第231話  属性の力






「──────悪手でしたね。それよりも、肉体が残っていることに驚きです」


「──────ごぼッ!!ぶッ……ごほッ……!?」




 リュウデリアが膝を付き、手も地面に付いていた。蹲るように体を丸めながら、アンノウンに殴られた腹に手を当てている。口からは滝のように血が流れ、苦しげに吐き出していた。衝撃が抜けていき内臓を傷つけたとか、そんなことではなく、単純に、純粋にアンノウンの拳が強すぎた。


 腹部の鱗が粉々に砕け、血を流すほどの重傷だった。拳1発で膝を付くのは初めてだ。鱗は剣でなら斬られたが、まさか殴打でここまで粉々に砕いてダメージを与えてくるとは思わなかった。確かに、腹で受け止めたのは悪手。受け止めて攻撃に転ずるつもりが、大きな仇となってしまった。


 硬くなっているか、それに類似する状態になっていると思っていたが、どうやら全く違うようで、リュウデリアは勘違いしていたようだった。大きな傷を受けることが推奨されない戦いで、早々に重傷を負ってしまったのだった。




 ──────奴の拳が重すぎる。あの細身でこれ程の力を出せるものなのか?腹の鱗が軒並み破壊された。肉体へのダメージも凄まじい。内臓も少しイカレたか?そもそも、コイツは何者だ。魂が視えん奴なんぞ初めて見た。




 他者の魂の輪郭を視ることが出来るというリュウデリアの目には、アンノウンに魂が無いことが分かっていた。生きているならば必ず備えている筈の魂が無い。それから考えられるのは、アンノウンが生物ではない存在であるか、人形のように遠隔で操られているだけの存在であるかぐらいだろう。


 視ても分からないというのは初めての経験故に驚くが、分からないからこそ面白いというもの。リュウデリアの興奮が大きくなり、ボルテージが上がっていく。戦闘へのスイッチが入り、如何に相手を殺すかに思考が切り替えられていく。


 殴っても一切動かなかったアンノウン。リュウデリアの膂力は凄まじく、今でこそ体の大きさが人間大であるものの、本来は30メートル近い巨体であり、それに見合うだけの力を持っている。拳を握り、大地へ打ち落とすだけで地割れが起きるだろう。それを真っ正面から受けて、動かないなんてことは有り得るのだろうか。


 何かの技を使っていたのは知っている。それが原因でリュウデリアの物理攻撃が効かなくなっていることも何となく理解している。ならばあと把握すべきは、どのようにして効かなくなっているのか、ということ。単純に物理攻撃が無効化されているのか。衝撃を逃がしているのか。




 ──────拳を打ちつけた感触からして、衝撃は逃がされていない。確かに通っていた。防御用の結界を張られた様子も無い。直接触れて、それでも効かなかった。直感したのは見上げるほどの山か、星そのものだ。まるであの体に埒外の質量を押し込んでいるよう……な……──────ほほう?




 まるで意味が分からないと思っている真剣な顔つきをしながら、頭の上に明るい電球が発生した。ヒラメキである。何となく思ったことが1番有力候補になったので、これは試す価値ありと心の中でほくそ笑んだ。


 口と腹部から大量の血を流しているのに、そんなことは気にも留めず姿勢を低くした。翼を大きく広げて背後に魔法陣を展開する。膨大な魔力を放出させて莫大な推進力を得る。翼をはためかせて全速力のスタートを切ってアンノウンに接近した。大きく右腕を引いて殴打の姿勢に入る。


 腕の筋肉だけでなく、肩や腰、脇腹等といった周辺の筋肉も全て全力稼働させる。これ以上は無いと言えるくらいの殴打を打ち込む。アンノウンはどうせ効かないからと高を括っているのか、防御の姿勢すら見せず直立不動のまま。完全に舐めていると思いながら、その余裕を砕いてくれる……と、嗤った。


 両者の距離がゼロになり、リュウデリアが拳をアンノウンの顔面に突き出した。固く握り込んだ拳が額に打ちつける。当たった箇所を起点として周囲数百メートルの大気が弾けた。範囲は広がり、真上にある雲が消し飛ばされていった。腕が震える程の力を込めた渾身の殴打は、アンノウンを動かすにも至らなかった。




「無駄ですと、先程も言ったでしょう」


「──────おォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」




 効かないのだから、無駄な足掻きだと吐いて捨てるアンノウンに、リュウデリアは左の拳を突き出して打ち込んだ。交互に拳を叩き込み、そこから左右の蹴りまで入れ始める。目まぐるしい殴打蹴りの嵐。秒間100発から始まり、200、300と爆発的に速度が上がっていく。


 1発撃ち込む度に大気を揺らす攻撃が、1秒間に数百発入れられる。それがたった1個体に向けて振るわれていた。だがその攻撃の数々がアンノウンに効いている様子が無い。リュウデリアの全力攻撃の余波だけで地面が抉れていくというのに、不自然極まりない異常な光景が映っている。


