第251話  緊急依頼達成




 荒い息遣い。痛いくらいに鼓動を刻み、全身へ急遽酸素を回す心臓。背後を確認しなければならないのに、その所為で走る速度が遅くなるのは避けたいと、嫌に冷静に現状を分析している頭。つねられたように痛い脇腹。雨の中に居たと勘違いしてしまうくらい汗で濡れた体。


 体内の魔力は既に使い切ってしまい、魔法は使えない。飛んでくる攻撃に対して迎撃ではなく回避に重きを置いていたことが、今もなお息を絶え絶えにしながらも生きている証拠であり、英断とも言える。しかし避けているだけで延命はできても事態の好転は無い。


 逃げ回ってどうにかこの場を死なないようにやり過ごしているだけでは、生きて帰ることはできやしない。命を刈り取る死神の鎌は、もうすぐそこまでやって来ている。逃げている男は、衝突する木々をへし折りながら追いかけてくるハイゴーレムに、苦々しく舌打ちをした。




「マズイ!はぁ……はぁ……ッ!もう体力が……ッ!」


「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️……………………。」




 追いかけてくるハイゴーレムの体躯は何らかの鉱石によって形作られていた。よく見るものだと単なる砂や岩だが、このハイゴーレムを形成しているのは市場では見ないような青色の鉱石であり、その硬度は攻撃系統の魔法を受けても擦り傷程度のダメージしか与えられない。


 物理的な攻撃も、自身が持つ剣では全く歯が立たない。ハイゴーレムと接敵した時に最初の攻撃を入れたは良いものの、その一撃により長年使っている剣に大きな罅が入ってしまった。鞘に納めているが、取り出してどこかにぶつけでもすればたちまち折れることだろう。


 一応だが武器があるという認識が心の支えになっているのに、むざむざ剣を折ってしまえば心の拠り所が無くなり、諦めてしまいかねない。こんなところで死ぬわけにはいかない。その思いでここまで粘っているのに諦めるのは嫌だ。


 魔法で緊急救援を求める事を綴った紙を飛ばした。今頃ギルドに書面が届いていることだろう。しかし騙す訳にもいかないので相手はハイゴーレムだと書いている。最低でも推定Bランクのハイゴーレムを突発で相手をしようとする冒険者は、恐らく居ない。勝てるとしたら『龍狂い』のパーティーだが、あの人達は人助けの為にわざわざ動いたりしない事を知っている。


 絶望的な状況下でありながら、不安が後押しをする。諦めなければ必ず助かる。そう自分に言い聞かせているものの、どこかではもう助からないと諦めかけている自分が居る。鼓舞し、励まし、脚を回す。それしかできない自分は、余計な事を考えてはいけない。




『ねっ、今日デートしましょうよ。良いお店見つけたんだぁ』


『あれ?髪の毛切ったの?……魔物との戦いで切れたから散髪してみた?大丈夫だったの!?もう!そういうことは早く言ってよね!』


『今日のシチューは自信作!味見する事を特別に許しましょう!……ふふっ。はい、あーん?美味しい?良かった!』


『こ、今度ね?私の両親と顔合わせて見ない……?あ、嫌なら全然……っ!……いいの?ホントに?……ゃ、やったぁ!ふふふっ。もー大好き!』




「何でこんな時に彼女のことを……あれ、もしかしてこれ……走馬と──────」




 脳裏によぎったのは、今交際している彼女との愛おしい時間。自分は冒険者で、彼女は所属しているギルドの受付嬢をしている。偶然買い物で鉢合わせたところからプライベートでも話すようになり、数ヶ月一緒に出かけたりするような仲になってから、自分から交際を頼んでOKを貰った。


 冒険者という仕事をしているだけあって常に死と隣り合わせだ。いつかはこうなる事だって予想できた。絶対に無いとは言い切れないのが悲しいところだ。だが実際に死が近くにくると、こうも怖いものだろうか。失いたくないよりも、失わせたくないと思うのは傲慢か?


