第229話  起典




 想像してみて欲しい。自身の体を覆う鱗は堅硬で刃物を通さない。内に宿るのは自覚すらできない莫大な魔力。扱う魔法は奇跡の如し。思い浮かぶ魔法の理論はその他を超越している。戦えば完勝。それ故に感じていたのは退屈だ。


 そんな自身を容易に追い詰めようとする存在が突然現れ、命を奪いにくる。あなたならばどう思うだろうか。少なくとも退屈はしなさそうだ……などと思うのではないだろうか。確かに間違いない。よくある転生者の主人公はそう口にするだろう。


 退屈していたところに刺激を与えられる。退屈凌ぎには丁度良い。だが、リュウデリアにとっては退屈凌ぎ……という言葉では表せない。例え友であるバルガスとクレアを倒されてしまっているのだとしても、それとこれとはまた話が別になってくる。要は……彼はこの殺し合いに愉しみを見出していた。




「──────はッ!!」


「……ッ!!はははッ!!」




 空気を両断し、振るわれるのは黄金の双剣。『英雄』であったソフィーとはまた違った攻撃のリズム。一閃で確実に決着をつけようとする気概を感じる。剣に殺意は乗っていない。殺すつもりなのに不思議なことだ。それでも殺そうとしていることに変わりは無く、その剣に斬られることを良しとはしなかった。


 触れれば斬れる。最高レベルの硬さを誇るリュウデリアの鱗を、柔い物を鋭い刃物で斬りつけたように斬り裂く。首などにやられては危険だ。そのまま首を落とされる。つまり死だ。死ぬところがまるで想像できないリュウデリアを殺せる武器。それがアンノウンの持つ黄金の双剣。


 音速を超えて振るわれる二振りの剣を紙一重で避ける。掠れば掠った分だけの鱗が宙を舞う。それに気をやることなく、黄金の瞳はアンノウンの動きの全てを観察し、数瞬先の未来を頭の中でシミュレートしていた。それでも掠るというのだから、剣を振るい攻勢に出ているアンノウンの強さが何となく窺える。


 ただ避けるばかりではいられない。残像を残す猛烈な攻撃の嵐の中で、リュウデリアは頭の中で繰り広げる想像上のアンノウンの動きを読み、先読みをした事により一瞬速く動き出した。横凪に振るわれる剣の腹に最短の膝蹴りを打ち込み跳ね上げる。軌道を逸らされてももう1本ある。袈裟斜めに振り下ろされた剣の前に防御魔法陣を展開し防ぐ。


 純黒の色合いをした魔法陣により防がれた黄金の剣。これまでの攻防で防がれなかっただけあり、アンノウンは一瞬瞠目した。防がれるという考えが無かったのだろう。いや、防ぐことが出来る者が居ると想像していなかったと言うべきか。兎に角として、一撃を正面から防いで見せた。


 1本を膝蹴りで跳ね飛ばし、もう1本は魔法で防いだ。よって両の手がフリーの状態になる。握り込んだ拳を上下に揃えて打ち込む。アンノウンは同時の二撃が胴に到達する寸前に、片方の剣を自ずから手放し、1本の腹の部分に手を添えて防御の姿勢に入った。




「──────『双衝威そうつい』」


「……くッ!?」




 黄金の剣の腹に打ち込まれた拳の威力に、アンノウンは顔を歪めた。ひたすらに重い。本気で受け止めるつもりでなければ吹き飛ばされると直感する重さだ。だが耐えた。剣でリュウデリアの一撃を耐えきったのだ。それに優越を滲ませる笑みすら浮かべず、アンノウンが再び攻勢に出るよりも早く、第二撃目を入れる。


 食い縛った歯の僅かな隙間から勢い良く吐き出し、筋肉を力ませる。腕、腹、背中、太股、脹ら脛。それらの筋肉を稼働させる。足場が1歩も動いていないというのに蜘蛛の巣状に大きく亀裂が入り、砕ける。剣の腹に打ち込まれてそのままの拳から嫌なものを感じたが、離れるよりも打ち込む方が早かった。




「──────『無衝威むつい』」




「これ……は……ッ!!」




 押しつけた拳から零距離打撃を打ち込んだ。1つに纏まった衝撃波が剣を透ってアンノウンの肉体にまで届いた。胸元から入り、背中へと抜けていった。背後には何も無かったため解らないが、遥か向こうの地、距離にして4キロ先の木々、それも一列に風穴が開いた。それだけ離れた場所にも影響を及ぼすものだった。


 攻勢に出ていたアンノウンが攻撃を受けた。衝撃波は抜けたが、遅れて体が弾かれるように後方へ飛んでいく。凄まじい速度だったが勢いは殺され、宙でくるりと回って足から着地した。2本の獣道を数メートルに渡って作っただけで止まり、口の端から溶岩のように赤い血を一条流した。