 いくら殴って蹴ってを繰り返しても、アンノウンはその場から動くこともない。防御の姿勢もせず、そのまま受けていた。無駄だと言っているのに、何故そうも認めようとしないのかと溜め息を吐いた。そろそろ視界的に邪魔になってきたので、反撃しようとした。しかしその瞬間、ガラスに罅が入ったような亀裂がアンノウンの頬に入った。


 びしりと入った亀裂。少しの痛み。それに驚愕して反射的に両手の黄金の剣を、今もなお攻撃を続けているリュウデリアに振った。反応速度だけで軌跡を読んで攻撃を上体反らしで躱した後、そのまま体を倒し込んで手を地面につけ、腕力だけで跳ね上がって距離を取った。




「……っ」




 ──────第4の起典を発動させた私の体に傷をつけたというのですかッ!?いえ、有り得ません。そんなことが可能なはずが無いのです。それではまるで、あの特異点の攻撃がようではありませんかッ!?




「ははッ。何を驚いている?少し傷が入っただけだろうに。本番はここからだッ!術式起動ッ!」





 リュウデリアの言葉を受けて、姿を隠していた魔法陣が姿を現して起動する。アンノウンの額に純黒の小さな魔法陣。そして彼の手の甲と足の甲にそれぞれ同じ純黒の魔法陣。莫大な魔力を流し込まれて爛々と発光する魔法陣に気がつき、アンノウンは自身の額に触れる。


 嫌な予感を感じ取り、額を魔法陣ごと斬り落としてしまおうとするよりも速く、リュウデリアが魔法陣の効力を発揮させた。純黒の眩い光は強くなり、濃縮された魔力が解放されていく。起こるのは爆発だ。それも想像を絶する程の大爆発だ。


 効かないからと高を括って、リュウデリアの攻撃を全てノーガードで受けていたのが仇となった。最早避けることは叶わず、防御も間に合わず、リュウデリアが左手の親指と中指を使い指を鳴らした。




「──────『刻まれた殲滅龍の紋章アルマデュラ・エンブレム』ッ!!」




「──────ッ!!!!」




 魔法陣の斬り離しは間に合わず、眩い光に包まれたと思えば大爆発を引き起こした。刻んだ魔法陣に、同じ魔法陣を刻んだ四肢で攻撃する度に“回数”が蓄積していく。この回数が多ければ多いほど、後に発生する爆発の度合が、文字通り爆発的に増大していく。リュウデリアは攻撃を開始して数十秒で数千の殴打と蹴りの嵐を叩き込んだ。回数としては過去最高である。


 明らかな攻撃用の魔法陣がバレないように隠蔽の細工を施し、あたかも後先考えず近接を仕掛けているように見せた。その裏では、着々と爆発のエネルギーを溜めていた。アンノウンはそんなことも露知らず、余裕の態度で直立不動を決行していた。


 踏ん張らないと、リュウデリアでさえ押しやられそうになるだけの爆発が発生している。音だけならば数キロ先の街にも届いていることだろう。叩かれた空気が牙を向き、離れた箇所の建築物の壁や窓を叩き割っていたかもしれない。取り敢えず常人が見れば、神の怒りか何かかと勘違いし、顔を青くしていたことだろう。


 実際には、たったの1個体に向けて使われた魔法であるのだが、この場に居ない者達が知ることはない。爆発はリュウデリアが思っていたよりも大きく強大なものとなっていた。発生した爆煙を振り払い散らす。爆煙は山よりも大きく聳え、キノコ雲のようになっていた。


 アンノウンが居た場所の大地が消し飛んでいる。失った部分は一体どこに行ったのかという疑問が湧かないくらい、目に映る光景は圧倒的だった。町一つは優に入るのではと思えてしまう大穴が開いており、覗き込んでも底など見えない。落ちれば落下死は免れないだろう。リュウデリアはそれだけの威力を見せた爆発の後でも、気を抜かずに警戒を怠らなかった。


 この程度で仕留めきれる相手ではない。そう直感していた。さて、どうだと、多少の喜色を混ぜながら待っていると、風に流されて爆煙が完全に晴れ、中からアンノウンが姿を現す。殴打と蹴りの嵐で、少しだけ罅を入れたが、あの爆発でその罅は大きくなっていた。


 顔面の半分に届きそうになるくらい、罅は大きく範囲を広げていた。想像を絶する大爆発だったのだが、傷らしい傷はそれのみだった。大したダメージは入らないか……と、落胆すべきところを、リュウデリアは嬉しそうにしている。むしろほぼ無傷で良かったとさえ考えているだろう。


 アンノウンが第1の起典『理元』で罅の入った顔を治す。これで完治され、振り出しに戻った訳だ。強力な相手で自己回復を行える。リュウデリアはオリヴィアが居ないと傷を治せないので致命的な差が生まれている。それでも尚、彼は面白いと思っている。




