第232話 超過強化
「もっとだ──────もっと来いッ!お前ならば俺を殺せるかも知れんぞッ!」
「第3の起典──────『
強い者が相手になると、それだけ気分が高揚して興奮するリュウデリアは、アンノウンの一挙手一投足全てに期待をしている。自身の本気の攻撃を受けてびくともせず、与えられる反撃には致命的なものがある。間違えればあっという間に死んでしまう戦いで、彼は更なる力を求めた。
自身に求めるのではない。相手に求めるのだ。もっと力を見せろ。もっと追い込め。殺してみせろと。自殺願望でもあるのかと問い掛けたくなる言葉にアンノウンですら困惑する。何をそうまでして求めるのか理解ができないのだろう。ただ安心して良い、彼の言葉に同意出来る者など、世界広しと言えどそうは居ないだろうから。
黄金の目を殺意と狂気で爛々と輝かせ、無差別で凶悪な魔力を解放するリュウデリアに対して、アンノウンは新たな手を講じた。新しい一手は、何かと期待していた彼だが、それを目にした途端目を細めた。冷水をかけられた気分を味わう。目にしたそれは、つい最近見たことがあるものであったからだ。
アンノウンの背後から、全く同じ姿のアンノウンが現れる。次々と現れる瓜二つのそれらは、等しく美しい容姿に、黄金の剣を携える。分身体だろう。全部で7体現れた事で、全部で8体になる。数が増えるということは確かに脅威なのだろうが、その技は神界で見た。獣がやった。正面から討ち滅ぼした。ならば、そう……つまらないと思っても仕方ないのだろう。
「……舐めているのか?数を増やせば取り敢えず殺せると思っているのか。
「はて、その神界の獣という者は存じませんが、経験済みでしたか。ならば大して驚きも無いはずです。ですが良いのですか?警戒を解いてしまっても」
「あ?」
「この分身達は──────
第4の起典『
本体の1体ですらそれだけの強度と厄介性を持っているというのに、そのアンノウンが7体増えた。単純な話で絶望的な戦力差である。それに加えて、リュウデリアの鱗を斬り裂くことができる黄金の剣を、それぞれが2本ずつしっかりと持っているという部分もまた酷な話だ。
少々戦力的に不利だと感じるのは当然である。しかしそんなことに卑怯とは言わせず、あくまでリュウデリアを消すことが目的だからと分身体を差し向けた。その場から忽然と消え、傍らにいつの間にか現れたと感じる超速度。
7体の分身体から放たれる、2対の黄金の剣。計14本が振り下ろされる。まだ回避の予備動作すら完了していないリュウデリアは、そのまま斬り裂かれ、肉の塊と成り果てるのだろうか。答えは否だ。彼の命に王手を掛けるには、まだ早い。
「──────『
「……最初に女性を別の場所へ送る時に使用した、点と点を結んだ移動ですか」
「制約があるが、それを教えてやる義理も理由も無いだろう。知りたければ曝いてみるがいい」
「必要ありません。その程度ならば対処可能です」
「言ってくれるではないか──────なァッ!!」
空へ飛び上がるリュウデリアを追いかけて、アンノウン達が同じく空に向かって飛び上がった。足場のない空中戦。見渡す限り空の空間。転移を乱発するならば絶好の場所。点と点を繋ぎ合わせる事で瞬間的な転移の移動を行う瞬間移動は、その高い有用性と引き換えに制約により1度目にした場所にしか跳べない。
ただし、逆を言えば1度目にした場所ならば、距離が離れて消費する魔力が多くなることを除いてノーリスクで転移し続けられる。リュウデリアは戦闘中に周囲の景色を視界に納め、目にしている。その範囲内ならば何処へでも跳ぶことができるのだ。
一貫性のない別々の動きで迫り、肉薄し、黄金の剣を突き立てんとするアンノウンと、その分身体。触れるか触れないかの絶妙な距離で、リュウデリアは転移した。1体の分身体の真上に現れ、体を縦回転させて踵落としを決める。弾き飛ばされ、真下に落ちる分身体の進行方向に転移し、掌に集中させて作った魔力の球体を腹部に押しつけた。
小さくなるように凝縮された魔力が解放されて弾ける。それは爆発を伴い、強い衝撃波を生み出した。解放された魔力に呑み込まれ、吹き飛ぶかと思われたが、その魔力の奔流の中から手が出て来た。掴み掛かろうとするそれを上体を倒して避け、そのまま別の場所へ転移した。
