第228話  不安と避難






「──────イイねイイねやるねェッ!気配からして多少は強いだろうと思ったが、予想よりやるじゃねェかお前ッ!!」


「未だ消せず……ですか。何故そうも足掻くのです?あなたが居る限り歪みが生まれ、調和が成り立たないというのに」


「知るかンなもんはよォッ!そんなことより続きやろうぜッ!!」




 黄金の双剣を手にする存在と対峙するクレア。彼は一時的な住処に現れ、攻撃を仕掛けてきた襲撃者と戦いを蹴り広げていたが、そんな彼の左手には専用武器が握られていた。全力を出すときにしか使わないと決めている武器故に、今の彼が全力を出していることの証。


 神界を滅ぼしうる力を持つ獣と、専用武器を解放したクレアが殺し合いをした際には、圧倒的力の暴力により獣を打ち倒した。彼の力は風だ。全ての風を手中に収める自由な力。何処にでもあり、何処でも吹く風となるクレアは、『轟嵐龍』と呼ばれるだけあって嵐を撒き散らす。


 しかし、彼は挑戦的な言葉で襲撃者に戦いの続きを求めているものの、押されているのは他でも無いクレアである。左手で握られた専用武器を右手では触れない。何故なら、彼の右腕は肩から斬り落とされてしまっているからである。高い硬度を持つ鱗を豆腐か何かを斬るように斬り裂き、腕を落とした。


 筋肉で血を無理矢理止め、氷の魔法で傷口を血と共に凍らせて赤く凍結させる。止血は済んでいる。だが腕を1本無くしていることに変わりはない。腕を失い、戦闘能力がいくらか下がっている状態で挑発的な言葉を掛けて魔力を漲らせる。が、心の内では静かな焦りを感じていた。




 ──────……█████を使ってンのに追いついてきやがる。少なくとも神界の時の犬よりかはやれるな。動きも速ェし膂力も強い。特に気をつけねーとなんねェのが、あの黄金の双剣だな。オレと腕を簡単に斬り落としやがった。危なく首ごと持ってかれるところだったぜ。バルガスとリュウデリアに比べりゃ、オレの鱗はまだ柔らかい方だが、それでも他の雑魚共とは違ってかてェ筈。それをこうも簡単に斬るとなると……アイツ等の鱗も斬るかも知れねェ。まァ敗けるつもりなんざねーが、楽勝とはいかねーなこりゃ。




 いけて辛勝だな……と、いつものクレアとは思えないマイナス寄りの思考をする。凍りつかせて止血している右腕の傷断面がじくりと痛む。リュウデリアとバルガスとの戦い以来感じていなかった、死の気配。背後からゆっくりと音も無く近づいてくる死の気配に、クレアは面白そうに嗤った。























「──────特異点。世のためにその命を差し出してください」


「俺はリュウデリアだ。特異点などと意味の分からん呼び方をするな」




 襲い掛かってきた謎の存在は、リュウデリアのことを『特異点』と称した。その事が何を意味しているのかは未だ解っていない。歪みを生み出すと言うが、それが具体的に何なのかすらも不明だ。判明しているのは、文字通りの全力を解放したバルガスとクレアを打ち倒し、彼の元へやって来たということだけ。


 それだけの強さがあると認めている。リュウデリアだからこそ、バルガスとクレアという最強クラスの龍の強さを知っている。その2匹を倒したというのだから、自身もそれ相応の覚悟で挑まなければならないということ。


 しかし、リュウデリアはある種の油断をしていた。今まで自身の命を脅かすだけの存在と戦った事が無かった。あの神界を滅ぼしうる力を持った獣さえも、彼の力の前では単なる獣に過ぎなかった。つまり、無意識の内に下に見ていた。だからこその、初手への油断があった。


 呪王は乗っ取った人間の強靭な肉体と、渡り乗っ取ってきた者達の技術を使い神速の速度を出して動いていた。だがそれすらもリュウデリアは視認していたし、同じ速度を出すのは容易だった。


 ゆらりと蜃気楼のように謎の存在の姿が霞んだ。それとほぼ同時にリュウデリアは顔を後ろに引いた。鼻先を何かが触れる寸前の距離で過ぎていく。それは謎の存在が持っていた黄金の剣の剣先だった。純黒の鱗を斬り裂いた剣の鋭さを考えれば、避けずに当たっていれば恐らく斬り裂かれていた。


 リュウデリアからして右から左へ薙ぎ払われた剣。それとは別に双剣故のもう1本が反対側から振るわれた。首を狙って振られた剣を、彼がつい腕で防御しようとしてしまった。単なる防御ではなく、魔力で腕を覆っているとは言え、1度は腕を斬り落とした斬撃。