 ただの薬草の採取依頼だった。それをこなしているだけだったのに、ハイゴーレムがやってきて自身を敵と定めた。しかも続け様に嫌なことが重なり、運命の神様は微笑んですらくれなかった。木の根に躓いてしまい減速した。その隙を的確に突いて、ハイゴーレムの横薙ぎの拳が打ち込まれた。


 バキボキと脇腹辺りと右腕から骨の折れる音を聞いた後、殴られた衝撃で体が宙を舞い、木に叩きつけられた。頭を打ち、脳震盪を起こす。立ち上がることはできず、弱々しい息をしているだけで。ドロリと頭から温かい血が流れて視界が赤くなる。もう終わりだなと諦めた時、向かってくるハイゴーレムの後ろに別個体の同じハイゴーレムが見えた。




「はは……は。僕……は、とことん……神様に……嫌われている……らしい」




 一撃で最早死に体であり、この場から動くことすらままならない。加えてハイゴーレムは2体居る。最悪を通り越して最高かも知れない。何せ変な希望を持つことなく、スッパリ諦めがつくのだから。


 もう死ぬな。そう確信したのは、自身の元へ辿り着いたハイゴーレムの1体が腕を持ち上げたからだ。横殴りですらこの状態なのに、叩きつけられたら即死だろう。いやむしろ、即死させてくれることに感謝しないといけないのかも知れない。誰だって、死ぬまで痛いのは嫌だろうから。




「──────多分死にかけてるアレが受付嬢の言ってた恋人じゃない?」


「生きてるの?アレ」


「さぁな。死んでたとしても死体を持ち帰れば良いだけだろ。目的はハイゴーレムであって恋人の男じゃない」


「違いない。さっさとハイゴーレムを砕いて終わらせよう」




「なんだ、ハイゴーレムは1体ではないのか。どうする、スリーシャがやるか?」


「では、私が動きを止めますのでオリヴィア様が最後をお願いします」


「分かった。では任せたぞ」


「はい!」




 しかし、その拳の叩きつけが男に打ち込まれることはなかった。今まさに死ぬ瞬間だったところに、緊急依頼を受けることになったパーティーが2組到着したからだ。ノクス率いる『龍狂い』のパーティーとオリヴィア達だ。どちらもランクはAであり、実力はそれ以上とされている。


 意識を朦朧とさせている男は、赤くなりながら歪んでいる視界に彼等のことを収め、助けが来たのか?と疑問に思ったところで意識を手放した。


 ハイゴーレムは新たに現れたオリヴィア達のことを見てから、それよりも先に目の前の瀕死の男を片づけようとして動いた。振り上げた拳をただ落とすだけ。それで終わりだ。簡単なことである。しかしその拳が叩きつけられるよりも早く、ノクスパーティーの中で、二振りの短剣を獲物としている女冒険者のメレインが、一瞬でハイゴーレムの体に30箇所以上の切り傷を入れた。




「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️………………ッ!!」


「へぇ……?結構硬いじゃん。これはガッツに任せた方がいいかな?ラール!」


「はいはい。『霞の雲オーブラ』」


「ラールありがとう。そのまま俺と突っ込むぞ。ガッツは最後に頼むぞ」


「おう。任せろ」




 気絶してしまった冒険者の男の剣では擦り傷しか与えられなかったハイゴーレムに、メレインは二振りの短剣で傷をつけた。深さは4、5センチ程だろうか。無機物の体躯なこともあり痛覚が存在しないハイゴーレムは、傷つけられたという事実に警戒を示し、メレインを狙い始める。


 そこへラールの魔法が行使された。深い霧を作り出す魔法によって視界が霧に覆い尽くされてハイゴーレムは標的を見失う。人の言葉を理解できていない事を良いことにノクスが支持を飛ばす。霧の中に身を潜めつつ、ハイゴーレムの魔力を頼りに近づいて行った。


 ノクスとラールが接近し、後ろからハイゴーレムの膝裏に向かって各々の武器を叩きつけた。関節を狙った攻撃に膝カックンの要領で体制を崩させ膝を付かせる。体が鉱石なだけあって重量があり、膝をつくという動きがそもそも大きな隙となっている。そこで霧の魔法が晴れる。