攻撃を加えた分身体の傍へ、別の分身体が集まっていた。そのまま戦闘していれば、残る6体と本体が攻撃を加えてきていただろう。リュウデリアは目線をアンノウン達に向けたまま、意識を脚に向ける。踵落としをした脚が痺れかけている。本体と同じく、物理が通じない仕掛けが分身体にも施されていた。吹き飛ばされたのは、恐らく空中であったからだろう。
ダメージそのものは通っていない。空中で殴打されたために弾かれただけで、傷も無くダメージも無い。それは確信して言えてしまい、リュウデリアの純黒なる魔力で肉体を侵蝕しても、どういう訳か治されてしまう。足りないのだ。圧倒的火力が。この程度ではアンノウンを傷つけるに至らない。
「はは……はっははッ!ハハハハハハッ!!こうも攻撃が通らんとはなァッ!自信の消失前に……──────興奮する。楽しくなってしまうだろうがッ!ははッ!」
彼の一撃は地形を変える程の威力を秘める。並大抵の敵に打ち込めば、木っ端微塵に吹き飛ぶことだろう。事実、魔物相手にもそうしてきたし、同種の龍もその腕力や脚力で殺してきた。なのにそれらが一切通じないとなると、限界以上の攻撃をしようと躍起になる。
彼にとって、その躍起になるという部分が1番重要だった。上から見下ろして戦うのではなく、見上げながら戦うというのは心躍るものだ。強い者はまだまだ居るのだと実感させてくれる。そして同時に、自身はまだやれる、引き出す力があるのだと悟るのだ。
「いくぞ……全ッッッッ開だァ──────ッ!!!!おおォおおおおおおおおおおおおおおおおああああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙■■■■■■■■■■■■■■■■■■っ!!!!」
全身を力ませ、体内の莫大な魔力を解放する。全方位に撒き散らされた純黒なる魔力。それらをひたすら、全て肉体強化に回す。肉体強化には限界があるのは当然。無ければ無限に強化できてしまうから。リュウデリアにも大凡の強化限界値は決まっている。しかし彼は、それを超えて超過の強化を行っていた。
全身からびきりと嫌な音が鳴る。強化されすぎて軋む強靭な肉体。内側から弾けそうな感覚を味わいながら、それを無理矢理押さえつけつつ延々と強化をする。撒き散らされてしまう余分な魔力を調節し、それすらも肉体強化に当てている。
これ程肉体を強化したことはない。初めての経験故に一歩間違えれば自身の魔力に押し潰され、自滅しかねない。だが彼は、クレアに次ぐ天才的な魔力操作により自滅への致命的なミスを犯すことなく強化に成功した。気を抜けば弾けそうな感覚の中、リュウデリアは1度の羽ばたきで最高速度に達し、アンノウンを肉薄した。
「──────でえェりゃあァッ!!!!!!」
「──────ッ!!なにが……ッ!?」
言葉にすらなっていない掛け声と共に、固く握り込んだ拳を突き出す。正真正銘の渾身の一撃。肉体を超過で強化し、拳のみに乗せられる魔力を全て乗せる。後先考えない一直線の殴打。反撃されても対処できないのだろうだけの、全身全霊の一撃。それを以て、リュウデリアはアンノウンの分身の殴りつけた頭を弾き飛ばし粉砕した。
頬を殴り、殴り抜く。その威力にアンノウンの頭が負け、吹き飛ばされた。風船を割ったように弾け飛んだ。残る6体のアンノウンの分身と本体は、まるで理解出来ないと言わんばかりに呆然とした。先程まで数百回と本気で殴打を打ち込んでおきながら、罅を入れる程度しかできなかったリュウデリアが、分身の頭を吹き飛ばしたのだ。驚くなと言う方が無理だ。
呆然としている間に、突き抜けるように空気の壁が叩きつけられた。顔を覆う程の謎の風。空気でできた壁というのが1番しっくりくる。その壁を叩きつけられてハッとしたアンノウンが黄金の剣を振り払い、リュウデリアの元へ向かおうとした時、剣を振った時の手に違和感を感じ取った。思ったよりも軽かったためだ。
一瞬判らなかった。何かおかしいと気になった次の瞬間に気がついた。辺り一帯に空気が無くなっていた。つまり真空の空間になっていたのだ。剣を振って違和感を感じたのは、空気抵抗を感じなかったからだ。リュウデリアが分身を殴り、頭を吹き飛ばした際の衝撃波で風が押しやられてしまったのだ。
そして、次に起こるのは当然の事。失った空気を戻そうとして大気が無くなった真空空間に押し寄せる。それは引力のようになって発生し、アンノウン達を引き摺り込もうとした。範囲が広ければ広いほど強くなる引力は、辺り一帯数キロの範囲を埋めるべく発生する。中心部ともなれば、最早圧死を狙った攻撃と変わらない。アンノウンは引き摺り込まれないように踏ん張った。
