第250話  緊急依頼




 街、サテムに到着してから数日が経過した。平和な街故にトラブルらしいものは一切起こること無く、気ままな毎日を過ごしていたリュウデリア一行。食べ歩きをして、目に留まった店の中に入って買い物をしてみる。


 図書館も見つけたが、殆ど読んだことがある本で未読のものはあまりなかった。そのため半日も掛からずに未読だった本は全て読み終えてしまった。もちろん本なんて殆ど読んだことがないスリーシャはまだ読んでいる最中なので引き続き読んでいるが、この数日の間に殆ど読み終えたと言ってもいいだろう。


 今日は街の中で過ごすのではなく、冒険者らしく依頼をこなすのもいいだろうということで、冒険者ギルドの方へやって来た。数日ぶりとなるギルドだが、特に変わった様子もない。まあ当然だろう。事件も何も起きていないのだから。




「さて、今日は何の依頼を受けようか」


「私は何でも大丈夫ですので、オリヴィア様がお選びください」


「わたしはおもしろそうなのがいい!」


「依頼に面白そうなものは無いと思うぞ」


「えぇー」


「ミリ?文句言わないの。依頼は冒険者にとっての仕事なんだから」


「むぅ……はーい」


「ふふ。良い子だなミリ」


「ほんと!?」


「あぁ。だから今回も依頼をしっかりとやろうな」


「はーい!」




 乗せられてミリは素直に手を上げて返事をした。褒められたのが嬉しかったようで、面白味もない依頼をしっかりとやるぞと気合いを入れている。生まれてから長い年月が経っていようがミリはまだ子供なのだ。仕事をしていても面白いとは思えないだろう。


 その代わり、依頼に飽きてつまらなそうにしていたらリュウデリアを差し出して遊んでもらえばいいかと考えた。その時、腕の中に居る彼が体をぶるりと震わせていたので、嫌な予感を感じ取ったんだろうなと察したが、敢えて触れなかった。


 さて、何の依頼をやろうか。そう思いながら掲示板を皆で見て依頼を吟味していると、ざわりとギルド内が騒がしくなった。大体ザワつかせるのは絡んできた他の冒険者などを戦闘不能にし、その所業から危険な人物として見られることが多い冒険者としてのオリヴィア。しかし今回はまだ何もしていないし起こっていない。


 何なのかと後ろを振り向いたオリヴィアな習い、スリーシャも同じく振り向いた。どうやらザワついた原因は入口から入ってきた冒険者達にあるらしい。

 居たのは4人一組の冒険者。龍神信仰の信仰者であり、高い実力から『龍狂い』と呼ばれている者達だ。


 初めて目にしたときは4人が全身を討伐した魔物の血に塗れていたが、今日はそういった汚れがない。身綺麗なままの登場である。しかし、彼等が騒がれていたのは血塗れだからではない。彼等の存在そのものに騒がれていた。つまりギルドに顔を出すだけで騒ぎの対象となる。


 男2。女2という組み合わせの彼等は周りの声など一切気にすることなく、真っ直ぐオリヴィア達の居る掲示板の方へやって来た。周囲から大型ルーキーと呼ばれて注目されているオリヴィア達と、『龍狂い』として注目されている彼等。1箇所にそれぞれが集まると視線が多く集まるのは仕方ない。なんなら、揉めないかとヒヤヒヤしている者も居ることだろう。


 だが、そんな各々のヒヤリとした思いとは裏腹に、彼等はオリヴィア達と絡むことはなかった。傍を通り過ぎ、同じく掲示板に目をやって依頼を吟味し始める。特に何も無いことに、周りの数ヵ所からホッとした溜め息が聞こえた。




「──────緊急依頼を発令します!サテムより南西に『ハイゴーレム』が出現しました!受注される方は受付の方へお越しください!なお、推奨ランクはBからとなります!」




「どうする?行ってみっか?」


「バカ言え。ゴーレムの上位種だぞ?」


「Bとは言ったが、4人組のパーティー全員が最低Bだ。そんなモンAと変わんねーよ」


「それに受ける奴が多ければ多いほど報酬が分割されて少なくなっちまう。緊急依頼ってこたァ、今戦ってる冒険者から救援要請受けたってところだろ」


「ワリーがオレ達はまだCなんでね」


「誰かが受けんだろ。よーし、飲み直そうぜぇ」




「あ、あの……っ!緊急依頼なので誰か……っ!」




 誰かが受ければ良いだろう。そんな考えを抱く冒険者達。ゴーレムという魔物そのものが強い。砂や岩で体が構成されていて、個体によっては頑丈過ぎて武器の歯が通らず、高威力の魔法が必要になる場合がある。ましてや今回は緊急依頼として出され、ゴーレムよりも上位種となるハイゴーレムだ。推奨ランクBからと言ったが、実質そんなもの宛てにならない。


