第56話 終戦
「人間はどの程度死んだ?」
「そうだな……兵士が200。冒険者40と言った具合か?」
「兵士の方が減っているのか」
「冒険者は魔物との戦闘に慣れているからな」
戦場に来てしまった子供、レンの最後を目撃して戦場に戻ってから少し、オリヴィアはリュウデリア達を伴って残っている魔物を適当に焼いていた。残党の魔物はハイゴブリンやらオーク、オーガにハイウルフと強い者ばかりだ。
冒険者も兵士も長時間の戦闘で疲労困憊としている。顔にすら疲れが見えているのだ。それに対してオリヴィアに疲れの色は見えない。まあそれも当然なのかも知れない。何せ冒険者と兵士達は戦場を駆け回っている。強い魔物を複数人で相手しても、救援を出されたら駆けつけるのだ。
魔法を使うのだって魔力を消費し、精神的にも疲れてくる。小さかろうと積み重なって大きな疲労となる。だがオリヴィアは適当に散歩をしながら、出会った魔物をイメージで作った魔法で斃していくのだ。そこにリュウデリア達が参戦したりするので、ずっと頭を使っているというわけでもない。
純黒のローブに籠められた魔力はまだまだ残っている。この戦いで使い切れるような量ではない。残り少ないが
魔物の数が残り少ない。3000という膨大な数で、掻き集めた兵力は1000ちょっとだった。約3倍の兵力差があるにも拘わらず少しの犠牲を出しながらも押していた。そうして暫くして、最後の一匹であろう魔物のオーガを、オリヴィアが純黒の炎で燃やして斃した。もう魔物は居ないというのを確認して、皆で勝利の雄叫びを上げた。
足下には屍となった魔物が多く居る。素材になるので後々回収するだろうが、これは中々の重労働だぞ……と、回収する者達を思い浮かべてゲンナリとする。誰が何を斃したのか解らないので、素材は貰えないがそれ相応の報酬が払われる事が約束されている。戦い終えた冒険者達は、さっさと休んで酒でも飲みたい気分だった。
因みに、現れたリュウデリアの弟のシンとクレア、が何時の間にか戦場から居なくなっていた事が、一番の朗報だった。更に言わせてもらえば、遺体があっても邪魔なので、シンの肉体はリュウデリアの手によって消し飛ばされている。姿を視認出来ない幻惑の魔法を戦場全てに掛けていたので、殲滅龍が現れた……となることはない。クレアに続いて現れれば、面倒な混乱になると思ったからだ。
「少し良いだろうか?」
「何だ?」
「私は兵士長をしているダレルという者だ。あなたの魔法には相当な数の兵士達が救われた。もちろん私もだ。そこで、是非とも名前を聞いておきたい。構わないか?」
「あぁ、そういうことか。そこまで率先して魔物を狩っていたわけではないが……オリヴィアだ。Dランク冒険者をしながら旅をしている」
「Dランク……っ!?あの強さでか!?あ、いや……すまない。驚いて声を張ってしまった。んんッ……この戦いで最も魔物を狩った者を目にしたら報告するよう王に言われている。私独自の判断だが……伝えても構わないか?」
「構わないが、呼ばれたとしても畏まった対応はしないぞ。私は旅人。所属も冒険者で、王都に入る為に金は払った。寄っているだけで住んでいるわけではない。だから敬わない。会ったこともないしな」
「はは……それに関しては回りの者達に伝えておこう。では、私は報告のためにここで失礼させてもらう。本当に助かった。王都に仕える兵士を代表して礼を言わせて欲しい。ありがとう」
「別に私一人でやった……という事でもない。そう頭を下げる必要もない」
深々と頭を下げる兵士長のダレルに手をヒラヒラと振って気にするなと言う。最初から全部一人でやったならばまだしも、適当に散歩しながら戦っていたのでそこまで感謝される謂われは無い。だから態々頭を下げてもらう必要なんてないのだ。それでも、これは礼として当たり前なのだからと兵士長は頭を下げた。
