第54話 嘲笑の血縁
迎撃する為に戦っていた戦場の位置が変わった。突如叩き込まれた攻撃で、王都を護る役割があった岩壁の正面部分が殆ど破壊され、魔物が内部に流れ込んでしまった。幸いなことに、岩壁から王都まで1キロは離れているのですぐに攻め込まれることはない。しかし岩壁の内部に侵入されている。
そしてなんといっても、龍が現れた事が大きい。世界最強の種族。それが何故かこの場に現れたのだ。灰色の鱗に、黒い炎で形成された翼、腕、脚。遠くに居ても、その熱量に絶望感をひしひしと感じていた。だが更にそこへ、別の龍らしきものが降り立った。人の姿に近い蒼い龍。だが噂には聞いたことがある。訪れたところは大嵐に巻き込まれ、村や街、果てには国までもが壊滅したという、原因の龍……轟嵐龍。
同じ種族である筈の2匹の龍は、先程まで戦場になっていた場所に居る。大群となって襲い掛かってきた魔物が、総じて怯えて死に物狂いで牙を向く。なるほどと思った。魔物は理由無く王都を襲いに来たのではない。逃げてきたのだ。絶対強者の龍から。仮に逃げてきたという線が間違っていても、灰色の龍が原因なのは間違いない。
冒険者と兵士は、王都に魔物が行かないよう食い止めている。だが全員がある思いを胸に抱いていた。あの龍2匹が来たら王都諸共消える。龍が攻めてくれば、今やっている防衛戦も無駄。その事を必死に考えないようにしながら武器を降り続ける。そして願う。どうか、龍達が王都に興味を持たず、何処かへ飛び去ってくれるようにと。何せ、龍が相手ならば勝てる見込みなど0なのだから。
「──────クソがぁあああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
「ほれほれー、そんなに一生懸命踊ってもオレは倒せねェぜ?」
「リュウデリアを出せ!!俺の邪魔をするなッ!!」
「なーんでアイツにいきなり突っかかンだよ。オタクはどちらさまですかぁ?」
「貴様なんぞに教える義理はないッ!!」
「なんぞとか言われたー。このクソザコのクソガキにー。えーんえーん(笑)」
「がぁあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!!!」
王都から離れているとはいったものの、龍からしてみれば十分な射程範囲内。故にクレアは気を利かせて灰色の龍であるシンを煽りながら、岩壁から少しずつ離れていた。元のサイズに戻ったクレアは、突然やって来たシンに興味を持たなかったが、暇潰しには良いだろうと遊ぶ事にした。結果、思惑通り遊ばれている。
リュウデリアは何処だと叫んだシンに、オレを倒せたら教えてやってもいいと答えて、指を曲げるかかってこいのジェスチャーをしたクレア。その時の顔は意地の悪そうなあくどい笑みを浮かべており、シンのことをバカにしていた。
一瞬で沸点が限界値近くまで上昇したシンはクレアに向かって突進し、黒き炎の腕を振り上げて切り裂きに掛かった。しかしそれをひょいと避ける。両腕を組んで腰を屈め、前のめりになって自身より低い位置にある顔を覗き込んでニヤニヤと嗤う。
従来の龍の姿であるシンは四足歩行。対するクレアは二足歩行。高さが違いすぎる。なので片や見下ろし、片や見上げるしかない。しかしシンは、その見上げることが既に苛つくことの原因だった。力を手に入れた自身が、何故見上げなくてはならないのか。何故見下ろされなければならないのか。俺の方が強いのに。俺は選ばれし存在なのに。何故、何故、何故……こうも攻撃が当たらないのか。
「お前、リュウデリアにボロクソにされて負けたろ」
「──────ッ!!」
「アイツがお前みたいなザコに興味を持つとは思えねぇし、決闘を仕掛けてきた奴は頭千切って殺したっつってたから、お前はその時の奴じゃねぇな。っつーことは、他にも挑んだ奴が居たわけだ。んで、四肢や翼を補わないといけねぇくれェボコボコにされたと。けど分かんねーな?何で生きてンだ?アイツなら挑んできた相手ゼッテー殺すぞ」
「俺の前で……ッ!!あのクソ野郎を語るなァッ!!」
「──────血縁者」
