第230話  思った矢先




 アンノウンが持つ黄金の剣は、普通の代物ではない。材質は不明。作製者も不明である。分かるのは、どんな名剣名刀でも傷一つ付けられないリュウデリアの純黒な鱗を、容易く斬ることだけ。アンノウンが信頼している武器である。


 しかしそれは、他でも無いリュウデリアの魔力により純黒に侵蝕された。接近しての打ちつけられる拳を、剣の腹部分で受け止めたはいいが、触れた箇所から侵蝕が開始した。何者にも耐えられない純黒の侵蝕は、黄金の剣すらも呑み込んでいった。


 剣の半ばから始まって剣先と柄へと範囲を広げていく。瞠目していたアンノウンは、そのまま剣を持っていれば自身にも被害がくると察して勢い良くその場から後退しつつ、剣を手放した。1本で受け止めたのでもう1本あるのだが、2本の内片方が使用不可となる。先から先まで全てが純黒に呑み込まれた剣は亀裂が入り、砂状に分解されて砕かれた。




「俺の魔力純黒に触れれば、皆が平等だ。例え得体の知れんお前の武器であろうともな」


「……なるほど、これがあなたの本質……“特異点”たらしめる力ですか。なんと凶悪な」


「安心しろ。その考えはお前だけではない」




 俺と殺し合った者達は、皆がそう思う。静かに口にするリュウデリアはケタケタと嗤った。彼のみが持つ、特異な魔力。触れれば即アウト。切り放さない限り延々と侵蝕を進ませ、やがては命に王手を掛ける。その力の一端を見た。


 風に流れて純黒に侵蝕された剣が消えていった。手の中の、片方が無くなった黄金の剣を見下ろしたアンノウン。双剣の強みである手数が失われた。リュウデリアとしても警戒していた剣が一振り無くなったのはありがたい。残るはあと1本。早々に破壊してしまうに限る。




「──────同じですよ」


「あ?」


「彼等も、あなたも。同じ事をしていると言っているのです」


「……………………。」


「彼等もこの剣を警戒し、破壊を優先しました。悔しいですが、彼等にも剣は破壊されています。この意味、あなたなら解るのではないですか?」


「……チッ」




 右手には引き寄せられた黄金の剣がある。そして左手を、横に向かって薙ぎ振るった。瞬間大気に罅が入り、異空間が現れる。中は星々が浮かぶ夜空の如く美しく、その中から黄金が姿を見せた。柄を握り、勢い良く引き抜くアンノウン。左手には右手と同じ黄金の剣。今先程リュウデリアが破壊したものと、同じものであった。


 口振りから察するに、バルガスとクレアも剣の破壊を優先して戦い、見事破壊することに成功している。しかしそれだと、黄金の剣を最初から手にしているのはおかしい。同じような剣が複数本あるという考えも有り得るが、得体の知れなさが全く同じだと彼は感づいている。


 どういうことかと思案するよりも早く、アンノウンがリュウデリアに向けて接近していた。油断していると消えたと錯覚してしまう速度で接近してきたアンノウンと、X字に斬り裂こうと左右から振り下ろされる黄金の剣。刃に触れれば鱗ごと斬られる。そこでリュウデリアは驚異的な反応速度で振り下ろされる剣の腹に手刀を入れ、二振りを弾き飛ばした。


 手に纏わせていた純黒なる魔力が空に弾かれた黄金の剣を侵蝕していく。やがてはその全容を黒へと変化させ、脆くなった炭と同じく破壊された。しかしその傍から、大気に亀裂を入れて異空間を呼び出し、中から黄金の剣を取り出すアンノウン。破壊しても破壊しても、尽きる様子は無い。




「……ッ!何故同じものがこれだけの数……ッ!」


「さて。それに答える義理はありませんね。そもそも、考えたところで分かりませんよ」




 黄金の剣と徒手空拳による攻防。その中で純黒に侵蝕させ、破壊した黄金の剣の数は大凡20。激しい接戦を繰り返す彼等の周囲には、純黒に侵蝕されていく途中の剣の残骸が散らばっている。破壊すれば、その途端に呼び出される剣に、リュウデリアは訝しげに目を細めた。


 気配も、得体の知れなさも全てが同じ。という矛盾が発生している。考えても、その原理がまだ解明できない。過去やら未来から引っ張り出しているのか。それともアンノウンが破壊される度に、その場で創り出しているのか。判断材料が少なく、断定できない。


 そうこうしている内に、アンノウンが薄くリュウデリアの鱗を斬り裂いた。左胸の位置から鳩尾辺りまでのもので、浅く肉まで届いていないものの鱗が斬れた。攻防の中でアンノウンがリュウデリアの動きに慣れてきている。破壊されて取り出してを繰り返しながら、黄金の剣を巧みに操り、本当に少しずつ彼へと攻撃を届かせた。