 冒険者を続けていく上で最も重要なのは、死なないことだ。死ねば全てが終わる。そして死なないためにも危機に身を置かないよう慎重になるべきなのだ。口調はおちゃらけていても、冒険者達は弁えているのだ。ハイゴーレムと戦えば死ぬ確率が高いと。


 死ぬ確率が高い依頼に、行きたいと思う者は居ないだろう。そしてそれは、受付嬢の元へ誰も足を運ばないことが何よりの証拠だ。受付嬢が誰も受けてくれないことに困り果てている。狼狽え、誰か名乗り上げないか皆を見渡すが、目を合わせる者すら居ない。


 どうしようとアタフタしていれば、受付嬢は視界の端に掲示板が映り、その前に居る二組の冒険者を見た。言わずとも分かったであろうオリヴィア達と龍神信仰に属するチームだ。彼等はどちらもAランク冒険者であり、実力は折り紙つきである。一縷の望みに賭けて、受付嬢はカウンターから出て来て彼女達の傍へと駆け寄った。




「──────皆さん!どうかこの依頼を受けていただけないでしょうか!?」


「興味ないな。今依頼を選んでいるところだ。邪魔をするな」


「はぅっ……えっと……パーティーの皆さんは……?」


「オレ達も今はゴーレムの気分じゃないな。他を当たってくれ」


「うぅっ……」




 無下に断る両パーティー。実際、今もハイゴーレムに襲われている冒険者達がいるのだが、だから急いで助けてあげないと……とは思わないのが人外であるオリヴィア達だ。それに加えて、龍神信仰を信仰している彼等……リーダーである男冒険者のノクスも、チラリと受付嬢を見ただけで依頼を断った。


 普通ならばオリヴィア達のような者達が善意で依頼を受けて救援に向かうところではあるが、人外にそんなことを期待しても無駄だろう。むしろ、ノクス一行が断る方が新鮮だろう。接点なんて無いが、なんとなくそこらの冒険者よりは断然強いことは窺える。てっきり依頼を受けると思ったくらいだ。しかし断った。受けるものは自分達で決めるようにしているらしい。


 冒険者の生死は自己責任。依頼先で死のうが、それは冒険者をやっている者からすれば当たり前であり、誰の責任にもならない。死んだ方がマシの大怪我を負ったとしても、それは依頼を受けた当人の自己責任でしかなく、冒険者協会はそれらを同意した者を冒険者として扱っている。例え助けか来なくても文句は言えない。


 誰かが受けて助けに行くか、救援要請した冒険者が死ぬかのどちらか1つ。受付嬢は誰も受けようとしないことに焦り、額から大量の汗を掻いている。何をそこまで焦っているのかと、横目で見たオリヴィアはすぐに興味を無くして掲示板に目を移す。


 ガバッという音が背後から聞こえた。掲示板を見て依頼を探している最中だったこともあり、何だ?と思ってオリヴィアやスリーシャが振り返った。同じ音を聞いて疑問に思ったノクス一行も同じく背後を振り返る。振り返った先、そこには額を床に擦り付けて土下座をする受付嬢の姿があった。




「きょ、強制することは冒険者ギルド職員として禁止事項に触れますがっ……どうかこの依頼を受けてください……」


「ふむ、何故そこまでして受けさせたがる?死んだとしても自己責任だろう?」


「そこの女性の言う通りだ。冒険者規則にもそう記載されている。説明だってお前達職員から受ける。受けなくても何ら問題は無いと思うぞ」


「……恋人……なんです……今救援要請をしているのはっ……私がお付き合いしている恋人なんです!本当は3人でパーティーを組んでいるのですが、他の2人に用事があるということで1人で依頼を受けたんです!依頼は薬草の採取と簡単なものでした!しかし魔法で救援要請が書かれた紙が届いたんです!長くはもたないから助けを呼んでくれと!なのでどうか……お願いします……彼を助けてください……っ」




 肩を震わせて泣きながら土下座をし続ける受付嬢は、今もなお救援が来るのを危機的状況の中待っているだろう冒険者の恋人だった。3人でパーティーを組んでいて、恋人の他の2人には用事があってパーティーを離れている状況。なので討伐依頼は避けて簡単である薬草の採取依頼を受けて今朝向かったのだ。


 しかし、つい先程魔法で届けられた紙にはハイゴーレムが現れて襲ってきたから戦闘をしている。しかし自身では勝てないし逃げられないから応援を呼んで欲しいという文字が急いで書いたのだろう、書き殴られていた。偶然受け取った受付嬢は肝が冷えながら救援に向かってくれる冒険者を募った。


 死んだとしても、それは実力不足であったり運が悪かった冒険者の自己責任。まさにそうだ。ぐうの音も出ない正論だ。実際そのように規則には記載されているし、冒険者登録を行う際にはその事に関して受付嬢の方から説明が必ず入る。そして、緊急依頼は絶対に受けなければならない……とは記載されていない。見捨てても構わないのだ。何せ、依頼を受けて死んだら元も子もないのだから。


