第7章

第84話  軽いリハビリ






「──────良かった……本当に良かったです、リュウデリア」


「スリーシャ、お前にも心配を掛けたな」


「もう!本当ですよ!すごい音がしたと思ったら、あなたが墜ちてきていたんですよ!?それも心肺蘇生されてましたし!」


「その時は仮死状態だったから記憶に無いがな」


「軽く言う事じゃないでしょう!?」




 オリヴィアと共に眠っていた場所に戻ると、宙に浮遊しながら頬を膨らませて少し怒っているスリーシャが居た。リュウデリアが目を覚ました時、目の前に彼女が居たのだが、離れたところにオリヴィアの気配があり、そして男神の気配もあったので一目散に駆け付けたのだ。


 なので一言も会話が無いまま離れてしまい、少し怒っていた。オリヴィアが襲われていたことを話せば、近くに居れば変な思いをさせずに済んだのにと悔やんでいたが、他でもないオリヴィアが気にしなくて良いと気を遣ってくれたので謝罪だけで終わった。


 そして、改めてスリーシャとリュウデリアはしっかりと顔を合わせた。数ヶ月振りとなる再会である。長命の種族である両者にとっては、数ヶ月というのは殆ど一瞬の時間に過ぎないが、スリーシャはしっかりやっていけているのか心配で、リュウデリアはまた人間に何かされていないか気になっていた。


 辺りを見渡して、此処が大樹があった場所からそんなに離れていない事を知り、人間に燃やされてしまった部分が少しずつ直ってきているのを見ると、順調なようだとリュウデリアは感じた。それを察してか、スリーシャは少し得意気にしていた。




「さ、リュウデリアは7日も眠っていたんだからお腹が空いているでしょう?果物しか無いけど食べて下さいね。オリヴィア様も」


「確かに……言われてみれば腹が減ったな」


「私も安心したら腹が減った」


「ふふふ。いっぱい食べて下さい」




 手を繋いでいるリュウデリアとオリヴィアに微笑ましそうな表情をしてから踵を返して案内した。スリーシャに連れられてやって来たところには果物が生っている木々があり、好きなように食べてくれということだった。


 早速とリュウデリアが飛んで、一つ一つ手でもぎ取っていく。魔力でやれば良いのにと一瞬思ったオリヴィアだったが、そういえば自身の力で傷を治す時には右の翼が根元から断ち切られていたことを思い出す。つまりこれはリハビリだ。だからスリーシャも果物だけを持ってくるのではなく、生ってある木のところまで案内したのだ。


 ばさり、ばさりと翼を羽ばたかせ、飛んでいる。特に鈍っているということは無さそうだ。本人も気にしているのか、採った果物は右腕で抱え、左腕を伸ばしている。肩から斬られていた左腕の調子を確かめていて、完璧に治したつもりだが、もし違和感があったらと思うと手に力が入る。


 やがて果物を右腕で持ちきれないほど採ったリュウデリアは降りてきて、適当なものをオリヴィアに手渡した。受け取って齧り付くと、瑞々しい果肉が口の中で転がる。咀嚼すればしゃくりと新鮮な音を奏でて、果汁が広がっていく。


 何口も齧り付いて一つ食べている間に、リュウデリアは一つ丸々口の中に放り込んで食べていく。抱えていた果物はあっという間に無くなり、また採りに飛んでいった。やはり飛んでいる姿に問題は無く、左腕も問題なく動いているように見える。斬られた左眼も正常に動いているし、見た限りでは問題無さそうだ。




「採ってきたぞ」


「ありがとう。なぁ、リュウデリア」


「何だ?」


「左眼はしっかりと見えているか?視力の低下とか、左腕に違和感は無いか?飛ぶときに翼に問題は?」


「大丈夫だ。前と全く同じ視力に、違和感の無い左腕。指先もしっかりと動く。翼も問題ない。流石は治癒の女神の力だ」


「そうか……ふぅ。良かった」


「気になっていたのか。あぁ……だからか。ずっと視線を感じていたのは。くくッ。そんなに心配することか?お前の力は確かなんだから治って当然くらいには考えて良いだろうに」


「そうはいかないだろう。片目が見えなくなっていたでは、私はどれだけ悔やんでも悔やみきれない」


「……ふむ。まあ、実際大丈夫だったんだ、気にするな」




 完全に元に戻った事に気を良くして、口の中に果物を放り込んで食べていく。オリヴィアはあと1個食べれば十分なので、受け取った後に他は全部食べて良いと言っておく。リュウデリアは何十個もの果物を食べても食べる速度は変わらず、また果物を採りに行った。


