第252話  『英雄』にも届く



 突発的な緊急依頼。それを龍神信仰で有名な腕利きの冒険者パーティーと共に達成した。オリヴィア一行。傍に居るリュウデリア達と比べれば路上の石と変わらない程度のゴーレム。そんな相手に傷を負うことなど無く、戦闘は圧倒的な力の差で終わらせた。


 核を破壊したことにより砕けて鉱石の塊となったゴーレムを持ってサテムに戻った一行は、ボロボロで死にかけている件の受付嬢の恋人である、冒険者の男を引き渡した。放って置けば命に関わるということで受付嬢は慌ただしく診療所と担架の手配を行った。報酬については急ぎでもないので両パーティー共明日に払ってもらうという形になった。


 ボロボロの冒険者が担架に乗せられて診療所に運ばれ、受付嬢が寄り添って行くのを見届けたノクス達とオリヴィア達は、別の受付嬢に手続きをしてもらい、緊急依頼としての報酬を貰った。そして斃したゴーレムを異空間から取り出し、鑑定するように頼んだのだった。




「量が量ですので少し時間が掛かってしまいます。明日には査定は終わると思います」


「そうか。ではあの受付嬢からの金と一緒に受け取るとしよう」


「オレ達の方もそうする」


「畏まりました。では明日には支払いの準備を終わらせておくので、またギルドの方に来てください。緊急依頼の達成、ありがとうございました」


「あぁ」




 深々と頭を下げる受付嬢に、適当に手を振って答えたオリヴィアは踵を返してギルドを後にした。その後をスリーシャとミリがついていく。ノクスは少し考える素振りを見せた後、仲間に声を掛けて彼女達の後を追いかけた。


 オリヴィアは何度も言うが神であり、その中でも神が持つ力をしっかりと持つ治癒の女神である。本来彼女に戦闘能力は一切無いのだが、何故か磨けば磨くだけ光る戦闘に関する能力がある。リュウデリアやバルガス、クレアを以てしても治癒の女神ではなく、戦の女神なのではないか?と疑問を持つ程だ。


 魔力が無いため魔法は使えず、純黒のローブによる擬似的な肉体強化しかできないものの、魔力で武器を造り出し、それを巧みに操る。リュウデリアに教えられているとはいえ、その吸収速度は異常の一言だという。そして最近になり、彼女は気配察知ができるようになった。


 歴然の暗殺者などやリュウデリア達が本気で気配を消したら見つけられる自信はないが、普通に気配を探る分には全く問題ない。つまり、周囲に居る無数の人間の気配の中に、4つの気配がギルドを出てからずっと後を付けていることは判っていたのだ。その気配がそこらの人間よりも強いこともまた、把握していた。


 大通りを進んでいたオリヴィア達だが、先頭を歩く彼女が止まり、振り返った事により追跡していたノクス達も足を止めた。はぁ……と溜め息を溢して、やはり気づいていたかと察して両手を挙げながら一歩踏み出す。




「追いかけるような真似をしてすまない」


「本当にな。何のつもりだ?ゴーレム1体分の報酬では足りなくなったか?」


「あぁいや、そういう訳ではないんだ。報酬について思うことはない。むしろ1体しか斃していないんだ。君達の分を横取りするつもりなんてない」


「では何の用だ?」


「是非、君達の強さの秘訣を教えてもらいたい」


「……強さの秘訣?」




 強さの秘訣を聞いてきたノクス。オリヴィアとしては、人間の冒険者の中でも強い部類に入るのだから現状に満足すれば良いのではないか?と思った。確かにオリヴィアやスリーシャは強い。しかしそれはリュウデリアの力を借りていたり、自然に愛されていたりと真似できるものではない。


 答えられるなら別に簡単にだが答えてやっても良かったが、答えたところでノクス達の為になるものではない。なので強さの秘訣というものに対しては答えず、何故強さを得たいのかと逆に問いかけた。するとノクスは、問いに問いで答えられたのに律儀に返答した。




「オレ達が龍神信仰に入信しているのは、周りの冒険者から聞いているだろう?」


「まあな。龍狂いと呼ばれていることもな」


「そうか……それは別に構わないのだが、オレ達は龍神信仰に所属している以上、強くならなければならない。龍には遠く及ばないだろうが、龍のように気高く、強く、自由であらねばならない。別に強制されている訳ではないがな」


