第253話  篤い信仰者




 北へ歩いて10日の場所に位置する王国に、龍神信仰で1番偉いと言われる司教が居るという。その情報を篤い信仰心に溢れたノクス達一行から聞いたオリヴィア達は、一先ずその司教とやらが気になったので行ってみることにした。


 特に何かがあるわけでもないサテムにずっと居ても仕方ないということもあって、移動は聞いたその日の内に決行された。歩いて10日で着く場所はそれなりの距離であるものの、空を飛べる龍が傍に居るオリヴィア達にとっては数秒の距離だ。


 次の目的地へ向かう道中も旅の醍醐味ではあるものの、今回は早めに辿り着きたいということでジャンケンに負けたクレアの背に乗って移動した。空を統べる龍の飛行速度は驚異的で、すぐに着いてしまった。


 人間が龍を見たら大騒ぎどころの話ではなくなってしまうので、認識がズレる魔法を自身の体とオリヴィア達にクレアが掛け、王国から少し離れた位置で止まった。




「ご苦労だったなクレア。また頼むぞ」


「ケッ。今回は偶々だろうーが。次は負けねェ」


「ありがとうございましたクレアさん。助かりました」


「ありがとう!くれあはやいね!かぜがうおーってなった!」


「……へっ。まあな。本気で飛んだらあんなモンじゃねェぜ?お前らじゃ見えねェかもな」


「そうなの!?すごーい!」




 目をキラキラさせてはしゃぎ、褒めてくるミリに気分を良くしたクレアは、フフンと胸を張って得意気にしていた。しかし実はリュウデリア、バルガス、クレアの中でも飛んだ場合彼は3番目に速い。2番目にバルガスで、1番速いのがリュウデリアだ。


 魔法の精密性ならば1番だが、こと肉体系に於いてはクレアよりも他2匹の方が優れている。一応注意しておくと、他の龍と比べたらクレアの肉体も相当な強さを持っている。ただ、比較する相手が相手なだけに霞んで見えるだけだ。他の龍と素の力で殴り合った場合、クレアはその龍のことを容易に撲殺できる。


 彼等と一緒に居ると感覚が麻痺してわからなくなると思うが、彼等が当然のようにやっていることを他の龍にもできると勘違いしてはならない。彼等は特別であり、特異であり、突然変異なのだ。普通とは根本的に違うのである。まあそんなこと、今更ではあると思うが。




「──────む、ここに来るのは初めてか?」


「あぁ。冒険者のタグがある。使い魔も一緒だが構わんな?」


「他者を襲わないなら構わない。入国料金として1人5000Gだ。証明書がある限り自由だが、無くすと再発行で更に5000Gだから気をつけるように。1度払えば1度でてもまた証明書を見せれば入れる。期限は1ヶ月だからそれ以上滞在する場合はまた5000G支払うように。問題はないか?」


「ない」


「はい。ありません!」


「では入国料も払ってもらった。入ってよし!ようこそ──────王都トールストへ!」




 王都の入口を守護する門番に説明を受けて、慣れた流れで手続きを済ませたオリヴィアに付いていくスリーシャ達。まだ少し怖いのか、スリーシャは邪魔にならない程度でオリヴィアにくっついている。新しい場所は不安になるものだ。ましてや人間が多く居る王都なのだから尚更だろう。


 西の大陸には獣人も居て、純粋な人間だけという訳ではないものの、人間にされた仕打ちを考えるとスリーシャの心はまだ人間を大きく警戒している。


 大丈夫だ、安心しろ。傍には私達が居るし、クレアとバルガスが護衛をしてくれている。万が一はありえない。そうオリヴィアが伝えれば、スリーシャは安堵した溜め息を吐きながら、確かにそうですねと口にした。




