第233話  アンノウンの正体






「──────ちょこまかと面倒ですね」


「あと少し……あと少しだ……ッ!!」




 見渡す限りの大空を使い、リュウデリアが瞬間移動を繰り返してアンノウンの攻撃範囲から脱出する。分身を1体斃された事で本体も会わせて7体となったアンノウンは、瞬間移動してきた彼に向かって全速力で突貫し、剣を振るった。


 しかしそれをリュウデリアは悉く瞬間移動で避けた。反撃はせず、迎撃の姿勢も見せない。ただ移動を繰り返して避け続けるだけ。まるで手も足も出ないから逃げに徹しているように見える彼の行動だが、それを感じさせない事が1つあった。それは全身を覆う莫大な魔力だ。


 超過強化をし続けているリュウデリア。高められて撒き散らしてしまう余分な魔力も操り、最高効率で肉体を超過で強化し続けている。変に動くとその反動が返ってきてしまうため、彼は全身の筋肉を稼働させながら瞬間移動を繰り返し、接近して攻撃してくるアンノウンを翻弄しつつ距離を取っていた。


 彼が無駄なことはしないことを、少しの戦闘から把握しているアンノウンは、何か分からないが、何かを企んでいるのだと察してリュウデリアに襲い掛かる手を激しくした。虚空で斬撃を放ち、遠距離からの攻撃を狙ったり、振り下ろした軌跡をその場に残して彼が近づいたら斬り裂かれるように罠を張ったり、あらゆる手を使った。


 躍起になるアンノウンは、戦況的には有利な立場にある。数でも、力でもリュウデリアに勝っている。勝っているのに、それだけでは勝てないことを知っている。いや、確信させられたと言うべきだろうか。それ程までに、先の分身を殴り倒したことが衝撃的だったのだ。


 分身を正面から倒せる者など居ないと思っていた。その考えは過剰な自信からではなく、歴とした実績あってのもの。これまで倒された事が無いからこそ、出来ないのだと踏んでいた。それを凌駕されたからなのか、アンノウンは“特異点”であることを抜きにしても、リュウデリアが危険であるという認識をした。




「──────




「第5の起典『てん──────」




「──────おおおおおォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッらァッ!!!!」




 腹の底から絞り出した雄叫びと共に、瞬間移動の回避を突然やめた彼が翼を大きく広げる。力強く羽ばたき、前方に向かって直進。狙うのは転移したリュウデリアに対して同じく向かってくるアンノウンの分身。


 咄嗟だった。理不尽な程速く移動できるアンノウンよりも、更に速く飛んで突っ込んできたリュウデリアに防御の姿勢を取った。黄金の剣1本を彼に向けて投擲し、もう1本は剣の腹の部分に手を当てて盾にした。投げられた剣は彼に直撃した。鱗を易々と斬り裂く黄金の剣はしかし、今回は鱗に弾かれた。


 完璧にとは言えず、当たった左肩には切り傷が入っているものの、肉までは到達していない。肉体を魔力で超過強化していると、付属して鱗まで強化されていた。なので黄金の剣で斬れてしまっていた鱗が、弾いたのだ。


 明後日の方向へ弾かれて飛んでいく黄金の剣に目もくれず、真っ直ぐ、一直線に、フェイントも無く突き進んで行く。直感で来ると思った右側に剣の盾を用意しているアンノウン。リュウデリアはその剣の盾の上から、左脚の蹴りを放った。蹴りは剣の腹に吸い込まれ、叩き込まれた。一瞬純黒なる魔力が弾ける。


 肉体で受け止めるのは危険だと判断して黄金の剣を使い防御したアンノウンは、その蹴りを凌いだら反撃して首を落とそうと考えていた。1回目の殴打から、この全力攻撃の後は反動で少しの間動けなくなることは把握している。そこを突いて決着としようと思っていた。のだが、その考えは黄金の剣に入った亀裂で真っ白に変わった。


 一瞬だった。本当に一瞬の出来事だった。剣の腹で彼の蹴りを受け止めた。そこまではいい。剣を挟んで強い力が加わったのは理解している。しかしその後だ、問題なのは。蹴りを受け止めた箇所から、びしりと音が聞こえ、罅が入った。罅はすぐさま範囲を拡大していき、黄金の剣を半ばから真っ二つに折ったのだ。


 受け止めた瞬間から罅が入ったので、拮抗らしい拮抗はしていなかった。受け止められるという前提で反撃の話しを組み立てていただけに、反応が遅れた。アンノウンの分身は剣をへし折った蹴りを脇腹に受けた。激痛よりも先に脚がめり込み、脚力と腰の捻り、そして莫大な魔力による超過強化で、分身の体を上と下の2つに千切り飛ばした。