 受付嬢なのだから規則はしっかりと頭に入っている。だが、恋人が死ぬかも知れないと思うと禁止事項であろうと構わなかった。例えクビにされたとしても恋人が救われるなら一向に構わないとさえ覚悟を決めている。同業者の受付嬢達からやめなよと言われ、立つよう促されても土下座をやめなかった。


 このギルドの中で1番ランクが高く実力があるのは、オリヴィアとノクスのパーティーだ。今から向かってもらえれば間に合うかも知れない。そのためならば多くの視線の中で土下座をする程度恥ずかしくも何ともない。


 形振り構っていられず土下座をする受付嬢と、数多くの視線に晒されていることに止めようとする他の受付嬢。ザワつかせている冒険者達。そしてオリヴィア一行とノクス一行。各々額を擦り付ける受付嬢の後頭部を見下ろして少し、口を開いたのは同時だった。




「受けるつもりは毛頭無かったんだ、報酬はそれ相応に上乗せしろ。そうすれば受けてやる」


「オレ達は今日違う依頼を受けるつもりだったんだ。そこを曲げる以上報酬の上乗せを頼んだぞ。それなら受ける」


「……うん?」


「……ん?」




「ほ、本当ですか!?パーティーが受けてくださるんですね!?こ、心強いです!ありがとうございます……っありがとうございますっ!ど、どうか私の恋人をよろしくお願いします……っ!」




「あ、おい待て。そこの奴等が受けるなら私達は……聞いていないな、あの人間」


「……オレ達もそちらが受けるなら行かなくてもいいと思ったのだが。あれは両チームが行くと手続きをしたな」




 オリヴィアとノクスが同時に、報酬を上乗せするならば行っても良いと口にした。依頼に人数制限自体はないので、土下座をしていた受付嬢はどちらのパーティーも受けてくれたのだと勘違いして勢い良く顔を上げると立ち上がり、颯爽とその場を後にして手続きを進めてしまった。


 オリヴィアとしては、ノクスのパーティーが行くならば行かなくても良いかという気持ちだった。ノクス側も、大して知りもしないがオリヴィア達が行くならば自分達は本来の依頼を受けようとしていた。受付嬢の早とちりであるが、偶然にも両チーム結託の元依頼を遂行することになってしまった。




「オリヴィア様。如何なさいますか?このまま依頼をお受けになりますか?」


「まあ仕方ないだろうな。手続きをされてしまったんだ。やると言ったのにやっぱりいいやでは格好がつかん。他の人間がどう思おうが興味は無いが、私が嫌だ。だからスリーシャ、ミリ。少し付き合ってくれるか?」


「ふふ。私は全然構いません。オリヴィア様におまかせしていますので」


「ミリもいいよ!ねっ、いいよねりゅうでり……はぎゅっ」


「あーもう。ミリ?リュウちゃんはこんなところで喋れないんだから無闇に話し掛けたり名前を言っちゃダメよ」


「ご、ごべんなざいぃ……っ。ぐ、ぐるじぃ……っ」




 オリヴィアは勝手に依頼を受けてしまったことについて謝ろうと思ったのだが、スリーシャは受ける依頼について任せているので一向に構わず、ミリも気にしていなかった。スリーシャの肩に乗っているクレアとバルガスは人間に見えないよう、さり気なく親指を立てた。


 腕の中にいるリュウデリアは、こんなところで本当の名前を言い放とうとしていたミリに尻尾を巻きつけてギュウギュウ締めつけながら、目を合わせてコクリと頷いた。誰も反対していないので、オリヴィア一行はこのまま、緊急依頼を遂行することになったのだった。






 ──────────────────



 緊急依頼


 突発的に発生する依頼。主に魔物大群が発生したり、近くの冒険者が危機に陥って救援を求められた時などに出される。突発的なだけあって報酬は高めに設定されている。


 中には強力な魔物の討伐が依頼内容になっていたりするので、報酬に釣られて受けると痛い目に遭うので注意が必要になる。





 ノクス


 龍神信仰を信仰している信徒であり、そのパーティーのリーダーをしている青年。パーティー全員がAランク冒険者であり腕利き。現在Sランクへの昇進の話も出ているほど。


 龍を信仰しており、週に1度は必ず龍神信仰者が集まる教会に出向いて祈りを捧げ、依頼の成功報酬で多額の寄付をしている。相手をした魔物はどれだけ強くても討伐し、毎回返り血を浴びている事から畏怖を込めて龍狂いと呼ばれている。





 オリヴィア


 適当な依頼を受けようとしたが、受付嬢の恋人を助ける緊急依頼を受けることにした。本当ならばノクス一行が行くと分かれば行かなかったが、手続きされてしまったなら仕方ないか……という感じで行くことに。




 ミリ


 偶にリュウデリア達の本名を口にしそうになる。その度に頬を伸ばされたり尻尾で締め付けられたりしているのに、それでも口を滑らせそうになる。





 リュウデリア&バルガス&クレア


 恋人が死ぬかも知らないと言われていたとき、興味なくてあくびをしていた。




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