第254話 虹色の瞳
「──────あぁ……我が神……大いなる存在よ……私の眼で直接お見えすることが叶ったこの瞬間、私は望外の喜びにございます」
「……おい。此奴、まさかとは思うが俺の本当の姿が見えてるんじゃないだろうな」
龍神信仰の教会へやって来たオリヴィア達は、信仰者であるノクスの名前を出すことですぐに顔合わせを行った。来る者拒まずなのか、別にノクスの名前を出さなくても顔を合わせてくれそうな雰囲気だった。それに関しては聞いていた通りだ。
それなりに広い教会の中を、若い女の信仰者の案内で進み、扉を開ければ中に龍の像があり、その前に他の信仰者が白いシスター服を着ている中で1人だけ黒いシスター服を身につけている女性がいた。恐らく、この者が司教と呼ばれる人物なのだろうと直感し、通された部屋の中に入る。
冒険者であり、龍神信仰とはどういうものなのか少し興味が湧いたから寄ってみた、みたいな感じで軽い自己紹介をしようとした時、司教は膝から崩れ落ちて祈るような体勢になり、感動しているのか虹色に輝く瞳を潤わせ、ほろほろと涙を溢れ流した。
視点がリュウデリアに定まっている。普通の龍ではない姿形なので、体の大きさを使い魔サイズに落としているだけ。これだけの変装でも今まで誰にもバレたことはない。魔力や気配もできるだけ小さくしている。なのに、先程の司教の言動からは、龍であることがバレているようだ。
涙で煌びやかに光る虹色の瞳に見られていると、何かを見透かされている気持ちになるリュウデリア。彼は確かめるために、尻尾でオリヴィアの肩を叩いた。言葉を交わさずともなんとなく聞いて欲しい事がわかった彼女は、司教に質問を投げ掛けた。
「大いなる存在やら、我が神やら、何が何やら分からん。私達はそんな大した者じゃないぞ。なぁ、スリーシャ」
「は、はい!」
「……失礼いたしました。もちろん、あなた方が
「……何?」
司教は看破していた。リュウデリアが使い魔なんてものではなく、歴とした龍であることを。そして、オリヴィアとスリーシャが人間ではない人外であることも。オリヴィアはフードの中で瞠目して驚きを露わにした。まさか既に気づかれているとは思わなかったのだ。何かカラクリがあるのかと思っていると、肩に居るリュウデリアがするりと前に落ちていき、体を人間大にしていった。
後ろでスリーシャが龍としての姿を見せてしまったことに驚き、リュウデリア!?と叫んでいるが、彼はそれらを気にした様子もなく立ったまま司教を見下ろした。
司教は目の前に龍が居ることに感動して、ただただ涙を流していた。しかしその視線はリュウデリアに固定されていて、全く逸らそうとしない。興味深そうに見下ろしていたリュウデリアは、数歩進んで司教の目の前に立つと、ぐっと体を倒して至近距離から司教の顔を覗き込んだ。
「……魔法ではないな。呪法でもない。権能ですらない。お前は何故、俺が龍であることが解った?いや、オリヴィアやスリーシャが人外であることすら看破したな。顔も隠しているというのに」
「あぁ……我が神が私に言葉を……ッ!えぇ。えぇ。全てお答えいたします。私は生まれつき特殊な眼を持っておりまして、この眼は物事の真実を見破るのです。今あなた様が使い魔に紛れていましたが、私の眼には強大な力と全容が視えたのです。オリヴィアさんとスリーシャさんに関しましても、人間のそれとは全く別です。恐らく神と精霊ではないでしょうか」
「……ほう。ふむ──────素晴らしい。初見で俺達の事をここまで見破ったのは、お前が初めてだ。誇るがいい」
「はい……っ!ありがたき幸せです……っ!」
司教は見下ろリュウデリアに膝を付いたまま深々と頭を下げた。まさかここまで見破れるとは思っていなかった彼は、純粋な感心を寄せていた。彼がここまで初対面の者を褒めるのは中々ない。それを理解しているオリヴィアとスリーシャはそれにも驚いた。
『英雄』にすら届くさえ謳われた人物。そんな人物がリュウデリアに頭を下げている。見る人によっては驚愕し、倒れてしまうかもしれない。それだけの大物なのだが、司教は恐る恐るといった形で顔を上げた。