 分身が倒されるのは2度目となる。だが攻撃をしたことに変わりは無く、反動によってリュウデリアは少しの間行動不可となる。近くには別の分身が居て、既に全速力で向かっている。速度そのままに右手の剣を振り下ろした。脳天目掛けて正中線から両断しようとする斬撃を、彼は横から手の甲を当てて軌道を変えた。


 今のアンノウンの膂力は確実にリュウデリアよりも強いことは確信している。剣の軌道を反らそうにも、それだけの強い打撃を与えることは出来ないと高を括っていた。


 剣の軌道はリュウデリアの傍を通っていくだけに留まり、近づいたアンノウンの顔面に拳を下から上へ叩き込んだ。アッパーの要領で入れられた拳は、アンノウンの分身の頭を吹き飛ばした。粉々に粉砕したのは驚愕に値する。そもそも1度蹴りを放った後、反動で動けなくなる筈のところ、間髪入れずに動いて別の分身を倒した。これは一体どうなっているのか。


 残る5体の分身。これらをリュウデリアは続け様に倒していった。瞬間移動をして傍に現れ、後ろから腕を首に巻き付けて捻じ切った。鋭い指先で切り裂き、分身の頭を輪切りにした。両手を合わせた振り下ろしの殴打で頭をひしゃげるように潰した。殴打でもう一度頭を破裂させて倒し、踵落としで縦から両断した。


 目に見えて分身を殺せるようになり、反動の行動不可が無くなっている。少し離れたところから分身が倒されていくだけの光景を観察していた本体のアンノウンは、リュウデリアという存在がまたしても解らなくなる。攻撃が一切効かなかったのはつい先程の話。それが何故今、一撃で分身を倒せるようになっているのか。この劇的な変化は何が起きているのか。


 分身を倒しきったリュウデリアは、長距離を全力疾走した人間のように息を乱していた。肩を上下させて疲労困憊とした様子で呼吸をしている。反動による行動不可は無くなっていたが、その分大きな疲労が彼の体を蝕んでいた。


 乱れた息をどうにか整える。胸に手を当てて暴れている心臓を落ち着かせる。元より有り余る体力を有するリュウデリアは、ものの数秒で通常の状態へ戻った。乱れた息が整うまで攻撃が来なかったので、残された本体のアンノウンを見れば、困惑した目を向けていた。




「私の分身1つ倒すのにあれだけ手間取っていたあなたが、何故こうも一瞬で……」


「お前の異様に強い肉体を破壊するのにコツを掴んだだけだ。それに超過の強化にも慣れた。どうするアンノウン?時間を掛ければ掛けるほど、俺はお前を殺す手を確立させていくぞ」


「……あなたの出鱈目でたらめな力は、異質な“特異点”上今更でしょう。しかし分身の私を倒したからと言って、本体を倒せるとは思わないことです。そもそも、不明瞭な私を倒す術をあなたお持ちだとでも?」


「不明瞭?……あぁ。お前の正体をまだ解っていないと思っているのか」


「……まさか解いたと?」


「当然だ。……と言いたいところだが、確定的なものではない。所詮は推測と勘だ。何せ判断材料が少なく、生物としてお前は不明な点が多いのでな。おっと、話を聞く義理が無いからと話の途中で斬りつけてくるなよ?俺とてお前の正体を知っておきたいんだ」




 この戦いはそもそもな話で、呪界から元の世界に帰還したリュウデリアに急襲を掛けたことから始まっている。恨みや殺意から彼のことを狙っているならばまだしも、アンノウンからはそういった感情を感じない。謂わばどうして狙っているのかすら分からないのだ。


 一応、アンノウンはリュウデリアのことを“特異点”と称して命を狙いはするものの、“特異点”について詳しい説明は無い。なのでどうして狙ってくるのかは所詮想像でしかなく、今までの敵の中でも強さや存在が謎のアンノウンが、どういう存在なのかという根本の話でも推測の域を出なかった。


 しかし、それだけ謎の多いアンノウンだとしても、リュウデリアは頭の中で分析していた。確定はできない部分はあるが、そこは今までの戦闘経験を頼りに考えた。話を聞く義理も無いので黄金の剣で斬り掛かろうとするアンノウンに掌を出して止め、答え合わせをする事にした彼は、静かに語り出した。




「最初から、お前が純粋な生物でないことは理解していた。何せ、お前の魂の輪郭を捉える事ができなかったからな。生物である以上神ですら魂を持っているのに、無いことは到底考えられん。ならばお前は何なのか?──────何らかのエネルギーの集合体なのだろう?もしくはエネルギーが肉体を得たか。近からず遠からずか?」


