い」


「この数日ありがとう。お前達のお陰で、私は不安の重圧に潰されずに済んだ。心から感謝する」


「ふふっ。いえいえ。私達はリュウデリアとオリヴィア様に出来ることをしたまでです。どうかお気を付けて。また怪我をしないようにね」


「ばいばーい!またきたらあそぼうねー!」




 スリーシャと小さな精霊に見送られながら、リュウデリアとオリヴィアは大空へと飛翔した。元に戻った翼を存分に使い、少し上空で円を描いて旋回してから、目的の街がある方角へと飛んでいった。


 高度を上げて、街や国が小さく見えるくらいまで来ているが、念の為に姿を誤魔化す魔法を掛けておく。世界最強の種族である龍が上を通っただけでも、人間の国は大騒ぎになると踏んだからだ。




「国を跨ぐのは初めてだからな。もしかしたら違う種族に会えるかも知れないな」


「国によっては受け入れていないところもあるが、受け入れる体制を整えているのならば獣人が居るやも知れん。俺も見たことがないから、居れば良いのだが……そこらは行ってからの楽しみに取っておくとしよう」


「まあ、私はお前とならどんなところでも楽しめる自信があるがな」


「俺も、お前が居てくれれば何であれ楽しめる」


「……ふふっ」




 両想いになってから時間が経っていないので、オリヴィアはリュウデリアからのストレートな物言いに照れて、ほんのりと頬を赤く染めた。それに気が付いた彼は、面白そうに目を細めて笑った。







 神界での戦いがあって行くことが出来なかった、国境を越えて最寄りの街へ向かうリュウデリアとオリヴィア。1匹と1柱は、また新たな出会いを果たすのだろうか。まあそれは、着いてからのお楽しみなのだろう。






 ──────────────────



 純黒のローブ


 オリヴィア専用に創られたローブ。暑さと寒さに耐性を持つだけでなく、魔法の属性に対して完全耐性を持っている。その他にも物理攻撃無効化と魔法攻撃無効化を獲得し、任意で受けた攻撃を10倍近くにして返すことが出来る。内包された魔力も莫大なものとなり、なんと神耐性も持っている。神剣でも斬ることは出来ない。


 リュウデリアの鱗と血を組み込んでいるので、ローブらしくひらりとしていても、純黒の鱗と同等の硬度を持っている。魔力の流れも滑らかになり、魔法発動も早くなっている。人間が手に入れると一般人でも『英雄』に至れる程の代物。





 スリーシャ&小さな精霊


 数ヶ月ぶりの再会なのに、1週間やそこらでまた別れとなるが、長命の種族なので残念には思っていない。次はいつ会えるかと楽しみにしている。


 リュウデリアがオリヴィアを奪還するために神々を殺し回ったという話を聞いてえぇ……となったが、仲の良い同じ突然変異の龍と友達になったことを知ったら、自分のことのように喜んだ。





 リュウデリア&オリヴィア


 早速訪れる筈だった街へと向かっている。治める国が違えば見たことのないものがあるのではと楽しみにしている。リュウデリアの飛ぶ速度は速いので、10分やそこらで着いてしまう。





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