 だがしかし、慣れていくのはアンノウンだけではない。リュウデリアとて、アンノウンの動きそのものに慣れてきていた。今までの敵の中でも断然速いが、動きのパターンを掴んでしまえば予測ができる。それができてしまえば、黄金の剣の隙間を縫って拳を届けることが可能となる。


 尻尾の打撃と見せかけてフェイントを入れ、左拳を右頬に叩き込んだ。打撃音を響かせて弾かれて吹き飛ばされる。漸く入った真面な一撃に手応えを感じながら、リュウデリアはその場にて拳を構え直して臨戦態勢を整える。対する殴打されたアンノウンは、綺麗な顔を拳によって少し歪ませながら、数十メートル弾かれてから止まった。




「ようやっと入ったな。どうだ、拳の味は。血の味でもするか?」


「……もう動きを読んでくるのですね。あなたと私、成長速度ではあなたに分があるようです」


「なんだ、冷静だな」


「客観的な事実を認め、述べただけのことですよ。あなたは強い。これまで消してきた“特異点”の中でも、更に特異な存在と言えるでしょう。多くは“起典”を使うことなく消せるというのに、ここまで使わせるのは異常と言わざるを得ません」


「ならば使えば良い。出し惜しみをして死んだでは、愉しめるものも愉しめん」


「私は嘆いているのですよ。私をここまで手こずらせる“特異点”がこの星に現れているという現状に。昔はここまでが大きくなることはありませんでした。“特異点”でも放置して支障の無いものがあった程度です。私が出向くこと自体が高い異常性を表しています」


「訳の分からんことをペラペラと。口にするなら説明しろ。意味が分からず混乱するわ。お前は俺を困惑させるのが好きなのか?」


「……?私はあなたに好意など持っていませんよ」


「誰がそんな話をした。というより欲しくもないわ。俺にはオリヴィアが居れば良い」




 口の端から溶岩のように赤い血を一条流したアンノウンは、殴られて歪みつつ純黒が侵蝕している頬に手を当てながら、第1の起典『理元りげん』で瞬く間に完治させてしまう。元の美しい中性的な顔に戻るのを、リュウデリアはただ眺めていた。傷を治させるのは避けたいが、動きに慣れたからと言って急に突っ込むのは愚策。


 アンノウンにはまだ他に手がある。それを引き出させないと、無茶な行動などできるはずもない。対処できないとは思わないが、オリヴィアが居ない以上自力で負った傷を治すことはできない。治せるアンノウンと治せないリュウデリアの戦いでは、如何にして傷を負わずして勝利するかが肝心なのだ。特に、嘗て無いほどの強者であるアンノウンが相手ならば。


 ただ、傷を負わずして戦いに勝利する。それは言うことは簡単だが、行うのは難しい。相手が強いなら、それだけ難易度は跳ね上がる。必要な事と実行できることは、また別の問題だ。




「第4の起典──────『置核ちかく』」


「はッ。次はどんな技だァッ!?」




 疾走しながら、何かの技を発動させたアンノウンに、リュウデリアは警戒しながら拳を構えている。その場からは敢えて動かず待ちの姿勢で臨む。黄金の剣を1本投擲してくるので、尻尾の打撃により空中で弾き飛ばした。真上に進行方向を変えた剣には目もくれず、アンノウンがもう1本の黄金の剣を左斜め下から右斜め上に向けて斬り上げた。


 鋭い剣先が鱗に触れるか触れないかの瀬戸際になるまで距離を詰め、一歩間違えれば斬られる程の危険な回避を成功させた。上体を反らし気味にして避けたので体勢が少し崩れる。それを利用して右脚で側頭部に向けて蹴りを放った。斬り上げで隙が生まれたアンノウンに入ると確信し、その確信通りに蹴りは側頭部に入った。


 重い音が鳴り響いてアンノウンはその場から弾かれる……その予定だった。弾き飛ばした後に追いついて追撃を入れるつもりが、リュウデリアが瞠目して固まる。蹴りは入った。側頭部にだ。しかしそれを受けて、アンノウンは微動だにすらしない。初めての感覚故に困惑が浮かぶ。攻撃して、全く動かない相手は初めてだった。


 彼は幻視する。人間より、魔物より大きな巨体を持つ自身が、見上げたところで全貌を目の当たりにできない程巨大なもの。恒星を。アンノウンが1つの恒星に思えてしまった。蹴りが通じない訳だと、勝手に納得してしまった。その考えを自身で否定するように、蹴りの姿勢をやめて殴打を繰り出した。


 斬り上げの攻撃から、直立不動の姿勢になったアンノウン。殴ろうとしているのに動く様子を見せないことに、舐めていると直感した。ギチリと歯軋りをし、頭を消し飛ばすつもりで全力で殴った。額に打ち込まれた純黒の鱗に包まれた拳。音は鈍く、当たっている。しかし、やはりアンノウンは一切その場から動かず、微動だにしなかった。




