第55話 愚行
王都の住民は、いざという時の為にと、国王が造らせていた避難所に集まっていた。広大な領土を持ち、王都もそれ相応に広いので住んでいる人間は多い。それを一カ所に集めるには、遠い場所から向かわなければならないのと、住民全員を収容する大きさのものを造るスペースが無かった。
なので、何カ所にも分けて避難所を造った。ここからここまでの人はこの避難所を利用するようにと。壁を分厚くし、中に非常食をいれている。少しの間ならば手ぶらで来ても大丈夫なように。
犯罪を犯してしまい、牢屋に入れられている者達も、避難所に連れて行ってもらえる。ただし、普通の避難所ではなく、特別に造った牢屋に入れられていた者達だけを入れる、犯罪者用の避難所だ。兵士が何人も付き添い、変な行動をしないように見張る。もし一般人と一緒に入れて、人質を取られて枷を外せと言われたらたまったものではないからだ。
そうして住民の避難がある程度済んでから、犯罪者達の移送が開始された。残った兵士達でしっかりと監視をしながら牢屋から出し、列を作らせる。そこで、2日前に入れた盗みを働いたという少年……レンが抜け出している事に気が付いた。レンが脱獄してから30分以上が経ってしまっている時のことだった。
居なくなっていたレンに、慌てる兵士達。将来の話をして語り合った監視員の男は、まさかと思って牢屋から駆け出した。冒険者なんて良いんじゃないか。金を稼いで美味いものを食わせてやれ。そう言った。言ったのだ……子供に。善悪が完全に判断出来る歳ではない子に、冒険者の話を。そして今は、冒険者が相手にする魔物が攻め込んでくる。どうか違っていてくれ。そう強く思いながら走った。
「……オレは冒険者になるんだ。ちょっとかりていくぞ」
件のレンはというと、武器屋にやって来ていた。魔物を斃すには武器が必要だ。流石に素手で勝てるとは思っていない。その為の武器屋。しかし牢屋に入れられていたので金があるはずも無く、貯金も無い。なのでこれは必要なことであるということにして貰っていく。
幸い店主は避難所に行っているので、どれが良いか吟味する事が出来た。絶対に強いだろう金が
剣は重い。10幾つの子供には持ち上げるのが困難な代物だ。それでも無理矢理持ち上げようとして全力でやると、少し持ち上がった。よしと思ったのも束の間。壁に掛ける為の金具から外れた剣は、レンの手の中から逃れて床に落ちた。がきんと音を立てて武器は刃から落ち、少し突き刺さった後に横に倒れた。その所為で刃毀れを起こした。
「ちぇっ。なんだよ安物かよ!他のさがそっと」
壊してしまった値打ち物のことなんぞ何のその。刃毀れをした時点で興味を失せたレンは、別のものを探し始めた。低い位置にある剣や槍を手に取っては、元の場所に戻さず、興味が失ったらその場で適当に転がしておく。これを泥棒と言わずして何と言うのか。
色々と吟味していたが、一向に良いものが見つからない。自分に相応しい武器があるはずだ。なかなか見つからない事に少しずつイライラし始めてきたレンはふと、ショーケースに目が行った。まだ一度も調べていない所。もしかしたらここにあるのかも。そんな気持ちで覗き込む。
ガラスのショーケースに入っていたのは、ネックレスや指輪、腕輪であったり剣を差しておく為のベルトだった。武器を期待していたのに武器が無かったのでつまらないと判断して視線を逸らそうとした時、1本の短刀が目に入った。爛々と輝く金に赤や青の宝石類が鏤められている装飾。一目でコレだと思った。
2度目となる一目惚れに、レンは早速ショーケースに開けようと思ったが、鍵が付いているので取り出せない。どうしようかと思案し、吟味していた武器の中に金鎚があったのを思い出して見渡し、目当てのものを見つけて手に取った。重いので両手で持って振り上げる。一瞬躊躇うが、これは必要なことなんだと言い聞かせて一思いに振り下ろした。