「……っ」
「……ひひッ。当たりだなァ?さっきから似てはいねぇが近い気配で気になってたンだよ。そうかそうか、お前リュウデリアの弟だな?いやー、お前もカワイソウな奴だなー。兄貴がクソ強いっつーのに、逆に弟のお前がカスのカスのゴミカスなんだからよォ。さぞや気に入らなかったンじゃねぇの?ンで、決闘でも挑んでボコされた……と。……っく……だっははははははははははははははっ!?ダッセー!?挑んで
「──────殺すッ!!!!!!!!」
ニヤニヤと笑い、これでもかと煽り、小馬鹿にする。リュウデリアの弟だとしても特別扱いはしない。何せ強くないから。話にならないくらい弱いから。だから態と焚き付けるような真似をするのだ。少しは暇潰しの相手になってもらえるように。まあ、散々ザコと言っているので評価は変わらず、弱者のそれだが。
突進して再び黒炎の腕で切り裂きに掛かる。だが避けられる。右腕を振り下ろした後、シンの左側に体をくるりと回しながら避けて、お返しと言わんばかりに尻尾で右横面を引っ叩かれた。べちんという程度のものだったが、体を回して避けたままの尻尾の打撃だったので、音の割に想像以上の衝撃が来る。
視界が揺れて眼球が暴れる。体が勝手に左へと倒れた。腕を組み、上半身だけを屈めさせて見下ろし、シンの顔を覗き込む。まさかこれだけで死んだか?冗談だろ?と顔に書いてあった。揺れる視界が元に戻った途端、首を曲げてクレアの方を見上げ、口を開けた。放たれたのは魔力の奔流。しかし上体を反らされて被弾しなかった。
上体を大きく反らせたので後ろへ倒れかかる。そこで地を蹴って器用にバク宙をして距離を取った。未だクレアは腕を組んでいる。戦う気はないとでも物語るようだ。それが益々怒りを助長させる。立ち上がったシンは、翼を全力で羽ばたかせて、黒炎の翼による熱風を広範囲に飛ばした。
生えている草や木がものの数秒で灰になる。恐ろしいほどの熱風だが、クレアはその場に佇んだままだった。足下から螺旋を描く風を生み出して自身を覆う。それだけで熱風は風の結界に阻まれて届かない。まさかこれが全力なのか?と首を捻るが、残念ながらシンの全力であった。
──────あの黒い炎で形成された翼、腕、脚はそれなりに強い気配と魔力を感じる。なのになんであのザコはそれを飛ばそうともしてこねぇンだ?態々近寄って振り下ろすか、風に乗っけて熱を送るだけ。コイツの魔法じゃねーのは明らかだから別の奴のモンだろ。もしかして手に入れて日が浅くて使い方を把握しきれてねぇのか?だが、腐っても龍だからそこら辺の適応力は高いはず。煽りすぎて頭に血が登って攻撃方法が単調になりすぎてンのか?ならオレの所為なんだが……。
「いやわっかんねーなコレ。ザコの事を考えるのは難しくて仕方ねぇ」
「この俺をザコと馬鹿にするなッ!!絶対に殺してやるッ!!俺は選ばれたんだッ!!そして見せつけてやるッ!!見ていて下さい龍王様ッ!!俺こそが龍王様の御側に居るに相応しいのですッ!!」
「言ってる事がめちゃくちゃだなオイ。会話出来てるかー?もしかして脳ミソまで補助されてンのか?……こういう時なんて言うんだっけ……すれ違った人間が言ってた……あー……あっ、そうそう!お前ザコいし頭悪くてウケる(笑)」
「──────死ね」
怒りで頭の血管を引き千切りそうになりながら、シンは翼を使って飛んだ。今度は空中戦か?とクレアも同じ土俵に立ってやる為に飛んだ。地上から100メートル程度だけ飛んだ2匹。さてどう出る?と待ちの姿勢を崩さないクレアに、シンが黒炎の右腕を向けた。
黒炎の右腕が消失する。籠められた魔力が限界に達したのではない。攻撃に使用したから一時的に消えたのだ。使うと消えるのかよと溜め息を吐いていると、自身の回りの温度が急激に上昇する。魔力の流れで狙いが解るので、受け身になって調子付かせるのも何なので、組んでいた腕を解いて右手人差し指を上に向け、クルクルと時計回りに回した。