「お願いがあるのですが、よろしいですか?」
「俺にか?……まあいい。言ってみろ」
「はい。お願いというのは……是非、あなた様をこれから信仰させて欲しいのです」
「俺を信仰?」
「えぇ。あなた様ほどの龍を信仰させていただきたいのです。龍神信仰は強き気高き龍を信仰する団体です。なのでどうか……」
「ふぅん……?」
顎に手を当てて擦り、少し上を見て何かを考えているリュウデリア。信仰するだけならば別に問題は無いのだろうが、何を悩んでいるのだろうかとオリヴィアやスリーシャは思った。だが、次の彼の発言にはハッとさせられたし、確かにと思った。
何やら考えていたリュウデリアは、再びしゃがみ込んで司教と顔を合わせる。少し目を合わせていたが、彼が目元を歪ませて笑みを作った。了承を得られると思ったのか司教は顔を輝かせたが、首を鷲掴まれて無遠慮に持ち上げられたことでその輝きは消えた。苦しそうに藻掻く司教にクツクツと嗤う。
「俺を信仰したいと……なァ?ククッ……それはあれだろう?俺が此処に来た初めての龍だからそう言っているのだろう。仮に此処に龍王共の1匹でも来れば同じ事を吐いた筈だ」
「かッ……はぁ……っ!?」
「『龍を信仰しているから龍であるあなたを具体的に信仰させてください』は、『龍なら取り敢えず誰でもいいから信仰したかったところ、あなたがちょうど良く来たからついでに信仰させてください』と同じなんだよマヌケ。俺を馬鹿にするのも大概にしておけよ人間」
「そ、そんなっ……つもりなど……っでは……っ!」
「最初に目に入った龍が俺だから信仰したいだけだ。バルガスとクレアのどちらかが入っても同じ事を言うだろうが。そんな奴に信仰されて堪るか」
「龍を……見たのはッ……あなた様が……うっ……初めてです……っ!」
「あ?……どうやらお前の眼はあまり視えていなかったらしいな。スリーシャの肩に乗る龍2匹が目に入………………彼奴らはどこに行った?」
「えーっと、この部屋に入る一瞬前に何故か居なくなってましたが……」
「なッ……嫌な予感を感じ取って逃げたのか彼奴らはッ!?俺に押しつけたなッ!?」
「~~~~ッ!!ッはぁッ……はぁッ……はぁッ!?げほっ、げほっ……」
リュウデリアが指摘したのは、龍神信仰なのだから龍を自分達の崇めるべき存在を『神』としているのは当たり前。問題は、龍を全て平等に崇めているのかという点だ。普通に神を信仰するにしても、何の神を信仰しているのか決めるだろう。もちろんのこと、神は神なのだから区別しないものが殆どだと思うが。
取り敢えずリュウデリアが言いたいのは、龍を信仰していて、目の前に本物の龍が現れたから、信仰しようとしているだけだろうということだ。つまり、別にリュウデリアのことは全く知らないし、彼の思想や信条なども何も判らないが、取り敢えず信仰したいというだけ。そんな信仰心などなくて結構。鬱陶しいだけだ。
首から手を離されて蹲りながら嘔吐く司教と、いつの間にかこの信仰のことをバルガスとクレアから押しつけられていたことに驚いて少し怒り気味のリュウデリア。何だかよく解らないことになってきたが、彼が言いたいことは概ね理解したオリヴィアとスリーシャだった。
「俺でなく、どの龍でもいいのならそこらの適当な龍でも信仰していろ。下らん」
「ごほっ、げほっ……お、お待ちくださいっ!私はそのようなつもりで言ったのではないのです!一目見た瞬間から、あなた様が異質であることは解りました!その普通の龍とは異なるお姿、全身から溢れ出る覇気、悍ましく禍々しい気配……それらを加味してあなた様を信仰したいと私が考えたのです!どうか、どうか私にあなた様を信仰することをお許しください……っ!」
「まだ言うか。諦めの悪い人間だ。……まあいい。顔を上げてみろ。話はそれからだ」
「はいっ……はいっ!どうかお願──────」
「──────これで話は終わりだな」
また深々と頭を下げて懇願する司教に溜め息を吐いてめんどくさそうにした。殺されそうになったくせに、よくもまあ次の瞬間には同じように頼み込めるものだと、ある意味感心すらしてしまう。大して彼のことを知りもせず、直感で気に入ったから信仰したいなど、バカも休み休み言えという話だろう。