「づッ……く……流石に
一方、いち早く空気が戻ろうとする引力に気がついたリュウデリアは、範囲外に転移していた。アンノウンが踏ん張って耐えている時間を使い、分身を破壊せしめた殴打を繰り出した右腕を押さえている。超過で強化し、出せる限りの力を使って殴った。するとどうだろう、殴打が終わった後唸る程の激痛に苛まれた。
腕が弾けなかっただけ奇跡としか言えない力を加えたのだ、リュウデリアはそれを理解している。なので殴打の後は激痛がやって来るだろうとは思っていたが、まさかここまでだとは思わなかった。開いている手を閉じる事すらできない。一撃でこれだ。これを少なくともあと6回やらねば、アンノウンの分身を全滅させることすらできない。
相手との戦力差を考えるならば、ある程度の計算も必要になってくるだろう。リュウデリアからしてみれば、戦いとは情報戦という持論がある。ならばその計算をしていてもおかしくないのだが、意図的にせずに戦いに没頭している。相手を崩し、王手を掛ける。その過程で死んでしまったならば、仕方ないとさえ思っている節がある。いやむしろ、自身を殺せる可能性を秘めた相手を求めていた。それが今戦うアンノウンでもある。
「……
「物思いに耽るのは感心しませんね。まあ、それで容易くあなたを消せるならば良いのですが」
「隙なんぞ見せていないことは判っているだろうに。ははッ。それよりも分身はどうした?1体殺したが増やさないのか?」
「……それは──────」
「その答え方は答えを言っているようなものだ。つまり、1度消されると再び出すには時間が掛かるんだな。それならば本体と同じ強さでも説明がつく」
口先での情報戦は得意でないのか、リュウデリアにとっては答えになるような返しをしてしまうアンノウン。しまったと思っても時既に遅し。バレてしまった以上は隠しても仕方ない。7体だけ召喚した分身は、何故7体なのか。それはアンノウンと全く同じ強さ。同じ能力を持っているだけに、そう多くは造り出せないのだ。キャパオーバーとも言える。
何体でも出せるならば、二桁に及ぶ数を召喚し、1度にリュウデリアへ差し向ければいい。そうすれば、本体の1体にすら苦戦している彼は物量によって押されるだろう。7体しか出せないというブラフの可能性もありはするものの、彼を消したいという意思の元戦っているのに、手加減をする意味などない。つまりブラフという線は考えにくい。
大気中の空気が真空空間に押し寄せて元に戻ろうとする引力に耐え、1度に戻った事による空気の爆発を耐えたアンノウン達がリュウデリアを囲う。分身6体と本体の1体を合わせた計7体。1体の頭を吹き飛ばして消したのは幸いだが、まだまだ数の差はある。囲まれている彼は絶望的に見える。実際かなりの危機的状況とも言えるのだが、それでも楽しそうに笑っていた。
アンノウンは数を増やしても一向に斃せないリュウデリアに、言葉にするのが難しい感情を抱く。形容しがたい何かを感じるのだ。それを肯定するかのように、何かが着々と準備を整えている。龍の牙は謎の存在アンノウンに、少しずつ近づいていた。
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アンノウン
分身を召喚することができる。ただし精度が完璧なだけあって多くは召喚できない。数だけならば神界の獣よりも上。強さは本体と全く同じ。最後に御業を発動した状態で分身を生み出すと、その時の本体の力を持った分身が生まれる。分身1体につき、2本の黄金の剣を持っている。
分身は完成度が完璧で精度も高いことから、1度消されてしまう、または消してしまうと暫くの間使用不可能となる。分身は本体を中心とした8キロ以内にしか飛ばすことができない。
リュウデリア
魔力を使い、限界を超えた強化を施した肉体で分身のアンノウンを1体消した。しかしその代わりに、非常に強い反動が訪れる。そう何度もやっていると動けなくなってしまう程のもの。なので連発して使うことはできない。
魔力の精密な操作技術は、他の龍に比べても頭幾つも抜けている。が、リュウデリアよりもクレアの方が魔力の操作技術は上。つまりあのクレアに次ぐ操作技術を持つリュウデリアでも、1度超過強化を行っただけで凄まじい反動がきている。
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