クレアの右隣に風の渦が発生し、小規模の竜巻が生まれた。吸い込む螺旋が自身を呑み込もうとしていた黒炎を絡め取り、竜巻は黒炎と混ざって黒炎の竜巻と変貌した。灰にしてやろうと思っていたシンは、制御が全く出来ないことに驚き、殺そうと思っている奴に対して驚いてしまったことに苦々しくなって舌打ちをした。
どれだけ制御を奪い返そうとしても、黒炎が巻き込まれた竜巻から出て来ない。相変わらずクレアはニヤニヤと笑っていて、こんな事は造作もないのだと見せつけてくる。明らかに魔力の量でも劣る竜巻が、煉獄の黒炎を絡め取れる。訳が解らないシンにはどうしようもなかった。そして、シンの目前に……黒炎の竜巻が何時の間にか接近していた。
全身を鱗を焼く程の熱が包み込んで渦を巻いた。投げ付けられた。制御を奪われた黒炎を絡め取った竜巻を。シンには捉えられない速度で飛ばされ、避けることも出来なかった。叫び声を上げる。熱くて熱くて仕方ない。本当に全身を焼かれている。制御が出来ないから黒炎だけを解くことも出来ない。このままでは焼けて死ぬと思われた時、竜巻は解除され、シンは力無く地面に落ちて倒れ込んだ。
「お前正気か!?今の当たるか!?適当にぶん投げたのに……まさか見えなかったのか?えぇ……それはちょっと……無いわぁ」
「……っ……クソッ……たれェ……ッ!!殺してやる……ッ!!」
「ほら立てよクソザコ。遊べるように手加減してやってんのに、貰った力で一撃とか目も当てられねぇぞ?」
「……っ……はぁ……はぁ……死ねッ!!」
自身の体をボロボロにして、生き恥を晒させるような真似に追い込んだリュウデリアに見つけて殺す為に、地上に降りて来たのに、兄ですらない奴にやられるのかと顔をギチギチと歪めた。
何処へ行ったのか広すぎて気配が読めない。だから地上に降りてからは、胸の中を燻る憤りの感情を吐き出す為に、そこらに居る魔物を龍としての絶対強者による気配で恐怖を与え、人間の村や街を一斉に襲うように仕向けた。少し命令すれば勝手に大群となって人間を襲うので、少しは気が晴れた。
今回もそれで王都を狙ったのだが、途中でリュウデリアと他の龍の気配を感じた。復讐して殺すことが出来る。そう思い、ついでの気持ちで王都を壊滅させようと、岩壁を破壊しながら降りてきたのだ。さぁ復讐の時だ。そう思ったら何故かクレアと戦うことになり、手も足も出ない。まるであの時の決闘のようで、憎しみが大きくなる。
何もかもが気に入らない。ニヤつく顔も、自身の攻撃をものともしない強さも、出て来ないリュウデリアも、全く殺すことが出来ない黒炎にも、何もかもが気に入らず、憎くて堪らない。殺す。絶対に殺す。殺す為ならば何だってしてやる。
馬鹿にされすぎて怒りの臨界点を超えた。額の血管がブチブチと千切れていく錯覚がした。左の翼。戻った右腕。左脚。それらを構成していた黒炎を消し去り、口内に溜め込んだ。凝縮される黒炎と自身の今持つ全魔力を混ぜ合わせて、一気に解き放つ。黒い光線が放たれ、クレアに向かって突き進む。
まあまあの魔力だと思いつつ、大人しく食らってやるつもりもないので、フッと息を吐き出した。少しは吐き出しただけの風。それがクレアの魔法によって範囲と質量を増大させ、前方に障壁を為した。黒い光線が障壁に着弾する。阻まれた光線は四方八方に飛び散り破壊を撒き散らすが、その光線の一部も、クレアに届くことはなかった。
展開した風の障壁は3枚。その内の1枚に罅すら入っていない。渾身の全魔力に黒炎すらも混ぜたというのに、傷一つ無い障壁を見て呆然とした。あれだけの魔力でもダメなのかと。一方のクレアは頭を掻いていた。この障壁を、バルガスやリュウデリアは魔力無しの素の力だけで30枚は叩き割ったというのに、コイツは1枚すらも碌に割れないのかと。
「惨めだなお前。そんなんじゃリュウデリアが相手にするわけねーだろ。寧ろ命あっただけ良かったじゃねぇか。ま、オレならそんな生き恥晒すくらいなら自決してやるけどな」
「クソッ……クソぉ……っ!!」
「……はぁ。ツマンネ。仕方ねーからバトンタッチしてやるよ。お望みの兄貴とな」
「──────っ!!」