「さて、司教とやらの居場所を探すとしようか」


「教会に居ると聞きましたが、どこにあるのでしょう?聞いてみますか?」


「待て。俺がやる。……そこまで離れている訳ではないな。割と近い。行ってみるとしよう。道は俺が教える」


「魔力で教会の場所を探ったんですね」


「この王国に教会は2つあるが、その内の1つの教会内に龍の像がある。これで龍神信仰ではないと言われたら、何を信仰しているのだという話だ。だがそれよりも……」


「うん?どうかしたのか?」


「……いや、何でもない。行って確かめるとしよう」


「……?分かった。行ってみよう」




 何かが気になっている様子のリュウデリアに首を傾げたが、行ってみれば分かるということなのでまずは目的地を目指す事にした。リュウデリアは魔力を超音波のように放って通り抜けたものの形を正確に把握することができる。範囲は数十キロにも及び、これのお陰で迷路になっているダンジョンも一切迷うことなく進むことができる。


 大通りから行けるという事らしいので、リュウデリアの案内の元進んでいく。王都というだけあって賑わいを見せており、歩いていれば人と多く擦れ違う。子供も多く、はしゃぎ回っている我が子に大人しくするよう言い聞かせている大人が何人も居た。


 人が多ければ、ものを買う人もそれだけ多いということ。つまり建ち並ぶ店も多かった。呼び込みもそこらで行われていて、あらゆるところから美味しそうな匂いがする。他にも宝石や装飾品。日用品なども幅広く売っていて、買い物に困ることはなさそうだ。




「──────道を開けろッ!行軍こうぐんであるッ!」




「まあ、また軍が攻め込むんだわ」


「前はあまり良い成果じゃなかったのでしょ?」


「仕方ねーよ。場所が場所だ。相手にとって庭だぜ?侵入するこっちが不利ってもんだ」


「早く終わらないかしらね。お陰で物価が少し高くなってますもの」




 歩いていると、前方から鋭い声が聞こえてきた。喧騒ではない。それを知っているのか、街の住人はサッと道を開けていった。オリヴィアとスリーシャ達も空気を読んで道の橋に移動する。前から何が来るのかと、住人を避けて見てみると、甲冑を装備した重装歩兵が歩いていた。


 ガシャンと甲冑の音を鳴らしながら歩いて進む歩兵に続いて、馬車が何台も通っていく。この中には食糧や予備の装備などが入っているのだろう。多くの兵士達の分を補うために用意された馬車は数十台にの及ぶ。


 他にもバリスタや大砲を荷台に乗せて馬に引かせて移動させていて、物々しい雰囲気が漂う。一体何があるというのか。着いたばかりで全くなんの情報も持っていないオリヴィア達には到底判らないことで、こういったものの情報は本にも書かれていないのでリュウデリア達にも判らない。


 ずらりと何列にもなった兵士達が大通りを通って門を潜り、外へ出て行ったのを皮切りに住人は元の活気ある雰囲気に戻った。何だったのだろうかと気になったので、日用品を買いに来ていただろう女性の肩を叩いて話し掛けた。




「少しいいか?」


「……ッ!?びっくりした……何かしら?」


「今この王都に着いたばかりでな、先程の人間達は何なんだ?」


「あぁ、物騒でしょう?あの兵士達は戦いに向かったのよ。ここから北へ向かった先にある広大な森があるのだけれど、そこに住む“エルフ”達とね。もう争い始めて1年にはなるかしらね……」


「“エルフ”?」


「あら、ご存知ない?基本的に自然の中で生活している亜人よ。私は直接見たことないのだけど、とっても美麗って噂よ。でも怖いわよね、強力な魔法を使う好戦的な方々なんですって。幸い自然の中からは出て来ないから王都に攻め込むことはないみたいだけれど、それがいつまで続くか……」


「ふむ……つまり戦争中だった訳だ。話は分かった。ありがとう」


「いえいえ。時に冒険者も招集しているみたいだから、お嬢さんが冒険者なら、もしかしたら戦いに行くことがあるかも知れないわね。その時は気をつけてね」


「うむ。これは話を聞かせてくれた礼だ。受け取れ」


「ま、まぁ……こんな王都に住んでれば誰でも知ってるような事を教えただけで金貨なんて……いいのかしら……?」


「構わん。それで何か買うといい。豪勢な食事は用意できるだろう」


「ふふ。息子が育ち盛りだから、今日の晩ご飯は豪勢にしちゃおうかしら。ありがとうね」




 金貨を渡したオリヴィアは、嬉しそうに買い物を続ける話を聞かせてくれた女性に礼を言ってその場を離れた。後をついて行くスリーシャは、何か考えている様子で黙っている。大通りから外れて脇の細い道に入った彼女達は、誰が聞いているか分からないので小声で会話する。