「龍のように……ね」




 どうやら龍を信仰しているのはあるが、龍の在り方にも敬意を表しているようだ。オリヴィアはフードの中で目を細める。信仰するほどの龍が彼女達の周りに3匹も居るからだ。腕の中には『殲滅龍』と恐れられているリュウデリアに、スリーシャの両肩には『破壊龍』と『轟嵐龍』である。この3匹で大陸を手中に収めるなど容易だろう。


 彼等が魔法で姿を小さくさせ、極限まで気配を抑えているため気づくことができないのは当然と言えば当然なのだが、龍を目の前で龍について語っているのは中々に面白い。まあ気高くて強くて自由であるのは同意するが。なんだったら格好いいし可愛いというのも追加したい。




「それに龍神信仰を伝えて下さったのようになりたいんだ」


「司教様?」


「あぁ。司教様は龍神信仰で1番偉いお方だ。それに司教様は強い。嘗ては『英雄』にすら届くとされていた人物だ」


「ほう……?『英雄』か。それは(人間にとっては)すごいな」


「それに龍に対する信仰心はオレ達よりも遥かに強い。毎日欠かすことなく最低3時間の祈りを捧げていると聞く」




 オリヴィアやリュウデリアは最近出会って別れたばかりの、記憶が擦り切れようと友達の夢を実現させた突然変異の猫が頭の中に浮かぶ。人間の中で最高峰の力を持つ者を、人々は敬意を込めて『英雄』と呼ぶが、彼女は単なる猫でありながら突然変異として持ち得た魔力と知恵のみで『英雄』へと至った。


 その力は確かに強いとリュウデリアに言わせるもの。その『英雄』にすら届くと言われた者がトップとなって龍神信仰を伝えていると聞けば少し興味が湧くというのが本物の龍達だ。腕の中に居るリュウデリアに視線を落とすと、興味があると言わんばかりの頷きをされて察したオリヴィアは、もう少し掘り下げて聞くことにした。




「龍神信仰については最近になって初めて聞いたからな、入信するという訳ではないが、興味が湧いた。特にその司教とやらに。その者は何処に居るんだ?お前達が祈りを捧げに行っているという教会か?」


「いや、残念ながらこの街には居ない。ここにあるのは支部みたいなものだ。しかし運が良いことに司教様が居られる本部はこの街からは比較的近い。10日もあれば辿り着けるだろう」


「会いたいと言えば会えるのか?」


「祈りの時間でなければすぐに会っていただけるだろう。とてもお優しい方だ。だが念のためにオレの名前を出してくれてもいい。お気づきになるはずだ」


「わかった。その時にはお前の名前を使わせてもらう。それと、強さの秘訣に関するものだが……こればかりは経験だろう。私とて最初は何も知らなかった。強いと言える者でもなかった。しかし日々の積み重ねでそれなりの力を手に入れることができた。龍を信仰するならば、近道を考えないことだ。つまらん力で一気に強くなるより、地道に鍛えて手に入れた力の方が良い」


「……そうだな。確かにそうだ。なんだろう、あなたに言われると強い説得力があるな。重みがあると言えばいいだろうか」


「信仰される以上、龍もその方が気分が良いだろうと考えただけだ。高い知性を兼ね備えた最強の種族だ。人間の言葉くらい理解しているだろうし、人間よりも高度な考えを持っているだろう。他者から与えられた力よりも自身の力を鍛え上げた方が気に入ると思うが。まあ、龍をそこまで理解している訳でもないから偉そうに言えた義理ではないが」


「いや、素晴らしい考えだ。確かに、龍ならばそう考えてもおかしくない。ありがとう、良い言葉を聞けた。これからもオレ達なりに強くなっていこうと思う」




 薄く笑みを浮かべて静かに頭を下げるノクスに、気にするなとだけ返したオリヴィア。話は以上のようで、これは気持ちだと言って袋に入った金を受け取った。スリーシャや使い魔と一緒に何か美味しいものでも食べてくれと言って渡してきたのだ。


 袋の中には金貨が10枚ほど入っており、外食するにしても些か多すぎるくらいだ。しかしノクス達はAランクの冒険者であり稼いでいるためこのぐらいの金額は大したことがないらしい。それにこれは良い話をさせてもらったということで、ノクスが個人的に金を出しているようで、快く使って欲しいとのことだ。


 ちなみに、話題に上がった龍神信仰の司教が居るのは、この街サテムから北へ向かったところにある王国に居るらしい。歩いて行けば10日で行けるとのことだが、行こうと思えば数秒で行けるので大した距離ではないだろう。