兵士だけではきっと、この戦いに勝てなかった。死傷者の数が圧倒的に兵士の方に傾いているのがその証拠。魔物との戦いに慣れている、謂わばプロが居て戦いに参加し、戦闘中に助言をしてくれたことで効率的に魔物を斃せた。弱点。特徴。傾向。それらを知るだけで戦いやすさは段違いなのだ。
駆けて行ってしまったダレルの後ろ姿を見送ったオリヴィアは辺りを見渡す。肩で息をしたり、膝を付いて武器を杖にして体を支えていたり、寝転んで脱力している。中には友人だったのだろう、死んでしまった冒険者を遺体の前で泣いている者も居る。
龍であるリュウデリア、クレア、バルガス達もその光景を、目を細めて見ていた。あの程度の魔物にこれだけの疲労と死者を出すとは、人間とは本当に脆い存在なのだなと。体の大きさが違う。地力が違う。内包する魔力量が違う。あらゆる差があるが、心底弱いと思った。
「重傷の方は居ますか!?」
「軽傷の片はこちらへ!!」
「この指は何本に見えますかー?」
「亡くなられた方々は担架で運べ!おいそこ!顔に布を被せろ!」
「……私達も戻るか」
「王都内の人間は一カ所に集まっていたから避難したのだろう。つまり、店はどこもやっていない」
「うげー。オレ腹減ってンだけど」
「……私も……腹が鳴った……」
「俺も腹が減ったな……そういえば、お前達は陸蟹をどのくらい獲ってきたんだ?」
「オレは陸蟹73。岩蟹だっけ?あれ40」
「……陸蟹62……岩蟹48」
「結構獲れたな……む、マルロの屋敷に持っていくのはどうだ?また調理させよう」
「「──────乗った」」
「ふふっ……料理人がまた大変な目に遭うな、これは」
診療所の者達が連絡用のドアから数人出て来て、手早く処置をしていく。それを眺めながら、人が避難していたのを気配で察知していたリュウデリアが、店が開ける状態でないことを教えた。それだけでクレアとバルガスの気分は駄々下がりだった。だが思い付いた。マルロの屋敷に雇われている料理人ならば、すぐにやってくれるのではないかと。素材もあるしと。
次のやることが決まったので、尻尾を振って上機嫌になっている腹ぺこ龍3匹にクスリと笑うオリヴィア。心の中で料理人に応援のメッセージを送った。ちゃっかりと前回の時より多い蟹に、陸蟹よりも甲殻を剥がすという意味で調理が面倒な岩蟹が半分くらい居るので、調理は確実に前回よりも大変の筈だ。
王都の出入り口である大きな門が開かれる。中からは遅れて到着した診療所の人間や医師が出て来て、負傷した冒険者や兵士達の処置をする。オリヴィアのところにも白い服を着た女性が来たが、怪我は無いと伝えて王都の中へ戻っていく。
人は全員避難していたので建物の中に人は居らず、背後の医師達の声を除けば静かなものだった。通りにも誰1人居らず、後ろから担架に人を乗せた医師が駆けて来て追い抜かれる。これだけ広い王都がここまで静かだと不自然に思えて仕方ない。
暫くゆっくりと歩いていると、もう大丈夫だと連絡されたようで、住民が奥の方からやって来る。皆が一様にホッとした表情をしていたり、友人と何も無くて良かったなと語り合いながら笑っている。戦った人間の一部が死んでいるが、まあ守れて良かったのではないか?と心の中で思うオリヴィア。ふとそこで、不安そうな表情をしてあちこちを見ている女性を見つけた。孤児院の先生だ。
本当に顔が蒼白くなっていて、心から不安そうにしている。歩きながら先生の事を眺めていたら、先生も目立つ純黒のローブを見つけて、真っ直ぐに駆け足で駆け寄ってくる。前までやって来ると荒い息のまま必死さが伝わる問いを投げてきた。
「すみません!レンを……レンを見ませんでしたか!?」
「あの小僧か」
「えぇ。牢屋に入れられていた人達が入る避難所に行って安否を確認しようと思ったのですが、避難所には居らず……抜け出したと……。それで行きそうな場所を探しているのですが……見つからなくて……何処かで見ませんでしたか!?」
「見たぞ」