 手で口端の血を拭う。手元に付着した血の痕に目線を落としたアンノウンは、姿勢を正して中腰の状態から立ち上がった。ばさりと音が聞こえ、リュウデリアが上から降りてくる。着地すると歩き出し、握り込んだ左手を右手で覆い、ばきりと関節を鳴らした。




「──────得体の知れないお前の血も赤いのだな。色合いが少し違うのが気になるが、そんなことよりも1つ、疑問に思っていた」


「……何がでしょうか」


「お前が渡してきたバルガスとクレアの専用武器は間違いなく本物だ。彼奴らと戦い、勝ったのは間違いないだろう。だがお前は俺の前に現れた時、無傷だった」


「それが何か?私が無傷で彼等を消したとは思わないのですか?」



「…………………。」


「彼奴らは俺と同じ領域に居る。本来の力でもそうだ。なのに、専用武器すらも解放していない俺にお前は傷つけられた。バルガスとクレアがお前に傷1つ付けられないというのはどう考えても有り得ない。『絶対』という言葉は不確定が前提の世界では使うに相応しくないため使いたくないが……お前が彼奴らに無傷で勝つことなど有り得ない」


「…………………。」


「さて、見せてみろ。お前の力を」




 初めて会った時、アンノウンは五体満足。無傷の状態だった。放られて渡された専用武器には大量の血痕。少なくとも重傷であることは間違いない。敵を前にして逃げることは考えにくい。アンノウンが彼等を消したとまで言いきる以上、生きているのに見逃すはずも無い。ならばどんな結果であろうと、全力で戦ったことは明らかだ。


 なのに無傷。これはおかしい。専用武器を解放するどころか手に取ってすらいないリュウデリアに、早くも血を流すだけの一撃を貰ったアンノウンが、同じ領域に居るとまで認める彼等の全力を受け止めて無傷で完勝できるはずが無いと考えていた。


 要するに、アンノウンには別の力があるのだと睨んでいるのだ。例はある。少し前に滅ぼした呪怨の塊が使う呪法だ。魔力を必要とせず、負の感情を抱かれることで強化され、負の感情を抱き、相手に向けることで弱体化する特殊な別次元の世界の力。未知の力が無いということは無い。




「…………認めます。私は確かに無傷で彼等に勝つことはできませんでした。凄まじいものです。私が傷つくなど、本来ならば考えられませんから。しかし彼等はそれを超え、あなたも超えてきた。つまりそれだけの強さがあるということ。“特異点”として確固たるものとして存在してしまっているということ。ならば見せなくてはいけませんね。あなたが疑問に思った無傷の理由を──────」




 衝撃波が突き抜けたことで、胸元は渦を巻く水のように歪んでいた。誰が見ても明らかな重傷。痛みを感じているのかいないのか疑問が残るが、そんなことは些細なこととでも語るように地に足を付けて立ち、リュウデリアと対峙する。左手に剣を持ち、右手を前に出して翳せば、離れたところで地面に刺さっている黄金の剣が抜け、独りでに戻ってくる。


 柄を手にして受け止める。両の手に戻った黄金の双剣は眩い光を放ち始め、白い雲のような靄がアンノウンの体を薄く包み込んだ。すると、渦を巻いて捻れていた胸元が元に戻り、口端の拭いきれなかった血や手元の血が薄くなって消えていった。観察していたリュウデリアは魔力が一切使用されていないことを確認している。


 魔力を使わず、故に魔法ではない未知の力。アンノウンが使うのはそういった代物だ。この世界に回復を促す魔法は無い。太古の昔に消えてしまったのだ。オリヴィアが地上で唯一、傷を癒す力を持っている存在と言える。それに加え、アンノウンも傷を癒してしまった。リュウデリアが与えたダメージは0となり、再び向かい合う。




「第1の起典きてん──────『理元りげん』」


「…………………。」


「傷ついた体を元の形に戻しました。これが、無傷だった理由です」


「……原理は解らん。見ていてもイマイチ掴めん。しかし、要は元に戻る暇も無い程、1度に殺しきってしまえば良いのだろう」


「私にダメージを与えられたからといって良い気になられては困ります。私は『調停者』……“特異点”であるあなたに負ける道理はありません──────第2の起典・『残跡ざんせき』」




 不思議な力で完治したアンノウンが、黄金の双剣に金色のオーラを纏わせて斬り掛かってきた。真っ正面から右手の剣で袈裟に斬りつけてくるので後ろに後退して避け、左手の剣が横から振るわれるのでしゃがんで避ける。


 体勢を低くしたので手を地面に付ける。顔を上げて口を大きく開くと、純黒の眩い光が発せられた。膨大な魔力が解放され、光線となり発射される。受ければ侵蝕を受けながら消滅させられる。それを姿を掻き消しながら避けてリュウデリアの背後に回り込むアンノウン。


 両手両足を地に付けていて体勢が低いリュウデリアに向けて、左手の剣の鋒を振り下ろした。立ち上がりながら避けて串刺しになるのを防ぎ、向き直りながら少し後退する。が、1歩後退しきる前に足を止めて半歩の後退で終わらせた。それ以上後ろに下がろうとはせず、しかしアンノウンの追撃は終わらない。