「武器が手に入った……これでオレも戦えるんだ!!」
値段が張るであろう、態々ショーケースに入っていた短刀を握り締め、王都の入口を目指した。王都内には魔物が居ない。冒険者と兵士が命を賭して護ってくれているのだ。その甲斐あってか、建物の被害も無ければ、住民が危険に晒されている事もない。それをレンはつまらないと思った。
魔物がここに居れば、走って向かう必要もなかったのにと、自分勝手なことを考えている。そもそも武器屋から武器を勝手に拝借している時点で色々と言いたいことがあるが、レンに罪の意識は殆ど無いので言ったところでだろう。
少し重い武器を手に持ちながら走るのは、キツいものがあったが、これから魔物を倒しに行くんだと考えると、自然に苦ではない気がしてきた。無意識にこれからのことを考えると、笑みを浮かべていく。胸が弾むようで楽しみだ。
子供の足でも走り続ければ入口に着く。入口には侵入を防ぐ為の門がある。大きな門には木の板が掛けられていて、固く閉じられている。見ただけでここは通れないなと察した。外に居る冒険者と兵士達ですら入ってこれない、固く閉じられた門に溜め息を吐く。どうするかと。だが、まだ手はある。門は閉じなくてはいけないのでこうしているが、外に行く為の手段はある。
主な出入り口である大きな門は閉ざされているが、実はその横に小さなドアが設けられているのだ。連絡をする為に人が通る場所。主に現状がどうなっているか、現場に居る兵士が中に入る為のもの。そのドアの所へ行けば、簡単な鍵が掛かっているだけだった。運が味方していると感じながら鍵を外し、外へ出る。
先ず最初に目にしたのは、人間と魔物が混ぜ合わさって、怒号が飛び交う戦場だった。奥に見える岩壁は書面の部分が崩れている。思ったよりも深刻な状況だった。残っている魔物は強い個体ばかり。つまり大の大人の、それも戦いを日常としている者達が苦戦を強いられる魔物ばかりだ。子供には無理というものだろう。しかし、レンはこれこそが己の人生なんだと感激し、駆け出した。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
「──────っ!?」
戦っている戦場から少し離れて、オークと戦っている人間を背後から狙っているハイゴブリンを見つけた。ハイゴブリンも満身創痍だ。冒険者か兵士にやられたのだろう。肩で息をして全身血塗れだ。片腕も斬り落とされている。少し小突けば倒れるのではないかという状況。
レンは忍び寄った。物を盗む時に音を立てないようにと工夫して動いていたら、出来るようになっていた足運び。それがハイゴブリンにも通用して、気取られないで近くまで寄ることが出来た。狙うのは首。小さいが人型である以上、首を斬れば倒せると思い、意を決して飛び掛かった。
背後から襲い掛かって、鞘から抜いた短剣を首に突き刺す。運が良いことに骨の隙間に刃が入り込み、動脈と静脈を断ち切った。叫び声すらも上げられず、ハイゴブリンは首から大量の血を噴き出して倒れる。体をびくんと痙攣させていたが、噴き出る血が止むと呼吸して上下していた胸も動かなくなり、絶命した。
偶然の産物。偶々こちらを見ていないハイゴブリンが、別の人間を狙っていて、そんな激しい動きが出来ない程傷だらけで満身創痍で、意識が朦朧としていたからレンの足音に気がつかず、首に刺した短剣が関節に入り込んで重要な血管を断ち切った。それをレンは自分の力で倒したのだと錯覚し、倒した事でアドレナリンが分泌され、気分がハイになっていた。
今なら何でも倒せる。ドラゴン……龍だって自分ならば倒せると息巻いた。偶然魔物を倒せた事で全能感に浸ってしまったレンは、大人の冒険者4人が相手にしているオークを見た。傷を負っているが、蓄えた脂肪が邪魔をして決定打になっていない。そして棍棒を我武者羅に振り回しているので近付けないのだ。