 膝をついたことでちょうど良い高さとなったハイゴーレムの目前には、大剣を背の方に向けながら振りかぶるガッツの姿が。咄嗟に手を差し出して迎撃をしようとする動きごと、背後から前方に向かって振り下ろすように振った大剣が、ハイゴーレムの体を頭から真っ二つにし、命の源である核を正確に捉えて破壊した。魔力を断ち切られたハイゴーレムは単なる鉱石と成り果て、人型の姿を保てず、崩れ落ちるのだった。




「良くやった。これで1体は討伐完了だ」


「もう1体居るが……」


「助ける必要はないでしょ」


「えぇ。もう討伐したようなものじゃない」




 ノクスパーティーは崩れて鉱石の塊と化したハイゴーレムの元へ集まり、もう1体居る別個体のハイゴーレムについて話していた。本来ならばもう一戦と行くところだが、もう一チーム来ているのでその必要はなく、手を貸す必要性もまた無いと感じた。


 視線の先には、木々の根本から地面を抉って飛び出した根っこや、伸ばされた木の枝。つるがハイゴーレムの体を雁字搦めにして動きを封じていた。両腕を巻き込んで拘束しているため身動きがとれない状況にされ、全身からばきりと音が鳴る。よく見れば凄まじい締め付けの圧力により圧壊するように全身に罅が入っていた。


 このままでも十分破壊することができるのだが、身動きのできないハイゴーレムの前には、右手を横に突き出して魔力を操り、武器を形造るオリヴィアの姿があった純黒なる魔力が長い柄を形成し、大きな湾曲した刃を造り出す。それはまさに純黒の大鎌。動かない標的に向け、彼女は助走をつけて接近し、ハイゴーレムの股下から刃を入れて、頭まで透過させるように切り裂き、ダメ押しの追撃で真横に腰から両断した。


 核は正確に捉えられ、蓄えられた膨大な魔力が周囲に霧散していく。木々に命に関わり命令を下していたスリーシャが、離していいと言うと、木々は根っこや枝。蔓を引っ込めてただの鉱石となったハイゴーレムを解放した。




「みんな助けてくれてありがとう。もういいからね。オリヴィア様!お見事でした!」


「スリーシャが動きを止めてくれたからゆっくりと準備ができたんだ。ありがとう」


「いえ、そんな。私は大したことをしていませんよ」


「おりゔぃあさま!わたし!わたしもきにおねがいしててつだってもらったんだよ!」


「そうか。助かったぞミリ。お手柄だな」


「むふーっ」




 褒められたくて自分も手伝ったのだと自己申告してくるミリを褒める。頭を撫でてやればキラキラとした目を向けながらドヤ顔を披露する。手伝ったと言うのはいいが、できたのは細い枝を伸ばした程度ではないかと、見ていて知っているリュウデリアは頭の中でツッコミを入れたが、溜め息を吐くだけに留めておいた。


 互いに目的のハイゴーレムを討伐することに成功した。あとは頭から血を流し、右腕と脇腹数本の骨を折られて重傷の男をサテムに運ぶだけだ。そこで話し合いが行われた。誰が男を運び、誰がハイゴーレムを持ち帰るかの。結果、血塗れの男はノクス達が運び、オリヴィア達がハイゴーレムの体の鉱石を運ぶこととなったのだった。
























「──────ぁ……あぁ……ぶ、無事だったんですねっ!間に合ったんですねっ!」


「腕は複雑骨折。肋は最低3本は折れてるが、一応生きてはいる」


「よ、良かった……本当に良かった……っ!!生きていてくれただけで私は……ッ!ノクスさん、オリヴィアさんっ!本当にありがとうございますっ!このご恩は必ず報酬として支払います!ですが今は、彼を優先させてくださいっ!お願いします!」


「急ぎでもないから、俺達は構わない」


「私も今はいい。明日にでも払われるならな」


「ありがとうございます!ありがとうございます!」




 ノクスのパーティーとオリヴィア達はギルドへ帰って来た。受付嬢はずっと恋人のことが心配で顔を真っ青にしていたが、オリヴィア達が帰ってきて血塗れであるものの生きている恋人を見て泣きながら安堵し、何度も感謝の言葉を口にした。