「……


「そしてお前が俺の純黒を傷として消したカラクリは……お前が本体ではないからだ。いや、核を有していないと言うべきか。第1の起典『理元りげん』とか言ったか?あれは傷を治すのではなく、別のところにある核の状態をお前の肉体情報に上書きするものだろう?だから核に俺の魔力が届いておらず、お前は侵蝕を消し去れた」


「良い分析力ですね」


「“特異点”というのは未だよく解っていない。狙ったのは呪界のキオウというエネルギー生命体。バルガス、クレア。そして俺。キオウがどうかは知らんが、共通点と言えば突然変異であることだけだ。しかしそれだけならば他の生物にも存在する。お前がそれらを狙っている節は無い。だから“特異点”については解らん」


「………………。」


「さて、教えてもらおうか。お前という存在が何なのかを。教えたくないならばそれでも構わんぞ。戦いの中で解き明かしていってやる。それもそれで楽しいからな」




 あっけらかんと、正体を教えなくても良いというリュウデリアに、アンノウンは眉を顰めた。男とも女とも取れる中性的でありながら、美しい容姿を歪めた。彼へ教えてやる義理も理由も無い。むしろ敵なのだから教えずに濁らすくらいでも丁度良い。しかしアンノウンは、彼に教えなくてもいずれ正解に辿り着いてくることを予感していた。


 リュウデリアは特殊な眼を持っている。視認した相手の魂の輪郭を捉える事ができるのだ。他にも、嘘をつくと気配の揺らぎと共に、魔力の流れを視て判別することができる。視ていれば直感的に嘘だと断ずることができるのだ。


 それらに頼り切っているというものでもないが、リュウデリアはその特殊な眼を使ってアンノウンが普通の存在ではないことを看破していた。生物として世界に根を下ろしているのならば、魂を持っているのが普通なのだ。あの神ですら魂を持っているのだから。


 しかしアンノウンは持っていなかった。魂が無いのだ。純粋な生物とは言えない個体。なのに、何処かに有るだろう“何か”と繋がっているのは解った。何かしらとの繋がりがあり、その道がアンノウンから伸びているのは視えているので把握しているのが、その伸びた道の先が消えてしまっているのだ。なので本体ではなく、何かしらの核と接続されていると考えた方が建設的だ。


 生物ではなく、核を有する本体から別れた存在。そう解釈すれば、リュウデリアの純黒なる魔力が侵蝕しているというのにも拘わらず、傷として消し去ってしまったことも頷けるだろう。核が無事でありダメージが無いならば、その状態を自身の肉体に上書きできる特性上、純黒に侵蝕されていない核がある限りアンノウンに侵蝕はできない。できたとしても、1度に全身を侵蝕する必要がある。




「その手にある黄金の剣。それも核が生み出している武器なのだろう。だから延々と同じ物が出てくる訳だ。十数本も有るのはおかしいだろう?何らかの力の付与がある訳でもないからな。能力で増やしたとは考えづらい」


「……はぁ。まあ良いでしょう。放って置いてもあなたは私の正体に気がつくのでしょう。ならば、この際なので教えてしまいましょう。知られたところで 」




 リュウデリアが知らないことではあるが、彼よりも先に戦っているバルガスとクレアにも、アンノウンは正体を明かしている。近い答えを彼と同様に出していたからだ。彼等は眼が良い。頭も良く、何より察しが良いのだ。大したヒントも無しに、勝手に真実へ近づいていくのだ。


 知られてしまうならば、教えてしまっても同じ事。それに、教えたところで不利益になることはないのだ。何せ、リュウデリアに教えても、それにより彼がアンノウンを倒せる道理は確立しないのだから。アンノウンは表情を変えること無く、ただ事実を口にした。自身が何者であるのかを。







「聞き、理解してください。あなた特異点では私に勝つことはであることを。私は──────」







 ──────────────────



 アンノウン


 純粋な生物ではない。そのため核が別のところにある存在する。第1の起典『理元りげん』とは、その核の状態をアンノウンの肉体情報に上書きするものであり、核に傷が無い限りは延々と無傷に修復される。


 肉体を侵蝕していた純黒を消せたのは、核を侵蝕しておらず、そのため肉体情報を上書きされてしまったから。直接核に侵蝕を与えたならば、アンノウンの肉体を根本的に侵蝕できた。





 リュウデリア


 戦っている最中で少しずつアンノウンの存在に近づく答えを導き出していた。判断材料が少なく、何も判っていない“特異点”については考えようもないが、本質は何なのかは殆ど解き明かしている。答え合わせを求めるが、応じなくても構わない。自力で解き明かすことも楽しみの1つにしている。



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