ふとそこで、振り回す棍棒を避けた時に通り道が出来てしまった。冒険者達はしまったと思った時には遅く、オークはその隙の道を走って抜けた。目指すは王都。だがその前に、血に塗れた短剣を持つレンが居た。冒険者は目を剥いた。何でこんな所に子供が!?と。走って向かうオークに追い付けない。急いで逃げろと叫ぶが、瞳孔が開いているレンには届かなかった。
オークが手に持つ、血塗れの棍棒を振りかぶる。対してレンも血塗れの短剣を両手で握り締めて突き刺そうと構える。だが、リーチは圧倒的にオークの方が長く、上から振り下ろされた棍棒はもうレンの頭上に来ていた。ゆっくりと見える世界になってレンは正気に戻った。あれ、これ死ぬ?と。その瞬間、レンは襟を強く引かれて後ろへ放り投げられた。代わりに男と位置が入れ替わる。チラリと見えたのは、牢屋に居た監視員の男だった。
「逃げろ!!──────こんなとこで死ぬなよ、少年」
「おっ……さん……?」
ぐちゃり。不快な音が聞こえた。放り投げられたので転がり、3メートル程離れて止まった。すれ違った時に聞こえたあの声。あれは牢屋に入れられている時に、将来の話をしてくれた人だ。冒険者になるんだと心に決めるきっかけをくれた監視員の男の人だ。急いで顔を上げてオークの方を見る。
頭が棍棒で潰されて、痙攣している体があった。地面に倒れ伏して大量の血を滲ませている。池のようになった血溜まりが流れて、王都の外側の半分を占める湖に溶け込んだ。赤色が透明に混ざり込んで薄赤いものとなる。監視員の男は死んだ。頭を完全に潰されているのだ。
レンが脱獄して、自身が言ったことを真に受けて魔物の居る外に出たのだとしたらと考えて、久しぶりに全速力で走った。子供の歩幅と大人の歩幅は違うので追い付けたが、その時にはオークに殴られそうになっているところだった。だから形振り構わず飛び出して身代わりになった。結果、レンは生き残り、監視員は死んだ。護ったのだ。小さな命を。
レンは震えていた。死ぬ寸前だった事に対する恐怖で?違う。放り投げられたから?違う。勝手に身代わりになったから?違う。道を選ぶきっかけを与えてくれた人を殺された事の怒りだった。監視員の男を殺したオークを睨み付ける。放り投げられて取り溢した短剣を拾って駆け出した。
監視員は死ぬなと言った。それは生きろとも捉えられる言葉だ。生きてほしくて助けたのに、一時の感情に任せて再び向かっていった。オークを止めている冒険者と兵士が怒鳴って何処かへ行けと言っているのを無視して近づく。このガキ……っ!!と思っていると、注意を逸らしてしまって棍棒の薙払いを全員で受けてしまった。
足止めから解放されたオークは、向かってくるレンを見て雄叫びを上げ、棍棒を持っていない左手を振りかぶる。絶対にオレが殺してやる。そう誓って、レンはオークの大きく硬い拳によって殴り飛ばされ、大量の血を吐き出しながら宙を舞った。
「ガキっ!!あぁクソッ!!誰か……っ!誰か手伝ってくれ!!」
「このオーク強い!!誰かー!!」
「なんっで逃げねーんだよこのクソガキはっ!!」
「そもそもどうやって来やがった!?」
どちゃりと地面に叩き付けられてから動かないレンに、オークの足止めを失敗してしまっていた4人の冒険者は口々に疑問を口にしたり助けを求めている。しかしここは人間と魔物が入り交じった戦場。手が空いている者は居なかった。
最後まで残っている魔物は人間との戦闘経験がある、戦士のような魔物。そう簡単には斃されてくれない。レンを殴り飛ばしたこのオークとて、戦いを経験しているからこそ強いのだ。脂肪が邪魔で決定打を決められないこともあるが、武器を振って
思いきり殴られてしまったレンの状態の確認すら行けない。焦りが見え始めた冒険者達。そこで救いの手が出された。オークに赫雷が落とされた。雷よりも電圧の高い強力な一撃が叩き込まれ、厚い脂肪も何も関係無く、跡形も無く消し飛ばした。岩壁の外側でも見られたこの攻撃に、冒険者達はハッとした。