 正直に言えば、もうダメなのではないかと思った。たった1人でハイゴーレムを相手にして、手紙が届くまでの時間と救援が向かって到着するまでの時間を稼がなくてはならないと考えると絶望的だ。それに恋人はそこまで強い訳でもない。到底ハイゴーレムを倒せる実力なんて持ち合わせていないのだ。


 もし本当に恋人が死んでいたら。見るも無惨な姿で帰ってきたら。そんなマイナスの思考にばかり陥って生きた心地がしなかったが、彼は帰ってきた。ボロボロで血塗れで気絶しているけれど、生きているだけで良かったのだ。


 今だけは彼を優先させてもらおう。重傷なので診療所に連れて行って、手当をしてもらう。オリヴィア達とノクス達へのお礼はまた改めてさせてもらい、約束の報酬は必ず支払おう。受付嬢にとって恋人の彼は、それだけ大切な人なのだから。








 こうしてオリヴィア達にとって初めての緊急依頼は恙無く行われ、見事依頼達成となった。そして同時に、龍神信仰の信徒の実力の高さを目の当たりにするのだった。






 ──────────────────



 ノクスパーティー


 リーダーをしているノクスは細身のロングソードを扱っている。同時に指令塔であり、戦況を常に把握するような立ち回りをし、仲間達に無理のない行動を取ってもらう。


 ガッツは大剣を使っており、恵まれた体格から繰り出される一撃はパーティー1の威力を誇る。魔力で肉体を強化するのが得意で、筋肉で全て解決するタイプ。しかし何も考えていない訳ではなく、仲間のことなら言葉を交わさずとも察して先の行動を取ることができる。


 ラールは女冒険者であり、片手剣と盾を使用する。同時に魔法も使い敵を撹乱したり、盾を使って攻撃を受け流したりなど、ヘイト管理を行っている。使う魔法は主に支援系のもの。


 メレインは二振りの短剣を扱う女冒険者。ラールとは幼馴染み。細身で小さめの身長をしているが、その分身軽で素早い動きを得意としている。魔力で肉体を強化するのが得意で、ガッツほどではないにしろ、それにより非力な部分をカバーして見た目に反した鋭い攻撃力を持つ。


 全員Aランク冒険者であり、全員が龍神信仰の信徒。強い信仰心を持つ。1週間に1度行われる祈祷の儀式には必ず参加しており、龍を愚弄する者には情け容赦ない報いの鉄槌を下す。





 オリヴィア


 別にスリーシャだけで事足りると思ったから任せようと思ったが、是非最後は……と言われたのでやっただけ。ハイゴーレムの体の鉱石を回収するために魔力の光線で吹き飛ばすのはもったいないと思い、大鎌で斃した。





 スリーシャ


 呼び掛けるだけで自然が全て無条件に味方する。自然の絶対女王。権能や魔法とは違う、カリスマのようなもの。これだけはリュウデリアを以てしても到底真似できないと言わしめる特殊な力。


 不思議なことに、命令された自然は強度などがより強靭になる。これは魔力を使用して自己強化をしているとリュウデリアが分析しており、命令のみで自然の力を120%引き出す。


 自然に締め上げさせてハイゴーレムを粉々に砕くこともできたが、最後はやはりオリヴィアにやってもらおうと思っていたので任せた。


 ミリが頑張っているのを横目で見てホッコリしていた。





 ミリ


 スリーシャのような力はなく、魔力も少ないため大したことはできないが、何もしないで見ているだけなのは嫌だと思って加勢していた。


 細い枝でハイゴーレムをピシピシ叩いた程度の攻撃だが、褒めてもらえたのでやってやったぜ感を出してリュウデリアに自慢する。もちろん鬱陶しいくらい自慢するので鼻息で吹き飛ばされる。





 龍ズ


 太陽の光を反射して、角度によっては眩しいハイゴーレムを鬱陶しく思っていた。もし仮に3匹の内誰かが近づいてデコピン出もすれば、砂のように木っ端微塵に吹き飛んでいた。


 ノクスパーティーを眺めて、他の人間達よりかはできるじゃないかと、少し評価していた。




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