 見ているだけで腹がいっぱいになりそうなくらいの食べっぷりを見せたリュウデリアだったが、それでもまだ足りないようで、辺りを見渡した。そしてピクリと反応してある方角を見る。一緒に旅をしているオリヴィアには、その反応だけで何を見つけたのか解った。


 恐らく、リュウデリアが見つけたのは魔物だ。果物はヘルシーで良いと思うが、どうやら肉が食べたいようだ。翼を広げて飛び立つ準備をしているので向かうのだと察して近くに行くと、腰に腕を回されて抱えられる。スリーシャは行くかと問えば、小さい精霊に任せっきりだから見に行くと言って断った。


 和やかに行ってらっしゃいと言うスリーシャに頷き、翼を羽ばたかせた。オリヴィアの重さなんて感じさせない浮上をし、飛んでいった。飛んでいると風を感じることが出来、飛んでいるのだと実感できる。落ちないように腰に回された腕は力強くて頼りになり、安心して身を任せられる。


 胸元に顔を寄せて純黒の鱗に頬擦りをしながら目を閉じる。ほんのりと体温が感じられて、ほうっと息を吐いた。抱き締められるだけで幸せを感じてしまう自身は、絶対もう末期だなと自覚する。そんな幸福に溺れているオリヴィアを余所に、目的の場所へ着いた。


 少しだけ開けた場所で、そこでは落ちている果物を食べている魔物のボアが4匹居た。親のボアだろう2匹が大きく、残りの2匹は小さい。親の方の体長は2メートル位に対して、子供の方は1メートルにも満たないので見れば一目瞭然だろう。


 10メートル程度離れた場所に降り立った。オリヴィアの前に出て進むと、気が付いたボア達が前脚の蹄で地面を蹴り、鼻息を荒くして警戒しながら威嚇してくる。親は子の前に。子は守られるように後ろ側に。やはりその陣形になるかと、頷きながら歩む脚は止めない。




「そういえ、オリヴィアを取り戻す為に四天神を殺している時、言葉の神の権能を受けて新たな魔法……魔法?を会得した。少し見てくれるか?」


「……何だと?四天神の権能を再現出来るのか!?」


「あぁ。魔法陣は要らないが──────『止まれ』」


「「──────ッ!!」」


「……すごいな」




 一言発しただけで、前に居るボア4匹が動かなくなった。これは確かに四天神の言葉の神が使用する権能だと納得した。これは既に1回は使っているのだが、そこをオリヴィアは見ていないので、折角ならば見せてやろうと思ってやっている。


 ボアに向かい、近付きながらリュウデリアがオリヴィアの為に説明してくれる。神のみが使える権能を奪い取って行使することは出来ないので、魔法で再現することにしたのだが、これには魔法陣は必要とせず、言葉に魔力を乗せることで現実を言葉の通りに捻じ曲げるのだそうだ。


 魔法陣を必要としないので、理論上は普通の魔法よりも発動速度は早いとのこと。唯でさえ強いというのに、更に力を手に入れてしまったなと、オリヴィアも苦笑いだった。しかしやられた側としては堪ったもんではない、言葉を使った魔法……『言霊ことだま』。体が動かない事に困惑しているボア達は、目の前まで来たリュウデリアに体を震わせていた。




「体の小さいボアの子供は見逃すか。親だけ喰うことにする」


「もしかして言霊で……あー……」


「うん?何だ?」


「……いや、何でもない」




 もしかして言霊を使って『死ね』とでもやるのかと思ったが、殺す方法はとても原始的で、ボアの親の片方の側面へ向かい、貫手を首に突き刺した。太い血管を断ち切ったからか、血が噴水のように噴き出てきた。それを全身に浴びながらべろりと舌舐めずりをした。


 雄か雌かは解っていないが、取り敢えず親のボアを殺された事で、残ったボア達が叫び声だけで騒ぎ始めた。それを聞きながらもう1匹のボアの親の側面へ移動して、同じように首へ貫手を入れて血を噴き出させた。ここで言霊の効果を切ると、子供のボア2匹は血塗れで倒れる親のボアの傍に寄って鼻先を付けて鳴いた。