振り返ると、純黒のローブを着たオリヴィアが居た。バルガスもクレアもリュウデリアも揃っている。今のはバルガスの赫雷だ。適当に斃していたら、偶然オークの番となっただけに過ぎない。冒険者達はたったの一撃で消し飛んだことに恐々としているが、ふと戦闘音が少なくなっていることに気が付いた。
オークが居た場所だけでなく、見渡せばオリヴィアの近くに居たであろう魔物が殆ど殺されていた。赫雷によるもので地面が焦げていたり、風の刃でバラバラにされていたり、純黒に侵蝕されて崩れたり。ざっと見ただけでも100は死んでいた。だがそれよりも、レンの状態の確認をしなくてはならない。
助けてくれたオリヴィアにありがとうと急ぎめに言って走り出す。血塗れになって倒れているレンの傍に寄って、指を首に当てて脈を確認する。少し間が空いて、確認した冒険者の男が静かに首を横に振った。何時の間にかやって来ていたオリヴィア達がレンのことを覗き込む。歯は殆ど砕けて鼻も折れている。骨折しているのだろう胸の部分が不自然に凹み、手脚が
「死んでいるのか?というより、何故小僧が此処に居る?」
「いや、俺には分からねぇ。気づいたときには居たんだ」
「短剣持ってたよな?」
「……なんだこれ?絶対高いやつだろ」
「これ確か……大通り沿いにある武器屋のオヤジのところのヤツじゃねーか?この前武器をメンテナンスしてもらいに持っていった時に見た気がする」
「あぁ。高くて売れねぇヤツだろ?俺も知ってるわ」
「なるほど──────反省しなかったんだな、この小僧は。ならば自業自得だ」
「なんだ、知ってんのか?」
「私が買った物を目の前で盗んで牢屋に入れられていた小僧だ。盗っ人だな」
「は?じゃあこの短剣盗んでここに来やがったのか!?……なんつーガキだよ」
見覚えがあったオリヴィアの説明を聞いて、冒険者達は呆れた視線を向けて溜め息を吐いた。唯でさえ戦場には普通来ないというのに、人の物を盗んでから来たのだから、無謀に足して最低だと思ってしまう。しかも既に盗みをして牢屋に入れられていたときた。
何らかの方法で牢屋から抜け出してきたのだろう。そう推測してはぁ……と再び溜め息を吐いた冒険者達は、目を開けているレンの瞼を降ろしてやってから、武器を手に取って戦場へと戻っていった。戦いはまだ続いているのだから当然だ。
オリヴィアも踵を返して死体となったレンの元を去る。憲兵に牢屋に入れると聞かされたので、これならば人間は反省するだろうと思っていたが、まさか同じことを繰り返して、年端もいかない子供のくせにこんな所に来るとは思わなかった。
愚かな人間の小僧だ。溜め息すらも無く、オリヴィア達は戦いへ再び身を投じる。魔物の数はかなり減っている。戦いが終わるのも近い。
──────────────────
レン
将来、自身が冒険者になるための戦いだから、盗んでもいいという謎理論を抱いて武器屋を荒らして値の張る短剣を盗んだ。命からがらのところを助けられ、死ぬな……つまり生きろと言われたのに無謀にもオークに突撃した。
結果、オークの痛恨の一撃を真面に受けて撲殺された。因みに盗んだ短剣の値段は120万G。盗むにしても最悪レベルである。
監視員の男
金が無いならば稼ぐために冒険者になるのも手だぞと教えただけなのに、牢屋を脱獄して魔物の居る外を目指したと察して全力で追いかけてくれた人。命の恩人。
しかし、レンは男が殺された事に怒って無謀にも立ち向かってしまったので、犬死にと変わらない。
オリヴィア達
見覚えのあるガキが死んでいたが、何とも思わなかった。寧ろ、自分達の肉を盗ったクソガキが死んで清々したと思っているかも知れない。可哀想だとか思わけがない。
急いで駆けつければオリヴィアの力で助けられたかも知れないが、助ける気は毛ほども無いので結局死んでた。
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