「……っ……ぐッ……ッ!」


「無駄ですよ。第4の起典を発動させた私に、あなたの殴打や蹴りは最早通じません」


「硬い……いや、それとはまた違うな……ッ!!」


「私としては、あなたのその純黒に触れる度に侵蝕されるのが、些か面倒ですね。『理元』をその都度使わなくてはなりません」




 蹴りを入れられた側頭部。殴打を受けた額。その2箇所が純黒の侵蝕を受けていた。切り放さなければ侵蝕範囲は広がり、やがてアンノウンの命まで侵蝕する。しかしそれを分かっていて尚、アンノウンは慌てず、焦らず、悠然とした態度で対処した。第1の起典『理元』を発動させ、純黒を薄ませて消し去った。そう、消し去ったのだ。


 誰にも耐えられない筈の純黒が消された。その光景は間違いなく異常で、有り得ないと言っても良かった。バルガスやクレア、神にだって通用した彼の特異な力。凶悪極まる魔力。それを少し力を使った程度で克服する相手が目の前に居る。リュウデリアはその場から跳び退きながら思考する。


 頬を殴打して弾き飛ばした時にも、純黒は侵蝕していた。頬の殴られた歪みと共に、『理元』で治してしまったのを見て、何かの間違いかと最初は思っていた。心の中ではどうなっているのかと考えていたものの、考えつかず、もう一度打ち込む事にした。その結果がコレである。


 あの時見たものは間違っていなかった。気のせいでもなかった。アンノウンには、純黒の侵蝕だけでは勝てない。どういう原理かは解らないが、傷の1つとして治すことが可能のようだ。解らないことが増える一方で、リュウデリアは戦いのボルテージが上がっていくのを自覚する。


 もしかしたら、もしかするかも知れない。真っ正面から、何の小細工も無しに自身を殺しうる存在に出会えたのかも知れない。アンノウンがそれだけの強者であることが嬉しく、楽しく、そして愉しい。命の奪い合いというのが、リュウデリアに生を実感させてくれるのだ。




「──────フハハッ!!ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!面白いッ!面白いぞアンノウンッ!!」


「アンノウン……まあ、好きに呼ぶと良いでしょう。第2の起典──────『残跡ざんせき』」




 真上にかち上げられた黄金の剣がアンノウンの手の中に戻り、接近して斬り掛かってくる。それを避ければ軌跡がその場に残る。目に見えず、気配でも察知できない置いて行かれた斬撃。リュウデリアは振り下ろされた剣の太刀筋を全て覚えながら、攻撃を躱していった。


 動きに慣れてきているが、それを承知でアンノウンは縦横無尽に駆けて全方位からリュウデリアに斬り掛かる。置かれた斬撃はアンノウンには効かず通り抜けている様子。影響があるのは彼だけのようだ。それを使い、配置された斬撃の檻を作り出して閉じ込める。動きを制限するつもりだ。


 そんなことはバレバレだと、リュウデリアは魔力を凝縮して魔力爆発を起こそうとした。その瞬間、アンノウンが剣を2本とも手放して身軽になり、即とを上げて接近してきた。拳を握ったのを見て殴打でくると理解したリュウデリアは腹で受け止めた。が、それが誤りだった。




「──────悪手でしたね。それよりも、肉体が残っていることに驚きです」


「──────ごぼッ!!ぶッ……ごほッ……!?」




 リュウデリアが膝を付き、手も地面に付いていた。蹲るように体を丸めながら、アンノウンに殴られた腹に手を当てている。口からは滝のように血が流れ、苦しげに吐き出していた。衝撃が抜けていき内臓を傷つけたとか、そんなことではなく、単純に、純粋にアンノウンの拳が強すぎた。


 腹部の鱗が粉々に砕け、血を流すほどの重傷だった。拳1発で膝を付くのは初めてだ。鱗は剣でなら斬られたが、まさか殴打でここまで粉々に砕いてダメージを与えてくるとは思わなかった。確かに、腹で受け止めたのは悪手。受け止めて攻撃に転ずるつもりが、大きな仇となってしまった。


 硬くなっているか、それに類似する状態になっていると思っていたが、どうやら全く違うようで、リュウデリアは勘違いしていたようだった。大きな傷を受けることが推奨されない戦いで、早々に重傷を負ってしまったのだった。









 ──────────────────



 アンノウン


 起典という力を使い、リュウデリアを少しずつ追いつめていく。身体能力も高く、非常に早い成長速度を持つ。ただし、それはリュウデリアに劣っているため、単純な打ち合いをしていると競り負ける。


 黄金の剣を複数本呼び出し、使うことができる。リュウデリアの鱗すらも両断できる業物でありながら、破壊したとしても別のものを召喚して使用するため、破壊は意味が無い。バルガスとクレアもまた、厄介な黄金の剣を破壊したという。





 リュウデリア


 謎が増えていくアンノウンに興奮している。もしかしたら、真っ正面から自身を殺せる稀有な存在かも知れないことに喜びを隠せない。黄金の剣が厄介だと思っていたが、やはり本体の……起典が1番厄介だった。


 1度殴られただけで膝を付いたのは初めてであり、かなりの大ダメージを受けてしまった。




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