「リュウデリア。“エルフ”とはどういう種族なんだ?」


「俺も本物を目で見たことはないが、先の人間が言っていたように自然の中で生きる者達のことだ。耳が長いのが外見的特徴だな。詳しく判明されていないが、長寿で有名でもある」


「かなり長生きなのか?」


「普通のエルフでも2000年は生きるとされている。本当のところは判らんがな」


「龍はリュウデリアやバルガスさんとクレアさんしか知りませんが、どのくらいの寿命があるんですか?そういえば本にも書いてないですし、リュウデリアから聞いたこともないのでわからなかったのですが」


「あー正確にはわっかんねーよ?光龍王が言うには最高で1万年とからしいが、そこまで来たらもう意識なんて無いようなもんだろ。オレ達は最強の種族って恐れられてはいるが、仲間内でやり合って死ぬこともあるからな。それに仲良しこよしでずっと一カ所に留まる訳でもねェから平均がわからねーのよ。まぁ、敢えて平均って言うなら……4、5000年なんじゃねーの?」


「スリーシャが死ぬ前に俺達の方が先に死ぬかもな。1000年以上既に生きているというのに、生命エネルギーがあまりに豊潤すぎる。なぁ?」


「確かになー。スリーシャはオレ達より長生きするぜ、絶対」


「私も……そう……思う。すごい……ことだ……誇って……いい」




 オリヴィアの肩に乗るリュウデリアや、スリーシャの肩に乗るバルガスとクレアがケラケラと笑いながら言う。まだ100年やそこらしか生きていないリュウデリア達は、強さの割には龍の中でまだ子供の域を出ない。精神が成熟しており、強すぎるためそう見えないだけで、他の龍……それこそ龍王などからしてみれば、まだまだ子供と言える。


 龍の寿命は正確には判らないが、恐らく4、5000年だと言うクレアに、オリヴィアは心の中であと4900年はリュウデリアと一緒に居られるのかと考えた。もっと一緒に居たいという気持ちがある。死んでも新たな肉体を得て復活する神からしてみれば、寿命なんて無い。永遠に生きる存在だ。だから時間の感覚が他とは違う。




「話を戻すが、エルフは魔法を使うのが上手いとされている。なんでも、自然から力を借りているだとか」


「スリーシャみたいなモンなんかね」


「だが……スリーシャの……それは……借りている……というより……自然が……スリーシャに……従っている……感覚だ」


「私もいつから自然が私の言うことを聞いてくれるようになったのか覚えていませんね……ミリが生まれた頃にはもう今のような感じでしたし……」


「おかあさんは、ずっとすごいよ!もりのこたちがぜーんぶおかあさんのいうこときくもん!」


「それに比べてミリはまだまだだな。おこちゃまもいいところだ」


「わたしはりゅうでりあよりもおねえさんだよ!?はい、おねえちゃんっていって!ミリおねえちゃんって!」


「……はッ!(嘲笑)」


「あー!いまばかにした!おかあさん!いまりゅうでりあがミリのことばかにした!おこって!」


「ミリ。周りの迷惑になるから少し静かにね?」


「わたしがおこられた!?うぅ……おりゔぃあさーん!」


「おぉっ……?よしよし」




 味方が居ないことを悟り、半泣きになりながらオリヴィアの胸元にひしっと抱きついたミリを優しく抱き留めて頭を撫でる。反応がいいのでついつい揶揄ってしまうので、ミリも大変だなと思いながら撫でるだけで、特に助け船を出さない時点でオリヴィアもリュウデリア達側であることをミリは知らない。


 肩に乗るリュウデリアが、クツクツと笑っているのを見て、ミリが頬をぷっくらとさせてプンプン怒るが、怖いどころかかわいい反応なのでオリヴィアは両者のやり取りを見てホッコリしている。