「ほ、本当ですか!?良かっ──────」
「もう死んでいるがな」
「………………え?」
見つからなかったが、目撃した人を見つけられて安堵したのも束の間。オリヴィアから出て来た言葉は死んだという報告だった。何を言っているのか解らないという困惑した表情をしている先生に、オリヴィアが齧った情報を教える。
突然戦場に現れてオークに向かっていき、殺されそうになったところを兵士に助けられ、また向かって今度こそ殺されたと。持っていた武器があったが、それは武器屋からくすねたもので、相当な値打ち物だったということを。聞いていた先生はレンを見つけられない……と、顔を青くしていたが、今では白く見える。
与えられた情報を噛み砕いていると、立っていられなくなったようでその場で座り込み、口を両手で覆って嗚咽を漏らす。そこへ男の絶叫が聞こえてきて何事かと思って見てみると、武器屋らしき建物の前で、男が頭を掻き毟っていた。どうやらレンが武器を盗んだところの店主のようだった。中の惨状を見てしまったのだろう。
「死体は王都の外に転がっている。その内診療所の者が運び込むだろうが、確認するならば行くといい」
「そ……んな……あぁあああああ……っ……レンっ……なんでこんなことにぃ……っ」
「お前が子供を無駄に信頼し、助けの手が入ると甘えていた事のツケだ。見る必要のある部分を見ず、放って置いたから裏で盗みをしていたんだ。他の子供も加担していた。孤児院だから預かっていれば良いとでも思ったか?お前はまず常識と倫理を叩き込むべきだったな」
「わたし……私のせいで……?」
「さあな。後は自分で考えろ。私は興味ない」
「…っ……ぐすっ……ひっく……っ」
全部自身がちゃんと見ていなかったから、教えなかったから、こんなことになってしまったのだと考え、先生は大粒の涙を流して泣いてしまった。すれ違う人が訝しげな表情をしている。端から見れば真っ黒な奴に泣かされている女性という構図になる。まるでオリヴィアが悪いみたいになってきたので、興味が無いこともあってその場から立ち去った。
背後からまだ先生の泣いている声が聞こえてくるが、振り返しもしなかった。先生は孤児院の先生をするには少し若すぎた。20代ではまだ経験していない事もある。特に子供には甘くなる傾向があるので、レンが盗みをしていたことを知ったとしても、そこまで強くは言えなかっただろう。優しさ故の結局は許してもらえるという錯覚。いつかは起こりえたことだ。
先生の元から去ったオリヴィア達が向かうのはマルロの屋敷。少しずつ人が戻ってきて活気がやって来る。もう心配しなくていいという開放感を噛み締めているのだ。
オリヴィア達は何度も通った道を進んでマルロの屋敷を目指す。魔物の大群に襲われる前と何ら変わらない白い無傷な建物を眺めながら歩き、広大な敷地を持つ屋敷に着いた。もう帰っているかと思えば、ちょうど今帰ってきたようで、来たオリヴィア達に手を大きく振りながら駆け寄ってくるティネと、その奥から和やかに微笑みながらメイド達を伴って歩くマルロが居た。
「オリヴィアさん!大丈夫でしたか!?リュウちゃん達は!?」
「大丈夫だ。誰も傷を負っていない」
「すごーい!やっぱり強いんですね!」
「ほらほらティネ。オリヴィア殿は戦い終わった後でお疲れだろうから質問は後でな。さてオリヴィア殿、どうされましたかな?」
「陸蟹と岩蟹を戦闘中に獲ってきた。また調理してくれないか?」
「「「──────ッ!?」」」
「ほっほっほ。それはそれは。勿論構いませんよ。ささ、屋敷へどうぞ。メルゥ、オリヴィア殿を案内しなさい」
「畏まりました。ではオリヴィア様、どうぞこちらへ」
「ありがとう、助かる」
「またクレちゃん達を抱っこしてもいい!?」
「いいぞ。ほら」
「やったー!!」
「「………………………。」」