 オリヴィアとの会話で満足したノクスと彼の仲間はギルドの方へ戻っていった。少しの間その背中を眺めていたが、踵を返して歩き出すとスリーシャが後をつく。大通りで他にも人が歩いているため大声では話せないが、腕の中に居るリュウデリアやスリーシャの肩に乗っているバルガスとクレアと会話し始めた。




「人間の『英雄』か。オレは全然見てねェンだよなァ」


「私も……見かけて……いない」


「私とリュウデリアはこの前に会ったばかりだが、確かにバルガスとクレアは全然会っていないな。スリーシャやミリもそうだろう?」


「はい。本当に昔に1度『英雄』らしき方を見ましたが、森を横断するだけだったのを遠目に見ただけですので……」


「ミリもみたことあるだけ!」


「ふむ、どうするリュウデリア。見に行ってみるか?」


「あぁ。『英雄』に届くとまで言われた奴が龍を強く信仰しているんだ、少し興味が湧いた。この街に長居する理由もあるまい。行ってみよう」




 美味いものはそれなりに食べて満足している。ミリも他に色んなものを食べたいと行っているので、サテムにはないものを龍神信仰の司教が居るという王国で探して食べてみるのもいいだろう。ノクスに貰った金はそこで使わせてもらうとしよう。


 サテムに来てからそれ程時間は経っていないが、もう発つことを決めたオリヴィア達一行が目指すのは、サテムより北へ10日掛けて歩き辿り着く王国だ。そこで美味いものを食べて、読んだ事のない本を探し、目的である司教を探すのだ。




「さて、では旅をまた再開させようか」























 とある大きな教会の中で、鎮座する龍の像に向けて跪き、目を閉じて祈りを捧げる女の姿がある。この姿勢になって祈りを捧げてから既に4時間にもなる。熱心に信仰するその者、周りの者からは司教様と呼ばれていた。彼女は龍こそが自身の神であると信じて疑わない。


 世界最強の種族とされる龍は、その高い知性も然る事ながら、最強と謳われるだけの強さを持つ。そして他に強敵と呼べる種族が居ないからこそ、もっとも自由であるとされていた。そんな存在が崇高であると崇め、広めているのが司教という人物だ。




「あぁ……私も龍に直接お会いして言葉を交わしてみたいものです。いつか、必ず。それまで私は崇め、祈りを捧げましょう」




 古くから良いことをすれば、それだけ良いことが返ってくるとされている。司教はこれまで善行を積んできた。それならば……彼女に良い出来事の1つや2つが訪れてもおかしくはないのだろう。







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 ノクス一行


 各々の強さと連携プレーでAランク冒険者となったが、最近実力の伸びに悩んでいた。しかしオリヴィアに言われたことでふと我に返り、地道であろうと強くなることを決める。


 後に、AランクからSランクへの打診が入り、張れてSランク冒険者となった。しかし驕ることなく真面目に魔物をぶっ殺しまくることでSSランクにまで到達する。そしてより龍を信仰するようになる。





 スリーシャ


 本を読むのがリュウデリアほどではないが早いので、図書館の本は読み終わった。あまり知らなかった人間の社会や獣人のことなどを知ることができた。これならリュウデリアも読むようになるのも頷ける。





 ミリ


 字を読むのが苦手なのでリュウデリアに読んでもらう。しかもそれは絵本などといった簡単なもの。お姉ちゃんを自称するクセに読んでもらっているから妹感が抜けないことに気がついていない。


 リュウデリアに勝っているのは意外にも年齢だけ。





 オリヴィア


 気配の察知はもうお手のもの。その内気配から嘘などを読み取れるようになりたいと思っている。


 ノクス達に龍なら自力で地道に鍛えた方が良い印象を抱くだろうと言ったが、すぐ傍にそういう傾向にある強い龍が3匹も居るため、言葉には説得力がある。何せ事実をそこはかとなく伝えているから。





 龍ズ


 龍神信仰で龍全体とはいえ信仰されていて悪い気分ではない。だが手放しで嬉しい訳ではない。大して見たこともないのに何で俺達を信仰するんだ?と少し疑問に思っていた。


 神を殺して、神界を滅ぼす獣を殺した彼等の龍生を誰かが知ればひっくり返り、神話の1つのようになっていた。つまり、彼等を信仰してもあながち間違っていない。



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