「……ここまで強力な特異点は会ったことがありません。凶悪極まるその魔力に、強靭な肉体。ますます貴方という特異点が分からなくなります。何があればそれ程の力を得るというのですか」


「そんなことはどうでもいい。続きだ。続きを始めるぞッ!ククッ……はははッ!!神界の犬も強かったが、お前ほどではなかったッ!最近強い奴が居なくてなァ……実に素晴らしいッ!運が良いなァ。最高の気分だッ!お陰で力が溢れるように湧いてくるぞッ!!」




 ゲラゲラと嗤いながら魔力を解放していくリュウデリア。感情と魔力は密接な関係にあるとされている。気分が高揚していると魔力もそれに倣って高ぶる。怒り等といった感情でも増大する傾向にある。彼は今、喜色に塗れているので、ただでさえ莫大な魔力に拍車に掛かって増大していく。


 足元の岩が持ち上がり砕ける。濃密過ぎて可視化された純黒なる魔力が天に向かい立ち上る。足が触れている部分から純黒に侵蝕されていく。微生物も侵蝕されていき死滅する。生き物は全て無に還る。無差別に何もかもを呑み込んでいく純黒に、アンノウンは目を細めて黄金の剣を強く握り直した。




「第5の起典──────『天変てんぺん』」




「──────ッ!!ぅお……っ!?」




 黄金の剣が雷を纏う。地上を焼き払える轟雷が発生し、1歩踏み込みながらX字に両の手の黄金の剣を振るった。雷が斬撃となってリュウデリアに飛来する。巨大な斬撃は範囲が大きい。咄嗟に跳躍して雷を伴う斬撃を回避すると、地表を削り取りながら彼方まで飛んでいった。


 抉れている部分は消し飛ばされている。しかし斬撃なので切り口は滑らかであった。当たっていれば雷による感電を受けつつ、斬撃で斬り裂かれていたかも知れない。属性系の力は使っていなかっただけで、使えるのかと納得した時、着地と同時に土が足に絡み付いて拘束した。


 水のように動いて絡み付いてきたかと思えば、次の瞬間には鉄の如く固まった。身動きを封じたとは言え、所詮は鉄程度の硬さ。リュウデリアの膂力ならばすぐに砕ける。脚を持ち上げて砕こうとして、彼は首を押さえた。苦しげに喘ぎ始める。何が起きているのか彼にも解らないまま苦しそうにし、そんな彼へ向けて二撃目の斬撃が放たれた。




「──────試作の魔法を使ってやるッ!!」


「これを受け止めますか」




 莫大な魔力を練り上げて体の外側で実体化させる。思い起こすのは鎧。鋭利な鋭さを持つ魔力の鎧が鱗に沿って薄く全身に装着され、リュウデリアの防御力を限界以上に強化している。全体的に体が鋭くなった彼が防御の姿勢に入り、正面より飛来する雷を纏う斬撃を受け止めた。


 鱗で受け止めれば斬られていたかも知れない斬撃を受け止める。威力が強く足が引き摺られて後退していってしまうが、受け止めた腕が斬られることはなかった。獣道を作り続け、数百メートル後退した後踏ん張って耐え、腕力だけで進行方向を無理矢理上空へ捻じ曲げた。斬撃が空へと上り大気圏を抜け、傍を通っていた隕石をX字に両断した。


 鱗を強化した薄い魔力の鎧は砕け散っていく。魔法とは呼べない試作品故に持続性が低い。しかしアンノウンの攻撃を受け止められたので良しとしよう。衝撃で腕が少し痺れているのを見下ろし、手を強く握り込んで顔を上げる。戦いが楽しい。殺し合いが生きていることを実感させてくれる。リュウデリアはますます、戦いにのめり込んでいく。




「もっとだ──────もっと来いッ!お前ならば俺を殺せるかも知れんぞッ!!」


「……第3の起典──────『同溢どういつ』」




 アンノウンは、興奮を抑えられずギアが上がっていくリュウデリアに新たな手を講じた。戦えば戦うほど分からなくなる彼の力。早く消さねばどんな影響が及ぼされるか不明だと、純黒に侵蝕された大地を見て、アンノウンは焦りに似た感情を抱いた。







 ──────────────────



 アンノウン


 リュウデリアの全力の殴打や蹴りを受けても全く動じない。が、罅が入ったことに1番驚いた。自身の力が通じているはずなのに一向に倒れる様子を見せないリュウデリアよりも、純黒に侵蝕されていく大地を見て焦りを抱いている。





 リュウデリア


 現在腹部に重傷を抱えている。鱗が砕け、肉が裂けているため出血が多く、内臓にもダメージがある。黄金の剣で直接斬られるよりも、斬撃の方がまだ斬られることがないことに気がついているものの油断したら斬れてしまうので警戒している。試作品の魔法で防げたのは賭け。




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