 エルフについてはリュウデリアやスリーシャ達も本で読んだことしか知らないので、そこまで深く説明することができない。そう考えると興味が湧くので龍神信仰の司教と会ったら本物のエルフに会いに行くのも良いかも知れないと考えるリュウデリア達だった。





























 ──────龍神信仰教会。




「──────司教様。お祈りの最中申し訳ありません。お会いしたいという冒険者の方々がいらっしゃいました。いかがなさいますか?信仰者であるノクス様方のお知り合いだそうです」


「……………。ふぅ……ノクスさん達のお知り合いですか。わかりました。通してください」


「畏まりました」




 司教と呼ばれた女性が居るのは、中央に龍を象って作られた像のある祈祷を行う部屋だった。部屋は円形になっていて、蝋燭が並べられている。天窓が存在しているため太陽の光が差し込む。部屋は綺麗に掃除されていて、司教と呼ばれた女性は地面に直接跪いて祈りを捧げていた。


 背後の扉が開いて信仰者の女性が声を掛ける。龍神信仰の司教をやっているだけあって信仰心があつい、用事がある場合途中で声を掛けなければ数時間延々と祈りを捧げ続けてしまう。そのため、心苦しいが途中で声を掛けるようにしている。


 跪いた状態から立ち上がり、振り向いて来訪者を待つ。足音が少しずつ近くなっていくのを聞き取り、司教はただ部屋に来るのを待った。そして扉に手を掛けられ、ゆっくりと開かれる。篤い信仰心で多額の募金などもしてくれるノクスが紹介したなら会わないわけにはいかない。もちろん、それ抜きにしてもしっかりと会うが。


 扉が開かれて来訪者が見えてくる。まず最初に目についたのは、純黒のローブだった。混じり気のない黒に覆い尽くされた姿は珍しいものの、姿を隠す人は珍しくない。司教は挨拶をして自己紹介をしようとした。しかしその瞬間、司教の目には他に者達には見えないものが見えた。


 見上げるほど大きく。力強く。気高く。悍ましく。黒々として禍々しい。圧倒的力の奔流。暴力の権化。神秘の1つ。これまで篤く信仰し、焦がれ続けてきた最強の種族。龍が目の前に居た。





「あぁ……我が神……大いなる存在よ……私の眼で直接お見えすることが叶ったこの瞬間、私は望外の喜びにございます」





「……おい。此奴、まさかとは思うが俺の本当の姿が見えてるんじゃないだろうな」


「……そのようだな。なんだ、リュウデリアも私と同じ神になったのか。お揃いだな」


「言ってる場合か」




 膝から崩れ落ちた司教は両の手を合わせて祈るような姿勢になると、美しい虹色に輝く瞳をこれでもかと涙で潤わせながら、オリヴィアの肩に乗っているリュウデリアをただただ見つめ続けた。






 ──────────────────



 龍


 寿命は4、5000年とされているが、正確な数字は判らない。光龍王曰く、最も長生きした龍は1万年生きたとされている。が、その龍はその後どうなったかは不明。


 寿命を全うして死ぬことは殆どありえない。何故なら、龍同士でぶつかり合い、早死にしてしまうからだ。強い者が生き残る弱肉強食の思想があり、平和に生きようとしても本能から闘争を求めてしまう。そのため早く死ぬ。





 エルフ


 自然の中で生まれ、自然の中に生きる寿命の長い種族。2000年は普通に生きるとされている。強力な魔法を使用するとされていて、好戦的とも言われている。


 王都トールストから北に位置する広大な森の中に居り、王都トールストとは敵対関係にある模様。





 リュウデリア


 サイズを落として使い魔に化けているというのに、言葉のニュアンスから本当の姿がバレているような感じがしているので驚いている。





 オリヴィア


 めちゃくちゃ立派な龍の像が部屋の中央に置かれているので、これは本物の信仰者だなと思っている。神をそのまま崇める者達のことは知っているが、ここまで熱心に信仰しているのは中々居ないという感想。





 司教


 初手にリュウデリアの姿を見破っている様子の女性。信仰心が篤く、心の底から龍に陶酔している。神=龍。龍=神の図式が魂に刻み込まれている。


 虹色に輝く特徴的な瞳を持つ。



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