クレアが体のサイズを落としていく。傍で見守っていたバルガスのところへ行って、揃って離れたところに居るオリヴィアの元まで向かう。それで初めて、オリヴィアと小さな純黒の存在に気が付いた。まるで気付かないようにと錯覚させられていたかのような不自然さに眉を顰める。
クレアとバルガスがオリヴィアの肩に乗ると、リュウデリアが体のサイズを元に戻しながらシンへ近付いていく。最近見た姿そのものだ。魔力が尽きて体が所々焼けて焦げている満身創痍気味のシンと、見下ろして嘲笑の笑みを浮かべたリュウデリアが対峙した。
喉から低い唸り声を上げるシンだが、やはりかと感じた。リュウデリアは見ているようでシンを見ていない。個人と認識していないのだ。見ていないのと同じ、空虚な瞳を向けてくる。龍ではあってもシンではない。その黄金の瞳が、何よりも嫌いだった。
「──────生かしてやったというのに……愚かな。復讐の念に駆られた塵芥であろうと、弟であることに変わり無し。一歩前へ出ろ。慈悲として痛み無く殺してやろう」
「…っ……舐めるなぁああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
魔力が尽きている以上、勝てる見込みは0だろう。与えられた黒炎も完全に使い切ってしまった。立つことすらバランスが取れなくて苦労している状況で、飛べもしない龍が、殲滅龍に勝てるわけがない。龍の中で自他共に認める最強の龍王にすら認められた強者の、自身を赤子の手を捻るが如く下した兄。
血の繋がった弟という肩書は、リュウデリアが殺さない理由にはならない。対峙するだけで解る覇気。会ったことのない龍王とすら思えてしまう大きすぎる気配を感じ取り、右手を計り知れない魔力で覆う。なんという魔力だろうか。肉体の強化の
──────何で……俺の兄はこんなに強いんだよ……。
ある種の諦観と嫉妬を胸に抱きながら、四肢を無くしてバランスが取れない状況で我武者羅に駆け出し、純黒の殲滅龍へと牙を向いた。やると決めたならば最後までやる。命の灯火が掻き消えるその瞬間までに、一矢報いてみせると最後の気を振り絞って決意する。
純黒の龍の弟である灰色の龍が、命を賭して向かう。しかし最後に見たのは、自身をどこまでも見下した……冷たい黄金の瞳だった。
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シン
目的の兄との決戦前に、クレアに遊ばれてつい全魔力を使用してしまった。心の奥底では、リュウデリアの強さへの嫉妬と、負けた弱い自身への怒りがあった。
兄のリュウデリアが今度こそは自身を殺すだろうと解っていながら、一矢報いてやると突撃した。しかし結果は一目瞭然のものとなった。
クレア
似てはいないけど、近い気配でシンがリュウデリアの血縁関係者だと看破した。遊んで攻撃したのに瀕死になったので驚いた。その程度で?という意味で。
折角シンよりも強い力の黒炎を持っているのだから、色々駆使して戦えばいいのにと思ったけど教えない。教えてやる義理が無いから。
オリヴィア&バルガス
オリヴィアはリュウデリアの魔法によって気配を限界まで隠されていた。それに足して視認しても見つけていないという幻惑の魔法が掛かっていたので、目にしても気づかれず、戦いの余波が届かないようにガードされてた。だから割と近くにいた。
バルガスは攻撃効かないと解っていたので、魔力も使わずノーガードで見物していた。彼がやっていたら力加減をミスって赫雷で消し飛ばしていたか、小突いて殺していたかも知れない。つまりナイスクレア。
リュウデリア
オリヴィアを戦いの余波から護りながら見守っていた。しかしあまりの変わらない弱さと、与えられたであろう黒炎の力を碌に使わないアホさ加減に何も言えなくなった。
最初に浮かべた嘲笑の笑みは、お前は一体どれだけ弱い塵芥なんだという意味を込めている。
弟をその手に掛けたことについては、何も思っていない。つまらない塵芥がこの世から消えただけと捉えている。
冒険者&兵士&魔物
龍が戦っててマジで膝が笑ってた。
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