 右手の剣で刺突を繰り出した。咄嗟に両手で白羽取りをして受け止める。後退の途中で急遽やめ、その瞬間に刺突を受けたので体が後ろに仰け反った体勢になっている。アンノウンは体を前に出した前傾姿勢で最も力が入りやすく、刺突をやるのに効果的な体勢と言える。


 刃に触れれば斬れる。鋒を受ければ肉体を貫通される。黄金の剣の刺突を仰け反りながら白羽取りをして、どうにか受け止めているリュウデリアが、歯をギリギリと鳴らした。倒れそうになるのを尻尾を地面に付けて3本目の足として使うことで受け止めているが、いつまでも受け止めてはいられない。


 両者の体勢にもよるが、両手で受け止めているのに、片手のアンノウンに押されかけている。凄まじい膂力だ。中性的な体つきなので筋力がそこまであるようには見えないのに、あのリュウデリアに歯軋りをさせるだけの力があった。拮抗した状態に陥っているが、後退すれば剣を受け止めている必要は無い。が、彼は今受け止めるしかなかった。


 目に見えない何かが、背後にある。警鐘が頭の中で鳴り響いているリュウデリアが、少しずつアンノウンに押され始めた。少しずつ、少しずつ足と尻尾が獣道を作って後退していってしまう。すると、リュウデリアの背中……翼の骨の部分に線が入った。そこから血が流れる。直接斬られていないのに斬れていた。




「くッ……面倒なことを……ッ!!」


「大人しく……斬られてください……ッ!!」


「舐める……なァッ!!」




 それ以上押し込まれないように耐えるリュウデリアと、真っ正面から押し切ろうとするアンノウンが拮抗していたが、魔力を体の中心に集め始めたところでその場を離脱したアンノウン。次の瞬間、全方位に放出され、無差別に全てを巻き込む魔力爆発が巻き起こされた。


 展開される、ドーム型の純黒なる魔力の爆発。身の回りにあった全てを、彼を中心とした半径200メートル内に於いて消し飛ばした。流石のアンノウンもこれを0距離で受けるわけにはいかなかった。危機管理能力で避けたアンノウンは、リュウデリアから少し離れた場所で、単なる魔力の爆発が恐ろしいほどの威力を秘めていることを静観して観察した。


 爆発した魔力が一定の大きさになると止まり、範囲を縮小させていった。中央にはリュウデリアが居て、瞬時に離れたアンノウンのことを見つめている。アンノウンは彼の背後にあるはずのものが無くなっていることに気がつき、目を細める。その反応を見て、彼もまた目を細めた。




。それが先のものだな」


「えぇ、そうですよ。あなたの言う通り、その場に斬撃を残しておく事ができます。見えず、触れば斬れる斬撃が常にその場に存在しています。ですが、あなたはそれを消し去った」


「どうやったかなんぞ問うなよ?知りたいならばその身で知れ。もっとも、すぐ知ることになるだろうがなッ!」




 リュウデリアが後退しないようにして踏ん張っていたのは、背後にアンノウンが残した斬撃があったからだ。彼の鱗を易々と斬り裂く剣の斬撃は、流石の彼でも触れることは憚られた。現に翼を失うところだったのだ。飛ばす斬撃はあっても、その場に残る斬撃は初めての経験である。


 アンノウンとしては、残る斬撃は技術ではなく、アンノウンの能力により生み出したもの。つまり他者に消せるものではないという考えがあった。特に“特異点”であるリュウデリアには消せるものではないと。しかし魔力爆発により跡形も無く消し飛ばした。


 爆心地の中央に居るリュウデリアを見下ろす形で空中に居るアンノウンへ、翼を大きく広げてしゃがみ込み、粉塵を巻き上げながら急接近した。そして拳を握り打ち込む。剣の腹に手を添えながら拳を受け止めたアンノウンは、純黒に侵蝕され、黒に呑み込まれていく黄金の剣に瞠目するのだった。








 ──────────────────



 アンノウン


 呪界にて、呪王の右腕であるキオウを殺害した張本人。中性的な体つき、男とも女ともとれるが美しい容姿を持つが、その実リュウデリアと拮抗するだけの膂力を持ち合わせている。


 リュウデリアのことを“特異点”と称して命を狙う。ただ、あくまで狙いはリュウデリアのみでオリヴィアのことは敵と考えていない。そのため別の場所に逃がしても何も思わない。





 リュウデリア


 アンノウンが不思議な力を使っているので、それを解き明かそうとしているが、まだ解らない。小さくなっていて力に制限があるとはいえ、自身の膂力と拮抗するアンノウンに少し驚いている。


 まずは1番邪魔な黄金の剣を破壊することにした。純黒が侵蝕下のを見るに、自身の力が有効的であることは証明されたので、自身に解き明かせない存在ではない事が確定した。



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