調理をして欲しくて来たと言うと、ニッコリと微笑んで了承してくれたマルロの後ろで、料理人達がえぇ!?みたいな表情をしていた。まさかまたあの時のように調理しなくてはならないのかと思ったのだ。だが彼等とてプロの料理人。料理を求めている人に調理が面倒だからと出さない料理人が居るだろうか?そんなのは愚問だ。彼等はあの時の経験で更にレベルアップを果たした。
エプロンの紐をキュッと固く締め直し、どこから出したのか白くて長い帽子を被って並外れた気配を醸し出す。さあかかってこいと言わんばかりの戦闘態勢だ。彼女の腹ぺこでバカみたいな量の飯を食らう使い魔を満足させ、腹いっぱいにしてやろうという気概をひしひしと感じさせた。
メイド長のメルゥに連れられながら使い魔を求めてくるティネに、サッとクレアとバルガスを引き渡した。ジト目でまたかよみたいな目を向けてくるが普通に無視した。獲ってきた蟹はここへ出して欲しいと言われたのでクレアとバルガスが大きい蟹の山を出した。言葉通り岩蟹が半分くらいを占めているのに、こんな光景は滅多に見られないと料理人達を呆然とさせた。
しかし感動している暇はない。オリヴィア達はメルゥに風呂へ案内されて体の疲れを取ってくる筈だ。つまり調理に掛けられる時間はそう長くはない。先手必勝と蟹の山に突っ込んでいった料理長の後に続いて、料理人達が蟹に群がる。台車を使って我先にと調理室へ持っていく料理人達を見て、リュウデリアは満足そうに尻尾を振った。
クレアとバルガスはティネと一緒に風呂に入り、オリヴィアはリュウデリアと一緒に風呂に入った。出て来れば豪華絢爛な料理が並び、自分達のご褒美として、食事を楽しんだ。
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魔物との戦い
冒険者は43人。兵士は208人死亡した。軽傷者は750人強。重傷者は100人弱だった。
岩壁よりも外にあった人間と魔物の死骸はクレアとシンの戦いで消し飛んでしまい、遺体の回収が出来なかった者達も居る。魔物の素材は誰が何を狩ったのか解らないので回収されてしまうが、その分報酬が高い。命かかってたからね。
孤児院の先生
心配になって捕らえられている人達が入る避難所に行ったが、レンが居ないこと知り、脱獄したことを聞かされる。急いで街を探すものの見つからず、偶然会ったオリヴィアに真相を告げられる。
仮初めの親として育てているので、レンがやった盗みの責任を負わされてしまうのは確定事項。恐らく辞めさせられて、後釜として50~60くらいの女性が就く。
武器屋の店主
避難所から帰ってきたら、まさかの荒らされた形跡があり。他の店は無傷なのになんでウチだけ!?しかも短剣無いしショーケース叩き割られとる!?
幾つかの武器は使い物にならなくなっているので損害が大きい。頭を掻き毟った後はシクシク泣いていた。
料理人ズ
オリヴィア達が持って帰ってきた蟹の大群に目を白黒させたが、いいぜかかってこいやァ!気分で挑みにかかる。結果、大変満足させる料理の数々を送り出した戦士達。
オリヴィア
孤児院の先生に真実を教えて絶望の底に叩き落とした。泣いていたところを見ても何とも思わなかった。
ティネ
3000の大群が攻めて来たのにオリヴィアも向かった筈だから、避難所で頑張ってー!って祈っていた。そしたら無傷で帰ってきたのでめっちゃ嬉しがってくれた。
オリヴィアさん無傷なの!?リュウちゃん達も!?すごーい!
マルロ
オリヴィアが何時来てもいいようにスタンバっている。命を助けてくれた人なので、いくらでも協力は惜しまない。調理なんでいくらでもどうぞ。泊まるなら最高の部屋で是非みたいな感じ。
戦場での話を聞いて、龍が出たと聞かされた時は流石に驚いたし安堵した。龍は流石にヤバい。
腹ぺこ龍ズ
しこたま蟹を食った。めっちゃ満足。
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