 しかし反応することは無い。親のボアは出血死しているのだから。リュウデリアは親のボアから離れない子供のボアを鷲掴み、適当な方へ投げ捨てた。放物線を描いて地面に落ち、数度バウンドした。脚を震えさせながら立ち上がり、2匹は身を寄せ合って睨み付けてくる。親を殺されたのだから当然だろう。


 まだ小さいながらも、魔物らしく殺意のある視線を送ってくる子供のボアを見ているリュウデリアは、本当に少しだけ殺意を向けた。すると敏感に感じ取った子供のボア達は、脚だけでなく全身を強く震えさせ始めた。




「喰うところが少ないお前達は見逃してやる。失せろ」


「「──────っ」」


「だが、それでも向かって来るというのならば……殺すぞ」




 言葉は解らない。だが、此処からあと一歩でも踏み込めば殺されるということは理解してしまったのだろう。子供のボア達は倒れて動かない血塗れの両親達をチラリと見てから、その場から去って行った。開けた場所から木々が生えている森の中へ姿を消したボア達を見送ったリュウデリアは、血抜きがある程度出来ているボアの体に手を這わせた。


 鋭く鋭利な指先で毛皮を撫でると、それだけで皮膚が裂けた。それを鷲掴んで引っ張ると、びりびりと毛皮だけを剥いだ。そして剥き出しとなった肉にそのまま齧り付いた。ぶちゅりと生々しい音が聞こえてくる。今回は焼くことも調理することもなく、そのまま食べるようだ。


 人間の国に行かず、自然の中で生きていく龍らしい、生々とした食事風景だ。オリヴィアはリュウデリアが普通に生きていた百余年の姿を見ていたので、こういった光景に慣れており、唯眺めるだけだった。そうして少しの時間が経つ頃には、2メートル程の体長をしていた大きなボアの肉は食い尽くされていた。


 食事を終えたリュウデリアは、全身に浴びた血を洗い流すために水を大気中から集め、頭から被って血を洗い流した。鼻先に腕を近付け、臭いを嗅いで血の臭いが取れたことを確認するとオリヴィアの元へ戻ってきた。




「満足したか?」


「少しはな。暇じゃなかったか?」


「ん?いや、お前を眺めているだけでも十分楽しいから大丈夫だぞ」


「……そうか?まあ、それなら良いが。さて、次はスリーシャのところへ行って小さい精霊を労うか。ついでにお前に創ってやったローブをまた創らないとな」


「……っ!それは楽しみだ。あれは気に入っていたから創ってくれと何時言うか迷っていたんだ」


「ふはッ。気に入っていたならば良かった。うむ、では行こう」


「あぁ」




 リュウデリアが差し出してくる手に、自身の手を乗せて指を絡める。恋人繋ぎをして2人でスリーシャの居る方へと歩みを進めた。一緒に居るだけでも幸せを感じているオリヴィアは、手を繋ぐだけで蕩けるような笑みを浮かべて微笑んだ。







 リュウデリアは完全に復活した。失っていた体の部位も前と同じように動き、支障なんてものは無かった。その感謝を伝える為に、彼はオリヴィアの頬に鼻先を擦り付けた。






 ──────────────────


 言霊ことだま


 言葉の神との戦いで生み出した魔法の亜種。発した言葉に魔力を乗せることにより、現実を放った言葉の通りに捻じ曲げる。扱う言葉によって消費する魔力は変わってきて、範囲によっても変わってくる。世界の消滅などは出来ない。言葉で、言葉が存在する世界を消すという、言葉による言葉の否定になるからだ。


 ただし、言葉を発して魔力を乗せるときには、頭の中で明確なイメージをしなければ、同じ言葉でも違う意味のものと混合してしまう。





 オリヴィア


 リュウデリアを見ているだけでも幸せな女神。魔物を生でぶちぶちに喰らう場面を見ても動じない。もう見慣れているから。ついでにボアが可哀想だとも思わない。彼に感化されすぎである。





 リュウデリア


 自身からオリヴィアと手を繋ごうとしたりするようになった。当然それは大切な存在であるから。見ているだけで幸福を感じるというのは同意する。彼もオリヴィアを眺めているだけでも十分幸せを感じている。





 スリーシャ


 リュウデリアとオリヴィアが両想いなのを微笑ましそうにして眺めている。番の相手は龍ではなかったけれど、オリヴィアならば彼を幸せに出来ると解っているので祝福している。というか既に幸せそうにしているので問題ない。





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