面倒な人間だなと思ったリュウデリアは、姿を見られて……というよりどうやっても看破されてしまうようなので、さっさと殺してしまおうと考えた。実に彼らしい考えで、額を床に擦り付けて懇願していた司教に頭を上げさせると、尻尾で横面を殴った。それなりに力を入れたので、司教は弾き飛ばされて龍の像に突っ込んで像を破壊した。
すぐに殺してしまった……とオリヴィアとスリーシャがやれやれと言いたげに溜め息を吐いて部屋を出ようとする。今の音を聞きつけて他の信仰者が来るだろう。人間に紛れているのだから厄介事は面倒だ。さっさと消えようと、リュウデリアも後に続いて部屋を出ようとした時、破壊されて粉々になった龍の像が吹き飛び、中から司教が出てきた。
「……何?」
「──────どうすればあなた様を信仰することをお認めになってもらえますでしょうか。私にできることなら何なりと。全ては我が神のために」
──────生きている。俺の尻尾の一撃を受けて生きているだと?それなりに力は込めた。そこらの塵芥の人間共とは訳が違う。
司教は生きていた。尻尾で殴られたところのシスターのような服のフード部分が裂けて、頬から少し血を流しているのが確認できるが、それだけだ。リュウデリアの攻撃は弱くない。今の尻尾の一撃は、情報を漏らされるのを防ぐため確実に殺すように力を込めた。どのくらいかと言えば、バルガスに打ち込めば数メートルは引き摺れる威力だ。
そんな攻撃を真面に顔に受けて少しの傷ができ、少量の血が流れているだけ。それ以外にはなんの支障もなさそうだ。何せ普通に立ってリュウデリアのところまで歩いて来て、再び跪くのだから。『英雄』ですら、彼の攻撃は即死と捉えてなにがなんでも避ける程だというのに。
『英雄』にすら届くと謳われた人間。それは人間からしてみれば最高峰の者達の内の1人に数えられるということを意味する。なので何かしらはあると踏んでいたが、それが眼のことだと勝手に思っていた。だうやらリュウデリアの考えは甘かったらしい。その程度ではない何かを、この司教は持っている。
部屋を出ようとしていたリュウデリアは、跪く司教に体の向きを直し、問いかける。それ程まで俺を信仰したいのかと。それに対し司教は迷いなくはいと答えた。顔が見えないことを良いことに口の端を吊り上げ、歪に嗤う。
「良いだろう。機会をやる。信仰したいのが本気ならば、その本気の度合いを俺に見せろ。俺に俺を信仰させる許可を出させてみろ。それで俺が認めるに相応しいと思えば、許してやる。だがもし下らんと思ったその時は──────お前は潔く死ぬといい」
「──────畏まりました。私の全霊を以て、あなた様に認めていただきたいと思います」
「内容については
──────さぁ、お前はどうやって俺に認めさせる?
──────────────────
司教
虹色の瞳を持つ龍神信仰の1番偉い人物。慈悲深く、優しく、信仰に篤いことから他の信仰者に好かれており、尊敬されている。
生まれつき特殊な眼を持っており、見たものの真実を問答無用で看破する力を持つ。彼女の前には嘘偽りが一切通用せず、幻覚などといった魔法も看破してしまうため効かない。
リュウデリアのそれなりに力を込めた一撃受けても生きている。これまでの人間にそんな奴は居なかった。
リュウデリア
突然自身を信仰したいと言われて訝しげにしていたが、龍を信仰していて初めて見た龍だから自身を信仰しようとしているだけだろうと考え断る。が、思ったよりも司教に興味が湧いたのでチャンスをあげた。
認めさせるチャンスは1度きり。リュウデリアのことを全く知らない状況で、気に食わない、つまらない、下らないと少しでも思わせた瞬間に殺す。
理不尽極まりないが、それを超えないと認めない。だが……その価値はある。
バルガス&クレア
面白そうな予感&めんどくさそうな予感を感じて、司教の視界に映るギリギリでその場から退避した。今2匹は空を飛んで日向ぼっこしている。
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