 防ごうとした腕から生える鱗に刃が触れた。そして、豆腐のように斬り裂いて数ミリだけ刃が鱗の中に入り込んだ瞬間に、リュウデリアは驚異的な反応速度で腕の角度を変え、前腕の半ば辺りで剣の腹を下から上に打ちつけた。背中側から尻尾で、剣を打ち上げられて隙を見せる目前の敵に打ちつけにいった。


 無防備に晒された横原へ尻尾を打ちつけてやるつもりが、姿が掻き消える。虚空に振り払った尻尾と、背後から感じる不可思議な気配。危険察知能力で首に目掛けて何かが来る方が、自身の振り返る速度よりも速いと判断して、膨大な魔力を背後に向けて解放した。魔力が壁となって打ち出されるのだが、当たったという感覚が無い。


 敵には被弾しなかった。剣をリュウデリアに振れられるだけの間合いに居たというのに、魔力が放出されて到達するよりも早くその場から脱していた。距離を開けて対峙するような場所に現れた敵。リュウデリアは斬り裂かれる寸前だった右手が無事であることを一種だけ確認した。鱗に切り傷が入っているが、肉までは到達していない。反応速度で角度を変えたのが良かったのだろう。




 ──────やはり俺の鱗を斬り裂いたな。クレア、そしてバルガスよりも俺の鱗は硬い。それをいとも容易く斬るとなると、あの双剣を防御するのはやめた方がいいな。早く純黒に浸蝕し、破壊してしまえば、回避に専念せずに済む。破壊を優先するか。しかしそれにしても……。




「お前、呪界のキオウとやらを殺した奴か」


「呪界?キオウ……?……あぁ、そう呼ばれていた者ならば確かに私が消しましたよ。彼もまた“歪み”を生み出す“特異点”でした」


「そうか。つまりお前がアンノウンか。……バルガスとクレアを討ち破ったともなれば……」


「……すまん。私が邪魔だな」




 チラリとリュウデリアが見たのはオリヴィアだった。その視線を察する前から、彼女は自身がこの場には分不相応であり、邪魔であり、彼の足枷になっていることを自覚している。ローブが無ければ回復しかできず、肉体の強さはそれ程高くはない。現にアンノウンの動きは全く見えなかった。


 寂しそうに微笑みながら、自身のことを卑下するオリヴィアにリュウデリアはかぶりを振って否定した。邪魔だとは思っていない。ただ、オリヴィアに傷ついて欲しくないだけなのだ。だから足枷だとも思っていない。そう伝えながら、彼は彼女の頬に手を当てて優しく撫でた。


 壊れ物を扱うが如く優しく触れてくれる。頬に触れる掌に擦り寄りながら、純黒のその手に手を重ねて撫でる。邪魔になっているのは明らかなのに、そう言わず、自身のみを案じてくれていることに愛しさを感じながら目を閉じる。次に目を開けた時には、真剣な眼差しへと変わり、頬に触れる彼の手をゆっくりと外した。




「跳ばしてくれ。私が居るとリュウデリアが本気を出せないのは解っている。私は……静かにお前の帰りを待つ」


「……すまんな」


「それは私のセリフだ。しかし約束してくれ。私のところへ帰ってくると。生きてさえいればどんな傷だって私が治癒して完治させてやる。だから生きて、私のところへ帰ってくるんだ」


「あぁ──────必ず」


「“特異点”ではない者を消すつもりはありません。この場を離れさせるならば止めませんよ。しかし“特異点”リュウデリア、あなたは逃がしません」


「ハッ。逃げる?この俺が?何故逃げねばならん。向かってきた以上、お前は俺の手で殺す。だが今は待っていろ。オリヴィアを俺達の戦いに巻き込ません」


「私の元に戻ってくるならば、一時離れることを許しましょう」




 狙いはあくまでリュウデリア。故にアンノウンはオリヴィアを別の場所へ避難させる為ならば、この場を離れてもいいと許可した。その代わりに必ず戻ってくるということを条件に。逃げるつもりなんて毛頭無いリュウデリアは、アンノウンのその言葉に鼻を鳴らしてオリヴィアに向き直った。


 彼女の肩に手を置く。すると景色は一変する。周りにあるのは木々だ。鬱蒼と生えた木々がある場所に瞬間移動している。制約として、1度見た場所でなければ跳ぶことができない魔法なので、オリヴィアは1度訪れた場所なのだろうと考えたが、覚えのある気配がしたのでその方向を見ると、美しい女性が浮遊しながらこちらを見て、少し瞠目していた。




「えっ。お、オリヴィア様?リュウデリアまでっ!?」


「ここはスリーシャが居る森か?」


「そうだ。1番安全だからな。大陸も違う。流石にここまで離れれば余波なんぞ来ないだろう。スリーシャ、オリヴィアを頼むぞ」


「リュウデリア、一体何が起きて……そう……そういうことなのですね。分かりました。オリヴィア様は私が預かります。あとは、言わなくても分かりますね?」


「……分かっている。ではな、オリヴィア」


「……あぁ。またな」




 姿がその場から消える。跡形もなくリュウデリアが消えた後、オリヴィアを目を伏せた。態々彼女を別の……それこそ別の大陸にまで移動させたともなれば、彼は周りを一切気にすることなく戦うつもりなのだろう。少なくともそれだけの相手であるということだ。


 思い起こされるのは、前最高神に囚われた自身のことを助けるためにバルガスとクレアと共に神界へ乗り込んで、決着の末死にかけたリュウデリアの姿だった。あと少し対処が遅ければ死んでいたという重傷。最強クラスの力を持つ彼でも、死にかける時は死にかける。それはつまり、死ぬこともあるということだ。


 姿が見えず、見えないところで彼が戦っている。彼と肩を並べているかも知れない強者と。彼が死にかけた時のような強い不安が押し寄せてくる。それを払う、温かな手が重ねられた。地に降り立ったスリーシャが、突然訪れたというのに他者を安心させる笑みを浮かべ、オリヴィアの傍にやって来てくれた。




「何となく、リュウデリアが緊迫した状況にあることは分かりました。ですが大丈夫ですよ。あの子は最強種の龍であり、私の可愛い子供であり、オリヴィア様の伴侶なんですから。信じて待っていれば、必ず帰って来ますよ。私達は信じて待っていましょう」


「……そうだな」


「リュウデリアは親しい者に嘘はつきませんから。嘘つきの悪い子にはならないですよ」


「ふふ。流石は母親だな。私とは余裕が違う」


「そんな、とんでもない。私が彼の母親をしていたのはほんの数年だけですよ」




 たった数年だけで、リュウデリアの原型を作ったのがスリーシャという精霊である。彼女は彼が負けるということを想像していない。というより、想像できないからしていないと言った方が良いだろうか。だからという訳でもないが、スリーシャは彼が緊迫した状況に身を置いていようと、余裕綽々としていられる。


 リュウデリアの母親は強いな……と思いながら、自身の手に重ねられたスリーシャの手を取って軽く握る。握り返してくれて、優しく包み込む。彼の硬い手とは全く違うのに、安心させてくる。胸に燻っていた不安が和らいでいく。


 不安から固まっていた体が解れて力を抜いて脱力する。いくらかリラックスできたと判断したスリーシャは、重ねられた手を取ったまま歩き出して先導した。この場でジッとしていてもつまらないし、つい嫌なことを考えてしまうかも知れない。なので何かで気を紛らわせようとしていた。




「さ、オリヴィア様。疲れて帰ってきたリュウデリアのために、果物でも採りにいきましょう」


「そうだな。空腹では可哀想だし、そうしよう」


「最近は森も殆ど元の姿を取り戻して新鮮な果物も前より沢山あるんです。好きなものを採ってみてください。味見をするのもいいですよ。美味しさは私が保障します!」


「この森を見守る精霊が言うんだ、きっと美味いのだろうな。なら、食べたことが無い物を貰おうか」


「はい!」




 手を繋がれて引かれながら、森を歩いて移動する。安心させる可愛らしくて、でも綺麗な笑みを浮かべる精霊スリーシャに、オリヴィアも美しい笑みを浮かべて返した。リュウデリアが帰ってきたら、よく頑張ったなと褒めながら、採った果物をうんと食べさせてあげようと思い、クスリと笑った。








 ──────────────────



 リュウデリア


 アンノウンの双剣を1番警戒している。自身の鱗をこうも容易く斬り裂く剣に初めて出会った。オリヴィアが傍に居ると余波で巻き添えを食らわせてしまうので瞬間移動で遠くに行ってもらった。自身の力の影響が及ばないだろう場所まで。


 スリーシャのところへ移動させたのは、自身の義理の母親をそれだけ信用しているからであり、彼女ならば自身が居なくなって不安になるだろうオリヴィアの精神を落ち着かせてくれるだろうとも考えたから。





 オリヴィア


 自分が足手纏いになっており、戦いの邪魔であることを理解している。だから進んで別の場所へ退避することを良しとした。しかしその一方で不安は大きくなるも、スリーシャに落ち着かせてもらった。





 スリーシャ


 数年とはいえ、あのリュウデリアの母親をして彼の原型を作り出した陰の脅威。何となくでリュウデリアとオリヴィアの置かれている状況を理解し、不安がっているオリヴィアの精神を落ち着かせたやり手。


 リュウデリアが自身のことを信用しているし信頼していることは知っているし、母親という認識を持たれていることも知っている。なので我が子が可愛くて仕方ない。


 明らかに悪側に傾倒しているリュウデリアを、自身の子供として可愛がっている時点で、狂った部分を持つ。


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